2013年07月17日

2013.7.13 東海道五十三次 第48宿 坂下

西の追分⇒関町総合スポーツ公園⇒関西口バス停留所・転石⇒筆捨山⇒弁天一里塚址⇒沓掛⇒天文台・坂下宿鈴鹿馬子唄会館・鈴鹿峠自然の家(関坂下尋常高等小学校⇒河原谷橋(かわらだにはし)⇒松屋本陣跡⇒大竹屋本陣跡⇒梅屋本陣跡⇒法安寺⇒小竹屋脇本陣跡⇒岩家十一面観世音菩薩⇒荒井谷一里塚跡⇒片山神社石碑⇒琴の橋⇒鈴鹿峠・片山神社・燈籠坂・峠道芭蕉句碑・馬の水のみ鉢・鏡岩・峠の茶屋跡・鈴鹿峠国境標識・万人講常夜燈⇒道の駅あいの土山(昼食)
⇒山中川⇒山中地区圃場整備竣功記念碑⇒山中一里塚公園・鈴鹿馬子唄之碑⇒熊野神社⇒猪鼻村⇒浄福寺⇒旅籠中屋跡⇒蟹坂地区圃場竣功記念碑⇒蟹坂古戦場跡⇒高札場跡⇒街道橋・野洲川⇒田村神社⇒甲賀市土山町北土山陸橋⇒道の駅あいの土山

いよいよこの3日間のハイライト、鈴鹿峠に挑戦の日です。
東海道五十三次には西より箱根峠、薩埵峠、宇津ノ谷峠、小夜ノ中山、本坂峠、そして鈴鹿峠があります。いよいよ最後の峠越えとやや緊張気味。
そんな中、昨日と違い曇天でやや気分が和らいでウォーキング開始。

筆捨山。
関宿と坂下宿の中間あった筆捨茶屋の裏手から見えたという山。あまりの景観の素晴らしさと天候が頻繁に変わることで絵師も筆を捨てたという説がある場所。
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鈴鹿馬子唄会館
鈴鹿峠が発祥の地の民謡、鈴鹿馬子唄の資料が展示されていた。生涯学習センターという感じ。
その脇には東海道の53の宿場町を刻んだ木柱が立ち並んでいて今までの街道歩きを振りかえりました。
「坂は照る照る 峠は曇る あいの土山雨が降る」と唄われた鈴鹿馬子唄。
正調鈴鹿馬子唄を鵜飼富博さんが歌うのをラジカセで聞かせていただいていたら当のご本人が登場されて、ビックなサプライズでした。
この会館前には鈴鹿峠自然の家がありこれは昔の小学校。
先日はテレビの撮影も行われたと紹介があった。
8月4日テレビ朝日「二十四の瞳」。是非見ましょう。
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片山神社
本殿は火事で焼失したとのことで鳥居前から立ち入り禁止。
昔はきっと旅人が「無事に峠越えを」と祈願したことでしょう。
私たちも冷たい手水を使わせていただき、一息つきました。
そして本格的に鈴鹿峠に入りました。
初めは優やかな石段、クネクネ!3回ほど曲がり、その後は落葉の積もった山道。ここ数日の天気が幸いし、とても歩きやすかった。
峠が苦手の私です。皆さんから遅れがちながらもどうにか無事に通過。感謝!
そうそう今年はヤマビルが多いと事前に注意があったのです。5月〜10月の気温25℃以上、雨降り、雨あがりのような多湿を好むとのこと。またなかなかの生き物で血を満足するまで吸い、それまでは離れないと聞き、やや緊張。ところが湿り気が少なく空気が乾燥していたことが幸いし、全然登場しなかった。全くラッキーでした。
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万人講常夜燈。
鈴鹿峠のてっぺんにありました。
江戸時代に金毘羅参りの講中が道中の安全を祈願して建立したとのこと。
重さ38t、高さ5m44cmの自然石の常夜燈。山中村、坂下宿、甲賀谷の方々の奉仕でつくられたといわれ、もとは東海道沿いにあったのを鈴鹿トンネルの工事のために移設したようです。
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てっぺんを過ぎれば後は下り。ほっと一息つきました。
昼はまた道の駅に戻って食事。皆さんも峠越えが終わって笑顔。
最も私達が一番ホッとしておりました。
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田村神社。
この神社は近江国(滋賀県)と伊勢国(三重県)の国境にあり、古来には都より伊勢へと参宮する交通の要だった。 言い伝えでは、「鈴鹿峠に悪鬼が出没して旅人を悩ましており、嵯峨天皇は坂上田村麻呂公に勅命を出してこれを平定させた」とのこと。 そこで土地を安定させた坂上田村麻呂公の遺徳を仰ぎ、弘仁3(812)年の正月、 嵯峨天皇が勅令を出して坂上田村麻呂公をこの土山の地に祀られたようです。
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時々小雨が降り曇り空で途中の気温は30℃との表示が出ていました。
峠を降りると小雨もありましたが最後は22℃。
歩程約19km、約25000歩。約5時間を無事に過ごせて何よりの1日でした。
さあ、明日は仕上げの歩け、歩けの1日のはず。とにかく早寝をいたします。

posted by yunofumi at 01:03| 東海道五十三次ウォーク