2012年05月13日

2012.5.12東海道五十三次 第12宿 沼津 第13宿 原

本日は以前都合で参加できていなかった区間のウォーキング。

渋谷⇒足柄PA⇒沼津一里塚、玉砥石⇒川廓通り⇒沼津城本丸跡、二の丸跡、兵学校跡⇒三枚橋城外堀石垣、リバーサイドホテル沼津⇒狩野川あゆみ橋⇒我入道の渡し⇒香貫山⇒通横町⇒高田本陣跡⇒中村脇本陣跡⇒清水本陣跡⇒丸子神社浅間神社⇒いせや本店⇒乗運寺⇒若山牧水の墓⇒増誉上人像⇒長谷寺⇒田子の浦⇒千本松原⇒若山牧水歌碑、井上靖文学碑⇒増誉上人像(立像)⇒首塚⇒六代松碑⇒間門⇒沼津藩領境傍示石示⇒八幡神社⇒片浜小学校⇒神明塚⇒祥雲寺⇒原宿東木戸跡⇒清梵寺⇒長興寺⇒松蔭寺⇒白隠禅師産湯の井戸⇒浅間神社⇒高札場跡⇒問屋場跡⇒渡辺本陣跡⇒JR原駅⇒白隠酒造高嶋酒造⇒富士の霊水⇒港北PA⇒渋谷

乗運寺、千本松原に尽力した増誉上人が1580年に開基。
この上人は北条氏と武田勝頼の合戦で伐採された松原のために潮害に苦しむ農民を救うべく松原を復旧した方。本当に千本はあるのではないかと思ったほどの松林でした。
若山牧水も千本松の保存に尽力した縁でここに夫人ともども墓所があった。

祥雲寺はちょうどお祭りだった。
東司には鳥枢沙摩明王の説明があり日々の不浄を清める火の神様と。
そして便座を模した石と呪文が示されていました。

松蔭寺は白隠禅師のゆかりのお寺。
白隠は1717年に松蔭寺の住職となった名僧。
「駿河に過ぎたるものがふたつあり、富士のお山に原の白隠」といわれたとのこと。
山門は石の屋根で地元から切り出した石を瓦のようにして108枚で出来ている。すごく重そうだった。
摺鉢松は折れた松のてっぺんにすり鉢がのったもの。初代の松は枯れて現在は新しいもの。「白隠禅師の墓」のJR線よりに「白隠禅師塔所」があった。これは真珠王御木本幸吉が列車からも白隠禅師のお墓の目印に寄贈したとのことです。


本日の歩程10km、約2万歩超。
今日は一度も富士山が見えなかったのが残念。
でも終わってみれば以外に元気。
最後の10分はちょっと小雨に会いました。
でも全体として、天候は晴れ時々曇り、微風もありとてもよい気持ちで過ごした1日でした。
平坦な道でこのくらいの距離はまあ歩けるようになった!と実感しております。
今日も楽しかった!感謝!

乗運寺の本殿
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千本松原にある増誉上人像
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田子の浦海岸から望むはずだった富士山は雲隠れ
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祥雲寺の東司では呪文の「オン・クロダナ・ウンジャク・ソワカ」を唱えながら石の便座に座りました
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「白隠禅師の墓」が分かるように作られた「白隠禅師塔所」
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松のてっぺんにすり鉢がのった摺鉢松。初代の松は枯れて現在は新しいもの。
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posted by yunofumi at 16:23| 東海道五十三次ウォーク

2012年05月01日

2012.04.29 東海道五十三次 第15宿 蒲原

五月目前のGWのはじまりに東海道ウォーキング。
覚悟をしていたとは言え、東名の渋滞と事故や故障車がすごかった。
行きは渋谷〜間宿本市場跡まで約4時間、帰りは静岡市立蒲原図書館〜渋谷まで約3時間、
バスに缶詰はちょっときつかった!
でもまあ、何事もなく参加者24名が最後まで元気でよかった。

渋谷⇒港北PA⇒間宿本市場跡⇒鶴芝の碑⇒妙雲山栄立寺⇒金正禅寺⇒札の辻跡⇒秋葉常夜燈⇒護所神社⇒雁堤(かりがねつつみ)⇒水神社の森⇒富士川渡船場跡⇒富士川橋⇒上り場常夜燈⇒秋葉山常夜燈⇒新豊院⇒岩淵の一里塚⇒中之郷⇒蒲原宿(かんばらしゅく)⇒蒲原宿の一里塚⇒ツル家⇒宇多利神社⇒新坂⇒夜の雪碑⇒光蓮寺⇒北条新三郎の墓⇒諏訪神社⇒蒲原宿東木戸⇒蒲原宿⇒日本軽金属発電所⇒木屋江戸資料館⇒佐藤家⇒八坂神社⇒夜ノ雪記念碑⇒和泉屋(鈴木家)⇒本陣跡⇒高札場跡⇒御殿道跡⇒旧五十嵐歯科医院⇒志田家住宅主屋⇒増田屋⇒西木戸茄子屋の辻⇒藤堂堤⇒蒲原市民センター⇒静岡市立蒲原図書館⇒道の駅富士川楽座⇒海老名SA⇒渋谷

雁堤(かりがねつつみ)がとても印象深かった。古郡重高、重政、重年の親子三代で新田開発と富士川治水工事を50年かけて行った難工事だった様子。感銘しました。
富士川橋では足元が揺れる、川の水がゴウゴウと音がしてコワイ!などなど。
約400mを渡る時、晴天だったのでよかった、とほっとしたのです。
今回のウォーキングでは常夜燈をとても多く見ました。昔の方の工夫はたいしたものです。人の安全に役立ったから。
広重の「蒲原夜ノ雪」は五十三次の絵では最高傑作とされています。
でもよく考えると不思議な絵ですね。
この暖かい静岡のしかも海辺近くでこれだけ雪が多く降ったかしらと。
まずはこれも広重の想像力のたくましさと感じました。
17:00過ぎに立ち寄った道の駅富士川楽座ではなんと”富士山”が見えました。
午前にバスの中から見えたっきりで雲があって今日は残念と思っていた矢先でした。
黄昏の中でしたので写真はイマイチでしたが雄々しい姿を堪能でき、終わりよければすべてよし、でした。

このようにしてまた1日ウォーキングを無事に終了。
今回はこの先を考え前日と本日の連続ウォーキングを試みました。
本日の夏のような日差しと高温で行程12km、約2万歩が疲れこたえるかと思いきや、まずまずの体調でヤレヤレ。
まずはどこまで回を重ねられるかと思うこの頃です。

さすがに美味しくて旬の料理と看板をあげている価値が十分だった「滝戸楼」
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古郡重高、重政、重年の親子三代の偉業がいまでも残っている雁堤
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昔は人力で人が渡った富士川です
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ツル家銘菓の「クリの粉餅」
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陶板で示してあった広重の「蒲原夜ノ雪」
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posted by yunofumi at 00:41| 東海道五十三次ウォーク

2012年04月15日

2012.4.15東海道五十三次 第14宿 吉原

朝7:00自宅出発
いつものごとくスタート地点まではバス、そこから歩きだす。
天候はくっきり青空、そしてくたびれてきた午後は曇りでそよ風が吹き絶好のウォーキング日和。


渋谷〜バスにて出発⇒足柄SA沼津市、高嶋酒造⇒とうふや澁田⇒原新田一里塚跡⇒浅間神社(村社三社宮)⇒大通寺・岡野喜太郎の碑⇒焼きそば、ゆきちゃん⇒浅間神社⇒要神社・要石⇒鈴木和太郎の碑⇒鈴川踏切、これより富士市⇒六王子神社⇒東田子の浦駅⇒間宿(あいのしゅく)柏原⇒立圓寺・望獄の碑⇒昭和放水路⇒増田平次郎とスイホン⇒沼田新田一里塚跡⇒元吉原宿跡⇒高橋勇吉と天文堀⇒磯料理かねまる⇒毘沙門天妙法寺・くつ石⇒日本製紙⇒吉原駅⇒沼川・河合橋⇒馬頭観音⇒左富士神社⇒平家越の碑⇒東木戸・八坂神社⇒吉原本町駅・岳南鉄道⇒天神社⇒問屋場跡⇒上本陣跡⇒脇本陣跡⇒鯛屋旅館⇒西木戸跡⇒青嶋八幡宮⇒三度橋⇒静岡県富士総合庁舎⇒間宿本市場跡⇒鶴柴の碑⇒バスにて渋谷へ

何しろ今日は富士山を見る!が目的で12名の仲間の気持が一致!
ずっと遠くを眺めながら歩き、雲が晴れますように、、、と。
そして肝心のところで左富士!ヤッター

吉原あたりは家並みのある所の海抜が低くて、これでは高波や津波では大変だ!
案の定、吉原宿は過去災難に見舞われ、現在の場所に街が移ったと聞く。
古くは鎖国の始まる時代、そして吉宗さんの時代。
それでも今の繁栄があるのですから、街の復興はあきらめないことですね。

毘沙門天妙法寺は不思議なお寺さん。
千年前に山伏が田子の浦海岸で水ごりあと富士山に登る修行の場だった。
日蓮宗なのに鳥居がある。日本一と称するダルマ市が1月の大祭中開催。
本殿は仏教らしく和の感じ。
本殿前の龍神香炉堂や練成道場は韓風、それとも印度風?
本殿横に毘沙門天のくつ石も不思議な大石。

鯛屋旅館は同じ場所でもう300年、今も営業中!
古い資料も展示しその歴史には感心ひとしきり。
今はビジネスホテルのようです。

そしてこの土地では個人名を記した碑を多く見ました。
偉大な業績を残した方が多く出たということです。

ということでこの辺りはまた来ても面白い街と思いました。
本日はアルケ!アルケの行程15km。
16:30に再びバスで東名に乗りましたが大渋滞。
結局21:15帰宅ですから12時間超過の日帰りはちょっとキツイ。
でもまだまだ日帰り行程は続きます。
頑張らねば!というより、歩ける自分に感謝!



立圓寺・望獄の碑から富士山を望む!
イヤー、雲が厚くて全然見えなくて、ガッカリ!
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「かねまる」でのしらす丼とかき揚げの昼食
しらすは釜揚げ、一度にこのような多量のしらすをたべるのははじめて!
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左富士神社境内裏手に行くと見えた!富士山!
皆の思いが神に通じた!くっきり左富士!お見事!
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旧東海道左富士の松の所に広重の名画を碑にしてありました
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岳南鉄道の吉原本町駅にあったご近所の案内板
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問屋場跡、上本陣跡、脇本陣跡と商店街の路面にプレートが埋め込まれていました。
これってどうなんでしょう!立て看板のように説明や絵を示していただいたほうがわかりやすいかも!
この商店街は綺麗で近代的。でも少しクラシックにしたほうがよかったのではないかしら。
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鯛屋旅館にあった次郎長さんの写真
実物にびっくりです。
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posted by yunofumi at 23:57| 東海道五十三次ウォーク

2012年03月12日

2012.3.11 東海道五十三次 第11宿 三島

渋谷⇒足柄PA⇒柿田川公園⇒貴船神社⇒楽寿園⇒三島市郷土資料館⇒昼食(源氏)⇒愛染院跡の熔岩塚⇒白瀧観音堂⇒水辺の文学碑⇒三嶋大社、たたり石⇒鰻の丸平 ⇒問屋場跡⇒世古本陣跡、樋口本陣跡⇒源兵衛川⇒三石神社、時の鐘⇒鰻の桜屋⇒連馨寺、芭蕉の墓、聖徳太子堂⇒伊豆急駅⇒伊豆国分寺跡⇒秋葉神社、西見付跡、常夜灯⇒千貫樋⇒宝池寺の一里塚、玉井寺一里塚、白隠の遺墨⇒八幡神社、対面石⇒智方神社⇒護良親王御稜⇒黄瀬川橋⇒潮音寺、亀鶴姫の碑⇒沼津領傍示石⇒平作地蔵尊⇒沼津一里塚、玉砥石⇒味工房⇒港北PA⇒渋谷  歩行9km、約2万歩。

柿田川は清水町にある1.2kmの短い川。ここでは富士山に降った雪や雨が地下に浸みて三島熔岩流の空洞を通ってこの町で湧水となっている所。
川は底まで見えるくらい澄み切っており、これって日本の名水での最高級。

楽寿園は明治維新で活躍した小松宮彰仁親王の別邸として明治23年造営。
園内は三島熔岩流の上に自生した樹木が見事。
数寄屋造りの建物内部や菊祭りのイベントが有名らしいのでまた来てみたい所。

水辺の文学碑は三島市水上通りに沿って点在。
正岡子規、十辺舎一九、若山牧水、司馬遼太郎、太宰 治、小出正吾、穂積忠、井上靖などの碑を見ました。
どれも三島市が取り上げられている。
おもしろい取り組み。
これも観光の呼び水にということですね。

本日午前は柿田川公園と楽寿園のみ。
本格的ウォーキングは昼食後開始。
参加者19名はひたすら歩く。
途中では菜の花、梅、ボケ、桜が咲き、春めいていた。
それと有名な鰻屋さん前を匂いだけで通過。残念!
街の方から三島は水がよく住み心地最高!と伺う。
また是非、来たい町となりました。 

1日約100万トンの湧水がある柿田川湧水
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今は湧水が少なく、滅多に満水にならない小浜池から楽寿園を望む
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清らかな水が流れている水路
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文学碑と向かい合って流れている水路
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潮音寺の高王白衣観音
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posted by yunofumi at 10:53| 東海道五十三次ウォーク

2012年02月27日

2012.2.26 東海道五十三次 第10宿 箱根

渋谷⇒箱根宿⇒駒形神社・毘沙門天⇒芦川の石仏石塔⇒向坂⇒赤石坂・富士見橋⇒釜石坂⇒風越坂⇒箱根峠⇒箱根旧街道西坂入口⇒峠の地蔵⇒甲石坂⇒兜石跡⇒石畳⇒接待茶屋碑⇒永禄茶屋跡⇒兜石⇒施行平分岐⇒石原坂石畳⇒念仏石・供養塔⇒大木枯坂⇒小木枯坂⇒雲助徳利の墓⇒山中城跡⇒笹原新田、芝切地蔵堂⇒上長坂⇒笹原一里塚⇒下長坂、こわめし坂⇒三ツ谷新田⇒三島宿⇒三嶋大社⇒渋谷

10:00箱根宿にバスが到着するころは粉雪が舞い始めた。
ヒェー!まあやるしかないか!と覚悟。
まずは風があまりないのが幸いし、雪降りの中ではあまり寒さを感じず、すぐ汗ばんでくる。
杉並木や竹やぶにはあまり注意できず。
写真もあまりとれない!
何しろ足元が危ない!
石畳の表面はヌルリ、ツルリ!
その周りは関東ローム層の粘土質の土。
それでも雨でないこと、凍っていないことは幸運!
向坂⇒赤石坂・富士見橋⇒釜石坂⇒風越坂と箱根峠までがかなり急で、大息切れ!
しかし峠を過ぎると今度はほとんど下り。
これがまた危ない!
上りは心臓に負担、下りは膝に負担!
そんなこんなで筋肉を酷使したと感じ、山中城跡を見て昼食後はバスにてピックアップしてもらった。
皆さんは健脚で三嶋大社まで歩き。
一方、私は山中城跡をもう一度見て回り「寒ざらし団子と珈琲」で一休み。
三嶋大社では神前でお参りとお土産に「福太郎」を購入。
今回は街道歩きの最難関をとにかくクリアできた、バンザーイ!!
こうして五十三次の最大山場を越えました。感謝!!

出発して最初の立ち寄りは駒形神社と毘沙門天
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接待茶屋跡から再び旧東海道に入る
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秀吉が小田原征伐時休息した兜石
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山中城跡売店の「寒ざらし団子」
米粉のヨモギをまぜた団子を油で揚げ甘味噌でいただく
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山中城からすぐ山中新田の石畳が始まる
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山森農産の守護神と福徳の神の恵比寿様がおられる三嶋大社の立派な本殿
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posted by yunofumi at 22:41| 東海道五十三次ウォーク

2012年02月13日

2012.2.12 東海道五十三次 箱根湯本

渋谷⇒箱根湯本三枚橋⇒早雲寺⇒正眼寺⇒双体道祖神⇒一里塚跡(22番目)⇒台の茶屋⇒石畳入り口⇒猿橋⇒観音坂⇒奥の茶屋⇒葛葉坂⇒天聖院⇒初花の瀑⇒須雲川集落⇒鎖雲寺、初花堂⇒割石坂⇒接待茶屋⇒女転し坂⇒茶屋本陣⇒畑宿⇒一里塚跡(23)番目⇒石たたみ(昼食)⇒甘酒茶屋⇒杉並木⇒箱根関所跡⇒渋谷

今回から渋谷集合。バスで一路、出発地点「箱根湯本三枚橋」へ。
帰りは本日のゴール「箱根関所跡」からまたバスで渋谷に行く。
当分はこのやり方が続くはず。

正眼寺を出るとすぐ「箱根旧街道入り口」の表示あり。
まずは、江戸幕府が石を敷いて舗装した255mの道。
それからは「観音坂−葛原坂−割石坂−女転がし坂」と続く。
山道の途中に箱根路のうつりかわりの標識。
碓氷道、足柄道、湯坂道、旧東海道、国道1号線とある。
地図で見ても時代ごとに少しづつの変化が面白い。

畑宿につくとお蕎麦や「石だたみ」で「とろろそば」の昼食。
その後は難所の「樫の木坂」。
ここは全長550mの本当につらい登りだった。
また次に「猿滑り坂」と続き、やっと「甘酒茶屋」到着。
甘酒400円。
私はこれがちょっと苦手なので「えんどう豆の黄粉の力餅」450円。
アー、タスカッタ!
小休止の後「追込坂」を登り始めてすぐ太股の筋肉が痙攣!
「これはイカン!」と歩きを中止してバスで箱根関所前へ。
そう、バスはピックアップをするのです。
バスでは約10分後にもうゴールの関所跡に到着。
一方、その後も歩いた人々は約1時間10分後に到着。
やはりかなりきつい登りだったとのこと。
これはペナルティとして自分の記憶に留めることに!!

すぐそばの芦ノ湖の向こうにある山並みには雲があり富士山はかくれんぼ。
まずは今日一日の好天に感謝し、幸運を喜び帰宅したのです。
また本日の登りは東坂の11kmの行程。
とってもそのくらいとは思えなかった。
でも帰宅すると万歩計は25000歩弱。
やっぱり感覚より計器が正確!
次回の下りはダラダラ石畳10kmの西坂の向こうの三嶋大社までの16kmの行程。
また頑張りまーす。

小田原北条氏の歴代の菩提寺である早雲寺
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湯本地蔵堂として知られている曽我兄弟ゆかりの正眼寺
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歌舞伎の箱根霊験記で有名な勝五郎と妻初花の墓がある鎖雲寺
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割石坂の石畳
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江戸時代からもう300年以上続く甘酒茶屋
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雲で富士山は見えず、海賊船が行きかっていた芦ノ湖
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リニューアルした海老名サービスエリア
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posted by yunofumi at 11:27| 東海道五十三次ウォーク

2012年01月15日

2012.1.14 東海道五十三次 第9宿 小田原

JR小田原駅⇒揚土⇒小田原城幸田門跡⇒城内二の丸東堀⇒城内二の丸御殿跡⇒城内馬出門桝形⇒城内銅門(あかがねもん)⇒城内常盤木門⇒小田原城天守閣⇒城内小峰北堀⇒報徳二宮神社⇒御感の藤⇒箱根口門跡⇒ういろう⇒小田原軽便鉄道駅跡⇒山角町⇒大久寺⇒光円寺⇒居神神社(いがみじんじゃ)⇒板橋口⇒箱根板橋駅⇒小由留岐⇒宗福寺地蔵堂⇒小田原用水取入口⇒国立箱根病院⇒風祭一里塚(21番目)⇒宝泉寺⇒紹太寺⇒稲葉一族の墓⇒枝垂桜⇒鉄牛和尚の寿塔⇒山崎古戦場跡⇒三枚橋⇒小田急箱根湯本駅


小田原城は15世紀初めにはじめて築城された。春日の局の一族稲葉氏が城主となってしっかりしたお城になったとのこと。豊臣秀吉に攻められ3カ月も持ちこたえたことは有名な話の様子で小田原合戦攻防図として示してありました。

報徳二宮神社は幕末の農政家の二宮尊徳を祭った神社で明治27年に創建。
尊徳は小田原の貧しい農家の生まれで通称の金次郎がよく知られている名前。
天災地変を克服してきた生き方が小田原城主から認められ武士となり、藩内をはじめ多くの人々に影響を与えまた農村復興に尽くしたとのこと。
良く見られる子供が柴を背負い本を読む像と彩配している立ち姿の立派な像がありました。
仁徳もあり思想家としても知られているようで、内村鑑三が「代表的日本人」の中で欧米諸国にも紹介しているとのこと。
「経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である」の訓言は現代にも通じると思いました。

紹太寺は稲葉一族の菩提寺である。寺の建物を見た後この墓所を見るには約400段の階段!
27名の参加者の全員が登り切ったのはリッパ!
私もフーフー言いながらどうにか成功!
今日はまずまずの晴れ。
十分寒かったですがおかげで汗が流れ、ポカポカに。

本日の銘菓は「ういろう」
陳さんというお店はもともと薬屋さん。
江戸時代から長年、薬とお菓子を伝えているお店。
また機会があれば訪れたいものです。
そう、御感の藤や紹太寺の枝垂桜も花が咲いている時に見たいものです。
こうしてウォーキングは10時出発、16時前終了でめでたく25000歩完歩。
帰りはウン十年ぶりに小田急ロマンスカーで新宿へ。
はじめて列車の先頭の内部を見て楽しみました。
さて次のウォーキングは五十三次の山場!
箱根の山上りと山下り!
自分の幸運を祈るのみです。


とても立派な小田原城天守閣
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報徳二宮神社の二宮尊徳像
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高さ3.3mの巨大な板橋地蔵尊
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小田急ロマンスカーの先頭部分の内部
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箱根湯本のお土産
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posted by yunofumi at 01:24| 東海道五十三次ウォーク

2011年12月11日

2011.12.11 東海道五十三次 国府津

JR国府津駅⇒旅館国府津館⇒親鸞聖人御庵室⇒真楽寺⇒菅原神社⇒安楽寺⇒親木橋⇒山近記念総合病院⇒小八幡の一里塚(19番目)⇒三寶寺⇒道祖神⇒大見寺⇒川辺本陣跡⇒成田山不動尊⇒地中海市場&五穀市場(昼食)⇒法船寺⇒酒匂川⇒網一色神社⇒新田義貞の首塚⇒上杉龍若丸墓⇒昌福禅院⇒山王川⇒山王神社⇒宗福寺⇒小田原城址江戸口見附跡⇒江戸口見附一里塚⇒北条稲荷⇒おろっ町⇒○う田代総本店⇒甲州街道起点⇒脇本陣小清水旅館⇒明治天皇宮の前行在所跡(清水金左衛門本陣跡)⇒なりわい宿交流館⇒小田原宿⇒徳常院大仏⇒松原神社⇒小田原城大手門跡(鐘楼)⇒御用所⇒北条氏政・氏照の墓⇒守谷のパン⇒二の宮金次郎像⇒JR小田原駅

10:00ピカーと快晴の空の下、JR国府津駅出発!
日向は温かく上着はすぐリュックの中へ。

菅原神社に「わらべうた「通りゃんせ」発祥の地」の碑があった。
アレレ、何処かで見たことが、、、。
そうそう、川越市の三芳野神社の参道が舞台と聞いたことがあったけど、、、。
要は一説と言うことでしょうか。
しかし、「通りゃんせ」は作詞・作曲が不詳でも大正10年に作曲家本居長世が編曲というのは正しいようです。
それにしてもこのようなわらべうたはいつまでも歌い継がれたいものですね。

途中真っ白になった富士山を見ながらウォーキング。
国道の標識に箱根12kmを見つけ感慨深い。
昼食は今までの街道歩きで一番の美味しさ。
22名の参加者は黒米の御飯を多くの者が御代り。
途中、小峰講師のお奨めの「かまぼこ田代総本店」へ立ち寄る。
いっぱい試食をいただいた後、チーズちくわなどを購入。
こうして今日も行程約8kmとしながらもアチラオチラへ。
結局、またしても約25000歩。
本日で80km超のウォーキングで脚も慣れ、帰宅後も元気に夕食の支度ができました。
そうそう、かまぼこは家族みんなで完食。
感謝、感謝で一日が終了です。

菅原神社の「わらべうた「通りゃんせ」発祥の地」の碑
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白く輝く富士山
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クラシックな五穀市場
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地元でも美味しいと評判のかまぼこ田代総本店
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どれも美味しかったおみやげ
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posted by yunofumi at 23:55| 東海道五十三次ウォーク

2011年11月27日

2011.11.27 東海道五十三次 第8宿 大磯

JR大磯駅⇒延台寺⇒秋葉神社⇒大磯宿北組問屋場跡⇒小島本陣跡⇒地福寺⇒尾上本陣跡⇒新島襄終焉の地⇒南口問屋場跡⇒井上蒲鉾店⇒高札場跡⇒湘南発祥の地、大磯の由来⇒鴫立庵(しぎたつあん)⇒島崎藤村旧宅⇒上方見附跡⇒旧東海道松並木⇒滄浪閣(伊藤博文旧邸)⇒八阪神社⇒西国三十三所順礼供養塔⇒大磯城山公園⇒国府祭(座問答)の標石⇒六所神社⇒えびや食堂⇒ガラスのうさぎ(JR二宮駅前)⇒梅沢休憩所跡⇒吾妻神社⇒ヤマニ醤油⇒梅沢橋⇒等覚院⇒道祖神⇒川匂神社⇒薬師如来坐像⇒押切坂の一里塚⇒松屋本陣跡⇒押切坂⇒浅間神社⇒車坂⇒⇒是大山道道標⇒車坂下道祖神⇒JR国府津(こうづ)駅

大磯と言えば、ロングビーチ、日本初の海水浴場を連想。
これってもともと病気治療や健康増進が目的だったとのこと。
そして昔は大物政治家などの別荘が多かった様子。
ということで11月末とはいえ今日は日差しも柔らかくとてもさわやかでウォーキング日和。
途中で富士山も大きく見えました。
地福寺は梅の古木の下で島崎藤村眠っている所。花の見ごろ時期はさぞや素晴らしいと思いました。
藤村の旧宅も質素ながら風流を感じました。
また西行法師が歌をよんだという鴫立庵は一段と風流。
草庵というにふさわしく、京都の落柿舎、滋賀の無名庵とともに三大俳諧道場で今も句会が開催されている所。
イヤー見る所が多かった10qでした。
25000歩の行程はどうやら少し慣れてきたのか終わってみれば疲れ方がそうでもなくなってきている。
有難い!
まずは、年明けに予定の箱根越えに備え、日頃が大切と肝に銘じつつ帰宅しました。

地福寺、梅の古木の下で眠る島崎藤村
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モチモチ感がいっぱいの西行まんじゅうの杵新
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三大俳諧道場「鴫立庵」
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大磯城山公園展望台から見た富士山
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posted by yunofumi at 23:33| 東海道五十三次ウォーク

2011年11月14日

2011.11.13 東海道五十三次 第7宿 平塚

JR茅ケ崎駅⇒大名灯篭4基⇒円蔵寺⇒十間坂⇒第六天神社⇒南湖左富士の碑⇒鶴嶺八満宮⇒弁慶塚⇒下町屋神明社⇒でかまん⇒旧相模川橋脚跡⇒馬入橋⇒馬入の一里塚⇒いっさい(昼食)⇒お菊の墓⇒平塚見附⇒平塚の歌碑⇒平塚宿脇本陣跡⇒平塚宿高札場跡⇒東組問屋場跡⇒平塚宿本陣旧蹟跡⇒西組問屋場跡⇒要法寺⇒平塚の碑⇒鏡山お初の墓⇒春日神社⇒平塚宿京方見附⇒花水橋、平成の一里塚⇒善福寺⇒高来神社⇒虚空蔵堂⇒虎御前の化粧井戸⇒化粧坂の一里塚跡⇒松並木⇒大磯八景の碑⇒江戸見附跡⇒JR大磯駅

朝、東武東上線の後、湘南新宿ライン快速で一路茅ヶ崎へ。
素晴らしい天気!まったくのウォーキング日和。
10:00出発で15:10終了まで昼食をはさみ約10km。
自宅から自宅までで本日も25000歩を達成し、満足な一日となりました。

「南湖左富士の碑」では今回までで最大の楽しみだった安藤広重の絵と見比べる富士山だったはずが雲に隠れてぼんやり。これは残念だった。
「旧相模川橋脚跡」は1198年に当時の将軍頼朝がこの橋供養に列席して橋を渡ろうとした時、義経の亡霊が出て馬とともに川中へ転落。その後死亡したという曰くのある橋の跡。樹木のように突き出たのはどうも地震の影響のようです。
「お菊の墓」は怪談、番町皿屋敷のお菊さんのもの。
「化粧井戸」は曽我の十郎祐成の恋人だった虎御前が化粧するのに使った井戸。
このような実在の人物の話はそれなりに面白いですね。
これまでの東海道ウォーキングは旧東海道と国道1号線をあちらこちらと入りこみながらでした。
ここ平塚宿の松並木が一番それらしく見えたのは松の木の傾き方のためかしら、と面白く感じました。
そうそう、本日は購入後1ヶ月間足慣らしをしたシューズでウォーキング。
軽くてクッションも良く、最後まで元気に歩けてコンダクターさんに褒められちゃいました。
何しろ五十三次も本日で8回目。
もう箱根越えを意識しての準備なのです。

茅ヶ崎を歩きだしてすぐ目に入ったマンホールの蓋
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何人前なの?とびっくりの「でかまん」
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旧相模川橋脚跡
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平塚市内のマンホールの蓋
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春日神社
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東海道の松並木
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滑り止めと防水のMBTウォーキングシューズ
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posted by yunofumi at 23:38| 東海道五十三次ウォーク

2011年10月16日

2011.10.16東海道五十三次 第6宿 藤沢

JR藤沢駅⇒遊行通り⇒遊行寺黒門⇒木像青面金剛および両脇侍立像⇒高札場⇒前田本陣跡⇒笑宿庵跡⇒徳川御殿⇒問屋場跡⇒常光寺⇒藤沢公民館⇒永勝寺⇒義経首洗井戸跡⇒白旗神社⇒西方見附⇒養命寺⇒化粧地蔵⇒メルシャンワイン⇒車寿司・お菓子処「丸寿」⇒四ツ谷大山道標⇒13番一里塚跡⇒二ツ家稲荷神社⇒牡丹餅立場跡⇒松並木⇒海前禅寺⇒14番茅ヶ崎一里塚⇒JR茅ヶ崎駅

東海道五十三次を歩く会の8回目に参加。
10:00〜15:30、例によって昼食をはさみ、あちらこちらを見物しながら歩を進める。
本日は30人の参加で大きなグループ。
お陰で道中数回「何しているの?」と。
朝は曇りだったのが青空いっぱいとなり、午後は28℃の表示もあった。
やはり暑いと消耗する!
OS-1の後はキリンラブズスポーツをまたしても購入。
そんなこんなで本日の行程は9km、約25000歩。
ハイライトとしては海前禅寺のバカに大きな石灯篭とお菓子処「丸寿」の「大庭城最中」。
最中は今回三度目となった小暮先生のお奨めの銘菓。
甘さが程良く、なかなか美味でした。
昔も今もおやつは魅力的ですね。
牡丹餅を出したお茶屋さんがあった牡丹餅立場跡も珍しかった。
残念だったのは徳川御殿がまったく見られなかったこと。
きっと広大なお屋敷でちょっと、ではすまないということでしょうか。
まずは今日も無事に終了。
湘南新宿ラインに乗る距離がダンダン遠くなり、次回からは2時間弱になりそうです。
頑張りまーす。

大庭城最中の丸寿
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海前禅寺の大きな石灯籠
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茅ヶ崎駅そばで見つけた宇宙飛行士野口さんの手形
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posted by yunofumi at 22:47| 東海道五十三次ウォーク

2011年10月06日

2011.10.4 東海道五十三次 第5宿 戸塚

JR戸塚駅⇒内田本陣跡⇒清源院⇒脇本陣跡⇒沢辺本陣跡⇒羽黒神社⇒海蔵院⇒八坂神社⇒冨塚八幡宮⇒上方見付跡⇒第六天神社⇒奉影塔⇒大坂⇒大坂松並木⇒お軽・堪平の碑⇒浅間神社⇒影取町⇒諏訪神社⇒道祖神⇒鉄砲宿⇒12番目一里塚⇒遊行寺⇒大鋸橋⇒小栗判官の墓⇒大鋸広小路⇒JR藤沢駅 

住まいのある上福岡から戸塚まで約1時間半で到着。
秋晴れの爽やかな風が吹く中、ウォーキングはまったく気持ちがいい!
今日の講師はとても若いのでテンポが速い!
ということで、10:00から3:30まで、要所要所で解説をいただきながら、どうにか10kmを終了。
本日の見所は遊行寺(ゆぎょうじ)。
時宗(じしゅう)総本山で正式には「藤沢山無量光院清浄光寺」、1325年に創始。
時宗の開祖は一遍上人。
本殿も立派ですが、中雀門がスゴイ。
1859建立で菊の御紋と三葉葵が同じ屋根にあるのが珍しかった。
しかし国道1号線の交通量は半端じゃない!
今日は目まぐるしい雰囲気の中でのウォーキングでした。 

空はすっかり秋模様
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国道1号線にあった道案内
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道路路面でも箱根駅伝をPR
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遊行寺の本殿
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遊行寺の中雀門
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posted by yunofumi at 12:54| 東海道五十三次ウォーク

2011年09月18日

2011.9.18 東海道五十三次 第4宿 程ヶ谷

保土ヶ谷駅⇒今井川⇒助合会所跡⇒問屋場(といやば)跡⇒程が谷新町⇒高札場入り口⇒金沢横町道四基⇒本陣跡⇒脇屋本陣跡⇒脇本陣跡⇒大仙寺⇒茶屋本陣⇒上方見附跡、一里塚跡⇒外川神社⇒樹源寺⇒旧元町橋跡⇒権田坂⇒改修碑⇒投込塚跡⇒境木立場(さかいぎたてば)⇒境木地蔵堂⇒焼餅坂⇒品濃一里塚⇒品濃坂⇒赤関橋⇒王子神社⇒大山道道標⇒元舞橋⇒五大夫橋⇒斎藤家⇒江戸見附跡⇒妙秀寺⇒吉田大橋⇒戸塚駅

今朝はまず暑さ対策をして保土谷駅へ。
実際に歩きだすと爽やかな風があり、午前中は暑いながらも快適。
ランチ後は雲ひとつない快晴!結局は両腕の日焼け対策を忘れ真っ赤になった!
10:00〜16:00、行程は10km。
しかし寄り道が多かったからか、自宅に帰ると3万歩越え。
まずは頑張った!

今日の一番は権田坂。
新年の箱根駅伝で走る道と私たちが進む旧東海道を眺めながら歩く。
結構タイヘン!あのダラダラ登り坂は!
ということは駅伝ってスゴイナァ!!
今日1日でOS-1を2本飲み干し、後はキリンラブズスポーツを購入。
お陰で筋肉痛にもならず、結構元気でした。
そして今日お友達になった方が81歳でもう10年ほどウォーキングツアーに参加されているとのことを耳にして、脱帽!
あまり歩きが得意でない自分としては、「ぼちぼちやります」が肝心でしょう。
まずは昔の旅人が日本橋を出発して最初の宿泊地という戸塚に私たちはようやく到着したのでした。

金沢横町道標四基
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権田坂の道しるべ
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武蔵の国から相模の国へ
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吉田大橋にある広重の浮世絵の模写
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posted by yunofumi at 23:25| 東海道五十三次ウォーク

2011年09月04日

2011.9.4 東海道五十三次 第3宿 神奈川

東神奈川駅→金蔵院→熊野神社→高札場→成仏寺→慶運寺→お台場跡→浄瀧寺→神奈川の大井戸跡→宗興寺→滝の川→神奈川本陣跡→お台場跡→青木町本陣跡→洲崎神社→普門寺→甚行寺→青木橋→本覚寺→三宝寺→大綱金毘羅神社→料亭滝川→田中家→福縁酒家(昼食)→神奈川台関門跡→上台橋→勧行寺→浅間(せんげん)神社→追分→松原商店街→江戸方見附跡→橘樹神社→旧帷子橋跡→神明社→天徳院→旧中橋跡→保土ヶ谷駅

朝10:00東神奈川駅集合でストレッチを行ってから歩きだす。
大型台風がようやく過ぎていく所、ということで出席は20名と少なめ。
お天気はうす曇りで風があり、かなり心地よいウォーキング。
雨はほんの2回ほど申し訳程度にパラパラと短時間のみ。
前回は筋肉痛になったので本日はOS-1を持参で最後まで無事終了。
神奈川宿は安政元年(1854年)日米和親条約締結の場所として有名。
ということで成仏寺はローマ字で知られるヘボン博士の宿、慶運寺はフランス領事館、浄瀧寺はイギリス領事館、本覚寺はアメリカ領事館など。
途中では坂本龍馬のおりょうさんがその後勤めていた田中家があって不思議な感じ。
また三宝寺や神奈川本陣跡のように跡かたもなく石碑だけはちょっとさみしかった。
そして道路の路面に旧東海道と石がはめ込まれていたのは面白かった。
そういえば横浜を通過せずにこちらに来た!と気づき講師に尋ねると案の定、当時は海だったのです。
ということで本日は直線距離ではそうでもなかったかもしれないですが、お寺や神社巡りの様相で、結果的には10km、自宅に帰ると2万歩達成ですからまずまずの結果。
これからも一回でも多参加できればと思っています。

おりょうさんがいた田中家
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道路面にはめ込まれた旧東海道の表示
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橋げただけ残してあった旧帷子橋跡
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立派なたたずまいの神明社
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福縁酒家の昼食
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posted by yunofumi at 23:09| 東海道五十三次ウォーク

2011年07月03日

2011.7.3 東海道五十三次 第2宿 川崎

朝8:00自宅出発。
10:00川崎駅からウォーキング開始。
16:20東神奈川駅にてウォーキング終了。
全行程9km、あちらこちらの見物が多く今日も2万歩超え。

川崎駅→川崎宿→六郷の渡し→稲毛神社→佐藤本陣→小土呂橋遺構→教安寺→川崎小学校→芭蕉ポケットパーク→熊野神社→市場一里塚跡→鶴見橋関門跡→道念稲荷神社→生麦事件現場跡→オランダ領事館跡→良泉寺→神奈川宿→東光寺→笠のぎ稲荷→能満寺→東神奈川駅

川崎小学校前には昔のポストと卒業生として坂本九さんの紹介がありました。
昼食後、鶴見駅前の和菓子屋「清月」で名物「よねまんじゅう」を食しましょうと急いだところ、オッ!休み!
近頃はこういうこともある。ザンネン!
「よねまんじゅう」は18世紀に入った頃には塩餡の餅を俵型に小さく作ったものに 焼ごてで焼き目をつけたものとのこと。
今はどのようになっているか見たかった!
また機会があったら立ち寄ることにします。

もうひとつ印象的だったのは生麦事件のこと。
実際、歴史的な事件の場所に立つなんて、時代を越えてすごいことです。
生麦事件とは幕末の1862年8月21日、鶴見区生麦で薩摩藩主の島津久光の行列に馬に乗ったイギリス人が乱入して供の侍が起こした殺傷事件。
観光に来た4人のイギリス人が400人の行列に出くわし、互いに言葉が通じず事件が起こってしまったようです。
いやはやいつの世もコミュニケーションが大事。
あとは風土や習慣の違いも。
国と国との争いや思惑は時代の背景もあり、その後もずいぶん色々あったようです。
講師の先生の話を伺い、帰宅後色々しらべてはじめて詳細を知りました。
ホント、歴史ツアーは勉強になります!
それにしても30℃越えの中、ギンギンギラギラ太陽光はキビシイ!
その中を30数名が行列で歩いていると目立つのです。
何を好んで、という感じ。
私もさすがに筋肉疲労を感じてちょっとヤバカッタ!
添乗員さんの持っていたエア、サロンパスに助けられました。
次回から自分用を携帯することにします。


稲毛神社の天地睨みの狛犬
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稲毛神社の正岡子規の句碑
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川崎小学校
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添乗員さんと一緒に記念撮影
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posted by yunofumi at 22:53| 東海道五十三次ウォーク

2011年06月15日

2011.6.15 東海道五十三次 第1宿 品川

天気予報が曇天でやや涼しいとのことで今日はウォーキング日より。
10:00品川駅を約30名のクラブツーリズムご一行で出発。

品川駅→高山稲荷神社→八ッ山橋→問答河岸跡→品川宿本陣跡→荏原神社→品川寺→平蔵地蔵→坂本龍馬像→海雲寺→鈴ヶ森刑場→磐井神社→美原不動尊→梅屋敷跡→六郷神社→止め天神→六郷の渡し跡→多摩川大橋→田中本陣→宗三寺→川崎駅

出発してすぐの神社を過ぎるとここが品川宿ということでした。
細い商店街の通りが旧東海道。
そして左手はもとは海。
右手は次々にお寺が見え隠れ、
各々の横町には六横町、台場横町、黒門横町、虚空蔵横町などなど。
そして坂本竜馬像にはびっくり。
ペリー来航の時、19歳の竜馬が立会川河口警護をしていたということを示している。
何しろ話題性がありますから。
また六郷神社の狛犬が珍しかった。
1685年にできたようで、くぼんでいるのに大きな目、扁平な鼻、大きな口、胴はかなりずんどう。尾は小さくて上向きなど、ちょっと普通とはちがいました。
そして多摩川大橋を渡りきると神奈川県入り。
川風は気持ちよかった。
でも冬は大変でしょう。
そしてようやく16:40に川崎駅に到着。
本日の行程12km。
近頃になく歩いた!
かなり歩いたと思ったら約25000歩。
その割には足取りは我ながら元気!
これはMBTの靴のお陰様でしょうか。
でもやはり根本的には元気が一番!
今後も楽しく頑張れるように怠けないこと、と肝に命じました。

坂本竜馬像
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六郷神社の狛犬
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宗三寺
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posted by yunofumi at 23:22| 東海道五十三次ウォーク

2011年06月12日

2011.6.12 東海道五十三次 起点-日本橋-後半

本日は5月7日の日本橋〜新橋駅までのウォーキング以来、東海道五十三次の続きのウォーキング。
梅雨の晴れ間の曇空でギラギラ炎天下でなかったので大いに助かった。
何しろ歴史街道歩きと銘打ってあるので講師がガイディングレシーバーで解説し、ツアーディレクターが所持万端調整してくださるのでちょっと贅沢なのです。

新橋駅→烏森神社→芝大神宮→増上寺→徳川家霊廟→金杉橋→御田神社→高輪大木戸跡→泉岳寺→東禅寺→品川駅

新橋はもともと「烏森」という駅で日本で最初の高架の駅だったこと。
汽笛一声の鉄道唱歌の碑もありました。
この歌は歌い始めこそわかりますが、最後まで歌うと1時間半はかかるとのことでびっくり。

芝大神宮は1005年にできたと神官さんがわざわざ説明してくださりこれにも驚いた。
神社の階段を上がり始めると太鼓がドンドンン。
そして思いがけず神官さんが「薬剤師」ですって。
こんなことって初めて!
増上寺はとても立派。東京タワーを背に写真をパチリ。
さらに奥に徳川将軍家墓所があり、大河ドラマのお江さんのお墓を含めどれもとても立派。
などなど説明役の岡山先生はこと細かに話され大変勉強になった。
ということで本日は全行程5kmの中に討ち入りをした後、引き上げる赤穂浪士の通った道や預けられた屋敷跡、切腹したところなど随所に歴史的な話が織り込まれ実に愉快。
そして気がつけば15000歩を達成。
こうしてまた無事に1日元気に過ごしました。感謝!
そして次のウォーキングはいよいよ品川〜川崎です。
また元気に楽しく、がんばりまーす!!

烏森神社
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増上寺
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東禅寺
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posted by yunofumi at 23:10| 東海道五十三次ウォーク

2011年05月08日

2011.5.7 東海道五十三次 起点-日本橋-前半

東海道五十三次は寛永12年(1635)に制度化された主要な街道。
「お江戸日本橋」から「京都三条大橋」まで全長約492kmの道のり。
この街道歩きを2年間で完歩のツアーを見つけ参加。
少しずつ進めその都度、前回の所に集合して歩く形。
だいたい1日5〜10kmと。
だんだん京都に近づくに従い、バスで出発地点まで行って歩く。
そして宿泊もありと。
見落としがちの歴史的な背景を解説する講師とお世話係がつくのが安心なのです。
今日からいよいよ挑戦開始。
集合場所では挨拶もそこそこに「ガイディングレシーバー」を渡される。
20数名は一列に歩くと結構声が届かないのでとても良いアイディア。
やはり道具は上手に使ってなんぼ!ということでしょうか。
本日は初回なので、短く5kmコース。
ということは本日歩き終えれば残り487km。

東京駅集合〜日本橋〜江戸歌舞伎発祥の地〜銀座発祥の地〜新橋駅
日本橋のスタートから約1万歩。
東京駅のちょっと裏のビルの谷間にあった北町奉行所跡の説明をはじめ何度も通った事があっても目にした事がないものばかりで面白かった。
昼食をはさんで最後は鉄道博物館の見学。
解散後はご一緒した知人とまずはスタートを祝杯。
小雨が降りましたがまずまずの歩きぶりが満足。
次回からも楽しく参加をめざします。

北町奉行所跡
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日本橋標柱(十五代将軍慶喜の筆)
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日本国道路原標レプリカ
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「八重洲」の由来になったヤン・ヨーステンの記念碑
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銀座発祥の地、銀貨鋳造所跡記念碑
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打ち上げ
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posted by yunofumi at 11:16| 東海道五十三次ウォーク