2013年04月24日

2013.4.20 東海道五十三次 第37宿 藤川

岡崎ニューグランドホテル⇒菅生神社⇒殿橋⇒藤川郵便局⇒明星院⇒人形処栗生⇒稱名寺⇒問屋場跡⇒米屋⇒藤川宿第二資料館⇒藤川宿本陣跡⇒脇本陣跡⇒関山神社⇒伝誓寺⇒藤川小学校⇒西棒鼻跡⇒藤川宿松並木⇒十王堂⇒藤川宿一里塚⇒吉良道・藤川郵便局⇒阿弥陀寺⇒坂下橋⇒高橋⇒大平川神社⇒岡崎大平郵便局⇒大岡越前守陣屋跡⇒大平一里塚⇒法光寺⇒岡崎城下二十七曲り⇒岡崎城東入口⇒根石寺・旧根石観音⇒円頓寺⇒備前屋・あわ雪⇒西本陣前角⇒岡崎信用金庫資料館⇒連尺町角⇒材木町口角⇒柿田橋角⇒三清橋角⇒柿田橋⇒間町角⇒三清人道橋⇒田町北角⇒三清橋角⇒田町角⇒八帖歩道橋⇒龍城橋⇒岡崎公園、桜茶屋(昼食)⇒龍城神社⇒岡崎城・東照公遺訓碑・出世開運龍の井・えな塚・産湯の井戸・時計塔⇒三河武士のやかた家康館⇒板屋町角⇒八帖町突当り角⇒松葉総門跡⇒八帖村⇒八丁味噌の郷⇒カクキュー・甲子蔵⇒大樹寺・松平八代墓・多宝塔⇒大樹寺小学校・ビスタライン

どうにか天気が持ちそうな空模様の中、バスでホテルを8:00出発。
藤川宿は藤の花が見事!ということでかつては宇治川といわれたのが「藤川」と改められたという話もある。
岡崎城公園の藤の花は2〜3分咲であったがこれも巡り合わせ。
ここはかなりの賑わいだった宿場のようで問屋場跡、本陣跡、脇本陣と標識があった。

大樹寺と岡崎城を結ぶ約3kmの直線を「ビスタライン」とよび、ここには景観を害することがないように今も配慮されているとのことでした。
これは徳川三代将軍家光が、寛永18年(1641)、家康の十七回忌を機に、徳川家の祖先である松平家の菩提寺である大樹寺の伽藍の大造営を行う際に、「祖父生誕の地を望めるように」との想いを守るため、本堂から三門、総門(大樹寺小学校南門)を通して、その真中に岡崎城が望めるように伽藍を配置したことに由来している。また歴代の岡崎城主は、天守閣から毎日ここに向かって拝礼したとも伝えられており、岡崎城が再建された時、大樹寺から岡崎城を望む歴史的眺望は往時のまま(約370年前)今も門越しに望む岡崎城は、まるで額の中の絵のようでした。
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岡崎公園にあった家康が能を舞う「からくり時計」。
時報に合わせ、30分ごとに御開帳!
この時計は平成2年に完成。三河武士のやかた家康館前の広場にあり、高さ約6mの時計塔から能を舞う徳川家康公の人形が登場し、途中にお面を付けたりするのでちょっと楽しかった。
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むらさき麦はほぼ絶命状態だったのを県農業試験場で平成6年に栽培に成功したようです。
なんと芭蕉300回忌の年にです。十王堂そばには芭蕉の句碑「ここも三河 むらさき麦の かきつばた」がありました。
資料館は無人だったけれどそれなりの資料が納められていた。印象に残ったのはむらさき麦で染めあげたハンカチ。それは綺麗な紫色でした。
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岡崎宿27曲がりの入口。
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冠木門前から出発して 「若宮通り」 「伝馬通り」 「「連尺通り」 「木まち通り」「松葉通り」を通って「矢作橋」に至る約4km。 途中で「岡崎城」や「八丁味噌蔵」などに寄り道して約2時間の宿場歩きが楽しめました。
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「あわ雪」の備前屋。
あわ雪は江戸時代に卵白に砂糖を加えて、泡立て、寒天で固めた豆腐のようなお菓子。昔から東海道の名物のひとつです。もちろん私もお土産にしました。
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お陰さまで夕方17:00にはウォーキングを無事終了!
良く歩いた!28000歩、約20km。まっすぐ進めばもっと距離は短いのでしょう。
何しろ、見たり、聞いたり、そして食べたり。
今日も、結構忙しい!というよりは楽しみ満載でした。
ストレッチを十分にして、また明日に備えます。
posted by yunofumi at 23:10| 東海道五十三次ウォーク