2017年09月10日

2017.9.9 第5回ファミリーコンサート

埼玉県警察音楽隊のコンサートがウェスタ川越大ホールで開催されました。
実は参加申し込み受付がかなり前に行われ、一度はハズレですがキャンセル待ちに入りました、という通知が届いていました。
そしてそれから数日後キャンセル出ました!とのこと。
ラッキーとばかりに本日お出かけ。
チケットを見せると何と前から3列目、これこそラッキー。
この大ホールは3階席まで見上げると1700席、これがほぼ満員。
とっても応募が多かったそうですからキャンセル待ちでもナカナカの幸運でした。

プログラム第1部:歌劇「フィガロの結婚」序曲、吹奏楽のための第5組曲「インターナショナル・ダンス」よりホー・ダウン、組曲「アルルの女」よりカリヨン〜メニェット(第1)〜メヌエット(第2)〜ファランドール
ここまで通常の隊編成+4名の演奏でうっとり。
特にメヌエット(第2)のフルートの音色には心底うっとりしました。
ここで急に警察広報で「♯9110」と「いかのおすしの歌」が披露されて初めて耳にして唯々!驚きました。これって振り込め詐欺などの注意!!

プログラム第2部:カラーガード演技--「小さな世界」、「美女と野獣」のメドレー  
川越市立城南中学校吹奏楽部との合同演奏--行進曲「アーセナル」、ミュージカル「アニー」ハイライト、「ウエストサイドストリーメドレー」
ニコニコ婦警?さんのカラーガード隊が演武。そういえば毎年11月のスリーデーマーチでも見たことがありました。しかし舞台の上では迫力満点!
中学生との合同演奏は一段と迫力があり素晴らしかった。それにしても今どきの若者は皆ほっそり、それでも元気で健康そうでした。

アンコールで川越市立城南中学校吹奏楽部顧問岸浪智恵子先生の「坂の上の雲主題歌Stand Alone、、、ちいさな光が 歩んだ道を照らす 希望のつぼみが、、」が聞けたのは全く幸運。素晴らしいまろやかなソプラノでした。
ちなみにこの曲は以前に海上自衛隊東京音楽隊の三宅由佳莉さんの歌唱を聞いたことがあり、その時の歌声、直線的なピンとした声と一味違ったことも印象深かったです。
そしてこのコンサートが毎年県内で開催されていることも知りました。
また来年も参加できるように広報をよく見ることにいたします。
posted by yunofumi at 17:54| ドタバタ日記

2017年09月01日

2017.8.31 アラーキー写真展

8月は暑さが厳しいこともありウォーキングイベントがほとんどないのです。
映画を見たりしながら、色々涼しい所を求めてお出かけしております。
新聞で紹介のあったアラーキーこと荒木経惟(あらきのぶよし)さんの写真展に伺いました。

8/13 「荒木経惟 写狂老人A」於:東京オペラシティアートギャラリー
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会場入り口には本人の筆になると思われるテーマがデン!!
会場に入るともっとびっくり!生々しい女性のヌードがずらり。
そして歩を進めると花百景や空百景。
びっくりの連続で何が良いのか、悪いのか??で鑑賞は終了。
それにしてもイメージは暗かった!!
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8/31 「荒木経惟 センチメンタルな旅 1971〜2017」於:東京都写真美術館
前回のことがあるのでまずは腹ごしらえ。巨大なチキンバーガーを恵比寿ガーデンプレイスグラススクウェアのSalt Waterで食して、イザ出陣の心境。
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この展示ではアラーキーさんの奥様の元気だった頃と亡くなられてからの写真がありました。
洗濯物を干す写真がよかった。
亡くなられてからの空は悲しかった。

アラーキーさんとはずいぶん昔に一度お話ししたことがあります。
今は写真家を生業にしている娘がまだ駆け出しの頃でした。
アラーキーさんは随分、大胆にはっきり発言され、写真が素人の私にはぶっとんだ方!という印象でした。
この2回の写真展は娘に勧められて伺いました。アラーキーさんは天才といわれている写真家です。だからでしょうか、私にはほとんど内容の良し悪しも含め、理解しがたかったです。でも全体として「もの悲しさ」が伝わりました。きっと繊細な方なのですね。
アラーキーさん77歳、まだまだ意欲十分とのことです。日々ご健闘を祈るばかりです。
posted by yunofumi at 00:09| ドタバタ日記

2017年08月31日

2017.8.27ちょっぴり京都観光

昨日から所用で大阪に来ていました。
本日は一日のんびり、ささやかな京都観光として京阪バス定期観光バス午後半日コースで二条城・竜安寺めぐりをしました。

世界遺産元離宮二条城は1603年(慶長8年)徳川家康が京都御所の守護と将軍の宿泊所として築城したお城。ここはまた15代将軍徳川慶喜が1867年(慶応3年)に大政奉還した場所でもあります。

東大手門は二条城の正門。修復されて金具がピカピカ輝いていました。
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唐門は松竹梅に唐獅子などが極彩色に輝いていました。
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二の丸御殿内は撮影禁でしたが夫々の部屋に松鷹図、虎、豹、桜などが見事に描かれており模写画とはいえ、大いに楽しめました。
二の丸庭園は書院造りの庭園。小堀遠州作とのことです。
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ちょうど場内では現代美術展が開催中。
不思議な作品もありました。
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一回り後改めて東大手門を見ると今年は大政奉還150周年とのことでした。
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広大な二条城を改めてじっくり見られて大満足でした。

世界遺産龍安寺(りょうあんじ)は石庭が有名。
龍安寺は徳大寺家の別邸だったのを1450年(宝徳2年)管領細川勝元が譲り受けて寺地とし、妙心寺の義天玄承を開山として創建された。
山門手前ではみどりがいっぱい。
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山門両サイドに大きな桜の木がありました。春はきっと素晴らしいでしょうね。
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方丈の前庭は枯山水の石庭として有名。
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石庭は東西25m、南北10mで白砂を敷き詰め15個の石が配置されていました。
あちらこちらの動いてみても一度に見られる石は14個でした。不思議!!
石庭を囲んでいる塀は油土塀とのことでした。
石庭から方丈の裏に回ると「吾唯足知」の四文字が書かれたつくばいがありました。
「われ ただ たるを しる」と読み水戸光圀の寄進だそうです。
意味はネットで見ると色々ありましたが私的には「満足することを知る」が最もぴったりきました。
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鏡容池は広く蓮やあやめなどがあり季節ごとに楽しめそうです。
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今回はバスで巡る駆け足観光でしたが、大文字焼の大文字山、北野天満宮を垣間見ました。
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最後に京都タワーに上り100mの展望室からパノラマビューを楽しみました。
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久しぶりの京都は34℃と暑かったですが雨や曇りが多かった埼玉から来て晴天でしたからすっかり元気で動き回りました。そして京都はやはり春や秋が良さそう!と改めて思いました。また機会を見つけて来ることにいたします。それには日々元気が大切です。
posted by yunofumi at 17:24| ドタバタ日記

2017年08月19日

2017.8.17山里料理と御岳山のレンゲショウマを尋ねて

JR新宿駅西口都庁大型バス駐車場⇒首都高速道・圏央道⇒八王子西IC⇒あきる野市・黒茶屋(山里料理の昼食)⇒御岳山⇒日の出IC⇒圏央道・首都高速道⇒JR新宿西口

夏だというのに雨が続いているこの頃です。本日は幸運にも曇りの中で過ごせました。
都心から約1時間強でもう多摩川の支流、秋川のすぐ傍にあるあきる野市「黒茶屋」に到着。鄙びた建物があり、いい感じ。
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お品書きは色とりどり。
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私的には前菜に特徴があっと思いました。
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ここでは食事後の散策がゆったりできてよかったです。
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すぐそばに子生神社(こやすじんじゃ)がありました。地元では子安さまとよばれているそうです。
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ここは、永正元(1504)年両部神道修験者阿闍梨法印朱学院の創建、祭神は猿田彦神・木花開耶姫命とのことです。子孫繁栄、安産子育の神として広く崇敬され、妊婦が奉納した底の抜けた竹柄杓が、拝殿に懸けられていました。授かった子が、清水の流れる如く安産できることを願い、底無し柄杓を奉納するとのことでした。
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御岳山は929m、高尾山よりもっと本格的な山という感じ。
ケーブルカーで下の御岳登山鉄道滝本駅(407m)〜御岳山駅(831m)までは6分
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その後リフト2分で御岳山展望食堂。リフトは1人乗りでちょっと怖かったです。

そしてレゲショウマの群生地へ。
今日はこの辺りは雲の中。おまけにレゲショウマはまだ三分咲き。
それでもかわいい花々を色々見ることができました。
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レンゲショウマ、アジサイなどなど。
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また傍には安産、子育て産安社(うぶやすしゃ)がありました。
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その後ケーブルカーで下に降りて、登山口の辺りを見ました。
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居の前には神代銀杏が雄々しくそびえておりまたこの手前には昭和13年9月と記された煉瓦の禊橋があり、遠い年月を感じました。
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本日はひとり旅、70歳以上限定バスツアー。ツーリズムバスの初代あんしん号で32名が参加。CDは小山さん。このバスは座席間がゆったり、トイレ付。
何しろ高齢者ばかりなので慌てることなくゆったりとすべてが進行。帰宅して振り返ると10000歩。ナーンダ!との思いが強かったです。でもまあ、これが近頃人気のツアーだそうで何事も体験でした。
posted by yunofumi at 15:34| ドタバタ日記

2017年08月05日

2017.8.5 夏の過ごし方

6月末から7月初めにかけての10日間、早めの夏休みでドライブ旅行に行きました。
ということでいよいよ八月に入りました。
今月のスケジュールにはウォーキングツアーが全くありません。
当然ながら高齢者の炎天下でのウォーキングには熱中症などが心配されるからです。
ということで自分の体力保持に如何に取り組むかがとても難しい課題となります。
そこで考えたことは3点。@カーブスに週3回は行き、筋トレを頑張る。A朝または夕にいつもより余分にウォーキングして1日に8000歩を下回らないこと。B週1で自分流の15000歩ウォーキング実施する。とくにBについては映画鑑賞を目的でウォーキングすることにしました。実はもってこいの距離でウニクス南古谷や大井イオンシネマがありますので8月は映画三昧をすればいいわけです。

8/4 東京都江東区猿江恩賜公園のノルディックウォーキングに参加。終了後新宿のデパートに立ち寄ったこともあり帰宅すると20000歩クリア。
猿江恩賜公園のノルディックウォーキングはアウトドアフィットネス主催で8月は8:30集合。おかげで見事なハスの花、「パラグアイオオオニバス」も見られました。
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8/5南古谷で映画「ローマの休日」を鑑賞。往復ともにウォーキングしました。帰りは35℃の炎天下でしたが15000歩クリアで大満足。
本日より上福岡の七夕祭りなのでこの新河岸川より市内に入るため最初の七夕飾りをみつけました。
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「ローマの休日」は「午前十時の映画祭8」の一環として全国で上映されているとのことです。
年間スケジュールが決まっているとのことでパンフもいただきました。費用は大人一律1100円、古い名画を上映ということですから映画ファンにはありがたのです。
「ローマの休日」はとてもよかった!!ヘプバーンの輝く美しさや主人公と知り合った人との心の交流も感じられ、やはり名画でした。
「午前十時の映画祭8」の今月は特別に1週間交代でヘプバーン作品が続くようなので楽しみです。実は私って若い頃は映画に関心がなかったので、普段でも新鮮な気持ちで月2回は鑑賞しています。
ということで本日のウォーキングは日陰で休みながら、また色々咲いている花や風景を楽しみながらですっかりのんびりしました。
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たまにはこんな日々もいいものです。すべては日々楽しく!!がんばります。
posted by yunofumi at 23:55| ドタバタ日記

2017年07月24日

2017.7.22 横浜散策第3回 都筑区

本日は横浜市都筑区のウォーキング。
講師は浅井先生、CDは金子さん。ということでまずは先生から都筑区についての説明がありました。
都筑区は横浜市の北部に位置し、平成6年、港北区と緑区の再編成により誕生した新しい区。 区域の北部と中央部は港北ニュータウン地域で、豊かな自然と緑を残しており、都市と農業が調和した新しい街づくりが進んでいるとのこと。区の中心となるタウンセンター地区は横浜の副都心として、商業・業務・サービスの集積や、文化施設の整備が計画されているようです。現在、総合公園の整備が進み、区総合庁舎・警察署・病院・郵便局・銀行・商業施設などはすでに開業すみ。また、区内には市営地下鉄が開通しています。また区内には農地が多くあり、野菜を中心に都市農業がさかん。また、数多くの企業の本社・研究所・研修所が進出しており、鶴見川沿いに工業地帯が形成されてきているようです。人口は18区中8番目で、平成26年に21万人を超え、今でも人口の増加が著しく、平均年齢が市内で最も若い区だそうです。

横浜市営地下鉄ブルーライン中川駅⇒くさぶえの道⇒山ア公園⇒牛久保西公園⇒ふじやとの道⇒徳生公園⇒南山田小学校⇒城山東急バス停⇒堀之内稲荷神社⇒山田神社⇒中央大学附属横浜中学校高等学校⇒牛久保東町⇒都筑民家園横浜市歴史博物館⇒大塚歳勝土遺跡公園⇒横浜市営地下鉄ブルーラインセンター北駅

私は東京メトロの副都心線で渋谷に出て東急田園都市線であざみ野まですんなり来ました。そして横浜市営地下鉄ブルーラインの中川駅で下車。
横浜市営地下鉄ブルーラインは横浜市青葉区のあざみ野駅から藤沢市の湘南台駅までを結ぶ横浜市営地下鉄の路線で32駅、約40kmあるとのこと。本日は初めて乗りました。

「くさぶえのみち」は都筑区にある北ルートの緑道のこと。
中川駅そばの烏山公園や山ア公園から、牛久保公園をぬけて、徳生公園へつながっていました。
くさぶえのみちスタートの表示
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まさに緑道です。
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山ア公園には池もあり、本当に憩いの場所になっていました。
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牛久保西公園では花が咲き、大きな竹林もありました。筍の産地なのです。
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徳生公園からは、なつみかん公園までつながる道と、山田富士公園を通り、のちめ不動前の交差点あたりまでつながる道、「ふじやとのみち」があります。ふじやとのみちには、十二支の文字が彫られた石が点在していました。この辺りでは十二支の石を探しながらウォーキングしました。
徳生公園の池はなるほど涼しげでした。
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「ふじやとのみち」では最初に「とら」の石。
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その後、ボチボチ石を探しながら歩を進め「さる」はちょっと意外なところに。
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また「いぬ」は石ではなく城山歩道橋の上に鉄を細工して鎮座していました。
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最後の「ゐ」はゴール地点の傍にありました。ここまでで4.1km.
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山田神社(やまたじんじゃ)には裏手から上りました。
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金網で保護されていた竜や鳳凰などの精巧な彫刻が施されている本殿は、市の有形文化財。 また、市の民俗芸能に指定されている、7月の「虫送り」行事は、この境内が出発点とのことです。長く続く階段が多い参道の両側には、12月ごろサザンカの花が見事だそうです。
1910年に近隣の神社が合併し、妙見社という神仏習合の神社が建っていた場所に山田神社が建立された。釣鐘は妙見社のころから設置されていたとのことでした。
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横浜市歴史博物館は1995年(平成7年)開館。20年を経過しました。活動のポリシーは「ムラと人々のくらし」。博物館の使命は、地域の文化資源、つまり文化財を収集、保存、研究し、展示や講座などでその成果を多くの市民に公開していくべきということで住民、特に小学生の教育に深くかかわっているようです。施設、学芸員ともとても充実しているよで市の施設としては今まで見た中でも一番の充実ぶりでした。
博物館入口。
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展示の様子。
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歴史博物館は隣接地に国史跡の弥生時代の大塚・歳勝土遺跡公園があり、大規模環濠集落跡が見られました。
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横浜市営地下鉄ブルーラインセンター北駅は商業施設も多く、ゆったり休憩の後、帰路につきました。
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本日は34℃、晴天。それでも午前は10:00から緑道のウォーキングが主で心地よく過ごしました。昼食は「つくし」で昼膳をいただき、満たされました。
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午後は炎天下でかなり状況は厳しくへばりました。しかし参加者22名、途中リタイアもなく約20000歩を15:30には完歩。いかに日影やそよ風が有難いかを実感した半日でした。
次は9月のウォーキングとなりますので脚力が落ちないように適度に運動をしながら暑さを乗り切りたいと思います。
posted by yunofumi at 21:06| あちこちウォーク

2017年07月19日

2017.7.15 第17回東京の新発見「世田谷区」

東急田園都市線駒沢大学駅⇒駒沢大学駅前商店街⇒駒沢大学⇒駒沢大学耕雲館⇒向井潤吉アトリエ館⇒親和橋商店会⇒世田谷1丁目⇒松崎煎餅⇒松陰神社通り⇒松陰神社前駅⇒櫻井米店⇒松陰神社・吉田松陰先生他烈士墓所・松下村塾⇒国士館大学⇒勝国寺⇒世田谷区役所城山分庁舎⇒城山小学校⇒豪徳寺2丁目⇒豪徳寺・本殿・六地蔵・井伊直弼墓⇒世田谷城跡⇒旧玉電踏切⇒SAIGON(昼食)⇒大場家住宅・郷土資料館・世田谷ボロ市⇒桜小学校バス停⇒世田谷警察署松ヶ丘交番⇒東京農大第一高校⇒東京農大食と農の博物館⇒馬事公苑⇒桜新町駅

東急田園都市線駒沢大学駅から約10分で駒沢大学到着。
駒沢大学は日本の仏教宗派の一つである曹洞宗が1592年(文禄元年)に設立した吉祥寺の学寮(吉祥寺会下学寮)を起源とする旃檀林(1657年命名)が発展した大学。曹洞宗の開祖は道元禅師。駒澤大学の建学の精神は、「仏教」の教えと「禅」の心を現代的教育に活かしてゆくこと。このことは「行学一如」と「信誠敬愛」の言葉で示されているとのこと。
現在、コメディアンの萩本欽一さんが学生となっていることは有名なことです。
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駒澤大学禅文化歴史博物館は、1928年(昭和3年)に菅原榮蔵によって図書館として建築されたのが「耕雲館」。2002年(平成14年)6月からは、禅文化関係の文物を収集・保存・展示する博物館となったとのこと。図書館が所蔵していた貴重書や禅堂の彫刻などを移転して再構成し、その特徴的な建築は東京都選定歴史的建造物に認定されており、また世田谷芸術百華にも参加しているとのことです。本日はお化粧直しで布に覆われており外観はよくわかりませんでした。
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修行僧の食事です。
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天井のステンドグラスが綺麗でした。
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向井潤吉先生は、戦後より一貫して、日本の風土に根ざした茅葺き屋根の民家をモティーフとして、制作してきた画家。戦後の高度経済成長の中で次々にその姿を消していく民家を求め、つねに現場におもむき、誇張のない的確な写実表現によって、民家のありのままの姿を生き生きととらえ、日本の美しい風土そのものを描き残してきたのです。
向井潤吉アトリエ館は、向井先生と家族が昭和8年より住まわれてきた世田谷区・弦巻の閑静な住宅地にありました。クヌギ・コナラ・ケヤキなど、武蔵 野の面影を今に残す樹木に囲まれたアトリエ館は、瀟洒な雰囲気を醸し出し、潤いのある憩いの場と感じさせました。アトリエ館は、昭和37年に建てられた、アトリエと住まいを兼ねた建築と、昭和44年に岩手県一関より移築された土蔵が対になっていました。 
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松陰神社の鎮座地にはかつて長州藩主の別邸があった所。松陰が安政の大獄で刑死した4年後の1863年(文久3年)、高杉晋作など松陰の門人によって小塚原の回向院にあった松陰の墓がここに改葬されたのです。1882年(明治15年)、門下の人々によって墓の側に松陰を祀る神社が創建された。現在の社殿は1927年から1928年にかけて造営されたものである。松陰神社はこの世田谷区と山口県萩市にあります。
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松陰の50年祭に際して寄進された26基の燈籠には伊藤博文、木戸孝正、山縣有朋、桂太郎、乃木希典、井上馨、青木周蔵などの名前があります。松下村塾を模造した建物や頼三樹三郎、広沢真臣らの墓もありました。松陰らが眠る墓域は幕末時代、徳川勢により一度破壊されましたが、明治元年(慶応4年)、木戸孝允がこれを修復整備しています。墓域には現在も、木戸が寄進した鳥居があります。また、敷地に隣接する形で桂太郎の墓もあります。桂自身の遺言により、この地に埋葬されたとのことです。

吉田松陰先生他烈士墓所
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松下村塾
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勝国寺(しょうこくじ)は、新義真言宗の寺院。この地が世田谷城の裏鬼門に位置しており、鬼門除けのために薬師如来を安置して祀ったのが起りとのことです。
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豪徳寺(ごうとくじ)は招き猫発祥の地といわれ、境内には招き猫が一杯でした。
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この辺りは中世の武蔵吉良氏が館を構え、1590年(天正18年)の小田原征伐で廃城となった世田谷城の主要部だったようです。
1480年(文明12年)、世田谷城主吉良政忠が伯母で頼高の娘である弘徳院のために「弘徳院」と称する庵を作ったのです。当初は臨済宗に属していましたが、1584年(天正12年)曹洞宗に転じています。
1633年(寛永10年)、彦根藩主・井伊直孝が井伊氏の菩提寺として伽藍を創建し、整備したとのこと。寺号は直孝の戒名である「久昌院殿豪徳天英居士」によるとのことでした。
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なお、徳富蘆花の「謀反論」にもあるとのことですが、松陰神社とは谷を挟んで目と鼻の先でした。豪徳寺は吉田松陰を刑死させた安政の大獄を起こした井伊直弼の菩提寺であることも不思議でした。

三重塔
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井伊直弼墓
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世田谷城跡。
世田谷城は、吉良氏によって築かれた平山城で世田谷に本拠を置いた奥州吉良氏が代々居を構えた場所。世田谷城は経堂台地から南に突き出た舌状台地上に占地し、城域の三方を取り囲む様に麓を烏山川が流れ天然の堀を成していたとのこと。豪徳寺付近に本丸を置き、現在の世田谷城址公園付近まで城域が拡がっていたものと考えられているとのこと。世田谷城址公園内から北に向けて延びる、空堀及び土塁が現存していました。
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仲良し3人のおじ様は本日も元気に参加されていました。
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大場家住宅は世田谷代官屋敷といわれ、彦根藩世田谷領の代官を世襲した大場家の私邸と役宅でした。敷地内には、表門と主屋、お白洲の玉砂利が白洲跡として残っていました。表門はボロ市の開かれるボロ市通りに面して建つっており、主屋は約70坪で茅葺、寄棟造りでした。世田谷ボロ市は世田谷区で毎年1月15・16日と12月15・16日に開かれるボロ市のこと。また本日はホタル祭りとサギ草市の日で表門も開いており、賑わっていました。
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サギ草
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大場家住宅に隣接して郷土資料館がありました。さまざまな資料や模型で世田谷の歴史が細かく説明されており、世田谷にも古墳があったことも示されていました。
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入口傍には擂臼、麦打ちコロ、狐の石像、地蔵菩薩など集めてありました。
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1578年、北条氏政の「楽市掟書」により世田谷城下で始まった楽市を嚆矢としているとのこと。江戸と小田原の間にある世田谷宿において伝馬の確保のため、宿場を繁栄させようという目的があったと思われるようです。その後、北条氏が豊臣秀吉により1590年の小田原征伐で没落し、北条氏の配下であった吉良氏の世田谷城も廃止されたことから、楽市は急速に衰えたのですが、その後も近郊農村の需要を満たすため、農具市として年末に開かれる歳市に形を変えて現在につながっているのです。
ボロ市名物は味があんこ、きなこ、からみの3種類の代官餅だそうです。

東京農大食と農の博物館は食と農を通して、生産者と消費者、シニア世代と若い世代、農村と都市を結ぶことがコンセプト。 様々なイベントや隣接する展示温室“バイオリウム”では、楽しい学びの場を提供しているようです。ということで“見る、聞く、触る、味わう”という食と農、そして環境について見分できました。
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カフェ プチ・ラディッシュではビタミンCが豊富なカムカムドリンクをいただきました。
珍しい味だったのでとちのはちみつと共にお土産にゲットしました。
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帰路の終点は東急田園都市線桜新町でした。ここではサザエさん一家のお見送りをいただきました。
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本日も14名が参加。講師は牧さん、CDは長身の小玉さん。晴天のもと、暑さは厳しく34℃でしたので施設に伺っては調子を整え、一気にウォーキングというパターンを繰り返し、朝10:00〜15:00で約11km、歩程20000歩を全員が完歩。
少し残念だったのは世田谷美術館が改修工事のため休館中で見られなかったことです。でもきちんとそれを補うべく向井潤吉アトリエ館を組み込んでいたのはサスガ!!と思いました。
本日で都内23区中17区終了。まだまだ先が長いので気長に楽しく回を重ねたいと思っております。
posted by yunofumi at 04:09| あちこちウォーク

2017年07月17日

2017.7.11 銀座線ウォーク第4回 

上野広小路〜浅草

銀座線は浅草から渋谷まで19駅、15km、乗車時間は32分。
このシリーズではこのコースを4回として地上部分をウォーキング。
第1回は渋谷・表参道・外苑前・青山1丁目・赤坂見附。
第2回は赤坂見附・溜池山王・虎の門・新橋・銀座・京橋。
第3回は京橋・日本橋・三越前・神田・末広町・上野広小路。
そして本日、第4回目は上野広小路・上野・稲荷町・田原町・浅草まで。

上野広小路駅⇒あすか信用金庫上野支店⇒箭弓稲荷神社⇒湯島中坂下交差点⇒本富士警察署天神町交番⇒湯島駅⇒上野恩賜公園・上野公園野外ステージ・不忍池・彰義隊戦争の黒門跡・西郷隆盛銅像・彰義隊の墓・清水観音堂・上野精養軒・パゴダ薬師堂・上野大仏⇒正岡子規野球場⇒摺鉢山古墳⇒上野駅・パンダ橋⇒東京メトロ銀座線踏切⇒日本警察犬協会⇒広徳公園・広徳禅寺遺跡⇒台東区役所⇒上野消防署⇒下谷神社・寄席発祥の地碑⇒稲荷町駅⇒誓教寺・葛飾北斎の墓⇒光明寺⇒妙音寺⇒聖徳寺・玉川庄右衛門および清右衛門の墓⇒
本覚寺・ガンダーラ仏⇒福徳稲荷神社⇒矢先稲荷神社⇒合羽橋商店街・かっぱ河太郎⇒浅草みよし(昼食)⇒東本願寺⇒西浅草1丁目⇒等光寺・石川啄木碑⇒宗吾霊堂⇒黒船神社⇒浅草消防署前交差点⇒バンダイ⇒駒形1丁目・駒形どぜう⇒世界のカバン博物館・新川柳作記念館⇒都営地下鉄浅草駅⇒雷門そば⇒駒形橋⇒駒形堂⇒雷門郵便局⇒東京メトロ浅草駅⇒松屋浅草7階駅見世・六本木六丁目食堂

今日も朝から陽ざしが厳しく暑い!20人が参加、3グループに分かれ東京シティガイドクラブの女性3人が説明役。私はB班で大和さんが担当。

上野恩賜公園は上野駅下車でいつも桜や動物園、博物館などを見に来る所。元々は江戸城の鬼門だったということで寛永寺などができたようです。オランダ医師アントニウスボードウィンの提案で公園になったとのこと。今日は不忍池の池のスイレンが綺麗に咲いていました。
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上野は1868年1月鳥羽・伏見の戦で始まる旧幕府佐幕派諸藩軍と朝廷側の倒幕軍との内戦だった戊辰戦争で寛永寺に立て篭った旧幕府軍の彰義隊を新政府軍が包囲殲滅した上野戦争があった場所。彰義隊戦争の黒門跡、西郷隆盛銅像、彰義隊の墓を見ました。
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清水観音堂は寛永8年に天台宗東叡山寛永寺の開山、慈眼大師天海大僧正によって創建。天海大僧正は寛永2年に、二代将軍徳川秀忠から寄進されていた上野忍が岡に平安京と比叡山の関係に倣って「東叡山寛永寺」を開山と同時に、比叡山が京都御所の鬼門を守護、王城の鎮護を担うと伝えられるのに倣い、江戸城の鬼門の守りをも意味したとのことです。その時に建立されたのが清水観音堂です。
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パゴダ薬師堂と上野大仏がある丘に釈迦如来坐像が安置されていました。 
最初の大仏は越後村上藩主堀直寄が寛永8年(1631)に造立し、2.8mの釈迦如来像だったようですが粘土を漆喰で固めたものであった為、1647年(正保4年)の地震により倒壊してしまったのです。その後再建されたようですが1873年(明治6年)上野公園開設時に仏殿が取り壊され、1923年(大正12年)の関東大震災では大仏の面部が落下、また第二次世界大戦における金属供出令により大仏の体・脚部を国へ供出した為、面部のみが寛永寺に遺ったようです。寛永寺では、1972年(昭和47年)丘陵上野左手に壁面を設け、いまのように「上野大仏」の顔をレリーフ状に奉安のです。
時の鐘は上野精養軒の看板傍にありました。
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摺鉢山古墳にはびっくり。上野公園内にある全長約70mの前方後円墳。後円部径約43m・高さ約5m、前方部最大幅約23m、埴輪片が出土しており内部構造は不明とのこと。5世紀頃の築造のようです。
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東京メトロ銀座線唯一の踏切で上野検車区の出口。遮断機の先は、下り勾配になっていて、トンネルに入り、地下鉄の上野駅へ続いているのです。
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広徳禅寺遺跡は区役所に隣接している「広徳児童遊園」に「広徳禅寺遺跡」の碑がありました。広徳禅寺はもとは台東区役所となっている所。
 「びっくり下谷の広徳寺、おそれ入谷の鬼子母神」と入谷の鬼子母神と並び江戸を代表する寺院として知られ、加賀前田家・会津松平家など多くの大名家菩提寺となっていました。墓所には大名家の多宝塔などが林立する壮観な寺院でしたが関東大震災により焼失し、現在は練馬区桜台に移転しています。 
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下谷神社・寄席発祥の地碑
下谷神社は、第45代聖武天皇の730年(天平2年)に峡田稲置らが、日本武尊の神徳を崇め奉って上野忍ケ丘の地にお祀りしたのが創まりとのこと。
東京大空襲では焼失しなかったとのこと。
また、下谷神社は1798年(寛政10年)に初めて寄席が行われた地で、境内には「寄席発祥の地」の石碑がありました。
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誓教寺・葛飾北斎の墓
葛飾北斎は江戸後期の著名な浮世絵師で葛飾流の始祖。本姓は中島、名は時太郎のち鉄蔵。号は春朗、宗理、可候、画狂人、卍翁など三十余あったとのこと。1760年(宝暦10年)江戸本所割下水の生まれ、父は徳川家用達の鏡師中島伊勢とのこと。十四、五才の時彫刻師に学び、十九の時に浮世絵師勝川春章の門に入ったが、ひそかに狩野派の画法を学び破門。以来土佐派、淋派、洋風画、中国画などを学び独自の画境を開いたのです。肉筆画、版画、絵本、さし絵などに手腕をふるい、特に風景画は広重とともに称賛され、「富岳三十六景」をはじめ傑作が多い。彼の作品はヨーロッパに多く流れ、フランスの印象派の人びとに大きな影響を与えたのです。
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聖徳寺には玉川庄右衛門および清右衛門の墓がありました。この二人は江戸時代初期に江戸市民の飲料水を確保するために、玉川上水を開発したのです。
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本覚寺・ガンダーラ仏
祖師堂はとても雰囲気が良かったです。
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矢先稲荷神社(やさきいなりじんじゃ)には福禄寿が祀られていました。1642年(寛永19年)、時の三代将軍徳川家光公が国家の安泰と市民の安全祈願ならびに武道の練成のために、江戸浅草のこの地に三十三間堂を建立し、弓の射技練成のために「通し矢」が行われたとのこと。また京都の三十三間堂にならって建立されたこの堂の守護神として稲荷大明神を勧請し、その場所がちょうど的の先にあたっていたので「矢先稲荷」と名づけらたのです。 1698年(元禄11年)浅草の大火や関東大震災、東京大空襲などにもあったのですが現在地に再建されています。
浅草名所七福神(あさくさなどころひちふくじん)は浅草寺(大黒天)・浅草神社(恵比須)・本龍院(毘沙門天)・今戸神社(福禄寿)・不動院(布袋尊)・石浜神社(寿老人)・吉原神社(弁財天)・鷲神社(寿老人)そして矢先稲荷神社(福禄寿)。いつか一巡してみたいものです。
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合羽橋商店街・かっぱ河太郎
東京合羽橋商店街振興組合が平成15年に「合羽橋道具街」が誕生90年を記念してシンボル像「かっぱ河太郎」を建立。「合羽橋道具街」は、明治末期から大正初期に古道具を取り扱う店の集まりから発生、第二次世界大戦後に主に料理飲食店器具や菓子道具を販売する商店街へと発展したのです。現在では、和、洋、中華食器、漆器、和洋菓子機器、厨房設備器具、ショーウインド、和洋家具、店舗装備デザイン施工、サンプル、看板、食料原材料、包装用品等を取り扱う 170店舗、約 800mの専門店街となっています。
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浅草みよし(昼食)は素晴らしく美味しいお店でした。色々次から次のお料理が並び、これは個人で来るとかなり良いお値段かもしれません
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東本願寺(ひがしほんがんじ)は、浄土真宗東本願寺派の本山。ご本尊は阿弥陀如来。2017年現在の住職は、浄土真宗東本願寺派第26世法主である大谷光見(聞如)師。境内は4252坪と広く荘厳な雰囲気が満ちていました。
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等光寺・石川啄木碑
等光寺は、斎藤道三に殺された土岐頼藝の遺子大圓が、父祖を追福するため三河國宝飯郡廣石村に創建、慶長14年(1609)神田旅籠町へ移転、明暦の大火により浅草へ移転したということです。ここには明治時代に活躍した詩人、石川啄木の歌碑があり、啄木の処女歌集「一握の砂」に収められた「浅草の夜のにぎわひに まぎれ入り まぎれ出で来しさびしき心」の句が刻まれていました。啄木生誕70年にあたる1955年(昭和30年)に建立されたのです。
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宗吾霊堂は桓武天皇の時代に、征夷大将軍坂上田村麻呂が房総を平定し、戦没者供養のため建立された真言宗豊山派の寺院。義民といわれる佐倉宗吾(木内惣五郎)は、350年前に佐倉藩国家老による暴政のため領民の救済を4代将軍家綱公へ直訴し、その罪により公津ケ原刑場で磔刑(はりつけ)に処せられのです。
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黒船神社は、平将門の乱を平定した平貞盛・藤原秀郷が造営、黒船稲荷大明神と号して天慶3年(940)に創建。藤原秀郷は、財宝を積んだ黒船に白狐がいる霊夢を見、墨田川の浜の石上に当社を勧請したとのこと。江戸時代に入り散穂稲荷大明神、紅葉山稲荷大明神を合祀、黒船三社稲荷大明神と称されたのことです。狛犬から見てもっと大きな神社だったと思われました。
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世界のカバン博物館は大手カバンのメーカーのエースが運営する施設。中はカバンに関するパネル展示、現物展示、ビデオ展示など、想像以上におもしろかったです。8階はカバンのエースの創業者・新川柳作氏の記念館とラウンジになっていました。新川柳作さんが石川県旧松任町の出身とはじめて知りました。
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駒形堂
駒形堂は隅田川にかかる駒形橋の傍らに建つています。628年に浅草寺ご本尊の聖観世音菩薩が宮戸川(隅田川)で発見されたこの地に設けられたお堂。 江戸時代は駒形堂のすぐ前に船着き場があり、ここから上陸した人びとはまず駒形堂を拝み、次に浅草寺に参拝したとのことです。
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東京メトロ浅草駅
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銀座線は1927年(昭和2年)に浅草 - 上野間で営業を開始した日本で最初の地下鉄。当時のポスターでは「東洋唯一の地下鉄道」というキャッチコピーが使われ、アジア・オセアニア地域では初めての地下鉄路線だったのです。今回4回シリーズで路線に沿いウォーキングできて面白かった!!東京は実に名所旧跡が多く、ウォーキングにはとてもよいのです。
今朝は9:30〜15:00、32℃の炎天下の中、すべての参加者がペースも落とさず、完歩。朝日旅行では完歩賞は特になく、ケーキセットがふるまわれました。最近ウォーキング参加者は80歳以上も多く、皆さんが驚くばかりの元気さです。またお会いしましょう。
posted by yunofumi at 04:51| あちこちウォーク

2017年07月14日

2017.7.8 東京まちさんぽ

メトロ飯田橋駅〜水天宮前駅

本日は友人のUさんに誘われ東京メトロのウォーキングイベントに参加。
朝8:30から5回に分けてのスタート。1回あたり約1000名、ということで合計5000名!にはびっくり。最終スタート11:00、ゴールは15:30までと規定されていました。歩行距離約12.3km、時間とすれば3時間50分とのこと。
参加費無料!私たちは9:30スタート時には特定保健用食品ヘルシアとコース地図をいただきました。またコース途中では、右折、左折のポイントでは誘導係が立ち、進行方向を示しながら励ましてくださいました。
ということで元気にスタート。

メトロ飯田橋駅⇒善国寺⇒安養寺⇒大吉飯店⇒牛込神楽坂駅⇒南蔵院⇒MAISON KAYSER⇒牛込北町交差点⇒法政大学新見附校舎⇒東京市外濠公園⇒一口坂交差点⇒FACTORY⇒靖国神社南門⇒二松学舎大学⇒宝来屋⇒九段坂上交差点⇒千鳥ヶ淵⇒北の丸公園⇒九段坂⇒昭和館⇒九段坂下駅⇒九段郵便局⇒俎橋⇒さばうる2⇒神保町交差点⇒協立女子大学前交差点⇒学士会館⇒興和一橋ビル⇒一ッ橋⇒竹橋駅⇒国際協力銀行⇒大手町駅⇒丸の内永楽ビル⇒東北線呉服橋ガード⇒SAPIA TOWER⇒東京駅日本橋口⇒日本橋駅⇒魚新・コレド日本橋⇒千代田橋⇒茅場町交差点⇒新大橋通り⇒八丁堀交差点⇒堀部安兵衛武庸之碑⇒亀島橋⇒新川バス停⇒新川2丁目交差点⇒永代橋西交差点⇒遠因教育発祥之地⇒隅田川テラス⇒福島橋⇒深川消防署永代出張所⇒陽岳寺⇒法乗院・深川えんま堂⇒心行寺⇒採茶庵⇒海辺橋⇒パタシュー清澄⇒深川江戸資料館⇒清澄庭園⇒清澄1丁目バス停⇒深川萬年橋南交差点⇒萬年橋・川船番所跡⇒芭蕉稲荷神社⇒旧新大橋跡⇒芭蕉記念館⇒新大橋交差点⇒隅田川・新大橋⇒浜町中ノ橋交差点⇒水天宮前駅

メトロ飯田橋駅を出るとすぐ善国寺、安養寺、大吉飯店、MAISON KAYSERを通過。早々と美味しいと知られているお店ですが通過です。
法政大学新見附校舎を過ぎお濠が見えてきたところに「東京市外濠公園」の石柱、これは初めてみました。
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本日は直射日光も厳しく暑い!早々と涼を求めてFACTORYでおやつタイム。
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千鳥ヶ淵では濃い緑と蓮の花に暑さもひと時忘れました。
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九段下にでると昭和館がデンと登場。昭和10年頃から昭和30年頃までの国民生活上の労苦を伝える実物資料が展示とのこと。今までまったく知らなかったので今後機会を見て伺うということで今日は通過です。
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俎橋(まないたばし)を抜け神田神保町の書店街を通過。学士会館前では「日本野球発祥の地」碑はかなりの方が見入っていました。

気象庁1階には気象科学館があるとのこと。ここまでで歩程約4.8km、約1時間半と地図にあり、お茶休憩を1回した私たちですがまずは順調。
大手町交差点辺りでなんとUさんの知人にバッタリ!お互いに健闘を称えあいました。
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東京駅日本橋口はいつもツアーの待ち合わせ場所ですが今日は外から見て随分巨大な建築物と実感。
日本橋に入ったので昼食のため小一時間休憩。魚新さんにててんぷら定食をいただきました。さすがに美味しかったです。

八丁堀駅をすぎ亀島川に架かる亀島橋西詰の公園に「堀部安兵衛武庸之碑」がありました。彼は本所吉良邸に討ち入りし上野介の首級をあげた赤穂浪士四十七士の一人です。
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隅田川に架かる永代橋の西詰南側の歩道の植込みに、船員教育発祥之地碑がありました。
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かって、黒船来航で開国を余儀なくされた江戸幕府が海軍講習所・軍艦操練所などを設置して日本人による軍艦の運航ができる体制を整えようとしたことの現れです。すなわち明治になり日本の商業海運界も国際的には立ち後れていることがわかり、船員教育の制度が必要となったということでしょうか。1875(明治8)年、岩崎弥太郎が大久保利通・内務卿の命により「三菱商船学校」を設立。これがのちの東京商船大学(2003に、その後東京水産大学と合併して現在の東京海洋大学になったとのことです。

法乗院・深川えんま堂は本日は門前でお詣りのみにしました。
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芭蕉は、1689年(元禄2年、採茶庵(さいとあん)から「おくの細道」の旅に出発したのです。 採茶庵は、芭蕉の門人、杉山杉風(さんぷう)の別宅だったとのこと。芭蕉は「奥の細道」の旅に出る前に、それまで住んでいた隅田川と小名木川の合流地点あたりの芭蕉庵を手放していたのです。採荼庵に芭蕉を住まわせた杉風は、日本橋で幕府御用の魚問屋を営み、豊かな経済力で芭蕉の生活を支えていたとのことです。
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海辺橋、深川江戸資料館、清澄庭園、萬年橋・川船番所跡を過ぎると芭蕉稲荷神社がありました。
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清澄庭園は先日伺ったばかりなので本日は通過です。ここで歩程約10.2km、3時間越となっています。

またそばには芭蕉記念館があります。こちらは街道歩きで見物すみです。
こうしてメトル水天宮前駅に15:00過ぎにゴール。完歩記念はメトロの電車をイメージしたラップでした。
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本日は35℃、ほとんど風なし。とっても熱く、水分はいつになく多めにとっていました。歩程12.3km、ランチ、お茶時間を除けばまずまずのテンポでのウォーキングでした。皆さんががんばっている姿に励まされ、Uさんが調子を合わせてくださり、私も完歩出来た次第です。お世話になりました。ありがとう!!
posted by yunofumi at 21:06| あちこちウォーク

2017年07月11日

2017.7.5 水戸日帰りバスツアー

今日は知人のKさんとステップトラベルのバスツアーに参加。
ウエスタ川越→石切山脈鑑賞→めんたいパーク大洗→森田水産→水戸ドライブイン(昼食)→袋田の滝→ウエスタ川越

川越7:40出発、川越ICから圏央道、東北道と直走り、まずは石切山脈鑑賞。
茨城県笠間市稲田に産する黒雲母花コウ岩の石材を稲田石というそうです。中粒で,黒雲母が目立たず白っぽく見えるので自御影ともいわれ、均質のものが大量にとれ,明治以降,土木・建築用材として広く使われているのです。現在は日本最大の御影石産地。東京における白御影の建築は,古くは日本橋や明治生命本社,新しいものでは最高裁判所,日本銀行本店新館など、ほとんどがこの石だそうです。また墓石材としても利用されているとのことです。
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モニュメントがいっぱいありました。
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額縁のようなモニュメントがあったのでちゃっかり記念撮影。
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切り出された石が所かまわずゴロゴロ。
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見せていただいた会社は中野組石材工業鰍ナした。

めんたいパーク大洗は茨木県大洗町にありました。
福岡県での生産が主だったかねふくの明太子を関東でもできたてを提供したいと大洗にオープンしたようです。辛子明太子のできるまでを工場見学させていただきました。またできたての明太子を使ったおにぎりやソフトクリーム販売もありました。直売カウンターでは皆さんが買い物をしていました。
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森田水産那珂湊店はお魚売り場、回転寿司、レストランもある大きな市場でした。生牡蠣を剥き速攻、召し上がっている方も大勢いました。こちらの回転寿司は見るからに美味しそうでした。
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ひたちの里水戸ドライブインでは昼食に立ち寄っただけの感じ。団体専用席だったこともあり先ほど見た生きの良い魚がちらつき、箱膳の数切れのお刺身にはちょっと引いてしまいました。

茨木県大子町(だいごまち)の袋田の滝は昨日雨が降ったこともあり、滝のしぶきと音がすごかったです。
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袋田の滝は日本三名滝のひとつ。高さ120m、幅73m、四段に落下していることから別名四段の滝とも呼ばれているとのこと。滝をバックに記念撮影をしました。
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滝を鑑賞するのにトンネルになっており、途中に第一観瀑台がありました。トンネルの最後にはエレベーターがあり、第二観瀑台から滝の最上段を見られました。
帰りは吊り橋を渡りました。
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滝を横に見てもすごい迫力でした。
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途中ではすっかり森林浴をした気分でした。
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本日はバスでの移動が主ですから万歩計はどうかしら?と思いきや自宅に帰って確認すると10000歩達成でホッ。何しろ先日のドライブ旅行から帰ってまだ数日なのにこのバスツアーでしたから車中ではずっと爆睡。お陰様で帰りは元気、元気で、「また明日!」と解散しました。
posted by yunofumi at 21:47| ドタバタ日記