2019年09月25日

2019.9.21. 2巡目第6回東京の新発見旅「墨田区」

東向島駅⇒向島労働基準監督書⇒向島中学校⇒向島百花園⇒白髭神社⇒吉備示屋⇒鳩の街通り⇒榎本武揚旧居宅跡⇒隅田公園少年野球場⇒言問団子⇒長命寺桜餅⇒長命寺⇒見番通り⇒弘福禅寺⇒三囲神社⇒佐多稲子旧居跡⇒隅田公園⇒牛嶋神社⇒小梅牛島通り・東京スカイツリー⇒小梅児童公園⇒北十間川・おしなり橋⇒日本料理なりひら(昼食)⇒大横川親水公園⇒たばこと塩の博物館⇒スミダパークギャラリササヤ⇒能勢妙見堂⇒野見宿禰神社⇒すみだ北斎美術館⇒横網町公園・復興記念館・慰霊堂⇒両国国技館⇒JR両国駅

東向島駅は東武鉄道伊勢崎線、現在は東武スカイツリーラインの駅。自宅からは池袋・日暮里・北千住経由でほぼ1時間30分を要しました。集合が10:00、おまけに天候は晴れ、気温低めで大助かりでした。

向島百花園。
文化元年(1804)、佐原鞠きく(骨董商の北野屋平兵衛)によって開かれた梅園で開園当初は、大田南畝(幕臣、戯作者1749 - 1823)や加藤千蔭(国学者1735 - 1808)などの文人墨客が集うサロンでもあったとのことです。園内には秋の七草などの詩歌にゆかりの深い草木類や歌碑が多くありました。
DSCN8487no2.JPG

萩のトンネル
DSCN8499no2.JPG

秋の七草・かんぴょう・かぼちゃ等の実りも展示していました。
DSCN8522no2.JPG

珍しかったのは「へびうり」の実り。
DSCN8525no2.JPG

白髭神社は創建は951年で隅田川七福神の寿老神(寿老人)として有名。旧寺島村の鎮守様で向島白鬚(むこうじましらひげ)神社とも呼ばれているとのことです。
DSCN8532no2.JPG

吉備子屋は日本でも唯一のキビ団子のお店だそうです。きびだんごの主成分「きび」は、穀物の中で一番栄養価が高く、心臓を強化し小腸の動きを促し、 高タンパク源、低カロリーのきな粉で食するとおいしいようです。今日は素通り!また買い求めに来たいものです
DSCN8545no2.JPG

榎本武揚旧居宅跡。
榎本武揚の父は将軍側近で天文方として伊能忠敬にも師事した知識人。武揚も幼い頃から学才に長け、昌平黌で儒学を、江川太郎左衛門から蘭語、中濱萬次郎から英語をそれぞれ学び、恵まれた環境で洋学の素養を身につけ、19歳で箱館奉行の従者として蝦夷地に赴き、樺太探検に参加しました。安政 3年 ( 1856 ) には長崎海軍伝習所に学び、蘭学や造船学、航海術などを身につけ、文久 3年 ( 1867 )、幕府が発注した軍艦「開陽」に乗船して帰国、翌 4年に海軍副総裁に任ぜられています。戊辰戦争では徹底抗戦を唱えましたが、五稜郭で降伏、3年間投獄されていました。しかしこの箱館戦争で敵将ながらその非凡の才に感服した黒田清隆の庇護を受け、北海道開拓使に出仕。明治 7年 ( 1874 ) に駐露特命全権公使となり、樺太・千島交換条約を締結。海軍卿、駐清公使を経て文部大臣、外務大臣などを歴任した人物です。明治 38年 ( 1905 ) から、73歳で没する同 41年までこの地で暮らし、墨堤を馬で毎日散歩する姿が見られたということです。今ここはマンションになっていました。
DSCN8568no2.JPG

隅田公園少年野球場は昔、王貞治さんも通っていた野球場とのことです。
DSCN8574no2.JPG

長命寺桜餅は、創業者山本新六が1717年(享保2年)に土手の桜の葉を樽の中に塩漬けにして試みに桜もちというものを考案し、向島の名跡・長命寺の門前にて売り始めたのが始まり。 当時から桜の名所だった隅田堤(墨堤通り)は花見時には多くの人々が集い、桜餅が大いに喜ばれたということです。
DSCN8593no2.JPG

三囲神社は倉稲魂命(宇迦之御魂神)を祀りもとの旧村社は田中稲荷と称したとのこと。創立年代は不詳。伝では、近江国三井寺の僧源慶が当地に遍歴して来た時、小さな祠のいわれを聞き、社壇の改築をしようと掘ったところ、壺が出土しその中に、右手に宝珠を、左手にイネを持ち、白狐に跨った老爺の神像があったのです。このとき、白狐がどこからともなく現れ、その神像の回りを3回回って死んだことから三囲の名称となったようです。 元禄6年(1693年)、旱魃の時、俳人其角が偶然、当地に来て、地元の者の哀願によって、この神に雨乞いする者に代わって、「遊(ゆ)ふた地や田を見めくりの神ならは」と一句を神前に奉ったところ、翌日、降雨を見た。このことからこの神社の名は広まり、松阪の豪商・三井氏が江戸に進出すると、その守護神として崇め、越後屋の本支店に分霊を奉祀したのです。
DSCN8628no2.JPG

DSCN8632no2.JPG

牛嶋神社は隅田川の東岸、もと水戸徳川邸跡の、隅田公園に隣接してあります。古くは向島須崎町にありましたが、関東大震災後、昭和のはじめ現在地に再建されたとのことです。 明治維新前は、本所表町の牛宝山明王院最勝寺が、別当として管理していましたが、明治初年の神仏分離後「牛の御前」の社名を牛嶋神社と改めたのです。もともとは隅田川に沿う旧本所一帯の土地を昔「牛嶋」と呼び、その鎮守として牛嶋神社と称したようです。
DSCN8644no2.JPG

小梅牛島通りから見る東京スカイツリーは格別です。
DSCN8647no2.JPG

日本料理「なりひら」は東京スカイツリーのお膝元。金目鯛の煮つけが素晴らしく美味しかったです。
DSCN8678no2.JPG

DSCN8677no2.JPG

たばこと塩の博物館はもともと1978年(昭和53年)に渋谷の公園通りで開催。その後、開館35周年を経て2015年(平成27年)にここでリニューアルオープンされたのです。
江戸時代のこともわかり、なかなか面白かったです。
DSCN8700no2.JPG

能勢妙見堂。
DSCN8764no2.JPG

すみだ北斎美術館。
DSCN8792no2.JPG
浮世絵師の葛飾北斎(1760年から1849年まで)のおよそ70年にもわたって描き続けられた多彩な作品は、没後約160年経た今日、ますます高い評価を得て、世界の偉大な芸術家として今も広く注目されています。
この北斎は墨田区に生まれ、その90年にも及ぶ長い生涯のうち、90回以上も引越しをしたといわれていますが、そのほとんどを「すみだ」で過ごしながら、多くの名作を残しました。作品の中には、両国橋や三囲神社、牛嶋神社など、当時の「すみだ」の景色を描いたものが数多くあります。
私はこのウォーキングの予定があったので先日長野県の小布施にいって北斎を見てきましたのでなお一層感銘を受けました。いつ見ても面白いし、楽しくなります。

横網町公園(よこあみちょうこうえん)には東京都復興記念館があります。ここでは関東大震災や東京空襲の資料を見ることができます。
また傍には慰霊堂もあります。
両国国技館は1984年(昭和59年)に総費用150億円で竣工されています。本日はたまたま9月場所の千秋楽の全日だったからでしょうか、人がいっぱいで大変混雑していました。

今日は数日前まで雨降りの天気予報でしたがすっかり晴れ上がりウォーキングには暑いくらいでした。最後まで雨にも会わずお陰様で十分楽しんだ歩程約11km、約2万歩を堪能しました。
お土産は大部分をたばこと塩の博物館で求め有意義な1日を過ごせました。感謝!
DSCN8846no2.JPG
posted by yunofumi at 13:22| あちこちウォーク