2013年02月16日

2013.2.13 東海道五十三次 第30宿 舞坂

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お天気を心配していたのに一夜明ければ晴天!
昨日はかなり足が痛かったのに今朝は痛みがない!ヤレヤレ有難い!
しかしかなりの強風。風には一日中悩まされ、足元がふらつくほど。
これぞまさしく有名な「遠州のからっ風」。
でも仲間は有難いもので、遅れがちの私に皆さんが声をかけてくださり、とうとう最後まで歩けました。感謝!
朝8:00からのウォーキングは昼食や名所、史跡の説明を伺いながらも歩程は約10km。
15:00過ぎにはバスに乗り、夜19:00頃には渋谷到着でした。

2日間歩けたのはMBTの靴のお陰。
この靴はスイスで誕生したもの。靴底は船底のようにカーブしているので不安定。でも全身の筋肉を使うのでカロリー消費も良く、また足が前に自然に出るので私のように歩くことが苦手なのにこのようなウォーキングにも参加できるほど歩けるのです。
今後も平地歩きには使う予定です。

本日のメインは舞阪の松並木。
現存する松並木では東海道随一とか。
1712年には1420本の松があったようです。
今は約700mにわたり道の両サイドに約340本があります。
面白かったのは十二支の石像があり、昔の時刻の説明があったこと。
松の手入れも良く、舞阪町の方々の努力に頭が下がりました。
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申の石像
自分の干支なのでつい!かわいく見えました。
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五社神社諏訪神社。
隣接して鎮座していた五社神社と諏訪神社は、1960年に法人格を一つとして五社神社・諏訪神社となった。とても姿の美しい現社殿は1982年の再建。両社ともに徳川秀忠の産土神とされたことから、子守り、子育ての神として人々の崇敬を集めているようです。
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ケ91タンク機関車。
堀留ポッポ道にあった国鉄90形蒸気機関車。
説明の看板にはこれは、1918年国産初期の軽便機関車で、大日本軌道会社が製造し、東濃鉄道(岐阜県美濃太田‐多治見間)を走っていた。その後廃車となり、国鉄浜松工場に生態保存されていたとのことです。
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浜松城。
徳川家康が遠州攻略の拠点として築いたお城で、1570年から17年間このお城で暮らした。
お城は東西600m南北650mで大手門は南の東海道に面している。
家康が駿府に移った後22代が交代しているが幕閣への登竜門となったことで出世城と言われた。
今の天守閣は復興模擬天守。
石垣は野面積みといい、自然石を上下に組み合わせて積む方法で作られ、400年の風雪に耐え、いまなお当時の面影を残しています。石垣の傾斜は57°〜78°とかなり急でした。
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お土産は3種類。
ホテルコンコルド浜松のパン。香ばしくておやつに最高でした。
濱納豆はやまや醤油有限会社で購入。元祖ですって。家康さんの大好物で昔から手造り、無添加、天然醸造。
糸を引かない納豆は不思議!はじめて食べましたが、お茶漬に良いようです。
金山寺味噌は濱納豆のお店で購入。中には大豆・米・麦・野菜等が入っていてお店によって独特のようです。
普段はキュウリや豆腐にのせて食べます。今回はサラダ風やあえ物にも使ってみました。
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posted by yunofumi at 21:13| 東海道五十三次ウォーク