昨夜のうちに乗り換え検索していた通りに我が家を出発。
東武東上線→JR川越駅(八王子行)東飯能にて西武池袋線へ→西武秩父駅
結局1時間33分(983円)の旅でした。
しかし少し早めに出たこともあり、秩父駅隣の観光案内所がオープンしており、暖かい珈琲が飲めたことで改めて元気百倍。そうこうしているうちに参加者12名が集まり10:30に集合して12名で無事出発となりました。
西武秩父線横瀬駅⇒兎沢橋⇒姿の池⇒羊山公園・見晴らしの丘⇒牧水の滝⇒秩父銘仙館⇒番場通り⇒秩父市役所⇒御花畑駅⇒安田屋⇒百年のいなり⇒少林禅寺⇒秩父半僧坊大観現⇒秩父庵玉木家⇒秩父神社⇒チル サルーテ⇒秩父まつり会館⇒秩父鉄道秩父駅

西武秩父線横瀬駅。
横瀬は列車のアナウンスと駅で聞いた「よこぜ」のアクセントが違い、アレレという一幕もありました。

横瀬駅は昭和44年に開業。駅前も広くお隣に観光案内所もあり良い作りになっていました。鉄道の関係では西武秩父駅から回送された車両を留置する側線や、隣接する横瀬車両基地に関係した側線があるとのことでした。

「姿の池」は羊山公園の手前にあった池。なぜか公園の構成要素としては取り込まれていないようでいた。取水塔は大きく、岸辺の桜も咲き始めていました。
ウォーキングを始めると花々があちらこちらと咲き、とても目を楽しませてくれました。




羊山公園・見晴らしの丘。
ここで大陸プレートの下に海洋プレートが入り込んで、できたことでの今日の秩父ができあがっている説明を喜多見先生から伺い、面白いと思いました。
向こうに見える武甲山はだから石灰岩の山だそうです。

武甲山は標高1304m。北側斜面は石灰質で、石灰岩の採掘が盛んで山容が随分変化しているようです。
ここで秩父市内を一望でき青空の元、本当に気持ちよかったです。

そばに中津賢吉の碑がありました。

「ほろほろとえごの木の花散る朝は谷にこもりて鳴くほととぎす」
これは中津賢吉による歌碑で「武蔵野」に投稿を開始してから、世に認められ、秩父に根を持ち活躍した歌人のようです。この方は秩父、荒川村で明治42年に生まれ、昭和63年に没したのですが、亡くなる数年前に有志によってこの歌碑が建立されたとのことでした。

牧水の滝は、春の芝桜で知られる秩父市・羊山公園にある人工の滝。大正時代に秩父を数回訪れている歌人・若山牧水にちなんで名付けられ、近くには歌碑がありました。
す。

牧水歌碑は昭和30年初秋、夫人の若山喜志子の筆によるもので、隣には喜志子歌碑も並んでいました。この付近からは、秩父の街や遠くに両神山が見えました。
若山牧水は、明治時代から昭和初期にかけて活躍した歌人。宮崎県日向市に生まれ、幼い頃から自然と親しんだようです。与謝野晶子らの浪漫主義に対抗して、自然や感情を素直に表現した「自然主義文学」を創造したのでした。約9,000首の歌や随筆、童話などを残し、広く国民に愛された方です。歌碑は全国に約300基あるとのことでした。
そういえばこの公園を去る時、秩父はアニメの聖地とも伺いました。
・あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない(あの花)
・心が叫びたがっているのだ(ここさけ)
・空の青さを知る人よ(空青)
いずれも埼玉県秩父市周辺が舞台として設定されているアニメのようです。

秩父銘仙館(ちちぶめいせんかん)。
山に囲まれた秩父は稲作が出来ないことから養蚕行が盛んとなったのです。その中で規格外の繭を使い「太織」と呼ばれる野良着を生産。これが評判をよび「鬼秩父」と呼ばれて大衆の普段着として使われたのです。その後この「太織」は名前を変え「秩父銘仙」としたようです。また「ほぐし捺染」技術の開発で大胆かつ華やかなデザインの織物として全国的に人気が出たのです。以前は養蚕業関係に市民の七割が関わっており秩父の基幹産業となってきたのとのことでした。機械を色々見せていただきました。


作品も展示していました。


教室もやっているようでした

出会い、ふれあいの場所として秩父神社参道の番場通りは賑やかでした。

ところ所に現在地、右は〇、左は〇のように道標のようなちいさな塔がありました。

秩父市役所。
芋もうらら

百年のいなり


札所15番 母巣山 少林寺(ははそさん しょうりんじ)は、もともと秩父札所ではなく「五葉山 少林禅寺」という名前のお寺というでした。
明治時代の神仏分離令(1868年)によって、もとは秩父神社の境内にあった秩父札所のひとつ「母巣山 蔵福寺(ぞうふくじ)」が廃寺となってしまい信者たちの嘆願により、五葉山 少林禅寺と合併して秩父札所として引き継がれることとなり、その際、山号は「母巣山」、寺号は「少林寺」へとあらためられたとのことです。
白い漆喰が印象的な本堂は、秩父札所唯一の土蔵造りの本堂です。
明治時代の秩父大火(1878年)の後、火災にも強い建物とするために建立されたものです。
堂内には、三十三観音図額があるとのことでした。

本堂右側の大権現社には、秩父半僧坊大権現がまつられ、“火除け”や“厄除け”にご利益があると信仰されています。
「大権現(だいげんげん)」とは、仏様や菩薩様が人々を救うために仮の姿になって現れることをいいます。

山門の手前では、「一願達磨」が迎えてくれました。
ダルマは、もともと達磨大師の座禅の姿を模したものが縁起物となり、病気や災難から守る魔除けとして信じられてきました。
現代では、何度転んでも起き上がることから、「努力」や「忍耐」の象徴とされ、受験の合格祈願としても知られています。
また、すぐ近くには秩父事件の案内がありました。

秩父事件とは、明治17年に秩父地方の農民が武装蜂起した事件です。農民たちは高利貸や政府の悪政に苦しめられており、借金の据え置きや減税などを要求しました。秩父困民党という組織を作り、数千人で郡内を制圧しましたが、政府軍に鎮圧されました。この事件は日本近代史上最大の民衆武装蜂起事件とされています。

秩父神社の創建は第十代崇神天皇の御代に知知夫国の初代国造に任命された八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)の十世の子孫である知知夫彦命(ちちぶひこのみこと)が祖神をお祀りしたことに始まるとされており、武蔵国成立以前より栄えた知知夫国の総鎮守として現在に至っているのです。
偶然、SLパレオエクスプレス(C58363)が御花畑駅から秩父駅に向かう12:32ちょうどを目撃しました。ちょうど春休みで1日に何本か運転されるとのことでした。何年振りかのSL列車目撃でした。




チル サルーテ(chill 3lute)はお肉料理が得意なレストランの様でした。



しばらくぶりに喜多見先生、TD小松さんと記念撮影をしました。
武甲政宗の武甲酒造、柳田総本店に伺いました。


店内を色々説明いただきさらに新型コロナウイルス感染症拡大防止のため導入した利き酒機、非対面型利き酒機で利き酒ができました。私はお酒をいただきませんがお酒が好きな方々は大喜びでした。
私は珍しい腸活によいという「酒蔵の麹水」を購入しました。

秩父市のイメージキャラクター「ポテくまくん」にやっと出会いました。

秩父まつり会館は、毎年12月2〜3日行われる日本三大曳山祭の一つ「秩父夜祭を中心に秩父の祭について紹介している施設でした。館内に入ると大きな逆鉾と屋台があり壮観でした。


またプロジェクトマッピングでの祭の賑わい等も見られ、いやはや圧倒されました。
秩父鉄道秩父駅。

帰りは秩父鉄道駅で1時間に一本の列車を40分待ちした後、寄居に出て東上線で上福岡へ。結局、約2時間(1350円)かかりましたが乗り換え1回は楽でした。本日は19℃とウォーキングには少し暑かったですが、曇天だったことが幸いでした。さすがに秩父は山が間近かですから羊山公園をはじめウォーキングの道はやや起伏があり、ちょっと大変。でもいつかみたいにむきにならずにTD小松さんの手助けをいただきながら無事に終了。このシリーズはすでに6年目を迎えており、本日終了で、あと2回のみで完歩です。でもその回がいつ催行されるかわからないのでまずは気長に過ごすことにいたします。皆さんとご一緒に過ごす日々は大切なので健康管理をがんばり、今後も日々大切に過ごすことにいたします。そうそう、本日は羊山公園に芝桜がまだ咲いていなかったのでこれはこれで残念。しかしすっかり忘れていたのですが「第4ステージ北部比企秩父5市コンプリ―賞」をいただき、まずまずの気分で感謝、感謝!

おみやげは「秩父麦味噌羊羹」と「ガーリック味のグリッシーニ」。これらは珍しかったので美味しくいただきました。ではまた頑張りまーす。