2020年12月13日

2020.12.6 さいたま彩発見ぶらり街あるき 第9回上尾市

JR上尾駅---路線バス---平方⇒馬蹄寺⇒上尾橘高入口信号⇒橘神社⇒上尾平方郵便局⇒平方公民館⇒観音堂⇒永島園⇒平方河岸・平方土地改良記念碑⇒山忠わさび轄H場⇒開平橋⇒カフェダイニングごふく ⇒八枝神社⇒上宿公民館⇒荒川土手⇒小塚浅間塚⇒上尾丸山公園⇒榎本牧場⇒徳星寺⇒雲雀---路線バス--- JR上尾駅

上尾は中山道の宿場町でしたが沿道の他の宿場と比べると少し小さかったようです。1883年(明治16年)に、日本で3番目の日本鉄道(現・高崎線)の開業とともに上尾駅が開業したのです。
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上尾市は現在人口約23万人。市の木は「かし」、市の花は「つつじ」、市民の木は「あおき」;イメージマークは「アッピ-」。駅改札口に目印で鎮座していました。

10:00からウォーキング開始、といっても本日はいきなり路線バスに乗車。約20分で平方に到着。目の前に馬蹄寺(ばていじ)がありました。天文(てんぶん)年中(1532から55)に再興されたと寺伝にあり感誉上人が当時後北条氏の配下で川越城将であった大道寺氏の甥で、各地で多くの寺院を建立していたので、平方村にも寓居(ぐうきょ)し浄土の道場を開いたと伝わっているようです。中には江戸初期の作とみられる木造阿弥陀如来と脇侍(きょうじ)像もあるとのことでした。
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大きな「モッコク」が本堂の右手にありました。
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そして「モッコク」の下に 鈴木荘丹俳諧歌碑がありました。
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これは1814年(文化11年)荘丹が建立したものだそうです。碑は自然石の上に立ち、高さ49.4cm(総高81.9cm)、幅22.7cm、奥行き17.9cmの角柱。正面に歌が一首「安心(あんじん) 俳諧の奥ハ 楽し支(き)道奈れ登(と) 踏(ふみ)堂(た)可(が)へ帝(て)者(は) 到ら連ぬ奈(な)里(り) 」どうやら「俳諧に遊び、楽しむ事も、衣食住をないがしろにしてはいけない」ということのようです。

橘神社(たちばなじんじゃ)。
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こちらには1471年(文明3年)銘の額があったことからこのころの創建かもしれないとのことです。また、口碑に創建当初は現在の平方小学校の東の「氷川山」と呼ばれる所にあったとも、平方新田の字在家にあったとも伝えられているようです。境内の大欅の樹齢から考えても、遷座があったとしても相当昔のことと思われました。
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鳥居横には平方河岸と街並みの案内板がありました。
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平方公民館の前に現在の平方観音堂がありました。ここはもと天台宗寺院の正覚寺、威徳山寶聚院と号していた寺院だったようですが明治6年廃寺となり、観音堂となったようです。
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そばには森朴斎碑とお墓がありました。
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森朴斎は桑名藩(三重県)の医師で旅の途中、平方村に立ち寄り、名主の永島太十郎(太重郎)宅に寄留。朴斎の学識を見込んだ太十郎は屋敷内に学舎を建て、地域の若者を集め、十数年にわたり300余人が彼の人柄を慕い学んだのですが、1860年(万延元年)、この地で54歳で没し、ここ正覚寺(現観音堂)墓地に葬られたとのことでした。

平方河岸の平方土地改良記念碑。
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平方は畑や田んぼが広がり、広大な河川敷もあるなど、農業的土地利用の比重が高い地域だったため住民の力も加わり土地改良をしたようです。

平方河岸(ひらかたがし)は荒川を利用した江戸とのフナ運を支えたようで昭和の初めまで繁栄したようです。この荒川の水源は甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)で奥秩父の中心にあります、最後は東京湾ですから流路延長173 km。川幅(両岸の堤防間の距離)は御成橋(埼玉県鴻巣市・吉見町)付近で2,537 mもあり、日本最大とのことでした。今日は開平橋のそばを通りました。

山忠わさび轄H場がありました。1940年(昭和15年)に山崎忠市郎が信州でわさび漬け製造を開始。1967年(昭和42年) 上尾市に工場を設立したとのことです。チューブのわさびはSBしか知らなかったのでそのうち、上尾での販売を調べてみるようです。

Café Dining 529 (カフェダイニングごふく)で昼食でした。お店の中は、大きな空間が広がり、落ち着いた空間でメニューは、ヘルシー食の定食やハンバーグ、パスタなどありました。私たちは俵ハンバーグセットをいただきました。
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八枝神社(やえだじんじゃ)は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)を御祭神とし、厄除招福・疫病退散の神様として、親しまれているとのことです。こちらにある獅子頭は「狛狗大神(はっくだいじん)」といい、人々からは『平方のおししさま』とよばれているとのことです。この獅子頭は地域に貸し出しも行われ、疫病退散・災厄消除を願う「ふせぎ」と呼ばれる行事が行われるとのこと。毎年7月には埼玉県指定無形民俗文化財である『どろいんきょ』という奇祭が盛大に行われるとうかがいました。
ご神木の折れてしまったケヤキと狛犬が珍しいものでした。

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小塚浅間塚は、富士塚ともいわれ、江戸時代、文化・文政年間から江戸を中心とした地域で造られた塚です。浅間塚は、当時流行した富士浅間信仰によるもので、富士参拝が難しいことから、富士山を模した塚を祀るという主旨で造られたようです。
頂上中央に文化13年(1816年)銘の石祠と、1893年(明治26年)銘の「登山大願成就」碑がありました

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上尾丸山公園は「水と緑の調和」をテーマに昭和53年に開園した総合公園です。小動物コーナーにはワオキツネザル、ヤクシマヤギ、コツメカワウソがいました。また紅葉はメタセコイアとイロハモミジが良い見頃でした。
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また児童遊園地、バーベキュー場、自然学習館、大池などがあり大いに癒されました。

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榎本牧場は乳牛を飼っている酪農牧場でした。この牧場には60〜70頭の白・黒の斑模様の乳用のホルスタインがいるとのことです。牧場体験や新鮮牛乳を使ったジェラートアイス・ヨーグルトの販売がありました。ちなみにこちらのキャッチフレーズは「上尾にあなたの知らない北海道があります」。私はミルクジェラートをいただきました。濃厚でミルキー!おいしかったです。

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徳星寺(とくしょうじ)は弘仁年間(810〜824)に弘法大師によって創建されたと伝えられる古刹で、大師お手植えと伝わる樹齢800年以上の大カヤが枝を広げていました。
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創建当初は真言密教寺院。1563年(永禄6年)、北足立郡伊奈町にある法光寺と入れ替わって天台宗に改宗されたとのことです。室町時代には領主岩槻太田氏の手厚い保護を受け、江戸時代には幕府から御朱印地3石を賜り、この地方の文化の中心的役割を果たしてきた寺とのことでした。
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徳星寺は東国花の寺・百ケ寺だそうで彼岸花が有名だそうです。

本日のウォーキングはこれで終わりということで最寄りの雲雀停留所より再び路線バスにて JR上尾駅向かい、解散。
その前に本日の上尾のお土産に彩菓庵おおきにの「芋蔵」をいただきほっと一息。
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本日はいつもの講師喜多見さん、TD岡田さんと共に18人が参加、晴天で気温14℃、ほぼ無風でコンディションとしては最適。約17000歩でしたが皆元気に終了。
また次回も天気になあれ!!
posted by yunofumi at 13:30| あちこちウォーク