2013年09月24日

2013.9.20 東海道五十三次 第50宿 水口

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朝は5:15に自宅出発。日の出と共に快晴の空を確認。
これから3日間のウォーキング。何よりお天気が良いことが有難い。
新幹線で名古屋に9:20到着。その後はバスで移動し、7月の最終地点の新岩上橋北のローソンまで楽チン。その後、11:15よりウォーキング開始。

ここはまだ甲賀市と歩を進めていると珍しい苗字を見つけました。
「朏」。みかづきとふり仮名がありました。
ちなみにPCの辞書では音読みは「ヒ」。訓読みは「みかづき」。
みかづきは通常は「三日月」ですから勉強になりました。

大岡寺は創建が白鳳14年(686年)。史跡も多い所でした。
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門前の手前に鴨長明発心所の石柱がありました。
鴨長明は「方丈記」の作者。彼は多くの天変地異を体験しその後仏門に入るべくこのお寺で髪を落としたようです。
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敷地内に入ると芭蕉の句碑「命二つの 中に活きたる 桜かな」がありました。
この句は芭蕉が「野ざらし紀行」の旅の途中の水口宿で服部土芳と20年ぶりの再会をした感動を歌っているとのこと。
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もう一つは巌谷一六顕彰碑が奥にありました
巌谷一六は水口出身の明治時代の三筆のひとりと言われる書家。
明治新政府の官吏となり、内閣大書記官・元老院議官・貴族院議員なども歴任したようです。
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そして大岡寺の桜。今はシーズンではないけれど水口八景に入っているとのことでした。

徳川家康と縁が深い大徳寺。
定紋は徳川家の葵を入れた「立ち葵」。
石垣は小堀遠州の手法が取り入れられているとのことでした。
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大徳寺には家康公が関ヶ原に向かう際に腰掛けられたという「家康公腰掛け石」があり、皆で交代で腰掛け記念撮影をしました。
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水口は広重の絵にもありますが元々は干瓢の産地だったようです。
甲賀市ひと・まち街道交流館/水口地域市民センターには大きな干瓢が鎮座していました。
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はてさて今日は甲賀市を中心に約24000歩。歩程約11km。4時間弱を炎天下ウォーキング。見所も多く、目まぐるしいくらいでした。
しかし旧東海道を盛り上げようとする取り組みは市町村ごとに本当に違うのです。
その点、甲賀市ひと・まち街道交流館/水口地域市民センターはとてもがんばっていました。
夕方になって、もっとまめに日焼け止めを塗ろう!と反省しきりでした。
posted by yunofumi at 22:13| 東海道五十三次ウォーク