2021年04月01日

2021.3.24 第5回東京十社巡り(最終回)

このシリーズのウォーキングは新型コロナの影響で昨年からずいぶんのご無沙汰となりました。おまけにシリーズ第4回目は希望の日程がまた中止となり本日いきなりの最終回です。都営地下鉄大江戸線大門駅に10:00に集合。久しぶりのことで顔なじみの方が一人もおられなかったことが逆に印象深かったです。それでもお陰様で素晴らしい晴天の下、出発しました。

都営地下鉄大江戸線大門駅A6出口⇒芝神明商店街⇒芝大神宮⇒芝公園・増上寺大門⇒芝郵便局⇒増上寺三解脱門⇒ホテルメルパルク⇒芝公園・東照宮⇒円山随身稲荷大明神⇒丸山貝塚⇒妙定院⇒赤羽橋⇒伏見三寶稲荷神社⇒柳神社⇒三田春日神社⇒慶應義塾大学⇒慶應仲通り商店街⇒田町〜JR山手線〜高輪ゲートウェイ駅⇒泉岳寺前〜都営バス〜御殿山⇒御殿山トラストシティ⇒品川神社

都営大江戸線(おおえどせん)は、練馬区の光が丘駅と新宿区の都庁前駅を結ぶ放射部と、同駅から反時計回りに都心・下町・山の手を環状に繋ぎ、再び都庁前駅に至る環状部から構成されるとのことです。環状の路線は、山手線や大阪環状線、名城線などと違って「6の字型」運転。そして起点は都庁前駅、終点は光が丘駅。路線図のラインカラーは「マゼンタ」。とても目立ちます。今日は東京のど真ん中という感じの大門駅からスタートです。

芝大神宮。
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もともとは、単に「神明」あるいは「神明宮」といわれ、武蔵国日比谷郷にあったことから「日比谷神明(日比谷神明宮)」、また飯倉御厨(後の武蔵国飯倉庄)に鎮座していたので「飯倉神明(飯倉神明宮)」。そして芝が町の様相を呈して「芝神明(芝神明宮)」と称することになったようです。また伊勢神宮の内外両宮の祭神を祀ることから、関東における伊勢信仰の中心的な役割を担い、「関東のお伊勢様」とも尊称されたとのことです。明治維新以後、現在の「芝大神宮」となったのです。
貯金塚がありました。
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東京大震災の時、貯金の払い戻しをして東京の復興に貢献した牧野元次郎の記念碑。
「倉は焼けても貯金は焼けぬ」の言葉がありました。

芝公園は増上寺を中心とした緑地帯(都立公園)。1873年(明治6年)に開園。元々は増上寺境内の敷地を公園としていたのが戦後の政教分離の考え方で宗教色のない都立公園として整備されたので現在の公園の敷地は増上寺を取り囲むような形状になっているようです。

増上寺(ぞうじょうじ)は、浄土宗の仏教寺院。山号は三縁山。9世紀、空海の弟子・宗叡が武蔵国貝塚(今の千代田区麹町・紀尾井町あたり)に建立した光明寺が増上寺の前身だということです。

増上寺大門。
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増上寺の表門である現在の大門は、旧大門の老朽化のため、昭和12年東京都によって旧大門の意匠を踏襲し1.5倍の大きさの高麗門、鉄骨鉄筋コンクリート造で再建。昨年3月東京都から増上寺に無償譲与されたのを機に、増上寺では耐震調査を行い、11月から耐震補強・外観化粧直しの改修工事を進め今年の3月末竣工し、見事に壮麗な門が蘇ったのです。

増上寺三解脱門(さんげだつもん) は 戦災を免れた建物の1つで、1622年(元和8年)建立の二重門(重層で、各層に屋根が付く門)。
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この門をくぐると、三毒(3つの煩悩、即ち貪、瞋、癡)から解脱できるとされるとのことです。内部には釈迦三尊像と十六羅漢像が安置されているとのことです。

増上寺大殿は 1974年(昭和49年)に再建。室町期の阿弥陀如来像、脇仏に法然上人像、善導大師像がまつられているとのことです。大殿に登る階段.は25菩薩をあらわし、25の階段となっています。また参道から大殿前に至る階段は18段で阿弥陀仏の本願である第18願だそうです。そして三門から大殿.の距離は約48間でこれは阿弥陀仏の48願。また大門からの三門は約108間で三門をくぐると108の煩悩から解脱できるとのことです。
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本日はちょうど50年に一度とかの屋根の吹き替え工事中でした。大殿全体が幕で覆われていましたがこれもとても珍しい光景です。幕には「増上寺浄土宗開宗850年慶讃事業 大殿屋根瓦総葺き替え-令和2年10月〜令和3年10月」「あなたの祈りを瓦にのせて」と記されていました。この度の瓦はチタンのようです。完成したらまたお詣りに伺いたいものです。

増上寺大殿のお隣は安国殿。
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こちらには 「黒本尊」といわれる室町時代の恵心僧都作の秘仏の阿弥陀如来が祀ってあるのです。この秘仏は徳川家康が崇拝し、当初は2尺6寸(約80cm)の金色の立像だったそうですが、長年の香煙により、黒ずんでしまったようです。正月15日、5月15日、9月15日にのみご開帳されます。今日は「黒本尊」と墨書きされたご朱印をいただきました。
徳川将軍家墓所入口からは見事に桜が咲いていました。
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そばに14代将軍徳川家茂の正室和宮ゆかりの茶室、貞恭庵がありました。貞恭とは和宮の法号だそうです。
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芝公園・東照宮は、当初、増上寺内境内にあったとのことです。
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増上寺は1590年(天正18年)家康公江戸入府の時、源誉存応が公の帰依を得て徳川家の菩提寺に定められたとのことです。
こちらの鳥居の下には几号水準点がありました。これは明治初期に土地の高低測量のために作られた基準となる測量点ということでした。

そばに「天然記念物 芝東照宮ノ公孫樹」の石碑がありました。1641年(寛永8年)安国殿再建に際し、三代将軍徳川家光が植えたものと伝えられています。
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芝公園の広々したところでビルに移る東京タワーと実際の東京タワーを見比べました。
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丸山貝塚は全長112mの都内最大の前方後円墳。普段は丸山古墳と呼ばれているようです。頂上に上ると丸い形でした。
丸山古墳の東南斜面には丸山貝塚があり、縄文時代中期の終わり、あるいは後期のものということでした。
また丸山古墳の頂上には、「伊能忠敬測地遺功表」がありました。これは、日本全国を測量し、はじめての日本地図を製作した伊能忠敬の功績をたたえたもので、明治22年に東京地学協会が建てたものを、昭和40年に再建したものとのことです。ここに建てられたのは、伊能忠敬が測量を開始する起点となったのが高輪大木戸であったことによるようです。またそばには大きな岩がありました。この古墳が前方後円墳で昔は瓢形古墳と言われたことをこの大きな岩に書かれているのです。
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大野伴睦句碑。
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丸山古墳から下る途中にありました。昭和38年6月調理師法施行5周年にあたって、長年調理師会の名誉会長として尽力した政治家大野伴睦の労に謝するため贈呈されたものです。台座には俳句が刻まれていました。
「鐘がなる春のあけぼのの増上寺」

妙定院(みょうじょういん)は、1763年(宝暦13年)、徳川九代将軍家重公を開基として三縁山増上寺四十六世妙誉定月大僧正によって開山され、寺号は増上寺、院号は定月上人の戒号より妙定院としたようです。増上寺の別院として位置付けられているとのことです。そばに災除地蔵尊がありました。
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赤羽橋は古川に架かる橋。もともとこの橋の創架年代は不明のようですが、「正保江戸図」には橋が確認できるとのことです。1675年(延宝3年)古川の浚渫工事に伴い木橋が架けられ、1667年(寛文7年)頃古川の拡福工事により土橋となったとうかがいました。

伏見三寶稲荷神社(ふしみさんぽういなりじんじゃ)祭神は稲荷大明神。赤羽橋南交差点に面して鎮座する。社殿は一間社流造でコンクリート製。明治初期に、小林七兵衛が近くの三宝稲荷を敷地内へと移した。明治中期になって、京都伏見稲荷より分祠。何回か移動を繰り返し、現在地には昭和60年から鎮座されています。

柳神社は地元の松本町の氏神様で江戸時代中期より続いています。この神社そばには大石内蔵助さんが隠れ住んでおられ、そのころにはこちらによくお詣りされたようです。だからすぐそばには浅野家の出入り商人も住んでいたとのことです。
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三田春日神社は慶応大学東門そばにありました。958年(天徳2年)武蔵国国司藤原正房卿任国の折、藤原氏ならびに皇室外戚の氏神なる大和国春日社第三殿に祀る天児屋根命の御神霊を勧請鎮座されたという古い神社とのことです。

慶應義塾大学は、1920年に設置されています。中津藩士の福澤諭吉が藩命により江戸築地鉄砲洲(現在の東京都中央区明石町)の中津藩中屋敷内に、1858年(安政5年)に開校した「蘭学塾」を起源に持つ大学。
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傍には慶応仲通り商店街がありました。

高輪ゲートウェイ駅はJR東日本が2014年(平成26年)に田町駅から約1.3 km、品川駅から約0.9 km付近の位置に建設し、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催にあわせて暫定開業させる計画の駅。用地に関しては、田町車両センターの設備や車両留置箇所の見直しによって創出される約13haの再開発用地を利用。新駅は都営浅草線・京急本線泉岳寺駅から300mほど南東の場所にありました。新駅設置としては、山手線では1971年に開業した西日暮里駅以来、京浜東北線では2000年に開業したさいたま新都心駅以来となるとのことでした。2020年(令和2年)3月のダイヤ改正にあわせて暫定開業。2024年度には駅前に高層ビル群が作られ本開業の予定とのことでした。近くは江戸の玄関口「高輪大木戸」として賑わった場所のようです。
はじめてこの駅に着くとロボットが試運転中だったり無人のコンビニがあったり不思議なところでした。
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JR田町駅エスカレーター脇には西郷南洲と勝海舟会見図がありました。
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御殿山バス停で下車すると御殿山トラストシティが目の前にありました。広大な庭園、チャペル、ホテルもふくめなんと優雅な空間かと思いました。珍しいアオキがありました。
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品川神社は東京十社のひとつ、また東海七福神の一社として、大黒天が祀られています。1187年(文治3年)、源頼朝が安房国の洲崎神社から、海上交通安全と、祈願成就の守護神として、安房国の洲崎明神である天比理乃当スを勧請して祀り、品川大明神と称したのがはじまりとのことです。
境内入り口にあるのは双龍鳥居。
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正面の階段途中には富士塚と浅間社があります。
社殿裏には板垣退助のお墓がありました。そばには「板垣死すとも、自由は死せず」の石碑もありました
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今日は晴天の元、20℃もありとても心地よいウォーキングができました。久しぶりの2万歩はちょっと応えて、京急新馬場駅から品川に出て山手線で帰路につきましたがぐっすり眠ってしまい池袋で乗り換え損ね、いやはやビックリ️!!お陰で夕方の貴重な時間を無駄にしましたが、まずは無事に自宅に到着。やはり身体は正直で鈍っていたことがバレバレの1日となりました。まずは今後に備えて懲りずにウォーキングをやってまいります。
posted by yunofumi at 15:23| あちこちウォーク