2013年02月14日

2013.2.12 東海道五十三次 第29宿 浜松

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朝5時起きで渋谷に集合。
真冬なので雪がふってもおかしくないのに、時々薄い日差しものぞくお天気で有難い。
気温は東京より高めなのか歩きだすとすぐ暖かくなりむしろ防寒着の中は少し汗ばみました。

天竜川は長野の諏訪湖を水源とし、遠州灘の河口まで長さ213km。
私たちがバスで渡った車両専用の橋は1.1kmほどあるようで川幅がとても広い。
しかしこれまで富士川、大井川と歩いて大きな川を通過しているので、歩いて見たかった!ちょっと残念。

浜松駅そばのアクトタワーは地上45階、高さ212.77mの超高層ビル。
天竜川の土手で案内役の講師から「あのタワー傍が本日のゴール!」と教えられる。
これは相当遠い!と覚悟。
しかしハーモニカを縦に置いた形と教えられましたが、ちょっと太っちょ過ぎて、???。
中はホテル、商店街、イベントホールと様々な施設が有りそう
向学のためには展望台に登ることでしょうか。また訪れたいものです。

浜松市は静岡県で最大の市。ヤマハや河合の楽器、車のホンダやスズキの街。
テレビを発明した高柳健次郎も確か浜松の学校の先生。
そして宇都宮より多く餃子を食べている街。県庁所在地ではないけれど都会でした。
しかし、歩く人には優しい街ではなかった!
歩道と車道の区別は白線のみが多かった。
というのも横断歩道がなく、地下道に振り回され、クタクタになったのです。

そんなこんなで11:00頃より17:30まで昼食以外は歩きに歩いた1日でした。
歩程15km、約3万歩はかなりで、最後は足が前に出ない感じ。
夕食後は湯船で足をマッサージ。
その後はラジオ体操とストレッチをし、薬を飲む、塗るを十分にしてバタン、キュー。
それでも夜中に足が痛いと目が覚めた。
またマッサージをして再びバターン。
我を忘れて寝ました。

Jubilo IWATA 中山雅史選手の足形。
磐田市中町の路上で見つけました。
さすがにサッカーの街です。
彼方此方にサッカーにまつわる物がありました。
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天竜川の鉄橋。
天竜川の橋は起点傍の釜石橋から終点傍の遠州大橋まで80以上の橋が架かっているとのことです。
かなり上流のつつじ橋は吊り橋で美しい姿と聞いたことがあります。
ダムも幾つかあり、人々の生活に大いに役立っている川です。
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家康の天竜池田渡船の許可証。
このお墨付きは1573年に家康が池田の渡船の関係者に与えた許可証で、武田軍が攻めてきたとき家康に味方した人々へのご褒美だったようです。
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行興寺にある藤。
行興寺は時宗の寺。熊野(ゆや)御前にゆかりの深い寺で通称「熊野寺」。
謡曲熊野や平家物語にも登場する親孝行で有名な美女の熊野御前は生前、藤の花を堂側に植えて愛好したようです。
熊野の長藤は樹齢800年といわれていて、ふつうの藤と違って先に花が咲き、葉は後から出て、花の長さは1メートル以上にもなるとのことです。見頃は4月下旬から5月上旬でその時は見物の人々で大賑わいになるようです。
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金原明善の生家。
金原明善(1832〜1923)は明治時代の実業家。
現浜松市東区安間町出身。天竜川の治水事業・北海道の開拓・植林事業など近代日本の発展に活躍した方。
何しろ事業に全財産を投入したやり方は二宮尊徳とは一味違った社会貢献だったようです。
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ライトアップされた浜松城。
ホテルの窓からちょうど見ることが出来ました。
春にはきっと桜に囲まれ一段と綺麗でしょうね。
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posted by yunofumi at 22:09| 東海道五十三次ウォーク