2017年08月19日

2017.8.17山里料理と御岳山のレンゲショウマを尋ねて

JR新宿駅西口都庁大型バス駐車場⇒首都高速道・圏央道⇒八王子西IC⇒あきる野市・黒茶屋(山里料理の昼食)⇒御岳山⇒日の出IC⇒圏央道・首都高速道⇒JR新宿西口

夏だというのに雨が続いているこの頃です。本日は幸運にも曇りの中で過ごせました。
都心から約1時間強でもう多摩川の支流、秋川のすぐ傍にあるあきる野市「黒茶屋」に到着。鄙びた建物があり、いい感じ。
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お品書きは色とりどり。
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私的には前菜に特徴があっと思いました。
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ここでは食事後の散策がゆったりできてよかったです。
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すぐそばに子生神社(こやすじんじゃ)がありました。地元では子安さまとよばれているそうです。
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ここは、永正元(1504)年両部神道修験者阿闍梨法印朱学院の創建、祭神は猿田彦神・木花開耶姫命とのことです。子孫繁栄、安産子育の神として広く崇敬され、妊婦が奉納した底の抜けた竹柄杓が、拝殿に懸けられていました。授かった子が、清水の流れる如く安産できることを願い、底無し柄杓を奉納するとのことでした。
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御岳山は929m、高尾山よりもっと本格的な山という感じ。
ケーブルカーで下の御岳登山鉄道滝本駅(407m)〜御岳山駅(831m)までは6分
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その後リフト2分で御岳山展望食堂。リフトは1人乗りでちょっと怖かったです。

そしてレゲショウマの群生地へ。
今日はこの辺りは雲の中。おまけにレゲショウマはまだ三分咲き。
それでもかわいい花々を色々見ることができました。
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レンゲショウマ、アジサイなどなど。
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また傍には安産、子育て産安社(うぶやすしゃ)がありました。
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その後ケーブルカーで下に降りて、登山口の辺りを見ました。
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居の前には神代銀杏が雄々しくそびえておりまたこの手前には昭和13年9月と記された煉瓦の禊橋があり、遠い年月を感じました。
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本日はひとり旅、70歳以上限定バスツアー。ツーリズムバスの初代あんしん号で32名が参加。CDは小山さん。このバスは座席間がゆったり、トイレ付。
何しろ高齢者ばかりなので慌てることなくゆったりとすべてが進行。帰宅して振り返ると10000歩。ナーンダ!との思いが強かったです。でもまあ、これが近頃人気のツアーだそうで何事も体験でした。
posted by yunofumi at 15:34| ドタバタ日記

2017年08月05日

2017.8.5 夏の過ごし方

6月末から7月初めにかけての10日間、早めの夏休みでドライブ旅行に行きました。
ということでいよいよ八月に入りました。
今月のスケジュールにはウォーキングツアーが全くありません。
当然ながら高齢者の炎天下でのウォーキングには熱中症などが心配されるからです。
ということで自分の体力保持に如何に取り組むかがとても難しい課題となります。
そこで考えたことは3点。@カーブスに週3回は行き、筋トレを頑張る。A朝または夕にいつもより余分にウォーキングして1日に8000歩を下回らないこと。B週1で自分流の15000歩ウォーキング実施する。とくにBについては映画鑑賞を目的でウォーキングすることにしました。実はもってこいの距離でウニクス南古谷や大井イオンシネマがありますので8月は映画三昧をすればいいわけです。

8/4 東京都江東区猿江恩賜公園のノルディックウォーキングに参加。終了後新宿のデパートに立ち寄ったこともあり帰宅すると20000歩クリア。
猿江恩賜公園のノルディックウォーキングはアウトドアフィットネス主催で8月は8:30集合。おかげで見事なハスの花、「パラグアイオオオニバス」も見られました。
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8/5南古谷で映画「ローマの休日」を鑑賞。往復ともにウォーキングしました。帰りは35℃の炎天下でしたが15000歩クリアで大満足。
本日より上福岡の七夕祭りなのでこの新河岸川より市内に入るため最初の七夕飾りをみつけました。
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「ローマの休日」は「午前十時の映画祭8」の一環として全国で上映されているとのことです。
年間スケジュールが決まっているとのことでパンフもいただきました。費用は大人一律1100円、古い名画を上映ということですから映画ファンにはありがたのです。
「ローマの休日」はとてもよかった!!ヘプバーンの輝く美しさや主人公と知り合った人との心の交流も感じられ、やはり名画でした。
「午前十時の映画祭8」の今月は特別に1週間交代でヘプバーン作品が続くようなので楽しみです。実は私って若い頃は映画に関心がなかったので、普段でも新鮮な気持ちで月2回は鑑賞しています。
ということで本日のウォーキングは日陰で休みながら、また色々咲いている花や風景を楽しみながらですっかりのんびりしました。
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たまにはこんな日々もいいものです。すべては日々楽しく!!がんばります。
posted by yunofumi at 23:55| ドタバタ日記

2017年07月11日

2017.7.5 水戸日帰りバスツアー

今日は知人のKさんとステップトラベルのバスツアーに参加。
ウエスタ川越→石切山脈鑑賞→めんたいパーク大洗→森田水産→水戸ドライブイン(昼食)→袋田の滝→ウエスタ川越

川越7:40出発、川越ICから圏央道、東北道と直走り、まずは石切山脈鑑賞。
茨城県笠間市稲田に産する黒雲母花コウ岩の石材を稲田石というそうです。中粒で,黒雲母が目立たず白っぽく見えるので自御影ともいわれ、均質のものが大量にとれ,明治以降,土木・建築用材として広く使われているのです。現在は日本最大の御影石産地。東京における白御影の建築は,古くは日本橋や明治生命本社,新しいものでは最高裁判所,日本銀行本店新館など、ほとんどがこの石だそうです。また墓石材としても利用されているとのことです。
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モニュメントがいっぱいありました。
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額縁のようなモニュメントがあったのでちゃっかり記念撮影。
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切り出された石が所かまわずゴロゴロ。
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見せていただいた会社は中野組石材工業鰍ナした。

めんたいパーク大洗は茨木県大洗町にありました。
福岡県での生産が主だったかねふくの明太子を関東でもできたてを提供したいと大洗にオープンしたようです。辛子明太子のできるまでを工場見学させていただきました。またできたての明太子を使ったおにぎりやソフトクリーム販売もありました。直売カウンターでは皆さんが買い物をしていました。
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森田水産那珂湊店はお魚売り場、回転寿司、レストランもある大きな市場でした。生牡蠣を剥き速攻、召し上がっている方も大勢いました。こちらの回転寿司は見るからに美味しそうでした。
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ひたちの里水戸ドライブインでは昼食に立ち寄っただけの感じ。団体専用席だったこともあり先ほど見た生きの良い魚がちらつき、箱膳の数切れのお刺身にはちょっと引いてしまいました。

茨木県大子町(だいごまち)の袋田の滝は昨日雨が降ったこともあり、滝のしぶきと音がすごかったです。
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袋田の滝は日本三名滝のひとつ。高さ120m、幅73m、四段に落下していることから別名四段の滝とも呼ばれているとのこと。滝をバックに記念撮影をしました。
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滝を鑑賞するのにトンネルになっており、途中に第一観瀑台がありました。トンネルの最後にはエレベーターがあり、第二観瀑台から滝の最上段を見られました。
帰りは吊り橋を渡りました。
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滝を横に見てもすごい迫力でした。
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途中ではすっかり森林浴をした気分でした。
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本日はバスでの移動が主ですから万歩計はどうかしら?と思いきや自宅に帰って確認すると10000歩達成でホッ。何しろ先日のドライブ旅行から帰ってまだ数日なのにこのバスツアーでしたから車中ではずっと爆睡。お陰様で帰りは元気、元気で、「また明日!」と解散しました。
posted by yunofumi at 21:47| ドタバタ日記

2017年07月09日

2017.7.3 1300kmドライブ旅行 振り返り

スタート 6/23 ゴール7/2 行程9泊10日 走行距離約1300km
〇今回の旅行は梅雨の時期でしたが幸運なことにほとんど晴れや曇りで雨にあったのは9日目の半日だけでした。
〇旅行目的は@観光(明治村・彦根城・ドナルドキーン柏崎)A故郷訪問(従姉宅・寺院など墓参)に絞ったのが良かった。
〇お土産は最小限、日持ちの良いものにしてよかった。
〇愛車のコンデションを含め、自分の気力・体力が充実していたのがよかった。
〇緩いスケジュールで時間制限もなかったことも幸いでした。
ということで一念発起のドライブ旅行を無事に終了しました。また明日から、気力・体力の保持に努め、日々、明るく元気に過ごします。
posted by yunofumi at 13:51| ドタバタ日記

2017.7.2 1300kmドライブ旅行 10日目

太田市内(群馬県太田市)→関越自動車道:花園IC・高坂SA→三芳PA→自宅

太田市内出発9:30出発時にはすでに30℃、晴天。暑くなるのは良し!ということで元気に家路につきました。
高坂SAをはじめてじっくり散歩。上りと下りのエリアを行き来できるのも初めて知りました。
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家にはお昼過ぎに到着。33℃、暑い!それでも元気が十分残っていたので荷ほどき、洗濯、近所へのお土産配りを済ませ、夕方にはようやく日常になりました。
長いドライブ旅行でしたが無事に終了できたことを感謝!
また明日から日々、元気に過ごします。
posted by yunofumi at 08:50| ドタバタ日記

2017年07月08日

2017.7.1 1300kmドライブ旅行 9日目

本日の行程は新潟県柏崎市〜群馬県太田市までの約200kmを予定。
ここの所毎日天候が定まらず、全国的に大雨の所もありますとのこと。ドライブ旅行はできるだけ雨降りや嵐を避けたいのが正直なところです。ということで今朝はたまたま4:30に目覚めました。時間経過とともに雨量も増し、雷もあり、と聞いていたので今の内にと5:30にホテルを柏崎出発、気温23℃、雨。

ホテルアルファーワン→北陸自動車道:柏崎IC・大積PA・長岡JCT→関越自動車道・越後川口SA・大和PA・塩沢石打IC・関越トンネル・谷川岳PA・赤城高原SA・高崎JCT→北関東自動車道・伊勢崎IC→太田市内(群馬県太田市)

北陸自動車道大積PAでは過去の積雪の記録がありました。平成17年370cm。大変なことです。また越後川口SAの展望台からは雄大な信濃川を見ました。
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確かにずっと雨は小降り。谷川岳などの山々を見ながらでも関越自動車道に入ると何度も通ったことがあるのでちょっと気が楽。そして11kmと長い関越トンネルを抜けると雨が上がっていました。山々の緑と雲を眺めていると丸で水墨画の世界!とっても綺麗!!
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9:00前に赤城高原SAに到着。気温21℃、やや寒くレストランでモーニングをいただき、1時間休憩。
その後、太田市内に入って給油、25ℓ、@128は旅先としてはまずまず。
こうして本日の宿、義弟宅に11:00前に到着。旅の話に花が咲き、大いに楽しく本日も終了しました。
posted by yunofumi at 20:50| ドタバタ日記

2017年07月07日

2017.6.30 1300kmドライブ旅行 8日目

今日からは帰路です。空模様を見ながら朝早く出発。お蔭で柏崎までは雨なし。その後には本日の終点ホテルでしたがほぼ10分ほどだったので有難かったです。今日は200km以上の走行、それに立山・黒部などを通過。親不知・子不知などの海岸線もあり、何しろトンネルが多いので一層慎重に運転しました。

トラスティ金沢香林坊→北陸自動車道:金沢森本IC・小矢部川SA・流杉PA・有磯海SA・名立谷浜SA・米山SA→柏崎IC→ドナルドキーンセンター柏崎→ホテルアルファーワン柏崎(新潟県柏崎市)

トラスティ金沢香林坊の朝食はバイキングでしたが和・洋と揃い、おまけに献立も色々で目移りしました。かなりしっかり食べました。
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北陸自動車道はSAやPAごとに色々工夫が見られました。
有磯海SAにある芭蕉句碑です。
「一つ家に 遊女も寝たり 萩と月」
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名立谷浜SAでは北陸自動車道全線開通記念碑が各県を形どっていました。
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ドナルドキーンセンター柏崎。
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キーン先生は1922年米国生まれ。瀬戸内寂聴さんと同年。
長年自分が抱いていた二つの疑問が解決して、すっきりしました。来てよかった!!
Q1:なぜキーン先生が日本語にこれだけ深くかかわる気持ちになったのか。
A1:太平洋戦争のころ、たまたま手にした「源氏物語」に感動し、角田柳作から日本思想史を学び日本研究をはじめたとのことです。
Q2なぜこの柏崎にこのような施設ができたのか。
A2:平成19年の中越沖地震復興のきっかけに柏崎を角書きにもつ幻の古浄瑠璃「越後國・柏崎 弘知法印御伝記(えちごのくに・かしわざき こうちほういんごでんき)」の復活上演を市民に呼びかけたのがキーン先生。その後、市民の協力で平成21年に300年ぶりで復活上演されたとのことです。さらにその後も、キーン先生は、市制70周年事業での記念講演や東京での古浄瑠璃上演など、支援を続けていたのです。2011年の東日本大震災を契機に日本国籍を取得して日本に永住する意思を表明し、実行。2013年(平成25年)菓子メーカー・ブルボンが、新潟県柏崎市にキーン先生の業績を紹介する記念館「ドナルド・キーン・センター柏崎」をオープンしたのです。思いとして日本文学の素晴らしさを伝えたいということです。
展示はとても深く日本文学を語っており、私のような浅学でも見学は3時間ほどを要しました

今日一日は曇天模様〜薄曇り〜少しばかりの日差しと青空〜小雨と移動につれ、めまぐるしかったです。
トンネルが多かった今日の高速道路ですが眺めも素晴らしく、ここでは晴れていること、風のないことに感謝しつつ、山々の緑が濃く、海原や山の頂上などは雲や霞が見られ自然の偉大さを感じた1日でした。
posted by yunofumi at 06:00| ドタバタ日記

2017年07月06日

2017.6.29 1300kmドライブ旅行 7日目

私は大学入学までは石川県能美市で育ちました。この地は九谷焼の街です。能美市出身の有名人は松井秀樹さんです。
金沢から片道30kmの能美市湯谷へ。親類縁者宅にも顔を出し、父母の墓参を済ませ、その後、いとこたちと旧交を温めました。
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何年会わなくてもすぐ方言で話ができるので嬉しかったです。

午後は金沢に戻り、市内の有名神社二社に伺いました。

尾山神社は、江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。主祭神は、加賀藩の藩祖前田利家で、創建は1873年。境内摂社に歴代藩主を祀った金谷神社があるとのこと。
写真は尾山神社神門。棟梁・津田吉之助の設計施工で1875年(明治8年)に完成。1階を木骨煉瓦造石貼付の3連アーチとし、2階・3階を木造漆喰塗りで階を追うごとに小さく作られています。各階の肩が垂直ではなく竜宮城のようにカーブしていることから、中国南方の寺院の門の作りになっているのです。用途は神社の正門ですが、最上階には色ガラスがはめられ灯台の役割を果たしていたともいわれています。
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尾崎神社には天照大神、東照大権現(徳川家康)、加賀藩三代藩主前田利常が祭られています。朱塗りの社殿には徳川家康の紋が散りばめられ、金沢城の江戸、北陸の日光と呼ばれているとのこと。江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつで別名を金沢東照宮というのです。
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今日は旅行の後半に入り少し運動不足を感じました。実は旅行前に日頃お世話になっているフィットネスへ10日間のお休みを申し出た所、金沢にあるカーブスアル・プラザ金沢に都合の良い時に行けるように手配をしてくださったのです。そこで夕方、お散歩を兼ねて伺い、一汗流し、すっきりしました。
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ということで、今日は約10000歩達成!明日はいよいよ最後の目玉がある柏崎へ出発なのでまたしても早寝でした。
posted by yunofumi at 21:59| ドタバタ日記

2017.6.28 1300kmドライブ旅行 6日目

今日は福井から金沢を目指しました。
ここまでは観光三昧でしたが本日と明日は故郷でお盆前ですがお寺さんも含め、お墓参りが主です。
もちろん合間には少し観光もと思っていますけど、、、ね。

福井アカデミアホテル→従姉宅訪問→北陸自動車道:福井IC・女形谷PA・安宅PA金沢西IC→金沢の寺院2か所→ホテルトラスティ金沢香林坊(石川県金沢市)

今朝はアサイチで従姉を訪問。数年ごとに会っている方です。元気そうで何よりでした。
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本日のドライブでの移動は101km、途中の休憩は相変わらずPAで頻繁にとり疲れは覚えませんでした。とにかく晴れているのは有難かったですが27℃もあり、水を飲みながら本日も快適なドライブでした。
金沢では寺院を二つ訪問。ご先祖様とお久しぶりのご対面。
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上宮寺↑ ↓高岸寺
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そうそう面白かったのは金沢市立玉川図書館・近世史料館を訪ねたこと。
実は我が家のご先祖様が暮らしていた住所が旅行前に判ったので古地図があるか、立ち寄ったのです。職員の皆さんの協力で見つかり、コピーをいただきました。
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本日のホテルは金沢の中心の香林坊にあるホテルトラスティ金沢香林坊。
この旅行では一番の贅沢、お部屋も広く、まあ綺麗でびっくり。
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そうそう、金沢市内は交通量が凄くて一方通行や袋小路も多いことがわかっていたので危険を感じ、見物は少し贅沢をしてタクシーであちこち移動。おかげで1日の歩数は6000歩とささやかなことになりました。今日はいつもの観光と違い、心情的に様々な思いが涌き、夕方になるとそれなりに疲労感を覚え、早寝で爆睡しました。
posted by yunofumi at 02:41| ドタバタ日記

2017年07月05日

2017.6.27 1300kmドライブ旅行 5日目

いよいよ本格的に表日本から裏日本へという感じ。
山々の間を縫って進み、ここでトラブったらコワーイ!と思いつつ、愛車は順調!!

ホテルサンルート彦根→名神高速道:彦根IC・米原JCT・賤ヶ岳SA・南条SA・福井IC→福井城址・福井神社・福井市立歴史博物館・養浩館庭園・福井市美術館→福井アカデミアホテル(福井県福井市)
本日のドライブでの移動は114kmを2時間30分で終了。午後雨が降るかも!と思い素直に急いだのです。

福井城址公園。
福井城は城郭の一部が現存するのみでした。形式は平城。本丸と二の丸の縄張りは徳川家康によるものとされているようです。この城は福井藩主越前松平家の居城、城下町として栄えたのです。別名、北ノ庄城といわれ築城は柴田勝家とのことですが1583年の賤ヶ岳の戦いに勝家が敗れ、妻・市と共にここで自害したのです。
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天守跡には福井の名前の元となった「福の井」が復元されていました。
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またお濠をぐるりと歩くと山里御門が復元中とあり、それに続くお殿様が渡った御廊下橋も復元中でした。
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明治維新の際には徳川親藩、または譜代大名の尊王派の中心人となっていた松平慶永公を祀る神社として知られるのが「福井神社」。1943年に創建されました。当時は総檜造りの社殿だったのが創建後間もなく戦災で焼失し、昭和32年には福井大学工学部の設計により、総コンクリート造りという独特の様式で再建されたのです。近代的な建築でありながら、境内には、幕末の福井藩士の他、橋本左内などが祀られています。
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福井市立歴史博物館は元々、1953年(昭和28年)に足羽山に開館して以来、福井に関する史料を収集し、福井市春嶽公記念文庫をはじめとする福井藩、越前松平家に関する資料が充実していました。2004年(平成16年)に越前松平家の別邸であった養浩館庭園に隣接して福井城の門舎人門が復元されたことで現在地に移転し、新築開館したのです。現在はこの一帯は福井歴史の庭散策ゾーンとして整備されていました。
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養浩館庭園は、江戸時代には「御泉水屋敷」と呼ばれ、福井藩主松平家の別邸だったようです。明治時代、廃藩置県となった後も御泉水屋敷の敷地は引き続き松平家の所有地とでその福井事務所や迎賓館として機能したようです。明治17年には松平春嶽によって「養浩館」と名づけられたのです。また養浩館は、その数寄屋造邸宅や回遊式林泉庭園が早くから学会で注目され、すでに戦前には建築史・庭園史の専門家の調査があったようです。
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福井市美術館。
ユニークな建物は黒川紀章の設計。外壁のほとんどがガラスで曲線を多用した不思議な形でこれは黒川紀章が提唱した「共生」の思想を表現しているとのこと。ここでは彫刻ならではの自然光による作品鑑賞や、明るい雰囲気の中で行う創作など、豊かな創造活動が行えるのです。第二次世界大戦前後の動乱期をフランスで過ごした彫刻家・高田博厚の作品が収蔵、展示されているようです。本日はこドライブ中にカーラジオで企画展 “版画にみる『美しき時代 ベル・エポック展』〜ロートレックたちが描いた華麗なる巴里〜”を、開催中との情報があり急遽、立ち寄りました。
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福井県には子供のころからよく来ていましたが東尋坊以外の観光ははじめてでした。本日はまったく優雅な観光三昧!でした
普段、時間にかまわず行動することがなかなか難しい日々です。
有難く、のんびり、気ままで、今日も感謝。13000歩もありがとう。
posted by yunofumi at 23:14| ドタバタ日記

2017年07月04日

2017.6.26 1300kmドライブ旅行 4日目

ワーイ!青空いっぱいの朝です。今日は一宮から彦根までなので走行距離ははじめて100km未満。ということで、のんびり出発。
一宮シティホテル→名神高速道:一宮西IC〜養老SA〜彦根IC→彦根城→ホテルサンルート彦根(滋賀県彦根市)

結果としては、途中休憩も含め1時間半で彦根城到着。その後、昼食を含み、5時間もお城などを見物。本日の走行距離は64km。

彦根城に着くとまず石垣と石段!広大な趣を予感させます。
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そしてひこにゃんとご対面。フワフワ動いてほんわか、ほのぼのの気分になりました。
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ひこにゃんは、滋賀県彦根市のマスコットキャラクター。愛称は一般公募から選定されたとのこと。 江戸時代の彦根藩2代目藩主・井伊直孝に縁ある1匹の白猫をモデルとしているとのことでした。

彦根城は江戸時代初期、彦根山に、鎮西を担う井伊氏の拠点として置かれた平山城(標高50m)。この地の山が「金亀山(こんきやま)」との異名を持つため、城は金亀城(こんきじょう)ともいわれます。多くの大老を輩出した譜代大名である井伊氏14代の居城でもありました。
天守は複合式望楼型 3重3階地下1階でとても姿が綺麗。
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中の急な階段を上ると素晴らしい眺め。
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ちょっと天守をバックに記念撮影。
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西の丸三重櫓は、東側と北側にそれぞれ1階の続櫓(つづきやぐら)を「く」の字に付設しています。三重櫓には天守のように装飾的な破風(はふ)などはありません。櫓全体を総漆喰塗り。この建物は浅井長政の居城であった小谷城の天守を移築したとの伝えもあるとのことです。彦根藩主井伊家の歴史を綴った『井伊年譜』では、築城当初、西の丸三重櫓は家老の木俣土佐(きまたとさ)に預けられていたようです。
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楽々園(らくらくえん)は、江戸時代初期 (1677年) に彦根藩4代藩主井伊直興によって造営が開始された井伊家の下屋敷だった所。江戸時代後期の数奇屋建築が見られ、江戸時代は「槻御殿」とか「黒門外御屋敷」と呼ばれていたようです。明治時代以降に「楽々園」と呼ばれるようになったようです。 御書院から見る庭園は玄宮園の池泉を借景とする枯山水で優雅な味わいでした。
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楽々園に続く玄宮園は、江戸時代後期の文化10年(1813年)には第11代藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、現在に至っているとのことでした。庭園も素晴らしい。
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歩き疲れたところで屋形船に乗り、お濠からお城や石垣を眺め、いい気分。
この位置からの天守が一番きれい。船からだからとれる構図です。
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開国記念館は、昭和35年(1960年)に井伊直弼の没後100年を記念し、彦根市民の浄財によって、彦根城の佐和口多聞櫓を再現したものとのこと。その後は直弼を顕彰する展覧会などが継起的に催される展示があるようです。
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いつの間にかここにもひこにゃんがいました。

彦根城博物館は1987年(昭和62年)彦根市市制50周年記念で彦根城表御殿跡地にこれの復元で建てられた施設とのこと。井伊家代々の美術品、工芸品、古文書と収蔵品はとても多いようです。
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彦根市は彦根城を中心に長年、井伊氏が中心で盛り上がった街のようで静かで落ち着いた雰囲気でした。
しかし今年は彦根城築城410年祭と大河ドラマの影響で賑わっているようです。また浜松市みをつくし文化センターではおんな城主直虎大河ドラマ館も開館中とのことでした。
すっかり心身ともに旅行気分を満喫の今日は自分の誕生日。元気、元気で日々を過ごせていることに感謝!きっとこのスローペースの旅行が一段と元気を与えてくれているかも!
気温27℃の中、13000歩達成!長年見たいと思っていた彦根城を訪れて大満足の一日でした。
posted by yunofumi at 21:28| ドタバタ日記

2017.6.25 1300kmドライブ旅行 3日目

本日は休養日。天気予報で雨降りとわかっていたので少し寝坊していたところ7:02鉄筋コンクリートのホテルもユラユラ。長野県王滝村、木曽町が震源震度5の地震でした。ホテルは愛知県一宮市ですから左程遠くない場所、それでも震度3ということで事なきを得ております。
やはり、どんより厚い雲が空いっぱいです。まずは一宮モーニングをいただき、大満足。実はこの地がよく言う名古屋モーニングの始まりの地だそうですから。
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9:30愛車でイオンモール木曽川へ。10:20〜野村萬斎主演の「花戦さ」を鑑賞。
茶道、華道のお点前を久しぶりにじっくりと拝見。とても心洗われました。
午後はホテルで今後のプランを確認、その後JR一宮駅まで散歩、ようやく10000歩となりヤレヤレ。夜は、新聞、週刊誌、小説などを乱読して大満足。また明日から頑張ります。
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posted by yunofumi at 02:10| ドタバタ日記

2017年07月03日

2017.6.24 1300kmドライブ旅行 2日目 

朝6:00起床、7:30ホテル東横インTを出発。本日も晴れているけれど徐々に気温上昇との天気予報でした。

東横インT(山梨県甲府市)→中央自動車道:甲府昭和IC・八ヶ岳SA・諏訪湖SA・神坂IC・恵那峡SA・小牧東IC→明治村→一宮シティホテル(愛知県一宮市)

ドライブ途中では山々が実に綺麗でした。
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本日は昨日よりさらに長距離となるのでまたたっぷり休憩をしながらドライブしました。結局4時間で明治村到着。その後ホテルへ行き、本日の走行距離は260kmでした。

博物館 明治村は、犬山市にある野外博物館で特に明治時代をコンセプトとしたテーマパーク。 明治時代の建造物等を移築して公開しており、また明治時代の歴史的資料も収集し、社会文化の向上に寄与することを目的としているとのこと。非常に大規模で敷地面積は日本のテーマパークでは第3位。 歴史的建造物の多さやその広さからドラマの撮影やアニメのモチーフに頻繁に使われるとのこと。NHKの「花子とアン」のロケ地MAPもありました。
入村後すぐにボランティアさんの案内があることを知り、お願いしました。
第八高等学校正門は明治村の正門となっていました。
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この門は、もと名古屋の旧制第八高等学校の正門。この学校は1908年(明治41年)に設立され、愛知県立第一中学校の旧校舎を借りて開校。四本の門柱は、赤いレンガに白い花崗岩を帯状に配して作られており、この構成は明治洋風建築によく用いられたもの。また中央の両開門扉、脇門の片開門扉、袖柵は細い鉄材で作られていました。これらは、いずれも当時の洋風建築を語る時欠くことのできないものとのことでした。
1872年(明治5年)の学制公布から十数年を経て、明治19年森有礼によって一大教育改革が行われ、「小学校令」「中学校令」「帝国大学令」「師範学校令」が定められた。これにより小学校、中学校、師範学校にはそれぞれ尋常と高等の二段階の学校が設けられ、四年間の尋常小学校は義務教育とされ、遅れて1894年(明治27年)には「高等学校令」が定められ、それまでの高等中学校が高等学校に改称・改組された。この改革により、その後数十年にわたって整備・拡充されていく学校制度の基礎が築かれたのです。

そしてボランティアさんと記念撮影。
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森鴎外・夏目漱石住宅では中も見ることができました。
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1887年ごろに、医学士中島襄吉の新居として建てられた典型的な和風中流住宅。この家は偶然、鴎外と漱石が相次いで暮らしたとのことで、鴎外はこの家で「文づかひ」を、漱石は「吾輩は猫である」を執筆したとのことでした。

聖ヨハネ教会堂はとても神々しかったです。
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アメリカ人宣教師で建築家のガーディナーが1907年、京都に建てた教会堂。1階はレンガ造り、2階の会堂内部はテントのように木が組まれ、天井にはられた竹のすだれ、ステンドグラスの大窓が明るく開放的な空間を作り出しているとのことです。

一番見たかったのが帝国ホテル中央玄関。
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米国の建築家F.L.ライトの設計。幾何学的に彫られた大谷石や透かし入りのレンガが使われた姿は、宮殿のような品格があり、積み木の楽しさを持ち、20世紀を代表する名建築の一つといわれている様子です。

ということで明治村ではボランティアさんの案内、一人での散策、村営バスの利用を組み合わせて歩き回り、色々な建物を楽しみ、ホテルに到着後の散策も含め歩数は17000歩をクリア。こうして運動量もまずまずで一日を終えました。明日が雨降りとわかりましたので大忙しの見物でした。
そうそうホテルのチェックイン後、尾張一宮駅を一目見ようと散策し、途中にあったのが真実清田神社です。
一宮市は、古くは木曽川の流域に沿っていたとのこと。今は繊維の街として有名。しかしもともとは、木曽川の灌漑用水による水田地帯として、清く澄んだ水によって水田を形成していたため、真清田(ますみだ)と名付けられたといわれています。
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真実清田神社は、平安時代、国家から国幣の名神大社と知られているとのこと。神階は正四位上で、尾張国の一宮として、国司を始め人々の崇敬を集めたのです。鎌倉時代には、順徳天皇がこの神社を崇敬されたとのこと。その舞楽面は、現在も、重要文化財だそうです。江戸時代には、徳川幕府は神領として、朱印領333石を奉りまた、尾張藩主徳川義直は、1631年(寛永8年)この神社の大修理を行うことに大きく貢献したのです。明治18年には国幣小社、大正3年に国幣中社に列し、皇室国家から厚待遇を受けたようです。戦後は、一宮市の氏神として、尾張全体及び近隣からの厚い信仰心が寄せられているとのこと。尚「一宮市」の名称はこの神社が尾張国一宮であることに由来しており、全国で「一宮」の名称を冠する自治体は1市6町のみと伺いました。
こうして2日目も無事に終了。明日の休養日は雨降りとはいえ何をしようかと色々楽しく妄想しながら眠りにつきました。
posted by yunofumi at 21:46| ドタバタ日記

2017.6.23 1300kmドライブ旅行 1日目

今朝は青空!有難い!本日より単身で10日間のドライブ旅行です。

自宅→圏央道:三芳IC・狭山SA・八王子JC〜中央自動車道:藤野PA・初狩PA・甲府昭和IC→山梨県立美術館→東横インT(山梨県甲府市)

自宅出発8:30、途中休憩3回の後、12:00山梨県立美術館到着。道路地図からは2時間30分のコース。実質144km。でも初日なので休憩は長めにとり、3時間30分のかなりのんびりドライブとなりました。そして途中休憩ではなるべく歩くことを心がけ13000歩クリア。まずまずの歩数を確保でき、一安心。

山梨県立美術館。
山梨県甲府市貢川の「芸術の森公園」内にある美術館。1978年開館。
本日の目的地です。日本全国をみてもミレーの作品をこれだけ多く貯蔵している美術館はほかにないのではないでしょうか。ミレーの作品では「落ち穂拾い夏」「種をまく人」がとても有名。キャンバスは麻布、油絵ということもよくわかりました。またナダール作の「ミレーの肖像」は銀塩写真だそうです。本日はそのほかに風景画や夏の情景を集めた日本人画家の作品など沢山の作品を見られました。今日は平日のためほとんど独り占めでゆっくり鑑賞でき、とても満足しました。
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山梨県立文学館。
美術館と同じ敷地にある文学館は1989年開館。山梨県出身者やゆかりの文学者の資料などを展示してありました。樋口一葉、芥川龍之介、太宰治、檀一雄などのゆかりの品が多くあり、驚きでした。
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甲府駅前にはデン!と武田信玄公銅像が鎮座!凄い迫力の銅像でした。これが郷土の偉人よ!という感じ。

藤村記念館(旧睦沢学校校舎)
1875年(明治8年)に現在の甲斐市亀沢(旧睦沢村)に建立され、1957年(昭和32年)まで睦沢学校の校舎として使われていたとのこと。甲府駅前に移築後は昔からの民族・歴史・教育・考古資料を展示しているのです。昔の小学校の教室も再現されていました。
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舞鶴城公園にある甲府城跡。
甲府は1519年(永正16年)に武田信玄の父信虎がつつじが崎に館を移し、城下町にしたのが始まりとのこと。
江戸時代に柳沢吉保が城主となり甲府の城下町は繁栄したのです。鶴が羽ばたく姿のように美しかったことから「舞鶴城」とも呼ばれたとのこと。
本日はほんの少しの甲府散歩でしたがグループでのツアーと違い、甲府の街の気風を感じました。
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今回の旅は数日後の誕生日を控え、そろそろ車の運転も安全に安心してこなす年月が少なくなりつつあると実感しているので、ここ数年実現したいと思っていた大胆な長距離ドライブ。やっと実行に至ったという次第です。車をAQUAに換え、とても快適に毎日乗りこなしていたことも大きな要因なのです。
旅はこれが始まりですが、健康と交通安全に気を付けてがんばります。
また今日流れたニュースとしては小林麻央さんの死去がありました。とっても頑張った人生を過ごされたという印象を持っています。ご冥福をお祈りいたします。
posted by yunofumi at 00:30| ドタバタ日記

2017年07月02日

2017.6.14 もうすぐ誕生日

あと数日で私の誕生日が来ます。いよいよ73歳!ビックリ!!
薬剤師仲間のA先生とは10年違いの同じ誕生日、ということでお互いの今後の活躍と健康を祈念し、食事会をしました。サンマルクからもお祝いしていただき、感謝!今日はまたジャズの生演奏もあり、大いに盛り上がりました。そして今後も気力・体力を一層充実するようにがんばろう!と気を引き締めました。DSCF5344no2.JPG

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posted by yunofumi at 20:21| ドタバタ日記

2017年06月08日

2017.5.28 群馬県 茂林寺へ

東北自動車道・菖蒲SA→羽生SA→館林IC→茂林寺⇒茂林寺沼湿原⇒東武トレジャーガーデン⇒茂林寺→太田

本日は久しぶりに群馬へドライブ。
噂で茂林寺が賑わっているというので、約30年ぶりに訪問。
本日は26℃、晴天でドライブ日和!
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茂林寺は館林市にある曹洞宗の寺院。室町時代中期の1426年(応永33年)に大林正通禅師により開山され、ご本尊は釈迦牟尼仏。お伽話の「ぶんぶく茶釜」で有名。境内のあちらこちらには信楽焼の狸がいました。
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山門脇には一段と大きな狸がいました。
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本堂脇では茶筅供養が行われていました。
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茂林寺では宝物室 解説80周年記念 茶釜狸展ということで展示も多くありました。
茂林寺前には茶屋が数軒営業中。
そこでお茶を一服。地元産の麦羊羹でお抹茶をいただきました。
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すぐ傍には茂林寺沼湿原があったのでお散歩!
茂林寺沼湿原は天然記念物だとのこと。湿原植物の生育地として保護され、湿原内の茂林寺沼ホタルの里では6月下旬から8月にかけてヘイケボタルが見られるということです。
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東武トレジャーガーデンでは今、薔薇が満開とメディアで把握していたのでちょっと足を延ばして散策。
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なるほど、薔薇が満開!紫陽花はこれから、芝桜はほとんど終わっていました。
薔薇は1500品種、3000株あるとのことでした。
ここは元々結婚式場だったみたいです。園内には聖ペテロ&パウロ教会(収容人数135名[1])があり、1998年(平成10年)6月にイギリス『英国・アングリカンチャーチ(英国国教会)』の正式な認定を受け、献堂式を行い開堂したようです。教会の外観は、イギリス・ヴィクトリア朝の後期に設計・建築されたセント・オーガスチン教会をモデルにしたおり、ゴシック様式を基調とした中世ヨーロッパ風の建築デザイン。教会の正面ドア、ステンドグラス、パイプオルガン、説教壇(パルピット)、署名台(レクターン)、木製ベンチは、英国の聖ペテロ&パウロ教会で実際に使用されていたものだそうです。 今日は込み合っていたので中までは見られませんでした。
黄色、紫色、ピンク色など、とにかく癒されました。
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レストランヴィクトリアンハウスは美味しそうでしたが今日は人も多く、満席。
そんなこんなで優雅なドライブをして太田市の義弟宅で一晩お世話になりました。
たまの気ままなドライブもいいものでした。
posted by yunofumi at 20:40| ドタバタ日記

2017年06月01日

2017.5.23 船から見た江戸歴探訪

東海道五十三次の仲間と久しぶりの同窓会。浅井先生を中心にクルージング船を貸し切り、船から見た江戸歴探訪の旅に参加しました。

JR東京駅⇒常盤橋⇒日本橋船着場〜@日本橋川〜A亀島川〜B隅田川〜C小名木川(往復)〜D隅田川〜E神田川〜F日本橋川〜日本橋船着場⇒KOREDO室町2F日本橋・墨之栄

朝9:30JR東京駅日本橋口に39名が集い、笑顔満載!青空の元、10:00に日本橋そばにある日本橋船着場をいよいよ出発!!
@日本橋川--日本橋船着場・江戸橋・鎧橋・茅場橋・日本橋水門
これはすごい!川の上を首都高速が!その真下をくねくね進むことを実感。
首都高・都心環状線は昭和34年に5年後の東京オリンピックに照準を合わせ、用地買収などの手間とお金を省略するなどの手間を省くため、日本橋川などの上空に造られたとのことです。でも日本橋の上に高速道路があるのはいかがなものかという議論はずっとあるようです。
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A亀島川--霊岸橋・新亀島橋・亀島橋・高橋・南高橋・亀島水門
亀島水門は隅田川との境界にありました。
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B隅田川--中央大橋・永代橋・隅田川大橋・清州橋
隅田川に入ると波があり外海に通じていることを実感しました。

清洲橋のそばの沿岸には芭蕉庵史跡展望庭園が見えました。
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C小名木川(おなぎがわ)--萬年橋・新小名木川水門・高橋・西深川橋・東深川橋・大富橋・新高橋・扇橋・新扇橋・扇橋閘門・故松橋・小名木川橋・小名木川クローバー橋
新小名木川水門は隅田川と小名木川の境目にありました。小名木川は人工の川なので直線。この川は1590年頃、江戸城を居城に定めた徳川家康が、兵糧としての塩の確保のため行徳塩田から江戸までの運河を作るように小名木四郎兵衛に命じて完成させたのです。ということで川の名前も小名木川。

扇橋閘門より東側は地盤沈下が激しくゼロメートル地帯の顕著な地域のため水位を1m下げています。
扇橋閘門は、ゼロメートル地帯の江東デルタ地帯を東西に流れる小名木川のほぼ中央に位置し、水面の高さが違う河川を船が通航できるようにした“運河”。この仕組みは、2つの水門に挟まれた水路(閘室)に船を入れ、水位を人工的に昇降させることにより船を通過させるというもの。
今回前扉が開いている所に船が入ります。
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閘門に船が入った所です。
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その後前扉閉まり、水を抜き水位下がります(−1.6m)
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今度は後扉が開き始めます。
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船は小名木川クローバー橋で方向転換しました。
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再び後ろ扉開いている所に入る⇒後ろ扉閉まる⇒前扉開き水位上がる(+1.6m)⇒隅田川方向に進む

まあ、パナマ運河のミニ版なのだとわかりました。
東京都の施設で通行料無料、でも施設維持には大変な資源の投入がありそうです。
小名木川クローバー橋は、小名木川と横十間川の合流点に幅4m、長さ約80mと60mの2つの橋桁を対角に架け渡したX字型のユニークな歩行者自転車専用橋。東京都内で初めての形式で平成6年12月に建設。
すぐ傍のマイクロ水力発電は小水力発電のシステムで横十間川親水公園の水門橋にあり、小名木川と横十間川がクロスする場所でした。近くには江東区スポーツ会館や大型商業施設もありました。高低差のない江東区のマイクロ水力発電の導入は東京都では初めてとのこと。
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この辺りには昔懐かしい葦が見られました。
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途中で見られたゴミ拾い船です。正式には水面清掃船といい、川をきれいにする業務をしています。
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D隅田川--新大橋・堅川水門・両国橋
ここでは船からでないと撮れない総武線と東京スカイツリーを同時にカメラがとらえました。
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E神田川−柳橋・浅草橋・左衛門橋・美倉橋・和泉橋・神田すれあい橋・万世橋・昌平橋・聖橋・御茶ノ水橋・水道橋・後楽橋

小松屋は明治から昭和の初め、花柳界としてにぎわった柳橋のたもとにある佃煮屋さん。昔は船宿もしていた小松屋です。柳橋の料亭のおみやげとして佃煮を作り出したようです。現在も柳橋のたもとで4代目が昔と変わらぬ製法で佃煮を作り続けているようです。
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川面には屋台船が多くみられました。
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中央線神田〜御茶ノ水間に 昔は「万世橋駅」があったとのこと。
1912(明治45)年に完成した赤レンガ造りの万世橋高架橋ですが1923年の関東大震災で焼失。その残存部分を利用して2代目駅舎が1925年に完成。それでも1943年に万世橋駅はお客の減少で閉鎖。このころ今は大宮にある鉄道博物館のもととなっていたようです。今は旧万世橋の赤レンガやデザインがみられる場所になっています。今日は川からその姿を見ました。
1912年(明治45年)に完成した赤レンガの万世橋高架橋跡に開業した「マーチエキュート神田万世橋」を船ら見ました。
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お茶の水渓谷。
江戸時代初期に台地が拓かれて神田川が造られ、この地に渓谷が誕生しました。二代将軍の徳川秀忠は、この近くにあった高林寺の湧水で淹れた茶を気に入り、付近一帯は「お茶の水」と呼んだのです。渓谷も「お茶の水谷」と呼ばれ、「すべて人力で掘られた切通しの中を流れる渓谷」ということのようです。
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お茶の水分水嶺は 大雨等により水かさが増した時に、そのoverflow した水をこの部分に流すためにできています。こちらが出口
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もう一つの取り込み口は昌平橋の横にありました。
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後楽橋は関東大震災の復興橋の一つとして、1927年(昭和2年)11月2日に架設された橋。緑色に塗装された鋼製のアーチ橋で、石造りの親柱があるとのこと。橋の名称は、北側にある小石川後楽園から採られたようです。1964年には、東隣に歩行者専用の後楽園ブリッジが架けられたのです。

F日本橋川−三崎橋・新三崎橋・あいあい橋・新川橋・堀留橋・南堀留橋・俎橋(まないたはし)・宝田橋・雉子橋(きじはし)・一ツ橋・錦橋・神田橋・鎌倉橋・JR外濠橋・新常盤橋・常盤橋・一石橋・西河岸橋・日本橋・日本橋船着場

俎橋(まないたはし)の由来は2枚の俎(まないた)を渡したような板橋であったとする説と、近くに存在した台所町との関連で名付けられたとする説があるそうです。

雉子橋(きじはし)を横に見たあたりで外堀の石垣の幾つかに家紋が見えた。
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日本橋はやはり立派。徳川家康が江戸に幕府を開き、1603年に市街地の造成を始め、江戸城の外堀と江戸湾をつなぐために平川(日本橋川)の河口を延長し、平川に木橋をかけたのがのちの日本橋とのこと。翌年ここが一里塚の基点と定められ五街道の起点になったのです。日本橋という名前の由来は諸説があり、当初は2本の木を渡した二本橋と呼ばれていたとか、諸国への行程の出発地点だからなどですが、江戸第一の橋ということで日本橋と呼び始めたというのが一般的のようです。広重の描いた東海道五十三次・日本橋には橋の手前で男が天秤棒を担いで魚などを売り、橋の向こうからは挟み箱や毛槍を先頭に大名行列がやってくる様子が描かれています。当時から日本の中心であり、橋は繁栄する日本の象徴として活気があったようです。
橋の工事は1908年(明治41年)に着工し、1911年(明治44年)完成とのこと。石造二連アーチ橋で橋の長さ49m、幅27m、設計は米本晋一。橋柱の銘板にある「日本橋」の揮毛は徳川慶喜のもの。日本橋中央柱の麒麟、日本橋親柱の獅子と東京市章、橋中央の道路元標などは見慣れていましたが、橋を横から見た時の中央の紋章のようなものはハッキリ何かわかりませんでした。
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こうして2時間のクルージングを終了。皆が満足して素晴らしい笑顔です。
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こうして色々な川を巡り、橋も50以上潜り抜けたと思われます。気温27℃、晴天、川風も気持ちよく、皆が大満足でした。その後はKOREDO室町2F日本橋・墨之栄に場所を移し、魚と日本酒で大盛り上がりの懇親会でした。
皆さん、またお会いできることを楽しみにしています。
posted by yunofumi at 23:19| ドタバタ日記

2017年05月05日

2017.5.3. 上高地・志賀高原・黒部ダムへ 2日目

志賀高原・志賀グランドホテル〜志賀中部有料道路・国道403号〜信州中野IC〜上越自動車道〜北陸自動車道〜蓮台PA〜入善PA〜親不知トンネル〜立山IC〜立山駅〜立山ケーブルカー〜美女平〜立山高原バス〜室堂〜立山トロリーバス〜大観峰〜立山ロープウェイ〜黒部平〜黒部ケーブルカー〜黒部湖・黒部ダム〜トロリーバス〜扇沢〜安曇野アートヒルズミュージアム〜松本IC〜長野自動車道〜上信越自動車道〜関越自動車道〜川越

志賀高原・志賀グランドホテルを5:30出発。志賀高原がこのような感じ、ということだけ把握。朝食はバス車中で冷たいお弁当でお粗末!ほとんど残してしまいました。
これよりひたすら3時間バスで移動。車窓からは満開の桜が見え、とても嬉しい。
立山駅到着は9:00、これよりアルペンルートの大移動開始。そういえば昨年、雪のないルートを体験していますのでなるようになると鷹揚に構えながら出発進行!
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以前は富山駅より電車で出発でしたがこの分を今回は省略。
立山駅を立山ケーブルカーで9:40出発、約7分で美女平到着。雪は一段と多かったです。
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美女平を立山高原バスで出発、約50分の乗車。称名滝をはるか遠くに見て、弥陀ヶ原、天狗平、を経て室堂到着。一面の雪景色、記念撮影をして周囲の山の様子を堪能。
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ここで19mの雪の大谷や見て回りました。雪壁は今年19m、歩道はすっかり雪が解けておりラクチン。
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立山3015mを仰ぎ見ながら絶景を楽しみました。
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室堂から12:00過ぎには立山トンネルトロリーバス10分で大観峰へ移動。
このトロリーバスは自然に優しい。
大観峰2316mから立山ロープウェイ7分で黒部平1820mへ。
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黒部平から黒部ケーブルカー5分で黒部湖1455mへ。
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黒部湖からは黒部ダムの上を歩き、約15分で黒部ダム駅へ。観光放水は6/26より10月中までなので本日は見られませんでした。
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黒部ダムは1956年(昭和31年)より7年かけて完成。その間、のべ1000万人がかかわり犠牲者は171名も出たそうです。楮途中には長さ80mの破砕帯があり、大変な難工事となっていたとのこと、この間7か月は昼夜もなく工事は続いたようです。
この様子は1968年の映画「黒部の太陽」に描かれ、私はたまたまこの旅行翌日にTVで鑑賞いたしました。
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黒部ダム駅1470mからトロリーバス10分乗車で扇沢1433mへ。
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扇沢を昨日乗って来た観光バスに乗車は15:30。
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帰り途中は安曇野アートヒルズミュージアムに立ち寄りお土産などのお買い物。
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ここまで立山駅スタート9:40〜扇沢ゴール15:30、実におおむね6時間、実質乗車時間は104分ながら徒歩を入れ7行程ですから順調といわねばなりません。これも団体扱の恩恵、それにツアーCD、今回は田中さんでしたがこの方の43名を束ねる采配ぶりが物を言ったわけです。それにしてもツーリズムの団体が3グループ見えましたし、中国系も多かったですし、GWの前半とはいえ、大変な混雑ぶりでした。
そしてその後、約5時間のバス乗車、途中高速道路の事故渋滞などありましたが、まずまずの行程で無事終了。振り返りますと、万歩計は1万歩弱でしたが、本日もまた晴天に恵まれ、絶好の観光日和!
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立山駅で16℃、弥陀ヶ原11.9℃、室堂10.1℃、大観峰10.8℃、黒部ダム16.1℃と温かく快適に過ごせ、大満足の1日でした。このルートの旅は2回目でしたが、また季節違いの時に再訪したいと思いました。
posted by yunofumi at 17:16| ドタバタ日記

2017年05月04日

2017.5.2 上高地・志賀高原・黒部ダムへ 1日目

JR川越駅西口〜圏央道・中央自動車道〜談合坂PA〜中部横断自動車道〜岡安JCT〜長野自動車道〜松本IC〜国道158号・野麦街道・稲核ダム・水殿ダム・奈川渡ダム(梓湖)〜中ノ湯IC〜白骨温泉〜大正池〜上高地〜中部縦貫自動車道・安房峠道路〜平湯IC〜平湯温泉〜上信越自動車道〜姥捨SA〜小布施SA〜信州中野IC〜志賀中部有料道路・国道403号〜志賀高原・志賀グランドホテル

朝は晴天、気温10℃、気持ちよく温かめで出発。途中渋滞もなく9:00には談合坂PA到着。10:00過ぎには遠くに雪を頂いている南アルプスが見え始めました。
国道158号・野麦街道には稲核ダム・水殿ダム・奈川渡ダム(梓湖)が見え、かなり奥に入ってきたことを実感。
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そして上高地手前の釜トンネルでは気温11℃の表示がありました。
大正池通過は12:20過ぎ、こちらは木道を歩きたかったですが今朝まで雪があったとのことで脇をバスで通過はちょっと残念。
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上高地に入り帝国ホテル前で下車し、田代橋から河童橋まで散策。すごい混雑ぶりでした。
上高地帝国ホテル
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梓川の向こうに見える穂高の山々は雪を頂き、威厳のある風情でした。
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明治の頃、日本アルプスや上高地がとても気に入り、世界に広めた功労者のウオルターウエストンの記念碑です。この方は元々イギリスの宣教師でしたが登山家でもありました。「日本アルプスの登山と探検」が良く知られているようです。
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河童橋は多くの人で大混雑!ソフトクリームが飛ぶように売れていました。
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13:50到着の平湯ではなんと気温24.5℃にはびっくり。
夕方明るいうちに志賀グランドホテルに到着。ホテル周辺の道路以外はまだ雪が多く残っていました。
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夕方近くのホテル周辺の景色です。
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本日のようにバス移動が主のツアーは結局1日で約500kmはあったような感じでした。訪れる場所が離れているので、それぞれの地点で30分〜1時間の時間指定で、少し慌ただしい感じでした。歩程はそれでも約1万歩は良しとしなくては!!また寒さ対策をしっかりしてきましたがとても温かく、それでいて長野県に入ると雪がまだ残っており、これから春がはじまるということで山々に桜は咲いていましたが、木々や山菜の芽吹きはまだのようでした。
そして、明日は5:30集合ですので素直に早寝をしました。
posted by yunofumi at 22:42| ドタバタ日記

2017年04月29日

2017.4.28 第8回世界盆栽大会inさいたま

「第8回世界盆栽大会inさいたま」が28年ぶりに日本で4月27日〜4月30日に開催とのこと。
メイン会場は「さいたまスーパーアリーナ、大宮ソニックシティ、パレスホテル大宮」、サブ会場は「武蔵一宮氷川神社、さいたま市大宮盆栽美術館、大宮盆栽村」。
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メディアにこのニュースが流れたので、「大宮盆栽村」は仕事場のすぐ近くということでお昼休みに見物に出かけました。最寄りの宇都宮線のJR土呂駅から徒歩約10分なのでちょうどよい食後のお散歩となりました。
土呂駅からいつになく人通りが多く、大宮盆栽美術館に着くと日本人の中高年者と外国人でごった返していました。
土呂駅改札前には鋼の廃材で作ったスクラップ盆栽がありました。
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また土呂駅東口には盆栽をアピールして大きなモニュメントができていました。
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盆栽美術館内はほとんど撮影禁止でしたが目玉の「日暮」の写真がお出迎え。
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「日暮」は解説では大小ふたつの幹の間に抱え込まれるようにある空間が魅力だとか。この盆栽は五葉松で幅が107pだそうですから大きかったです。
「日暮」を含め盆栽の実物をじっくり館内と庭園で見ました。
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また館内2階には市内の小学生が丹精して育てている盆栽が沢山あり、これも楽しく拝見しました。
私は以前にこの大宮盆栽美術館や安行の植木屋さんの庭園などウォーキングで伺ったことがありますが、このような世界大会があるのには驚きました。世界に日本の盆栽が紹介されるのには何か誇らしい気がしました。
posted by yunofumi at 18:21| ドタバタ日記