2021年11月14日

2021.11.7 さいたま彩発見ぶらり街あるき 吉川市

JR吉川美南駅⇒美南1・2丁目調整池⇒美南2丁目公園⇒美南中央公園⇒吉川中学校⇒高久大橋⇒けやき通り⇒蕎高神社⇒蜜厳院⇒観龍院⇒清浄寺⇒木売第2公園⇒JR吉川駅⇒天然温泉あゆみ⇒月の公園⇒智勝院⇒ますや⇒平沼信号⇒芳川神社⇒延命寺⇒さくら通り⇒まつざわ煎餅⇒かき川銘茶⇒甫中橋上第二大場川⇒鯰の里公園⇒鯰養殖場⇒JR吉川美南駅

JR吉川美南(よしかわみなみ)駅。
2012年(平成24年)に吉川駅と新三郷駅の中間で旧むさしの操車場跡地につくられた駅。
武蔵野線では、越谷レイクタウン駅開業以来4年振りの新駅開業となったとのこと。
駅周辺は今から開発が進みそう。そこに早々とイオンタウンができていました。また改札そばにはマスコットの「なまりん」がお出迎えをしていました。
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吉川市 (よしかわし)は、 埼玉県の南東部に位置する 市で 人口は約7万人。 東京都心から約20 km 、 江戸川 と 中川・元荒川 に挟まれた水と緑が豊かなまちとのこと。
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これは美南1・2丁目調整池。

利根川を水源とした豊かな稲作地帯である吉川美南周辺は、同時に、浸水被害にも悩まされてきたようです。埼玉県では被害を減らすため、吉川美南エリアに注ぐ水の大半を貯めて浸水を防ぐ調整池を、約20年かけて造り、5丁目の「吉川美南調整池」をつくり、この1・2丁目のこの池は、13万㎥超の貯水力を持ち、吉川美南エリアを浸水から守るようです。いずれにしても、池の周囲には遊歩道をつくり、水と緑の光景を楽しみながら散策のできるスポットとして街に潤いをもたらしているようでした。

美南2丁目公園。
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吉川美南駅から300mくらいの所にある公園。旧むさしの操車場があったことが分かるように貨車の制御弁やヤード輸送方式などが分かるようにしてありました。
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美南中央公園は、吉川駅南特定土地区画整理事業によって整備され、平成22年に開園した公園。公園には、多目的広場や健康遊具などを整え、中でも小高い丘からは、調整池や多目的広場などを見渡せ、眺望も楽しむことができます。隣接する緑地を合わせ、市内で一番広い公園とのことです。
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本日は近隣の消防関係者が集って救急などの訓練をしているようでした。
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蕎高神社(そばたかじんじゃ)は『風土記稿』に「蕎高明神社 村の鎮守なり、祭神は龍神、密蔵院持末社 八大龍王 稲荷 疱瘡神 庵 大日を安ず、密蔵院より庵主を置けり」とあるとのこと。神社の祭神の龍神は、水神信仰による祭祀をうかがわせています。また、密蔵院については末寺四か寺、門徒寺一二か寺を支配した大寺であったことを載せています。二郷半領に鎮座する蕎高神社を同書に拾うと、こちらとに保村と高富村に各一社があり、いずれも密蔵院支配下の寺が管理していることから、蕎高神社の勧請に密蔵院がかかわっていたことが推察できるようでした。

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真言宗系の寺院である密厳院は、正式には医王山錫杖寺。密厳院の創建年代は不詳のようですが、近隣に数多くの末寺門徒寺を擁する本寺格の寺院であったといい、慶安元年(1648)には江戸幕府より寺領10石の御朱印状を拝領したということです。西新井組中川通四箇領八十八箇所57番、武蔵国三十三ヶ所霊場7番だそうです。また境内には八幡太郎義家と共に後三年の役(1087年)に奮戦した鎌倉権五郎景政の子孫一族の墓があるとのことでした。
庭の大イチョウは推定樹齢800年で埼玉県指定の天然記念物。
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清浄寺(しょうじょうじ))の開基西念法師は、源氏八幡太郎義家の流れをくむ信州(長野県)高井郡井上城主井上盛長の子として生を受け、三郎貞親と名づけられました。貞親5歳の時、父盛長が奥州の乱で討ち死にし、また29歳の時に母と別れ世の無常を感じ、当時流刑地越後(新潟県)におられた親鸞聖人を訪ね門弟とり西念称したのです。西念は31歳の時、聖人と供に武蔵国足立郡野田(さいたま市)に西念寺起立。その後、二郷半木売川戸(吉川市木売)に西光院(現在の清浄寺)を起立。西光院には親鸞聖人もたびたび足を運ばれ、有縁の人々に説法され、寺の縁起には『参詣市の如く群集せり』と当時のことが記されているのです。
現在、清浄寺には西念が親鸞聖人から賜ったとされる親鸞聖人木像が本堂に安置されており「おむくさま」と呼ばれています。西念亡き後 三代目の西順が御木像の失われることを恐れ、御木像を埋め隠したのです。やがて世の中は落着き、第四代了西の時代になり、御木像を埋めたところがむくむくと動き出し、この御木像が出現したということで、いつの間にか「おむくさま」と呼ばれ、掘り出した跡は池をつくり「おむくの池」として現在も寺の門前に残っているのです。
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清浄寺にある宝塔。六角形の塔身石屋根は、鎌倉時代のこの種の石造物としては県内唯一のもの。塔身前面に西念法師と刻んでありました。 清浄寺はかつて西光院と称し、親鸞に命ぜられて西念法師が建てた寺と伝えらています。西念は信州高井の生まれで、親鸞の弟子二十四輩の一人。

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本堂の手前に立つ板碑。頭部は山形、下に二条線、身部は二重線の輪郭を巻き、碑面中央に「南无(無)佛」、下方に紀年銘と光明真言を刻む。「南无仏(なむぶつ)と」は、仏に対し心から帰依することをいうようです。

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1995年(平成7年)に設置された金色の鯰(なまず)はJR武蔵野線吉川駅前南口にありました。吉川市は鯰の里としてPRしていて、シンボル的モニュメントとなっているようです。

吉川駅そばにはラッピーランドという観光案内兼売店がありました。
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足元には「なまりん」のマンホールもありました。
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天然温泉あゆみはゆったりのんびり、天然かけ流しの温泉。源泉は43,6℃、泉質はナトリウム・塩化物強塩の中性。外には足湯もありました。

ますや。
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吉川は、江戸川と中川に囲まれた川の街のため、約400年の昔から川魚料理の伝統があるのです。「吉川に来て、なまず、うなぎ食わずなかれ」の言葉どおり、今でも割烹・料亭が数多く、伝統の味を伝えています。
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なまずは淡白でやわらかな味わいで、刺身でよし、焼いてよし、揚げてよしということでしたが私は今日だけで御馳走様の気分でした。私たちは「ますや」で食しましたが、吉川福寿家や料亭 糀家も有名だそうです。

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芳川神社 の創建は1187年(文治3年)鎌倉時代初期とのこと。時の武士団「吉川氏」が、諏訪神社として再興。現在の拝殿は、1850年(嘉永3年)に再建され、吉川の総鎮守として現在に至っているようです。

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真言宗智山派寺院の延命寺は、正式には寶光山地蔵院。延命寺は、1295年(永仁3年5)清仙が開山したようです。古河公方足利義氏逝去後に土着した西卜(戸張氏)が天正年間(1573-1593)に堂宇を再建して中興開基したのです。1648年(慶安元年)には江戸幕府より寺領10石の御朱印状を受領、近郷に末寺・門徒寺22ヶ寺を擁した中本寺格の寺院で、古利根川三ヶ寺と称されていました。西新井組中川通四箇領八十八箇所56番、武蔵国三十三ヶ所霊場初番です。

まつざわ煎餅。
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本日の埼玉の逸品として名物の「なまずせんべい」をいただきました。
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味は格段に普通でした。

鯰の里公園はちょっと見ただけでは普通の公園。災害に強いように色々工夫してあるようです。池が鯰の形でした。
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鯰養殖場。
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農事組合法人吉川受託協会が管理する鯰の養殖場です。平成8年(1996年)になまずの養殖が成功し今では吉川産なまずを生産・出荷しているのです。
網を上げてなまずを見せていただきました。ちょっと見はうなぎのようでしたが、うなぎよりは太めでした。
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本日はまたしても晴天!19℃とベストコンディションの中、23名は全員元気にウォーキング。23000歩といつもより多めの歩程でしたがここのところウォーキングが続きましたので次第に歩きなれてきたように思いました。また色々楽しみます。
posted by yunofumi at 11:16| あちこちウォーク