2021年12月25日

2021.12.17 再び深谷へ

この前12・5にさいたまウォークで深谷市を終了していますが、本日は知人のKさんが深谷訪問は“まだ”とのことで一緒に出掛けました。私の愛車利用でしたが自宅〜浦和〜深谷がかなり遠くて片道70km超えだったのにはちょっとびっくり。出発時は雨上がりのなか次第に太陽も顔をだし、とても気分の良い天候の一日でしたから運転が大好きな私はルンルンの気分で過ごせました。

自宅=浦和=渋沢栄一記念館=割烹楓=中ん家(渋沢栄一生家)=尾高惇忠生家=道の駅おかべ=大河ドラマ館=浦和=自宅

渋沢栄一記念館。
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渋沢栄一は1840年(天保11年)3月16日生まれ、死去は1931年(昭和6年)11月11日。
渋沢 栄一は、江戸時代末期に農民から武士に取り立てられ、明治から昭和初期にかけて活躍した日本の実業家で、近代日本資本主義の立役者。彼は日本初の銀行を設立しただけでなく、様々な種類の会社設立にも携わったのです。
深谷市は渋沢栄一の生誕地で、生前の功績を讃えて渋沢栄一に関する資料等を展示しているのがこの記念館。渋沢栄一は 2024 年に発行の新一万円 札の肖像にもなります。
今日も渋沢栄一アンドロイドは立派に講演をしました。
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こちらは昭和2年に日米友好で日本にやってきたメリーちゃんとアメリカに渡ったみやこちゃんです。
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割烹楓(かっぽうかえで)は深谷市の名物「煮ぼうとう」や「カレー焼きそば」、深谷ネギ料理などがいただけるお店。本日はまたも「煮ぼうとうコース」をお願いし、大満足しました。
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旧渋沢邸「中の家(なかんち)」主屋は、渋沢栄一生誕地に建ち、栄一の妹夫妻によって明治28年上棟された建物で、渋沢栄一が多忙な中で帰郷した際に滞在し、寝泊まりした場所なのです。現在は深谷市に帰属し県指定旧跡「渋沢栄一生地」、市指定史跡となっています。
奥の栄一さんお座敷だったところには80歳頃の姿をイメージして制作した和装姿の渋沢栄一アンドロイドが羽織袴の正装で来客をお出迎えしているはずでしたが今日は本庄市に出張とのことでお留守でした。渋沢栄一アンドロイドは、株式会社ドトールコーヒー名誉会長 鳥羽博道氏(深谷市出身)からの寄付を財源に、寄付者の意向を踏まえ制作されたとのことでした。お庭には関係の方々の顕彰碑がありました。
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尾高惇忠生家。
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尾高惇忠は渋沢栄一の従兄でまた、学問の師でもあったのです。明治維新後は富岡製糸場の初代場長を務めました。この生家は、江戸時代後期に惇忠の曽祖父が建てたといわれ、惇忠や栄一らが高崎城乗っ取り計画を謀議したと伝わる部屋(非公開)が二階にあります。隣にはレンガ造りの蔵?がありました。
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道の駅おかべには深谷市の特産品・農産物・郷土料理・歴史・観光・イベントの発信基地として、作られているようです。何しろ日本有数の野菜王国でありまたお花王国深谷でもあるのです。
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ということでいっぱいお土産を手にしました。
ブナシメジ・ゆり根・スチュ−ベンが県外産、椎茸・カリーのケール・紫キャベツ・米味噌・玉こん・麦麹は県内産と持ちきれんばかりに買いました。

渋沢栄一晴天を衝け 深谷大河ドラマ館。
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2021年大河ドラマ「青天を衝け」の舞台は、主人公・渋沢栄一の生誕地である埼玉・深谷市が舞台ということで深谷大河ドラマ館が2022年1月10日(月)まで年中無休で開館中なのです。実はこちらはもともと深谷公民館ですから車のナビ設定にちょっと苦労でした。
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ということで前回にも増した丁寧に資料を見て歩きました。驚いたのは本日が平日だったからでしょうか。高齢者が多く見えており、皆さんが展示やハイビジョンの画面に釘付けで満っていたことでした。まずは知識欲旺盛でいいことと思いました。

本日は自由気ままに深谷の街を行ったり来たりで楽しみました。ウォーキングと車異動では見える風景が少し違いますのでこれも面白い体験なのです。日中は1日中晴天で日差しもあり穏やかない日となりました。しかし往復140kmのドライブは近頃にはなかったことなので帰宅後は頭が疲れていると実感。無事故無違反は大事なことなのです。
ではまた今後も大いに楽しく日々を過ごすことにいたします。
posted by yunofumi at 15:34| ドタバタ日記