2013年06月18日

2013.6.15 東海道五十三次 第44宿 石薬師 第45宿 庄野

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朝8:00前にホテル出発で近鉄四日市駅へ徒歩で向かう。
近鉄四日市駅から内部駅までの5.7kmを線路幅762mmの軽便鉄道で移動。
明治の終わりころからのそのまんま利用かも。ワンマン運転で車両は小さくて可愛いかった。
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内部街角博物館ではちょうどボランティアの方が開館の支度中だったので幸運。
コツコツ貯めた資料も随分あったと思った。そしていよいよ杖衝坂へ。
日本武尊が東国からの帰路、疲れと病でこの急な坂を杖に頼ってのぼったということで坂の名前が杖衝坂。ここで「吾が足三重の勾なして、いたく疲れたり」と言われたのが「三重」の地名の始まりとか。
おまけに此処は芭蕉が馬で登ろうとして落馬したということで「歩行(かち)ならば杖衝坂を落馬かな」という珍しく季語のない芭蕉の句碑もあった。
ということで登りが苦手の私ですが実質は100m弱の登りで、アッと言う間に登り切りました。
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石薬師の有名人は佐佐木信綱。生家や記念館に資料がいっぱいありました。
「卯の花が匂う垣根に、、、」という歌詞の「夏は来ぬ」の作詞で有名な歌人。
卯の花はちょうど咲く時期が終わり、実を付ける前でした。残念!
随分多くの歌人を育てられたようです。孫の佐佐木 幸綱さんも歌人でラジオでお声を聞いたことが数回あります。
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また石薬師の宿場を中心に「信綱かるた道」があり、信綱の短歌が東海道に沿って36句楽しめるようになっていました。
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途中に天野記念館がありました。実は昭和6年に創業。日本初のタイムレコーダーを作った天野修一の創業当時からも含め海外のレコーダ―も展示されているようです。今回はあいにく立ち寄れず残念。
このような所はまた伺いたいものです。
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石薬師寺はとても立派。
東海道沿いにあり、さぞや旅人に人気があったことでしょう。
平安時代初期に弘法大師が石に仏像を刻んだのを本尊としているとのこと。
実際には見ることが出来ず、写真で拝見しました。
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JR井田川駅から列車に乗り、5駅目でJR四日市駅到着。
時間が少しあったので「じばさん三重」でこの地域の産物を見てお土産も購入。
正式には公益財団法人三重北勢地域地場産業振興センターというようです。
食べ物だけでなくあらゆるものがあり、目移りしまくりでした。また機会があればじっくり見たいものです。
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こうして8:00過ぎから15:00すぎまで歩きまわり、約28000歩で約16km!
気温は昨日より少し低くても33℃はあったと思いました。
相変わらずOS1を中心に水分補充をしたので元気に本日も完歩。
宿場としては石薬師宿庄野宿を通り、ゴールの京が近づいたことを感じて嬉しくなっております。
そして何よりお天気が持ってくれたことがとってもよかった。
また明日も頑張ります。
posted by yunofumi at 23:33| 東海道五十三次ウォーク