2020年11月28日

2020.11.22 さいたま彩発見ぶらり街あるき 第8回 北本市

本日の天気予報は温たかで小春日和とのこと。午前10時にJR高崎線の北本駅を出発。

JR北本駅⇒本宿天神社⇒多聞院⇒解脱会練心会⇒第七川越街道踏切⇒北本市役所⇒北本市文化センタ⇒真福寺⇒解脱会北本スポーツセンター⇒石戸厄除両大師⇒石柱⇒高島氷川神社入口信号⇒道標これより石と舟のみち⇒高尾氷川神社⇒厳島神社⇒須賀神社⇒北向地蔵⇒三味茶屋(昼食) ⇒城中坂⇒北本自然観察公園、地蔵口⇒一夜堤⇒石戸城⇒石戸屋天神社⇒放光寺⇒東光寺⇒北里大学メディカルセンター----路線バス---JR北本駅
北本駅は1918年にもともと北本宿駅として開業。現在の駅舎は当時と少し変わったようです。普段高崎線に乗ることが珍しく、本日は初めて降車しました。

本宿天神社は、北本市本宿にある神社。こちらは、元宿村の名主岡野家が、元宿村の鎮守・岡野家の氏神として寛文2年(1662)に創建し、明治6年に村社になったようです。
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真言宗智山派寺院の多聞寺は、文永年間(1264-75)に多聞律師が開基したようで、光宗法師が1658年(万治元年)に伽藍を再建して中興したとのことです。北本七福神の毘沙門天があります。
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解脱会(げだつかい)は、会祖・解脱金剛尊者(岡野聖憲)によって昭和4年に立教された宗教法人。会祖が大病を機に悟りを開かれ1929年に立教されたようです。このウォーキング中に多くの施設を見ました。

北本市(きたもとし)は、埼玉県の東部中央にある人口約6万6千人の市。江戸幕府による宿駅整備以前の1602年(慶長7年)までは中山道の宿場、鴻巣宿があったことが地名の由来のようです。北本市役所の 新庁舎は平成26年10月14日に全面開庁。まだまだきれいな建物でした。

北本市文化センタの中にはホール、公民館、会議室、図書館、プラネタリウムなどがあり、大きな建物でとても立派に見えました。また2015年受賞ノーベル生理学医学賞大村智博士の記念碑もありました。
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石戸厄除両大師 真福寺は、天台宗の寺院。創建から600年を超える由緒ある古刹ということもあり、地域の人々からは、石戸大師、両大師様、大師様などの愛称で親しまれているおのことです。
ご本尊は、不動明王、慈恵大師良源(じえだいしりょうげん)、元三大師(がんざいだいし)。ご利益は、厄除け、年間の無事祈願(だるま市)となっています。
このお寺の山門には、寄木造・彫眼、彩色からなる仁王像がありました。この仁王像は、江戸時代安永3年頃に作られたと言われる由緒ある仁王像とのことでした。

道標これより石と舟のみち。
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この道標は、馬室(鴻巣市)から石戸宿へ通じる、昔からの鎌倉街道沿いに、1727年(享保12年)に建立されたようです。高さ64p、幅21p。荒川は江戸時代から大正時代頃までの長い間、舟運として利用されていたとのことです。この「石と舟と」とは、「石戸河岸」のこと。この現地の石柱は複製だそうです。

高尾氷川神社社務所は昭和4年の建設以来、約90年が経過。平成31年には、当神社鎮座1150年。現在、記念事業として新社務所建設を計画しているとのことです。
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創建は、平安時代 の869年(貞観11年)と伝えられ、主祭神は、素盞嗚尊(すさのおのみこと)等 6柱を祀っいるようです。主なお祭りとして4月の人形慰労祭、 7月の例大祭などがあるとのことです。
こちらには日本最大のおみくじがありました。
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興味本位でこのおみくじを引きました。2mほどの棒の先に番号があり、お札と交換。26×9pと大きなおみくじをいただきました。それにしてもこの完全防備のウォーキングスタイルにはびっくりでしょうね。

氷川神社から道を挟んで下に降りると厳島神社がありました。
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池の中ほどに社殿がありました。伝説としては龍がこの池の杉(龍燈杉)より昇天したとのことで、その杉が台風で倒れたことによって、跡地に社を祀ったのが「厳島社」とのことです。現在、女神がお祀りされているため安産・女性の守護として崇敬されているとのこと。

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須賀神社は安土桃山時代の創建。大正時代には旧荒井村の各神社を合祀したとのことです。「荒井の天王様」と親しまれ、境内には道祖神が旅の守護神として祀られ、現在もお礼参りのわらじが多く奉納されているようです。
鳥居手前に「寿老人(杖と経巻物を持つ長寿の神)」がありました。

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北向地蔵は仏像には珍しく北面しているためこの名があるとのことです。「泥の団子」を供えて願い事をし、願いがかなったら「米の団子」を供えるという信仰があるとのことです。昔から道標も兼ねているようです。

三味茶屋は自家製の北本産こしひかり100%使用!甘みのある美味しいごはんを提供!毎日市場から仕入れている新鮮な魚・野菜を使用。この辺りにはミカンの木があちらこちらに見られ、食卓にも提供されていました。
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城中坂とは明治時代にこのあたりに新しい改良の坂道ができたことからついた名前のようです。城中坂(じょうちゅうさか)の地蔵と大山阿夫利講の灯籠があり、すぐそばに石戸城があったようです。
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北本自然観察公園には地蔵口から入りました。
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県営「北本自然観察公園」は、JR北本駅から約3kmに位置し、荒川河川敷に隣接する谷地形を活かした大自然公園。総敷地面積25.2haのほぼ全部が雑木林や湿地帯や草原の公園で1992年(平成4年)7月にオープン。園内に「埼玉県自然学習センターが1992年(平成4年)7月に開設されたとのことです。
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公園では、「コジュケイ」「モズ」「ウグイス」「カワセミ」「オオヨシキリ」「ムクドリ」「フクロウ」「オオルリ」「キビタキ」など、約170種の鳥。「タヌキ」「イタチ」「ハクビシン」などの野生動物がみられるようです。ということで今日は職員の方に雑木林、草むら、湿地と池などを案内頂きました。
池というか湿地になっているところは蛍の乱舞が見られるとか、ガマの哺をつぶすとフワフワの綿のようなものが出てくるなど案内人は大活躍でした。そうそう、アオサギも見ました。
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ほとんどが低湿地なので途中には木道がありました。
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桜土手傍の一夜堤口の出口に来ました。
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堤の上から見るとまさに谷底という感じで雨が降ると公園の中は池のようになるそうです。
一夜堤は1562年(永禄5年)、上杉謙信方の石戸城を攻略する際、北条氏邦勢が一夜にして土橋を築き、一気に城に攻め入り勝利したという伝説がある所で傍に石戸城跡がありました。現在は若干の土塁と空堀があるだけのようでした。
 
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石戸宿天神社の創建年代等は不詳。石戸城の鎮守として祀られたのではないかとも伝わっているようです。江戸期に石戸宿村の鎮守として創祀したらしく例祭で奉納されるささら獅子舞は、北本市無形民俗文化財です。

天台宗寺院の放光寺は、青龍山梅林院と号します。放光寺の創建年代等は不詳ながら、新編武蔵風土記稿に「天台宗、川田谷村泉福寺末、青龍山梅林院と號す、本尊不動を安す。念佛堂。三尊の彌陀を安ず」とあり、江戸期には石戸宿天神社の別当寺を務めていました。
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東光寺は、川越市東明寺(時宗=じしょう)の末寺で、西亀山無量院東向寺とも号し、伝説では、蒲冠者 源範頼(かばのかじゃ みなもとののりより)が開基といわれています。
境内には、国指定天然記念物「石戸蒲ザクラ」のほか、県指定歴史資料「板石塔婆」、市指定彫刻「銅造阿弥陀如来坐像」など多数あります。
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北里大学メディカルセンター。
1914年(大正3年)、北里柴三郎博士によって創立されのが北里研究所。
1989年(平成元年)創立75周年の佳節に「北里研究所メディカルセンター」が現研究所顧問、大村智博士により提案され、平成元年4月にこの「社団法人北里研究所 北里研究所メディカルセンター病院」が開院したのです。現在は372床の救命救急など多くの科目を備えた病院となっています。

北里大学メディカルセンターから路線バスに乗り北本駅で15:00前に解散。歩程2万歩。約8kmのウォーキングを講師喜多見さん、TD小松さんと共に12名は元気にウォーキング終了。北本市ではトマトが特産ということで北本トマトカレーを駅前でゲット。
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早速、夕食にいただきましたがなかなか美味とても口に合いました。今年のお歳暮はコレかな?と思案中。
本日は久しぶりのさいたまのウォーキングでした。また頑張りたいです。
posted by yunofumi at 15:03| あちこちウォーク

2020年11月26日

2020.11.20. 第3回 東京十社巡り

本日も秋晴れと言いたいところですが時々パラッと雨が来る状況の中、ウォーキング開始です。そういえば気温が24℃と生暖かく、ちょっと汗ばむはずが、風もすごくて、これには大助かりの一日となりました。

東西線門前仲町駅⇒富岡八幡宮⇒深川不動尊⇒首都高速道路ガード下⇒富岡橋親柱⇒深川一丁目信号⇒法乗院・深川閻魔堂⇒心行寺⇒採茶庵跡⇒海辺橋⇒深川ふれあいセンター・滝沢馬琴誕生の地⇒紀伊國屋文左衛門墓所⇒深川江戸資料館⇒霊厳寺⇒おみやげたかはし⇒本誓寺⇒村田春海の墓⇒錣山部屋⇒大鵬道場大嶽部屋⇒萬年橋⇒川船番所跡⇒正木稲荷神社⇒芭蕉庵史跡展望庭園⇒割烹みや古⇒深川神明宮⇒焼き立てパン元祖カレーパンカトレフ⇒森下駅駅前信号⇒五間堀公園⇒表具師前川・茶屋笹や⇒徳上院⇒二之橋⇒軍鶏なべ屋五鉄,中田屋茶舗⇒二之橋北詰信号⇒鬼平情景・煙草屋壺屋⇒墨田区両国公園・勝海舟幕末絵図・尺振八の共立学舎跡・両国小学校⇒吉良邸正門跡⇒本所松坂町公園⇒鏡師中島伊勢住居跡⇒吉良まんじゅう・大川屋⇒墨田両国三郵便局⇒江東義塾跡⇒回向院・鼠小僧の墓⇒国技館通り商店会⇒JR両国駅・江戸のれん⇒両国国技館⇒江戸東京博物館⇒両国東あられ⇒野見宿禰神社⇒亀沢二丁目信号⇒大横川親水公園⇒蔵前橋通り⇒法恩寺⇒太平二丁目信号⇒タワービュー通り⇒太平四丁目信号⇒天神橋西詰信号⇒蔵前橋通り信号⇒天神橋⇒江東区⇒亀戸天神通り商店街⇒くず餅船橋屋⇒亀戸天神社⇒JR亀戸駅

富岡八幡宮。
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1627年(寛永4年)の創建。通称を「深川八幡宮」。江戸最大の八幡宮で、八月に行われる祭礼「深川八幡祭り」は江戸三大祭りの一つ。また江戸勧進相撲発祥の神社で、境内には「横綱力士碑」や「大関力士碑」が建立されていました。
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江戸時代の測量家である伊能忠敬は、当時深川界隈に居住し、測量に出かける際は、安全祈願のため富岡八幡宮に必ず参拝に来ていたことから、2001年(平成13年)にこの境内に銅像が建立された。
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成田山 東京別院 深川不動堂は真言宗智山派の寺院で成田山新勝寺の東京別院。通称は深川不動尊、深川不動堂。
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法乗院・深川閻魔堂。
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平成元年に建立の閻魔大王座像は、寄木造で、高さ3.5m、幅4.5m、重量1.5tという巨大な閻魔様。この閻魔大王像はコンピューターで制御。大王像の前に、「家内安全」、「交通安全」、「夫婦円満」、「合格祈願」、「ぼけ封じ」、「いじめ除け」など19のご祈願が別個に記されていました。私が家内安全の入口にお賽銭を入れると仏様の説法が音声で流れるシステム。とてもユニークでした。
本堂前には「曽我五郎の足跡石」がありました。
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採茶庵跡(さいとあんあと)。
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1689年(元禄2年)に松尾芭蕉は、ここから『おくのほそ道』の旅へ出発したようです。この採荼庵は、芭蕉の門人である杉山杉風の別荘だったとのことですが、正確な地点は実ははっきりしないようです。仙台堀川にかかる海辺橋に近い深川平野町内だったということで海辺橋のそばに作られたのです。また、仙台堀川の海辺橋から清澄橋の間の護岸の「芭蕉俳句の散歩道」には、奥の細道の行程順に代表的な句が書かれた高札が立っているとのことです。

紀伊国屋文左衛門墓所。
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江戸前期の豪商として知られる紀伊国屋文左衛門の墓と顕彰碑がありました。墓地に入る手前の石柱には和歌山県の方の名前が見られました。紀伊国屋文左衛門は、紀州湯浅(現・和歌山県有田郡湯浅町)の出身で、紀州みかんを江戸に運び、帰りに江戸から塩鮭を上方に運んで富を築いたという話や材木商で富を築いたなどと聞いたことがあります。

深川江戸資料館。
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ここは江戸時代の資料などを収集展示している所。深川の町並みが再現されており、なんとも楽しい施設。
入口そばには横綱大鵬顕彰コーナーもありました。
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霊厳寺は1624年(寛永元年)、雄誉霊巌上人の開山により、日本橋付近の芦原を埋め立てた霊巌島(現在の東京都中央区新川)に創建され、数年後に檀林が設置され、関東十八檀林の一つとなったとのことです。1657年(明暦3年)、江戸の大半を焼失した明暦の大火により霊巌寺も延焼。1658年(万治元年)に徳川幕府の火事対策を重視した都市改造計画の一環として、現在地に移転したのです。霊巌寺には、11代将軍徳川家斉のもとで老中首座として寛政の改革を行った松平定信の墓をはじめ、今治藩主松平家や膳所藩主本多家など大名の墓が多くありました。また、境内には江戸六地蔵の第5番が安置されている。
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本誓寺には石造迦楼羅立像がありました。
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迦楼羅は「インド神話の神鳥ガルーダ」に由来する「鳥頭人身に翼を持った異形の神」です。「石造迦楼羅立像」は、朝鮮・高麗時代の作と推定されるようですが、日本へ来た経緯や時期は不明のようです。像の石質は花崗岩で、丸彫りに近い浮彫りです。くちばしがあり、背には翼もあります。今まさに笛を吹こうとする一瞬の姿を切り取った形をしており笛の音が聞こえてきそうでした。

錣山部屋(しころやまべや)は2002年9月場所限りで現役を引退して、以降は井筒部屋の部屋付き親方となっていた年寄・20代錣山(元関脇・寺尾)が、2004年1月27日付で2人の内弟子を連れて井筒部屋から分家独立して部屋。2006年12月に部屋を構え、現役時代に人気力士だった親方の部屋ということで、部屋創設1年で所属力士が10人を越え、現在では17人が所属する中規模な部屋となっているとのことです。

大鵬道場・大嶽部屋
1971年(昭和46年)5月場所限りで引退した二所ノ関部屋(大関・佐賀ノ花)の元横綱・大鵬が1969年(昭和44年)9月に贈られていた一代年寄・大鵬を襲名して、1971年12月に巨砲、嗣子鵬ら数名の内弟子を連れて二所ノ関部屋から分家独立して大鵬部屋(たいほうべや)を創設。2005年(平成17年)5月に大鵬が定年退職を迎えるため、これに先立ち2004年1月1日付で16代大嶽に師匠を交代し、部屋名称も大鵬部屋から大嶽部屋に変更したのです。2010年7月大竜が大嶽を襲名し、部屋を継承。17代大嶽となった大竜は大鵬部屋の出身で大鵬の直弟子だということです。

萬年橋(まんねんばし)は、東京都の小名木川にかかる橋。北岸は江東区常盤一丁目、南岸は江東区清澄一丁目と二丁目を分かれています。この橋のすぐ西側で小名木川は隅田川と合流、東側には新小名木川水門が設置されていました。
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そばには川船番所跡がありました。

正木稲荷神社は創建年代不詳。江戸時代には既に当地に鎮座し梅暦や江戸名所図会等の書物に記載されているとのことです。この神社には柾木の大木があり、隅田川から小名木川へ入る目標ともなっていたことから、柾木稲荷神社と称されていたということです。近くには芭蕉庵史跡展望庭園がありました。
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こちらは芭蕉記念館の分館である芭蕉庵史跡展望庭園。展望庭園は隅田川と小名木川に隣接し、四季折々の水辺の風景が綺麗です。 庭内には、17時に回転するという芭蕉翁像や芭蕉庵のレリーフがあります。また、夜にはライトアップされ、隅田川の遊歩道から見ることができるようです。

割烹みや古で昼食。深川めしは蒸篭でホカホカしているのをいただき大満足でした。
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深川神明宮とは 深川の地を初めて開いた深川八郎右衛門が創建した「深川発祥の神社」でご祭神は伊勢の皇大神宮のご分霊・天照大御神とのことです。境内の寿老神社には深川七福神の1つ・寿老神をお祀りし、初詣は七福神めぐりの参詣で賑わうようです。夏の祭礼、 ことに三年に一度の本祭りは「宮神輿の巡幸」と「町神輿の勢ぞろい」が行われ賑やかなようです。

焼き立てパン元祖カレーパンカトレフはもともとは、明治10年に深川常盤町で創業された「名花堂」だそうです。昭和2年「洋食パン」の名で実用新案として登録されたのが「カレーパン」のルーツ。「元祖カレーパン」はこちらの看板メニューで甘口・辛口の2種類があるようです。本日はすでに売れ切れのようでした。

五間堀公園はもと川だった五間堀跡に造られた森下2丁目の公園。この辺りは鬼平情景という立札があちらこちらにありました。表具師前川・茶屋笹、軍鶏なべ屋五鉄・中田屋茶舗、煙草屋壺屋などなど。立札を丁寧に読むととても面白いと思いました。

二之橋は墨田区や江東区を京葉道路に沿うように流れている竪川に架かる橋。隅田川の合流地点から数えると一之橋の次の二つ目の橋なのです。近くには、小林一茶旧居宅跡や軍鶏なべ屋「五鉄」があった場所ということで江戸時代には歴史ある場所だったようです。

平成27年度に、墨田区で生まれ江戸時代末期から明治初期にかけて活躍した「勝海舟」についてより深く楽しめる公園として整備されたのが両国公園。勝海舟幕末絵図がありました。
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両国小学校の傍にはジョン万次郎から英語を学んだ英語学者の尺振八(しゃくしんぱち)がつくった共立学舎跡があるとのことでした。また両国小学校には芥川龍之介の石碑があります。

本所松坂町公園吉良邸跡。
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高家肝煎を引退した後に吉良義央が暮らした邸宅の跡地。赤穂浪士によって吉良義央ら二十余人が討たれた「吉良邸討ち入り」(赤穂事件)の現場でもあります。
お向かいには吉良まんじゅうの大川屋がありました。

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回向院は、今からおよそ360年前の1657年(明暦3年)に開かれた浄土宗の寺院。この年には、江戸で「振袖火事」という明暦の大火がありました。当時の将軍家綱は、無縁の人々の亡骸を手厚く葬るようにと隅田川の東岸で大法要を執り行い、この回向院ができたようです。中に進むと鼠小僧の墓がありました。

JR両国駅に直結して立派な土俵の有る「江戸のれん」があり江戸の食やお土産が満載でした。

江戸東京博物館に向かっていくと狩りをしている徳川家康像が立っています。
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足元にいるのは贔屓(ビシ)で「中国の伝説=重い物を背負うのが好きな龍」だそうです。、鷹狩の勇姿で江戸城を見ている徳川家康公です。
 

両国 東あられは明治43年創業のあられ・お煎餅専門店。名物は葛飾北斎の浮世絵をパッケージに施した揚げあられ「北斎揚げ」。あられはコシが強く、粒がふっくらとした宮城県産高級もち米「みやこがね」100%と、ビタミン・ミネラル豊富な米油を使用とのことでした。

野見宿禰神社(のみのすくねじんじゃ)は、相撲の始祖とされる野見宿禰が祀れており両国国技館の傍にあり、日本相撲協会が管理している。歴代横綱石碑があります。
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大横川親水公園は幅30〜40m、長さ1.85kmの公園。大横川の流れている一帯はもともと地盤沈下が激しくこれにより低い土地では川から水が溢れると浸水する危険があったため、周囲がゼロメートル地帯である大横川の北部を堰き止め、常時排水することにより海水面より水位を下げて埋め立てることで親水公園として整備した所のようです。公園としては1993年4月1日に開園したのです。

タワービュー通りに入ると東京スカイツリーが正面に見えました。
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くず餅船橋屋は文化2年 初代勘助が亀戸天神参道に創業したのがはじまり。出身地の地名をとり、屋号を「船橋屋」としたとのことです。くず餅・あんみつ等の製造販売、和スイーツなど創作カフェの経営などもしているようです。

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亀戸天神社( 亀戸天満宮)は、1662年(寛文2年)、大宰府の神官大鳥居信祐が、菅原道真の像を小祠に祀り、翌年、大宰府に模した社殿を造営したのがそのはじまり。1873年(明治6年)、亀戸神社、1936年(昭和11年)、亀戸天神社となりました。学問の神様として信仰を集め、藤と梅の名所で知られ、『名所江戸百景』(安藤広重画 1856 - 58年版 大判錦絵118枚揃)にも描かれた古刹。亀戸の名物、葛餅は屋台売りの他に、1805年(文化2年)に天神社参道にて創業した船橋屋が人気を集め、その葛餅は亀戸餅とも呼ばれた。葛餅と藤の絵あり。「名代 久壽餅」と記された紙片の一部が書き写されている。『世渡風俗圖會』では、屋台売りの「亀戸名物葛餅」が描かれているとのことです。

本日の御朱印は最初に訪れた富岡八幡宮と最後の亀戸天神社ということで、途中はすべからくリラックスなどと思っていたのですがいやはや、中身満載のウォーキングでした。講師國さん、TD林さんという若い女性2人の先導でしたから、参加者12名の気分は大いに気安く過ごせたと思いました。歩程約2万歩超!距離としては10km弱のようでした。近頃ウォーキングが足りない日々を過ごしがちでしたから今日はくたびれて、帰りの電車ではひどく爆睡!乗り過ごしそうになったくらいです。といっても翌日も元気に過ごしましたから只々、感謝!今後も懲りずに日々頑張ります。
posted by yunofumi at 16:21| あちこちウォーク

2020年11月19日

2020.11.14 2巡目第9回東京の新発見旅「豊島区」

本日の天気予報は晴天、小春日和のなか調子よくウォーキングできそうです。

JR駒込駅⇒染井吉野桜記念公園⇒六義園⇒絵本とおもちゃのお店⇒駒込警察署⇒東洋文庫⇒徳川慶喜屋敷跡⇒JR巣鴨駅⇒江戸六地蔵尊⇒高岩寺・とげぬき地蔵⇒猿田彦大神庚申塚⇒庚申塚駅---都電荒川線---向原駅⇒サンシャインシティ・古稀殿(昼食中華) ⇒アニメイトアネックス⇒北京語言大学東京校⇒池袋架道橋⇒婦人之友社⇒明日館⇒宮崎白蓮旧宅⇒目白庭園・赤鳥庵⇒徳川ドーミトリー⇒寛永堂本店⇒JR目白駅

JR駒込駅隣に染井吉野桜記念公園があります。
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日本中に植えられているソメイヨシノは、駒込でつくりだされました。「桜の里」の碑があります。ソメイヨシノの原種はエドヒガンザクラとオオシマザクラということでここでは花の時期にサクラ同士を比較できるようです。
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六義園(りくぎえん)は、徳川5代将軍・徳川綱吉の側用人・柳沢吉保が、自らの下屋敷として造営した大名庭園。1695年(元禄8年)に加賀藩の旧下屋敷跡地を綱吉から拝領した柳沢が、約27,000坪の平坦な土地に土を盛って丘を築き、千川上水を引いて池を掘り、7年の歳月をかけて、起伏のある景観をもつ回遊式築山泉水庭園を現出させたということです。
本日は駒込駅側の入り口が開いており、一周後枝垂れ桜の前から外に出ました。とても見事な紅葉を見ました。
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絵本とおもちゃのお店の創業は1907年(明治40年)。凸版印刷が大株主で「子どもたちの健やかな育ちを支える」「知と感性にあふれた豊かな価値を創造」「社会貢献」がモットーのようです。
キャラクターにアンパンマンが健在のようでなんとなく、嬉しく感じました。
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東洋文庫にははじめて中へ入りました。
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東洋文庫は東洋学の研究図書館。三菱第三代当主岩崎久彌氏が1924年に設立。東洋学分野での日本最古・最大の研究図書館で、世界5大東洋学研究図書館の一つとのこと。蔵書数は国宝5点、重要文化財7点を含む約100万冊。蔵書の内訳は、漢籍40%、洋書30%、和書20%、他アジア言語(韓・越・梵・イラン・トルコ・アラビア語等)10%とのことです。

中にはモリソン文庫がありました。モリソン、ジョージ・アーネストはイギリスのジャーナリスト。オーストラリアのヴィクトリア州ジーロン市に生まれ、1880年代に世界各地を旅行。長期間に蒐集したモリソン文庫と称される極東関係文献24,000冊は1917年、岩崎久彌に譲渡し、今ここにあるのです。
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裏にはシーボルトゆかりの植物が植えられた庭園があり、奥には「オリエントカフェ」がありました。ランチがおいしそうでした。
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「徳川慶喜屋敷跡」は、巣鴨駅の駅前にあります。巣鴨駅から白山通りを横断歩道で越えて徒歩1分で到着。その場所には石柱と説明板があります。徳川慶喜は、新政府から慶喜追討令が出されたのを受けて、寛永寺、水戸講道館で謹慎した後、さらに静岡で謹慎。謹慎が解除された後も静岡で暮らしており、東京に戻ったのは明治30年でその後4年間、ここ巣鴨に住んでいたとのことです。

真性寺は巣鴨にある真言宗豊山派の寺院。山号は医王山。院号は東光院。本尊は薬師如来。この寺は聖武天皇の勅願により行基菩薩が開いたということです。
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江戸時代には江戸六地蔵の第四番が安置され、また江戸幕府8代将軍徳川吉宗もたびたびこの寺に立ち寄ったと伺いました。この銅像地蔵菩薩坐像は1714年(正徳4年)に造られたとのことです。

「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる巣鴨地蔵通りは、旧中山道にあり、江戸の中期から現在にいたるまで、商業や信仰の場として栄えています。本日も大賑いでびっくりしました。この商店街は江戸六地蔵尊 眞性寺から巣鴨庚申塚の間にお店が密集しています。明治24年に、とげぬき地蔵尊 高岩寺が上野(現在の上野の新幹線の駅のそば)から巣鴨へ移転してきたことから、現在、巣鴨地蔵通りは「とげぬき地蔵尊」と「江戸六地蔵尊」の2つのお地蔵様と巣鴨庚申塚の間なります。
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高岩寺にはとげぬき地蔵がありました。
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美味しいアンパンで有名なキフクヤパン
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猿田彦大神庚申塚2998
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その後は庚申塚駅から3駅の向原駅まで都電で移動でした。
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昼食はサンシャインシティの古稀殿で中華料理のランチ。
池袋は以前伺った時には気が付かなかったアニメイトアネックスがドーンとありました。コスプレで有名なところのようです。
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自由学園明日館は、1921年(大正10年)、羽仁吉一、もと子夫妻が創立した自由学園の校舎としてアメリカが生んだ巨匠フランク・ロイド・ライトの設計により建設されたとのことです。
本日は結婚式のため外観のみの見学でした。自由学園は現在、東久留米市にあるようです。
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ウォーキング途中に宮崎白蓮旧宅がありました。白蓮は、大正から昭和にかけての歌人で、大正天皇の生母柳原愛子の姪、つまりは大正天皇の従妹。本名は柳原Y子。父は柳原前光伯爵、異母兄義光は貴族院議員、姉信子は東宮侍従長入江為守、自らの夫は福岡の炭鉱王伊藤伝右衛門という華麗な生い立ちだったものの東京へ出奔して弁護士で社会運動家の宮崎龍介と駆け落ちした「白蓮事件」が有名です。宮崎龍介は、孫文(逸仙)の盟友で、辛亥革命を支援した宮崎滔天の長男で西池袋の上屋敷に居を構えていましたのです。現在も、白蓮と宮崎龍介の住んだ建物として、子孫の方が大切に保存し居住されているとのことでした。

豊島区立目白庭園は、豊島区の都市化、国際化が進む中で、自然に接し、伝統文化を育む場として、平成2年11月に開設されました。
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庭の中心に大きな池を配し、周囲に園路を巡らせた伝統的な池泉回遊式の日本庭園です。限られた空間の中に様々な自然の景観を凝縮し、池の周りを巡りながらその風景を楽しめます。庭園内には季節の移ろいを感じられる四季折々の花や草木が植えられているほか、木造瓦葺き平屋建ての数寄屋建築の「赤鳥庵」や六角浮き見堂が配されており、様々な角度から庭園の魅力を満喫することができます。

徳川ドーミトリーは徳川ビレッジの中にあり八雲産業株式会社が管理運営しているようです。この会社は、昭和23年に尾張徳川家の資産管理運営を目的として設立された会社とのこと。 東京・目白の所有地・敷地面積5,703坪は「徳川ビレッジ」とよばれ、そこには外国人用高級賃貸住宅や女子学生寮「徳川ドーミトリー」があるとのことでした。

今朝10:00JR駒込駅を出発。講師後藤先生、TD児玉さん、参加者18名。15:00には終了、歩程約9km、約2万歩は久しぶりでウォーキング途中にはうっすら汗ばむくらいの小春日和でとても気持ちよかったです。何度も訪れた所も含まれていましたがそれなりに見方が違い、楽しかったです。特に東洋文庫と目白庭園は印象深く、個人でも再訪してみようと思いました。
このコロナ禍の中のウォーキングは主催者も参加者もそれなりに気を使っているけれど、ささやかに喜びを感じる一日となりました。皆様に感謝!!またお会いしましょう。
posted by yunofumi at 16:56| あちこちウォーク

2020年11月01日

2020.10.26 明治神宮へ

明治神宮は第122代天皇の明治天皇と昭憲皇太后をご祭神としている神社。
明治天皇は明治45年7月30日に60歳で崩御。昭憲皇太后は大正3年4月11日に崩御。
明治神宮は大正9年11月1日に創建されたとのことです。
久しぶりに原宿駅が新しくなったことと明治神宮が100年祭ということで伺った次第です
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原宿駅から神宮橋を渡ると最初の鳥居があります。
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南参道を進むと芸術と出会えるウォークラリーが行われている様子で早速一つ目の松山智一さんのオブジェがありました。
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次には葡萄酒の樽の山。
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反対側には日本の清酒菰樽の山。
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ここでようやく大鳥居に到着。
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秋になっていますから菊花展もありました。
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そして百年祭ということで永遠の杜のものがたりパネルがズラリ。
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こちらは三の鳥居。
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社殿手前の山門の左右には名和晃平作の金と銀の鳳凰。
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社殿。 
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社殿前の広場はぐるりと全国物産者奉献品展、東京都漬物事業組合の奉献品、全国銘茶奉献品などの展示、がありました。
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ここで百年祭記念の御朱印もゲット。
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ということでうららかな日和だったので直線的な参拝でしたが小一時間で一回り。その後はレストランよよぎでちょっと贅沢に秋の味覚御膳と珈琲をいただき休憩。

最後には完成して間がない明治神宮ミュージアムを見学。
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この年になると歴史的なことに少し興味が湧いていますので解説などを聞きました。
また明治神宮に向かってJRの出口ができたのでそれも確かめました。
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本日は秋ののどかな1日、今年は特に秋晴れが少ない日が続きましたが本日は幸運にも晴天で日中23℃と温かくありがたかったです。
明治神宮は御苑も広く緑をふんだんに見られますし、今回できたミュージアムや宝物殿も見られ、このように都心なのですがそれなりに気晴らしに良い所です。今日は1月以来のコロナ禍で明治神宮のお隣、代々木公園にもご無沙汰でしたからとても気晴らしになりました。これからは周りの状況を見ながらまた日々楽しみたいと思っています。
posted by yunofumi at 14:01| ドタバタ日記