2013年09月25日

2013.9.22 東海道五十三次 第52宿 草津

草津本陣(田中九蔵家跡)⇒脇本陣(藤屋与左衛門家跡)吉川芳樹園店舗兼主屋⇒三度飛脚取次処(荒物屋九右衛門家跡)⇒常善寺・木造阿弥陀如来・両脇土像⇒草津の政所・太田酒造・道灌蔵⇒問屋場・貫目改所⇒立木神社・石造道標⇒黒門⇒新草津川⇒矢倉橋⇒光伝寺⇒矢倉立場⇒瓢泉堂⇒草津矢倉郵便局⇒矢倉小学校⇒矢倉南⇒上北池公園⇒野路⇒野路一里塚⇒教善寺⇒平清宗塚(遠藤権兵衛家)⇒都久夫須麻神社⇒常徳寺⇒新宮神社門⇒野路萩の玉川⇒弁天池⇒狼川町会館⇒日本硬質硝子株⇒月輪(つきのわ)⇒月輪大池⇒月輪寺・行者堂・新田開発発祥之地⇒立場跡・月輪池⇒一里山橋・長沢川⇒一里山一里塚址⇒大江⇒浄光寺⇒桧山⇒和田1号橋⇒瀬田南小学校前⇒高橋川⇒檜山神社⇒正法寺⇒山村石材店⇒建部大社・千円札・石燈燈籠⇒神領⇒唐橋東詰⇒常夜燈・雲住寺⇒瀬田唐橋⇒松喜屋(昼食)⇒琵琶湖⇒うばがもちや

草津宿に入ると路面はオレンジ色でとても歩きやすい。また田中九蔵家の案内が路面に陶板を埋め込み、案内してありました。
DSCF09222512no2.jpg

太田酒造・道灌蔵江戸時代徳川家に仕え、江戸城を構築させた武将「太田道灌」がご先祖。
三代目の太田若狭守正長が越前福井藩より草津に移り、代々関守を勤め、その後ここで酒造りを始めたとのこと。
ここは道灌蔵で近江地酒「道灌」を、神戸の灘では千代田蔵で「灘の生一本」などがあると伺いました。
DSCF09222532no2.jpg

立木神社。
創建は767年と古い。厄除け開運や交通安全で崇拝されている様子。
ご神木が柿の木とは珍しかった。
DSCF09222543no2.jpg

境内には古い道標がありました。江戸時代の延宝8年(1680年)11月に建てられたとのこと。以前は旧草津宿追分の東海道と中山道の分岐点にあったのが、現在この境内地に移されたようです。
道標には、右東海道いせみち、左中山道たがみちとありました。
DSCF09222541no2.jpg

山村石材店前。
大津市神領1丁目、瀬田唐橋東詰めより400mの位置にある石材店。
その前で石像の猫が愛らしく、左旧東海道、右瀬田大橋を案内していました。
ちょうど道なりで、うっかりすると東海道を外れてしまいますので有りがたい案内でした。
DSCF09222689no2.jpg

建部神社はすごく大きかった。
創建は日本武尊の死後の景行天皇46年ということで古―い。
本殿が古式ゆかしい感じで神々しかった。
DSCF09222717no2.jpg

昭和20年に当時の最高額の千円札の図柄に日本武尊とこの本殿が使われたのに発行枚数はとても少なく、今は「幻の千円札」と言われているそうです。
DSCF09222714no2.jpg

石燈籠は重要文化財。鎌倉時代の文永7年(1270年)の造営とのこと。
DSCF09222716no2.jpg

瀬田唐橋(せたのからはし)
日本三名橋・日本三古橋の一つとされる。また、日本の橋100選にも選ばれているとのこと。
最初は吊り橋、次は丸木舟を並べ藤や蔦で覆った橋などと古事記にもあるようです。
昭和54年にはコンクリート橋になったようですが下を流れる瀬田川は川幅も広くいつの時代も工事はさぞや大変だったでしょう。
夕焼けの中で見るととてもきれいだろうと思いました。
DSCF09222769no2.jpg

その後、「うばがもちや」(姥が餅)にも立ち寄りました。
昔も今も旅のつれづれはおやつ。そんな中でもお餅は腹もちがよいので好まれたはず。
戦国の世の中で幼児を預けられた乳母が含ませたであろう乳房をイメージして作られているようです。情報が発達していない世の中でも口コミで広がった名物なのでしょう。
私もお土産にゲットしました。

さてここで今回のウォーキングは終了。
約20000歩。歩程約9km。実質午前の約4時間!
ということで13:30出発。
おまけということで、琵琶湖を眺めながら一路、近江八幡へ。

近江八幡資料館⇒近江商人の町並み⇒八幡堀散策⇒白雲橋⇒日牟禮八幡宮

日牟禮八幡宮。
DSCF09222943no2.jpg

時間がないながら16:00すぎまでブラブラ。
さすがに名高い近江の豪商が育てた街です。
見所がまだまだありそう。
ロープウエィ、ミュージアム、ヴォーリス記念館等々。
また近くには彦根城、琵琶湖、足を延ばせば比叡山。
もう一度訪れたいと思いました。
その後バスにて米原へ。そして新幹線に乗り22:00前に帰宅。
今回で32回目の五十三次ウォーキングでした。
いよいよ次回10月は第53宿の大津、そして終点の三条大橋です。
最後までがんばりまーす。
posted by yunofumi at 23:12| 東海道五十三次ウォーク