2019年07月04日

2019.7.4 2巡目第4回東京の新発見旅「文京区」

今朝は自宅を出るときはバケツをひっくり返すような土砂降り。集合場所JR水道橋駅ではほぼ小雨。その中で10:00スタート。講師 國先生、TD山際さん。参加者は雨降りの影響で取り消し者続出のため結局15名。

JR水道橋駅西口⇒小石川後楽園⇒文京区役所展望山台⇒源覚寺・こんにゃく閻魔⇒AOI NAPOLI(昼食)⇒慈眼寺⇒善光寺坂⇒傳通院⇒福寿幼稚園⇒メトロ後楽園駅

小石川後楽園は江戸時代初期に水戸徳川家の江戸上屋敷内につくられた築山泉水回遊式の日本庭園(大名庭園)。1629年(寛永6年)、水戸徳川家水戸藩初代藩主・徳川頼房が作庭家・徳大寺左兵衛に命じて築いた庭園を、嫡子の光圀が改修、明の遺臣朱舜水(朱之瑜)の選名によって「後楽園」と命名して完成させたとのことでした。
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内庭。
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円月橋
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文京区役所展望山台。
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建物自体は文京シビックセンターというようです。この25階が展望台。だれでも自由に入れます。高さが142mで超高層と言う程のことはないけれど、近くに高い建物がないので非常に目立ちます。近くには、東京ドームシティや小石川後楽園などもあり、観光で訪れるにはよい所です。今日は雨模様でしたが案外によく見えました。

源覚寺は、380年余り前の寛永元年(1624年)、定誉随波上人により現在地に開創されています。この頃、「明暦の大火(1657年)」、「お薬園火事(1762年)」、「戸崎町火事(1774年)」、「富坂火事(1884年)」と、4度もの大火があったようですが幸いにも、ご本尊も閻魔さまもその都度、難を逃れることができたとのことです。あの太平洋戦争の東京大空襲でも本堂への延焼はなかったとのことです。
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ここは閻魔大王が有名です。
宝暦年代のころ(1751年〜1764年)、眼病を患った老婆が閻魔大王に21日間の祈願を行ったところ、夢の中に大王が現れ「願掛けの満願成就の暁には、私の両目の内、ひとつを貴方に差し上げよう」と言われたそうです。そして満願の日に、老婆の目は治り、それ以来、大王の右目はつぶれて盲目となったのです。老婆は感謝のしるしとして好物の「こんにゃく」を断ち、それをお供えつづけたということでした。

AOI NAPOLI(青いナポリ)は文京区小石川のイタリアン&ピッツェリアのお店。
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私たちはパスタも珈琲を含めデザートも美味しくいただきました。そうそう、ウエディングやパーティもできるそうです。

善光寺坂は文京区小石川2丁目と3丁目のちょうど境目にあり、地下鉄春日駅・後楽園駅の側、富坂下交差点そばの路地を曲がった先の坂道。
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ここにある大きな椋の木(ムクノキ)の案内板がありました。この木は樹齢300年にもなるという大木で澤蔵司稲荷の魂が宿っているといわれているとのことです。
またこの椋の大木の前には、幸田露伴が住んだ「小石川蝸牛邸」があった所です。
幸田露伴が疎開した後、「小石川蝸牛邸」は空襲で焼失したのですが、露伴の娘である幸田文が同じ場所に家を建て、さらに娘の青木玉と暮らしたということで案内もあります。

傳通院は浄土宗の寺。正式名称は、無量山 傳通院 寿経寺(むりょうざん・でんづういん・じゅきょうじ)。徳川将軍家の菩提寺。江戸三十三箇所観音札所の第十二番札所。「でんずういん」とも書かれています。
山門
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本堂
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徳川家康の母、於大の方の墓
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その後、千姫、柴田錬三郎、浪越徳治郎等のお墓にお参りしました。

本日は汁真っ只中で特に九州地方は大変なことになっています。まずは雨にもめげずウォーキングツアーに参加しましたが足下が危なく午後はこの後小石川植物園などの予定でしたが私は2巡目ということもあり、途中でリタイアしました。
今後は天候も回復するでしょうからこれに懲りずにまたボチボチウォーキングに参加したいと思っております。
posted by yunofumi at 21:21| あちこちウォーク