2021年04月03日

2021.3.28 さいたま彩発見ぶらり街あるき 第10回戸田市

本日は埼玉県内でもさいたま市を離れて県央地区の街歩きに入ります。
戸田市は人口14万人の若い街で住人の平均年齢は40歳台とのこと。県内では住人の快適度は1位と伺いました。
戸田と付く駅名はこの戸田駅・北戸田駅・戸田公園駅と3か所あるとのことですが、本日のウォーキングゴールは一番大きな戸田公園駅を目指します。

JR戸田駅⇒いちげん食彩厨房⇒BZ花壇⇒沖内囃子⇒地蔵菩薩座像⇒沖内会館⇒神明榎橋⇒五差路通り⇒上戸田3丁目交差点⇒鍛冶谷町公園線⇒上戸田氷川神社⇒羽黒社⇒羽黒大権現⇒伏見稲荷⇒新田口公園(鍛冶谷・新田口遺跡)⇒新曽沖内馬頭観音像⇒Le Copain(昼食)⇒二枚橋⇒新曽小通り⇒浅間社⇒新曽南一丁目⇒金森橋⇒蒲川・新曽南の桜⇒戸田中通り・中ノ橋信号⇒戸田公園大橋⇒戸田ボートレース場⇒戸田桜づつみ⇒戸田公園⇒戸田橋⇒旧中山道・戸田渡船場跡・水神社・地蔵堂⇒戸田橋親水公園⇒川岸3丁目遊園地⇒戸田公園駅

BZ花壇。
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戸田駅前に緑のボランテア活動という看板でお花を種々植えてありました。
中央に桜の大木がありまずはほのぼの気分で出発できました。

沖内囃子(おきないばやし)は「テンノウサマ」と呼ばれる津島神社の夏祭りに奉納されるとのことで目印があるだけでした。

地蔵菩薩座像。
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1818年(文化15年)の造られたとのこと。作者は旧下戸田村の石工秋本金次郎。また銘によると新曽の観音寺の僧隆賢の指導があったようです。

上戸田氷川神社。
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上戸田氷川神社は、1382年(永徳2年)に戸田城主桃井中務大輔直和が武運長久のために大宮氷川神社を勧請し、城内に(真言宗)亀宝山能満寺多福院を建て、当社の別当とし、旧上戸田村の鎮守氏神として祀られたあようです。1893年(明治6年)に村社となり、1907年(明治40年)に旧上戸田村にあった羽黒社、道祖神社、山王社、稲荷社などを合祀したとのことでした。
羽黒大権現。
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伏見稲荷。
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芭蕉句碑。
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新田口公園(鍛冶谷・新田口遺跡)。
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荒川(旧入間川)の自然堤防上に立地する弥生時代後期から古墳時代前期の遺跡のようです。多数の方形周溝墓や住居跡も見つかったことから大規模集落の遺跡だそうです。

「新曽沖内の馬頭観音像」は、「寛文十庚戌暦三月廿一日(1670年)」の紀年銘がある馬頭観音とのこと。本日はお堂が開いていませんでしたので見られませんでした。
講師の説明では紀年銘の他には「武州足立郡新曽村惣百姓衆中」「奉造立馬頭観音像」という銘文が確認でき、新曽村の惣百姓衆中により造立されたということでした。

Le Copain(ル コパン)で昼食。落ち着いた雰囲気のレストランでフレンチやイタリアンを出すようです。とても美味でおまけに手際が良くまた伺いたいお店でした。
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浅間社。
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富士山信仰の冨士講は江戸時代に盛んで旧新曽村の名主がこれを建立したようです。

金森橋から新曽桜川の桜をゆっくり楽しみました。
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TBS戸田送信所。
150mと57mの鉄塔が2本すっくと立っていました。ウォーキングしながら通りすがりに見ましたので機械類があるだろうと思われる建物などははっきりわかりませんでした。実は給電部、整合器、STL導波管などがあるとネットの情報で知りました。

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戸田公園大橋は、競艇場への通路のほか、災害時の避難通路として計画された歩道橋。橋の長さは179m、幅5.25m、主塔の高さは地上59.9m。公園内に架けられているため、橋の上部は景観を重視し、主塔から斜めに張られたワイヤーで支える斜張橋となっておりこの形式の歩道橋としては、日本最大規模の長さだそうです。1968年(昭和61年)から建設が始まり1988年(昭和63年)に完成。総工費8億3千万円だそうです。

戸田ボートレース場。
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当初は荒川左岸の排水路が計画されたようですが1940年(昭和15年)の第12回オリンピック東京大会を誘致する計画でボートコースが設られたのですがこの大会は戦争で中止。その後1964年(昭和39年)第18回オリンピック東京大会の漕艇協議会場となり、全長2400m、幅90mで完成しているとのことです。

戸田桜づつみ。
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桜づつみを過ぎると戸田公園に入りました。この公園は東西に約2.5km、南北に約300mあり、日本最大規模の人工静水コースを備えた戸田漕艇場があり、その一部は戸田競艇場なのです。公園の全域の住所が戸田市戸田公園だそうです。夏の戸田橋花火大会が有名なのです。

戸田ボートレース聖火台。
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法政大学合宿所。
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ボート部監督波間昭司先生に説明をいただきさらに艇庫の中も着せていただきました。

戸田橋(とだばし)は、東京都板橋区舟渡と埼玉県戸田市堤外の間で荒川に架かる国道17号(中山道)の道路橋。橋長519m、幅員21m。交通量が半端ない感じでした。
中山道は江戸・日本橋から京都までの136里(約544km)の街道。宿場は69宿、旧中山道は戸田渡船場がスタート。ということですが当時の面影は以下の三か所のみ。ちょっと残念です。

戸田渡船場跡。
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板橋宿と蕨宿の間にある荒川の渡し場で下戸田村が運営していたようです。江戸時代には江戸の玄関口ということで参勤交代の大名や皇女和宮も通られて様です。

水神社。
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正面の「水神宮」の碑には1769年(寛政8年)の銘がありました。古くは荒川の端にあったもので、新堤防ができてから移され、川岸に住む人々の氏神様のようになっているようです。  境内の正面には、「水神宮」や「船玉大明神」(船の守り神)と刻まれた大きな石碑が鎮座しています。また、「山王大神」や、茨城県の大杉神社から勧請した「大杉大神」(航海安全の神)などの石碑も合祀されているとのことです。

戸田橋親水公園。
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1932年(昭和7年)に完成した3代目戸田橋は吊橋の鉄橋でとても美しい橋だったようです。この橋の親柱は御影石を積み上げ、頂部には照明があり当時としてはとてもモダンだったようです。今は公園入口に立っています。

JR戸田公園駅。
この駅は1985年開業。戸田とつく3駅の中心駅。1日乗客は約35000人。時刻表から1時間当たり6本の列車が行き来しているようでした。

先生からいただいた本日の逸品は戸田公園駅そばのレガッタショップ、ロングレンジのオールの形をしたサブレでした。リュックの中に入れ持ち帰ってからいただきましたからその時には割れていましたがとても香ばしいサブレでした。
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本日喜多見先生・TD小松さんの引率で久しぶりのさいたま再発見のウォーキングでした。参加は18人。戸田市の中は公園、特に子供向けの公園が多く見受けられなるほど、新しい住人が増えているのを実感しました。コロナ禍の中でしたが何処でも密にならず、のんびりウォーキングでき、満開の桜を充分堪能できたのがとてもよかったです。次はもう一度4月中にウォーキングに参加します。まだ桜が残っているかしら、と楽しみです。
posted by yunofumi at 14:41| あちこちウォーク