2018年01月01日

2018.1.1初詣

今年もお陰様で穏やかに年が明けました。
次女の手作りのお節料理でまずはおめでとう!!
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その後は、年賀状を見ながらのんびりまったり。
玄関先にはその雰囲気をいかんなく漂わせている我が家です。
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午後になり町内の八雲神社と高齢になっている所沢市中富にある三富富岡総鎮守の多聞院(毘沙門天)と神明社に初詣へ。

神明社の拝殿。
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多聞院、毘沙門堂。
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「身がわり寅(とら)」は、毘沙門天の化身とされる寅に、身に降りかかる災いを託して奉納するというものです。いつも三が日で堂の欄干部までが小さな黄色でびっしりと埋め尽くされる光景となります。
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境内の蠟梅。
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1696年(元禄9年)に柳沢吉保(当時川越藩主)が三富新田として上富・中富・下富村を開村した際、一寺一社の制に基づき、開拓農家の檀家寺として上富に多福寺を、また中富に祈願所・鎮守の宮として毘沙門社(・多聞院)を創建しました。その後同境内に近隣地域より神明社を勧請し、同地域一帯の産土神として祀り、1868年(明治元年)の神仏分離令によって同院境内の西側は神社(神明社)として、東側は寺院としてそれぞれ独立し、今日に至っているのです。多聞院本堂の本尊は大日如来、 また毘沙門堂には、かつて武田信玄の守り本尊であったとされる黄金の小さな毘沙門天像が本尊として奉られています。 この像は、伝承によれば、像高一寸四分(約4センチメートル)、信玄が生前川中島などの戦に際し戦勝を祈願し兜の内に納めて戦場に赴いていたと伝えられるもので、1582年(天正10年)の武田家の滅亡後、同家縁の僧を介し 血縁のある柳沢吉保の手に渡り、毘沙門社の本尊として祀ったとされています。
毎年伺うにつれ境内が整備されています。季節により牡丹を見るなどの散歩コースもあるようです。また花の季節に伺いたいものです。
そして今年も日々元気に過せるように頑張ります。
posted by yunofumi at 20:30| ドタバタ日記