2013年10月16日

2013.10.13 東海道五十三次 おまけ「高瀬川散策」

京都駅⇒京都タワー⇒渉成園⇒ひと・まち交流館⇒河原院跡・エノキ⇒五条大橋⇒松原橋(旧五条大橋)⇒松原通⇒建仁寺⇒幽霊子育飴⇒六波羅密寺⇒真橋通⇒志る幸(昼食)・古高俊太郎邸跡⇒千枚漬・村上重本店⇒喫茶フランソア⇒橋⇒十軒町橋⇒紙屋橋⇒備前島橋⇒日本映画発祥の地・角倉了以翁顕彰碑・立誠小学校⇒先斗町歌舞練水明会⇒酢屋・坂本龍馬住居跡⇒豊臣秀次公の墓・瑞泉寺⇒三条小橋⇒池田屋騒動の址⇒佐久間象山先生・大
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矢田地蔵尊⇒弁慶石⇒家邉徳時計店⇒イノダコーヒー本店⇒京都文化博物館(旧日本銀行京都支店⇒地下鉄烏丸御池駅⇒京都駅空中通路

本日は折角のチャンスなので浅井先生考案の散策コースに挑戦しました。

渉成園(しょうせいえん)(枳穀邸きこくてい)。
もともとは東本願寺の別邸で3代将軍家光からの寄進だったとのこと。
ほんの数年前から一般にも公開されているとのこと。
入るとすぐ高石垣がぐっとせまる。長い切石、石臼、瓦などが面白かった。
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お庭でははるか向こうに回棹廊を望む風景が素晴らしかった。
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源融河原院跡。
源融は嵯峨天皇の皇子。源氏物語の光源氏のモデルと言われる人。
この左大臣・源融公が、摂政 藤原基経の台頭により隠棲した邸第「河原院」が、このあたりから東西・鴨川の中央まで、また西は柳馬場通、南北・五条以南正面通あたりまでの大邸宅であったようです。この榎の大樹はこの邸内にあった森の名残といわれているようです。すぐそばに、小さな社と鳥居があり榎大明神が祭られているのでこの榎は御神木として崇められ、平成12年に、京都市の「区民の誇りの木」に選ばれたとのことでした。
源氏物語をよく知る人は必ず訪れるポイントでしょう。
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六波羅密寺。
六波羅は平家が決めた武家の拠点でした。その後は源氏、北条氏などがいました。
結局は足利尊氏が洛中を中心としたのでここは信仰の町となった。
六波羅密寺は951年に空也上人が創建。
踊念仏でお参りするようです。
国宝の十一面観音立像をはじめ多くの木像がありました。
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志る幸(しるこう)
昔々、お客には質素に汁を出して接待したのが始まりのようです。
皆で利久辧當をいただく。汁は豆腐入りで白味噌が使われていました。
どうやらここは「一見さんお断り」。
さすがに美味しかった!
ここはまた古高俊太郎邸跡のようで、新撰組絡みで興味のある方は必見の場所のようでした。
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森鴎外の小説「高瀬川」の風景より川のイメージは少し小ぶりでした。
でも清らかな流れを見、そして桜が花を付けた時を想像しながら歩けたのも非常によかった。
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また先斗町・宮川町・祇園と舞子さんが行き交うであろう路地や旧日銀京都支店ビル、島津製作所旧本社などもゆっくりと見られました。
ずっと高瀬川を中心にあちこち見ながらのウォーキングでした。

ようやく「一の舟入・高瀬舟」の所に到達。
この町内で高瀬川の昔の様子を再現するために高瀬舟を再現しているようです。
川幅が半分近く狭くなっていること、水深も浅いようですが琵琶湖疏水から入っている水は今も清らかでした。
今日はこれを見られて大満足でした。
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この散策コースは結局、歩程12km、約25000歩でした。
また京都に来た時は再度挑戦したいと思いました。

こうして京都を17:30頃出発。
新幹線の車中では早めの夕食でお弁当を食した後は熟睡。
無事に22:00少し前に帰宅。
アー、オワッタ!!何んだか清々しい気持ちになり、寝るのがもったいない心境。
結局、何をするにも気力・体力・そして○○。
これからも日々、楽しみまーす。
posted by yunofumi at 01:09| 東海道五十三次ウォーク