2013年04月01日

2013.3.29 東海道五十三次 第31宿 新居 第32宿 白須賀

渋谷⇒富士川SA⇒三方原SA⇒浜松西IC⇒舞阪の松並木⇒見附石垣⇒新町常夜燈⇒舞坂宿一里塚跡⇒堀内商店⇒堀江商店⇒宝珠院⇒仲町常夜灯⇒岐佐神社・赤石⇒舞坂宿本陣跡⇒舞坂宿脇本陣跡⇒浜名湖⇒浜松宿・北雁木・北雁木常夜燈⇒今切⇒長栄橋⇒浜松市舞坂文化センター⇒いりき(昼食)⇒新居関所・関所面番所・資料館⇒阿聖引煎餅⇒旅籠紀国屋⇒新居宿本陣跡(飯田武兵衛)⇒新居宿本陣跡(疋田八郎兵衛)⇒寄馬跡⇒新井宿一里塚跡⇒棒鼻跡⇒風炉の井⇒紅葉寺跡⇒新居宿松並木⇒立場跡⇒東新寺⇒明治天皇御野立所址⇒火鎮神社⇒一里山の一里塚跡⇒高札場跡⇒蔵法寺・潮見観音⇒潮見坂下⇒おんやど白須賀⇒潮見坂⇒白須賀中学校・潮見の像⇒潮見坂上の石碑群・展望台⇒潮見坂公園跡⇒曲尺手(かねんて)⇒白須賀宿(大村庄左衛門)本陣跡⇒問屋場跡⇒白須賀公民館⇒夏目甕麿(なつめみかまろ)邸跡⇒白須賀宿の火防⇒庚申常夜燈⇒玄齋堂跡⇒境宿(白須賀宿加宿)⇒ホテルアソシア豊橋

東海道を歩き始めてもう27回目。
いよいよ今回より2泊3日の行程。
8:00渋谷出発時は今にも雨が降りそう!
しかしバスが舞坂に11:00すぎに着いたころには薄日もあり、上々のコンディション。

東海道五十三次というのは起点の日本橋と終点の京都三条大橋を除いた宿場が53宿ある。
宿場と言えば、東京都は1宿、神奈川県は9宿、静岡県は22宿、愛知県は9宿、三重県は7宿、滋賀県は5宿ある。
ということで境宿(白須賀宿加宿)の表示を通ってすぐのところで、手前が静岡県湖西市、向こうに愛知県豊橋市の道路標識。では境目はと見ると小さな「境川」があった。これには少々がっかり。やはり街道歩きでは標識などで示されているのを見ながら講師の薀蓄を聞くことも結構面白いのです。長く静岡県を歩いたので愛知県に入るのに少し感慨を感じていたのでちょっと残念!!

本日初めて聞く名前で国文学者の夏目甕麿邸跡に出会った。本居宣長の門下で著書に「古野の若菜」がある。1822年没後、子供の加納諸平も国学者だったようです。まずは地元の方々にとっては郷里の誇りでしょう。

そんなこんなで本日は1時間連続のウォーキングもあり、かなりきつかった。
12km、22000歩はまずまず。
講師の説明では時速4.5kmのペースのようでした。
17:00少し前にウォーキング終了で一路ホテルへ。
「ホテルアソシア豊橋」はJR豊橋の駅ビル。この駅ビルはJR最初のものとのこと。
私的にはいつもより比較的元気!に歩けた一日でした。だからこれにておとなしく鉾をおさめ、夕食後は入浴、ストレッチや体操をして就寝。明日は朝から夕方までの歩程ですから。またがんばります。

舞坂宿脇本陣の建物
舞坂宿は江戸より30番目の宿場。門構えや玄関もふくめ、とても立派でした。
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北雁木の残っている路面の石や常夜燈は趣がありました。
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新居関所。江戸時代より明治の初めまで浜名湖の岸辺にあり、浜名湖を往来する旅人の監視をしていた所。特に「入り鉄砲と出女」には厳しく、女手形というものもあった様子。女性を専門にしらべる「あらため女」もいた。しかし海辺ですから何度も災害に有っている様子で、全国的に見ても関所の建物が現存しているのはここだけだそうです。
また関所の警護のために刺股、袖搦(そでからめ)、突棒などがあり生々しかった。
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関所内の様子が人形や道具を配して示されていました。
なかなか厳しい取り調べだったでしょうね。
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潮見坂の上りはそんなに長くはなかった。登る途中では広重の絵とそっくりの景色が広がり、荒い息をゼイゼイ吐きながらこれも面白かった!
そして潮見坂を上りきると白須賀宿歴史の拠点として「おんやど白須賀」があった。湖西市の施設のようでした。
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posted by yunofumi at 22:36| 東海道五十三次ウォーク