本日は約1年ぶりの東京新発見ウォークでした。晴天に恵まれ、19℃と春めいた中でのウォーキングで21名はとても元気に楽しめたと思います。
JR田端駅北口⇒田端大橋⇒田端文士村記念館⇒ASUKAタワー⇒田端高台通り⇒北区立童橋公園⇒芥川龍之介旧居跡⇒そば処福寿庵⇒田端八幡神社⇒東覚寺・赤紙仁王尊⇒板谷波山旧居跡⇒田端文士村散歩道⇒ポプラ坂・ポプラ倶楽部跡・田端保育園⇒北区田端公園⇒劇団文化座⇒八幡神社⇒大龍寺・子規墓所・板谷波山墓⇒北区立田端中学校⇒中里橋⇒第二中里踏切⇒光明山円勝寺⇒聖学院⇒本郷通り⇒滝野川会館前歩道橋⇒都立旧古河庭園⇒平塚神社⇒平塚亭⇒滝野川消防署⇒滝野川公園⇒花と森の東京病院⇒国立印刷局東京工場⇒滝野川警察署⇒西ヶ原一里塚⇒七社神社・旧一本杉神明宮社地⇒渋沢翁のテーマパーク王子飛鳥山⇒豫園飯店 (ヨエンハンテン)⇒関の甘納豆⇒JR池袋駅
山手線は品川が起点で田端が終点。あとは埼京線などがあることでぐるり、一周しているとのことなのです。
駅舎そばにJR東日本 首都圏本部ビルがあり、そのためでしょうか駅舎の前、田端大橋には東北新幹線200系の連結器カバーや車輪の展示がありました。



田端文士村記念館の見学は1時間とまったりできました。石川県出身の室生犀星、板谷波山、田河水泡など著名な方々の展示がありました。
北区は高低差があるのでちょっと楽をしてASUKAタワーから高台へ。
このASUKAタワーは第一生命のビルとのことですがその中にチョコチップクッキーで有名なイトウ製菓も入っているようです。でもテナントで入っているファミリーマートにはこの会社の製品がないとのことでちょっと可笑しかったです。
田端高台通りにでると北区立童橋公園がありました。

こちらは室生犀星の旧宅の庭にあった石が置いてありました。
芥川龍之介旧居跡には今は別の建物がありましたが、すぐそばにもうすぐ芥川の記念館が建つとのことでした

そば処福寿庵は芥川龍之介が自宅の手書き案内図に書き入れていたお蕎麦屋さんで現在も営業中とのことでした。

東覚寺は1491年(延徳3年)源雅により神田に創建されその後根岸そして、田端の地に移転されたとのことです。

お堂のまえには赤紙仁王があり、病を患った人が病に相応する箇所に赤紙を仁王像に貼ると治癒されると言われており、現在においても赤紙を貼る人が絶たないとのことです。 その後病が治癒すると、草履を供えるものとされており、その風習も現在残っているようです。
春めいた日でしたのでこぶしもすっかり咲いていました。

またマンホール蓋には「のらくろ」が描かれていました。
途中には田端文士村散歩道の案内や陶芸家板谷波山旧居跡の案内もありました。
田端保育園はポプラ倶楽部の跡で、ポプラ坂の名はこれにちなんでいるとのこと。ポプラ倶楽部は、明治41年ごろ、洋画家の小杉放庵(未醒)が作ったテニスコートで、田端に住む洋画家の社交場だったようです。陶芸家の板谷波山、洋画家の山本鼎、彫刻家の吉田三郎、詩人の室生犀星、小説家の菊池寛などが、このすぐ近くに住んでおり、大正2年、田端に越してきたのが芥川龍之介なのです。
北区田端公園を過ぎると劇団文化座がありました。

劇団文化座は戦時下の1942年(昭和17年)に井上正夫演劇道場のメンバーであった演出家の故佐佐木隆、女優の故鈴木光枝らによって結成され、同年4月第1回公演梅本重信作「武蔵野」で旗揚げしたとのことです。現在在籍の俳優さんでは佐々木愛さんとか伊藤勉さんのお名前がありました。

大龍寺は真言宗の寺院で堂々とした山門と大きな本堂が目を引くお寺でした。墓地には陶芸界の先駆的役割を果たした板谷波山、俳人・正岡子規、上皇にチェロを教えた清水勝雄などが眠っていました。

北区立田端中学校の校歌は室生犀星ののことでした。

第二中里踏切は、山手線の田端駅と駒込駅の間にある踏切で2005年以降、山手線に唯一残されている踏切とのことです。

浄土宗寺院の円勝寺は、僧信阿聖法(弘安9年1286年寂)が開山し、戦国時代末期には曲輪内龍ノ口付近(千代田区)にあったようです。こちらには、石州流茶道伊佐家の墓所がありました。

聖学院は大学・高等学校・中学校・小学校・幼稚園がある学校法人。この学校は1903年に宣教師のハーヴェイ・H・ガイ (Harvey Hugo Guy)と学習院大学教授の石川角次郎により、まず本郷森川町教会(現在の東京大学赤門付近)に設立された聖学院神学校に由来するとのことです。よく知られている方では渡辺明 (棋士)、坂東玉三郎(歌舞伎役者)、小室等(ミュージシャン)がおられます。
都立旧古河庭園ではやはり石造りの洋館が有名です。いつみても真鶴産の赤味がある小松石がいいですね。

こちらはバラや桜の花で有名ですが今日はちょっと見られませんでした。また時期を見て伺うようです。

平塚神社祀られているのは、源義家、源義綱、源義光。神社には『平塚明神并別当城官寺縁起絵巻』が伝わっているとのことです。
お隣には浅見光彦シリーズで知られる「平塚亭」がありました。本日は残念ながらお休み。お団子を食べてみたかったです。
滝野川消防署には併設で東京消防庁消防防災資料センターがあります。
またお隣の滝野川公園は、水と緑が多く、子どもから高齢者まで、多くの人々に利用されています。この公園の特徴は「防災公園」としての性格も有していることで、隣接する北区防災センターには、災害備蓄倉庫、応急給水槽(1500トン)、深井戸、散水塔(放水銃)などの防災設備が整っているのです。周辺には消防署、警察署、病院、体育館があり、滝野川公園を含めた、このいったいが総合的な防災拠点になっているようです。


西ヶ原一里塚は、江戸の日本橋から日光まで続く“日光御成道”の二里目の一里塚で、徳川時代に設置されたままの旧位置を留めており、都内では大変貴重なのです。大正時代に道路改修工事にともない撤去されそうになりましたが、実業家の渋沢栄一等を中心とする地元住民の運動によって塚の保存に成功したのです。

七社神社は火災により古記録を焼失したため、創建年代等については不詳とのことですが古くから西ヶ原村の鎮守であったようです。もとは無量寺の境内(現在の古河庭園内)にあったのが、明治初年の神仏分離の後、現在地へ遷座したようです。
渋沢翁のテーマパーク王子飛鳥山です。

茶室 無心庵。

豫園飯店 (ヨエンハンテン)は本格的な中国料理で久しぶりに美味で、最後の杏仁豆腐もおいしかった。

関の甘納豆は竜野川2−7−7の甘みのお店で創業90年の甘納豆専門のお店。大納言は北海道産小豆使用。周りにはグラニュー糖をまぶしており、軟らかくて上品な味でした。

本日は講師大山先生とTD間宮さんのコンビに付き伴われてのウォーキングでした。
このコースは2019年に訪れた所です。今日の講師,大山先生の説明には初めての話が多く非常に目新しく感じました。そしてつくづく実感したのは東京って様変わりが激しいのです。
本日は午後王子神社の予定でしたが、今年年明けにすでに伺っていましたので午後はエスケープして早帰りさせていただきました。
ということでまた次回が今月葛飾区ですから楽しみです。