2017年05月21日

2017.5.16 銀座線ウォーク第2回 前半

赤坂見附〜京橋

銀座線は浅草から渋谷まで19駅、15km、乗車時間は32分。
このシリーズではこのコースを4回として地上部分をウォーキング。
第1回の前回は渋谷・表参道・外苑前・青山1丁目・赤坂見附。
本日第2回は赤坂見附・溜池山王・虎の門・新橋・銀座・京橋の辺りをウォーキングです。

赤坂見附駅⇒東急プラザ⇒プレデンシャルタワー⇒赤坂茶寮⇒オカムラ⇒山王日枝神社⇒山王坂⇒そば処黒澤⇒衆議院議員会館⇒国会議事堂前駅⇒首相官邸⇒溜池山王駅⇒外堀通り・六本木通り⇒溜池発祥の碑⇒溜池交差点⇒特許庁前⇒霞ヶ関ビル・カスミダイニング⇒虎ノ門駅⇒工部大学校阯碑⇒国立教育会館⇒江戸城外堀跡・溜池櫓台⇒虎ノ門金刀比羅宮⇒外堀通り・桜田通り⇒虎の門石⇒杜の都太助⇒霞ヶ関診療所⇒りそな銀行4・西新橋1丁目交差点⇒虎の門高木ビル⇒西新橋1丁目都バス停⇒新橋駅北口バス停⇒新橋2丁目⇒赤レンガ通り・鉄道発祥の地の碑⇒美々卯⇒鳥割烹古今亭⇒魚の旨い店和楽⇒烏森神社⇒新橋駅烏森口⇒シオドメシティセンター⇒大江戸線汐留駅⇒シオドメcaretta/sorasio(昼食)

本日は東京シティガイドクラブの案内人が3人、参加者は30人弱。私はBグループ9人の一員で朏(みかづき)先生にお世話になりました。はじめてお目にかかった朏さんという苗字は愛知や滋賀県で見られお名前のようでした。
赤坂見附駅は港区赤坂三丁目にあり1938年(昭和13年)に開業した駅。銀座線と丸の内線が乗り入れており、有楽町線・半蔵門線・南北線が乗り入れる永田町駅(千代田区に立地)と改札内で連絡しています。

山王日枝神社(さんのうひえじんじゃ)は、永田町二丁目にある神社で江戸三大祭の一つ、山王祭が毎年6月15日に行われるとのこと。旧社格は准勅祭社といい東京十社にひとつ。大山咋神(おほやまくひのかみ)を主祭神とし、相殿に国常立神(くにのとこたちのかみ)、伊弉冉神(いざなみのかみ)、足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと)を祀っているとのことでした。創建は不詳で、1478年(文明10年)、太田道灌が江戸城築城にあたり、川越の無量寿寺(現在の喜多院・中院)の鎮守である川越日枝神社を勧請したのが始まりのようです。徳川家康が江戸に移封された時、城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守としたとのことです。
DSCF2462no2.JPG

鳥居が特別な形でした。笠木の中央に棟束(むねづか)を建て、三角形の破風(はふ)が載っています。合掌鳥居、破風鳥居、山王鳥居などと呼ぶそうです。
DSCF2467no.JPG

山王坂は永田町2丁目にある衆議院第一議員会館と第二議員会館の間を山王日枝神社前に下る坂。またこの坂の近くに明治時代の豪商鹿島清兵衛の屋敷があったので鹿島坂ともいうようです。

首相官邸の後ろをウォーキングしたので珍しい角度でみました。
DSCF2495no2.JPG

「溜池」は、かつてこの一帯にあったヒョウタンの形の池の名前。元々は湧水だったのを、堤を作り、水を溜めるようにしたためこの名になった。神田上水、玉川上水が整備されるまではこの溜池の水を上水として利用しつつ、江戸城外濠の一部としても利用していたようです。「山王」は、そばにある山王日枝神社に由来。交差点も山王下交差点でした。ということで溜池山王駅は1997年(平成9年)に開業したとのことでした。

駅のそばに「溜池発祥の碑」がありました。
DSCF2505no2.JPG

虎ノ門駅そばに江戸城外堀遺跡がありました。
DSCF2535no2.JPG

江戸城外堀跡・溜池櫓台も見られました。
DSCF2565no2.JPG

「工部大学校阯碑」が霞が関3丁目の霞が関コモンゲートにありました。ここは江戸時代虎門内延岡藩邸を中心とした場所で、東京大学工学部の発祥の地で日本の工学発祥の地ということのようです。1873年(明治6年)、 工業分野における日本人の人材育成のために工学校(工学寮内に設置)が開校、1788年(明治10年)には工学寮が工部大学校と改称。 工部大学校では, 土木・機械・造家などの学科が, イギリスから招聘された外国人教師によって教授されたのです。 この学校は1886年(明治19年)に帝国大学と合併して現在の東京大学工学部の前身、工科大学となったようです。
DSCF2539no2.JPG

虎ノ門金刀比羅宮は万治三年(1660年)に讃岐国丸亀藩主であった京極高和が、その藩領内の象頭山に鎮座する、金刀比羅宮(本宮)の分霊を当時藩邸があったこの芝・三田の地に勧請し、延宝七年(1679年)、京極高豊の代に現在の虎ノ門(江戸城の裏鬼門にあたる)に遷座したのがはじまりとのこと。その後、江戸市民の要請で、毎月十日に限り邸内を開き、参拝を許可したのがはじまり。その頃は“金毘羅大権現”と称されたようです。金刀比羅宮の社号になったのは1889年(明治22年)とのことです。ご神徳は海上守護、大漁満足は勿論のこと、五穀豊穣・殖産興業・招福除災の神として広く庶民に尊信され、東国名社の一つとして知られています。社殿正面の銅鳥居は四神(天の四方の方角を司る霊獣)の霊獣が飾られた珍しいものです。
DSCF2569no2.JPG

「虎ノ門」は江戸城の南端(現在の虎ノ門交差点あたり)にあった門の名前。1874年(明治6年)に門が撤去されたようです。1938年(昭和13年)に地下鉄虎ノ門駅が開業したこともあるようですが虎ノ門の碑が2010年に門のあった場所に設置されたようです。
DSCF2578no2.JPG

この辺りは有名なお店が多いようです。
美々卯
DSCF2617no2.JPG

烏森神社のある辺りは昔、武蔵の国桜田村といい、江戸湾の砂浜と松林があったようです。その為、当時この地帯は「枯州の森」とか「空州の森」と言われていたとのこと。そしてこの松林に烏が多く集まって巣をかけていた為、「烏の森」とも呼ばれたのです。平安時代の940年(天慶3年)に、東国で平将門が乱を起こした時、むかで退治で有名な鎮守将軍藤原秀郷(俵藤太)が、武州のある稲荷に戦勝を祈願したところ、白狐がやってきて白羽の矢を与え、その矢を持ってすみやかに東夷を鎮めることができたので、秀郷はお礼に一社を勧請しようとしたところ、夢に白狐が現れて、神鳥の群がる所が霊地だと告げたのです。そこで桜田村の森まできたところ、夢想のごとく烏が群がっていたので、そこに社頭を造営し、それが、烏森稲荷の起こりとのことでした。
今、新橋駅にはなごりで烏森口があります。
DSCF2630no2.JPG

カレッタ汐留は、約60の飲食店、ショップ、「アド・ミュージアム東京」、「大同生命ミュージカルシアター 電通四季劇場[海]」といった文化施設を併設した複合商業施設。
46階スカイレストランsorasioは眼下に浜離宮をはじめ眺望がすばらしかったです。
もちろんちょっと贅沢なフレンチ、最後のデザート・珈琲にも大満足でした。
DSCF2663no2.JPG

DSCF2668no2.JPG

今朝は10:00スタートより午前は1時間30分の歩程でした。
1日中ほぼ晴天に近い薄曇りで気温21℃はベストコンデイション。
昼食を大満足でいただき、午後の部は13:00スターとしました。
posted by yunofumi at 22:21| あちこちウォーク