2013年05月25日

2013.5.25 Urawaウォーキングin 川口-東口

JR川口駅東口⇒働く歓び像⇒川口センタービル⇒本町3丁目⇒川口神社⇒金山町⇒川口母子福祉センター・旧鋳物問屋鍋平別邸(庭園、母屋、離れ、蔵)⇒舟戸ひまわり橋⇒舟戸小学校・舟戸幼稚園・南中学校⇒鎌倉橋の碑・空からの火の碑⇒18ポンドカノン砲・増幸産業株⇒本町中央歩道橋⇒錫杖寺⇒さくら橋⇒四間道路コミュニティ道路⇒栄町⇒炭火焼きほまれ⇒ドンキホーテ時計⇒川口駅東口

今日はキューポラの街といわれる川口市にやってきました。
8:30に川口駅改札前に集合。気温が20℃前後でうす曇りなのでウォーキング日和。
約10名のMBT仲間は同じMBTスタジオの顧客なので気楽なのです。
途中でMBTの靴での歩き方レッスンも行いながら歩程は約4.5km。
川口在住の方もこのように街を詳しくみたことがない、などずっとおしゃべりも盛ん。
そんなこんなでのんびり楽しい半日を過ごしました。

「働く歓び」像
JR川口駅前にある銅像「働く歓び」。筋骨隆々とした上半身をさらし、溶鉱炉で溶かした1000℃の銑鉄20kgを湯汲みしている職人さん。古くから“鋳物の街”として発展してきた川口の象徴で1974年にこの場所に設置されたとのことです。
さあ出発と皆で記念撮影をしました。
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川口神社
もとは「氷川社」といわれ、川口町の鎭守氏神(土地を治める神様)として古くから領主・住民から崇敬されていた所。創始は西暦940年前後。江戸時代には幕府の御料所となり「氷川大明神」といわれたようで拝殿には葵の御紋と菊の御紋。とても敬虔な気持ちになりました。
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鎌倉橋の碑。
鎌倉時代に川口のそばを鎌倉街道が通っていて鎌倉橋が1938年ころまで現在の南中学校校庭付近にあったようです。
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空からの火の碑
岩田健(1924年生・彫刻家)の作。
ブロンズの重厚な質感と柔らかな曲線、落ち着きのある温和な女性像が特徴の作品は、不変的な「愛」の形とそのあり方を私たちにやさしく問いかけているとの批評がありました。
この他にも市内にはこの方が作られた多く作品があるようです。
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18ポンドカノン砲・増幸産業株
幕末(1852年)に増田安次郎(川口の鋳物師え増田家初代)が作った大型砲の復元品。
全長3.5m、重量3t、口径15cm、射程距離2.5km
1852〜1857年には213門の大砲と41323発の砲弾が製造され日本の各地に配備されたとのことでした。
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錫杖寺
730年聖武天皇のお告により御后の病平癒祈祈祷のため、僧・行基が武州川口村に遣使わされこの地に行基の草庵が作られたのが最初のようです。
江戸時代には日光御成街道の休憩所になっていた関東八十八ヶ所霊場で武州川口七福神(福禄寿)でもあります。
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ドンキホーテの時計台
川口市内にある鋳物でできたもののひとつ。
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川口といえば映画「キューポラのある街」。
吉永小百合主演で浦山桐郎監督の作品(1962年公開)。
キューポラとは溶鉱炉の事。その特徴としての煙突はあまり目に付かなかったということは鋳物工場がうんと減っているということでしょう。
むしろ高層マンションがとても目立った街ということできっとこの街にも埼玉都民が多いのでしょうね。
posted by yunofumi at 23:18| あちこちウォーク