2021年03月25日

2021.3.20 第2回ひと駅ウォーク

東武東上線新河岸駅〜川越駅
新河岸駅⇒新河岸駅西口入口信号⇒(川越街道)みよし胃腸クリニック⇒埼玉糧穀梶ヒ不老川(不老橋⇒烏頭坂(うとうさか)⇒岸町・木花咲耶姫(このはなのさくやひめ)の山車庫⇒熊野神社⇒川越第2中学校⇒光西寺⇒中院⇒川越駅

新河岸駅。
2018年に駅舎が新しくなり西口・東口へ通じる階段やエスカレーター、エレベーターが設置され乗降客もとても増えた様子でした。また西口にCaféも開店したようです。
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不老川(ふろうがわ・としとらずかわ)。
川越街道を進むと不老橋につきました。橋のそばにある案内には「ふろうがわ」のフリガナがありましたが正確には「としとらずかわ」と読むのかもしれません。また荒川水系新河岸川の支流で蔵野台地上を流れる一級河川だそうですが本日は水が一滴も流れていませんでした。
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烏頭坂(うとうざか)。
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川越街道を岸町から新宿町二丁目・富士見町へ上る坂が烏頭坂(うとうざか)。新河岸川の水運が盛んな時代、新河岸で荷揚げした荷物を川越市内の問屋街へ運ぶ際、急坂で難所として知られていた烏頭坂を通ったとのことです。 往時は杉並木があり街道の風情もあったようです。 1486年(天文18年)の「廻国雑記」に「うとう坂越えて苦しき行末を、やすかたと鳴く鳥の音もかな」という歌が残っているとのことでした。 現在は、国道254号線と16号線が交差する交通量の多い通りとなっています。

岸町・木花咲耶姫(このはなのさくやひめ)の山車庫。
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この山車は岸町2丁目の所有。二重鉾、四つ車、唐破風付き囃子台で廻り舞台となっているようです。原型は昭和27年の牛車に屋台を乗せた小さなものだったのが昭和33年以降その原型に改修を重ね、平成27年に現在の形に完成させたとのことです。
人形は岩槻の福田東久の作。古事記に安産、子育ての神として登場する神武天皇の曾祖母 木花咲耶姫(このはなのさくやひめ)。山車の彫刻や見送り幕、四方幕の図柄にも木花咲耶姫(このはなのさくやひめ)に関連する物語が表されているのです。なお四方幕は現代の名工桐生市の大沢紀代美の作。彫刻は掛布の松林洋。川越には「祭り会館」がありこの山車を含めて色々見られます。

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川越 熊野神社は、室町時代に紀州熊野から分祀された開運・縁結び・厄除けの神社。
こちらは、『明細帳』によると天正18年(1590年)蓮馨寺二世然誉文応僧正が紀州熊野より勧請したことに始まり、以後、松郷の人々が氏神として崇敬したようです。その後、1713年(正徳3年)十六世然誉了鑑僧正の時、社殿を改築し鳥居を石造りとしたのが現在ある二の鳥居だとのことです。

小江戸川越で「しだれ桜と言えば中院」、「中院と言えばしだれ桜」と言われています。
多分見ごろと思い少し足を延ばして見に行きました。案の定少し早めですがお見事!
今年の桜はこちらで決まり!!という気分で楽しみました。
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そして最後に川越駅から電車に乗って帰宅。
川越駅は東武東上線の駅とJRの駅がコンコースでつながっています。東上線の駅は1915年(大正4年)に川越西町駅(かわごえにしまちえき)として開業したとのことです。まだ新型コロナウィルスの緊急事態宣言が明日で解除かな、という日なのですが、これがまたびっくりするくらいの人、人、人の波でちょっと怖くなって速攻帰宅しました。
それでもせっかくのこの春めいた一日、色々な花々を楽しみました。
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結果として本日は晴天、気温20℃、18000歩のお散歩に感謝です!
posted by yunofumi at 13:34| あちこちウォーク