2020年01月20日

2020.1.20 さいたま彩発見ぶらり街あるき 第7回北区

令和2年になって最初の本格的なウォーキングです。お天気もほぼ快晴のなか、元気に22名が出発です。先導はいつものように喜多見修一先生、TDは小松さんです。

東武アーバンライン大宮公園駅⇒寿能町2丁目⇒寿能城跡⇒西縁見沼代用水路・見沼緑道⇒御嶽社⇒東野第9踏切⇒土呂の地蔵堂⇒見晴公園⇒市民の森見沼グリーンセンター⇒神明橋通り⇒神明社⇒JR土呂駅⇒盆栽レストラン大宮⇒大宮盆栽美術館⇒藤村園⇒盆栽町会館・神徳庵大社⇒さいたま市立漫画会館⇒芙蓉園⇒大宮盆栽町郵便局⇒盆栽四季の家⇒JR宇都宮線土呂駅

東武アーバンラインは元々東武野田線といわれ大宮駅から千葉県の柏駅を経て船橋市の船橋駅を結ぶ東武鉄道の路線。「東武アーバンパークライン」の愛称は2014年4月につけられたようです。 東武鉄道で唯一、千葉県内を通る路線とのことです。

大宮公園駅は1929年(昭和4年)の開業で2015年に現在の駅舎になったようです。大宮公園には埼玉県立歴史と民俗の博物館、大宮競輪場、埼玉県営大宮公園野球場、さいたま市大宮公園サッカー場(NACK5スタジアム大宮)、大宮第二公園、そして本日伺う大宮盆栽村もあり、風光明媚なところでもあります。

寿能城(じゅのうじょう)跡。
DSCN1732no2.JPG
1560年(永禄3年)頃に、岩槻太田氏の岩付城の支城として建設され、初代城主は、岩付城主太田資正(三楽斎)の四男?の潮田資忠(母方の姓)であったとのことです。岩付から見て西方の、見沼の対岸に築城されたのです。氷川神社を後ろにしており、位置としては大宮台地のほぼ中央でその先はかっては見沼の入江となっており水に囲まれた城だったようです。城の最後は徳川家康に下った古河藩家老潮田資忠の子孫や潮田家遺臣で資忠の墓碑を城跡に建て、これが現在みられるのです。

見沼代用水西縁(みぬまだいようすいにしべり)は、上尾市・さいたま市・川口市を流れる灌漑農業用水および都市用水路。
DSCN1841no2.JPG
見沼緑道は、見沼土地改良区と水資源公団による見沼代用水改良工事によって生まれた空間地を利用して造られた遊歩道で、JR宇都宮線土呂駅と東大宮駅の中央付近から見沼代用水沿いに下って、東武野田線の付近で一旦迂回し、大和田公園の入り口まで続いています。したがって本日もウォーキングするところも含め、見沼公園・神明社・市民の森・見晴公園・大和田公園などがあるとのことです。
DSCN1751no2.JPG

DSCN1774no2.JPG
見沼緑道では途中にあった案内板からわかったとこは、かおり木の道・小鳥と花の道・風と花の道・フローラの泉・杜の道・花かすみの道などを今日は通ったのです。また所々で咲いていた蝋梅の香りがよかったです。
DSCN1843no2.JPG

土呂の御嶽社は全国にある御嶽神社の一つ。旧武田家臣で徳川旗本だった初鹿野氏が氏神として甲州から勧請した神社のようです。
DSCN1759no2.JPG

土呂の地蔵堂は旧武田家臣で徳川旗本の初鹿野氏が自身の陣屋(土呂陣屋)内に建てたもののようです。今日は扉が閉まっていたので建物のみを見ました。
DSCN1767no2.JPG

見沼田んぼには、白い風車のシンボルがある「見晴公園」がありました。「見晴公園」は「市民の森・見沼グリーンセンター」の隣で見沼たんぼの北部にあたり、公園の東側に芝川が、西側に見沼代用水西縁が流れています。春には、風車の前に菜の花畑が広がり、菜の花畑と白い風車が絵になり、桜も満開ならなおさらきれいな景色が見られそうです。
DSCN1779no2.JPG

市民の森見沼グリーンセンター。
DSCN1782no2.JPG

DSCN1788no2.JPG
面積約14uの自然と接して楽しめる憩いの場で、常緑樹、落葉樹が植えられ四季を通して豊かな緑があふれる市民の森、広大な芝生広場、シマリスを放し飼いしているりリスの家、展示温室、盆栽展示場、健康歩道、林間テラス、見沼グリーンセンター本館などの施設がありました。

子リスのトトちゃん像とリスの家
DSCN1802no2.JPG
リスの家には、広めの敷地の中にシマリス約100匹を飼育していて、シマリスの可愛い仕草や姿、生態などが間近で観察が出来ます。今日は冬眠中なのに暖かかったためちょろちょろお出かけしていた5匹を見ることができました。
DSCN1794no2.JPG

土呂神明社の創建年代等は不詳ということですが、源義家の伝説に比定される杉の樹齢が約八百年だったことから中世の創建ではないかということです。明治6年村社に列格、明治40年村内にあった字御嶽御嶽社(境内社三峯社)、字稲荷山稲荷社、字植嶽稲荷社(境内社神明社)、八雲社を合祀したとのことです。
DSCN1838no2.JPG

土呂駅(とろえき)は、埼玉県さいたま市北区土呂町一丁目にある東日本旅客鉄道(JR東日本)東北本線の駅。この路線は「宇都宮線」の愛称区間に含まれており、上野駅発着系統と、新宿駅経由で横須賀線に直通する湘南新宿ライン、上野駅・東京駅経由で東海道線に直通する上野東京ラインが停車します。 開業は1983年(昭和58年)10月。2017年(平成29年)にさいたま市で「第8回世界盆栽大会 in さいたま」が開催され会場のさいたま市大宮盆栽美術館の最寄り駅であったことから改札などへの盆栽の配置や、駅構内におけるフラッグや盆栽のモチーフが飾られたようです。駅舎の前にはオブジェのように大きな盆栽が今でもあります。
DSCN1849no2.JPG

さいたま市立漫画会館(さいたましりつまんがかいかん)は、「日本の近代漫画の先駆者」・「日本初の職業漫画家」とされる漫画家、北澤楽天の晩年の居宅跡に1966年(昭和41年)11月に開館した施設です。公立美術館として日本初ですし漫画を主な収蔵品とするマンガ・アニメミュージアムとして知られているとのことです。
DSCN1896no2.JPG

盆栽町会館のお隣に神徳庵大社と清水瀞庵翁紀功碑がありました。この方は関東大震災後最初にこちらに移住した方でこの盆栽の町を作った功労者とのことです。
DSCN1888no2.JPG

DSCN1886no2.JPG

さいたま市大宮盆栽美術館。
旧大宮市には1923年(大正12年)の関東大震災で被災した東京小石川周辺の盆栽業者が移住して形成された盆栽村があり、今も盆栽の町として知られています。
この大宮盆栽美術館は盆栽の魅力を発信するための観光施設として、2010年に開館したとのことです。
DSCN1874no2.JPG

DSCN1878no2.JPG
盆栽村を開拓した先人達の先見性から、現在の道路幅も当時造られたそのままで、ほぼ碁盤の目状に造られ、道の両側にはさくら、もみじ、かえで、けやきなどの木々が植えられていました。それらの道は「けやき通り」「もみじ通り」など植えられた木の名前が付いており、盆栽四季の道と今も呼ばれています。
DSCN1881no2.JPG
途中にはお休み所「盆栽四季の家」がありました。ここで盆栽最中を美味しくいただきました。
DSCN1902no2.JPG

DSCN1908no2.JPG
盆栽村は今、盆栽町という珍しい町名となっておりました。各盆栽園は自由に見学できるとのことです。今も営業中の盆栽園は、芙蓉園・九霞園・清香園・蔓青園・藤村園・松雪園とのことで特に芙蓉園には中に入ってみることができました。
DSCN1883no2.JPG
盆栽レストラン大宮。
DSCN1856no2.JPG

DSCN1865no2.JPG
さいたま市大宮盆栽美術館のお向かいにありました。6年前に開業したそうです。
盆栽教室もやっているとのことで私を含め数名がウォーキング終了後苔玉つくりをしました。
DSCN1912no2.JPG

DSCN1911no2.JPG

DSCN1915no2.JPG

DSCN1923no2.JPG

12月に腰痛が出て1か月は自重していましたが本日はお陰様で1日元気に過ごしました。気温9℃、ほとんど風なしの中、参加者全員が元気にゴールしました。さいたま市内ウォーキングも順調に回を重ねており、もうすぐ10区すべてが終わりそうです。その後は県内各市を巡るウォーキングがはじまるとのことです。また元気に参加できるように日頃から足を鍛えることを忘れないようにしたいです。
皆様、またお会いしましょう。
posted by yunofumi at 22:51| あちこちウォーク

2020年01月04日

2020.1.4. 草加宿七福神めぐり

新年 おめでとう ございます
新しい年を迎え埼玉もこのあたりは連日よい天候が続いております。
元旦は家族でおせち料理やお雑煮をいただき、いつもの通り初詣へ。
DSCN1495no2.JPG
近所の八雲神社と多聞院へ。
DSCN1509no2.JPG

DSCN1516no2.JPG
そして年賀状のいただいたのを楽しく拝見し、その後はまだ出していなかった方々へ急いで年賀状を作成し、投函。

2日は映画「男はつらいよ お帰り 寅さん」を拝見。
実にうまく作ってある映画で「ほろりとしたり、笑ったり」。忙しかったです。何より画像がきれいで感心しました。

3日も映画鑑賞。名作をいろいろ取り上げている「午前十時の映画館」のシリーズで「ショーシャンクの空に」でした。これは1994年に公開されたアメリカ映画で刑務所内の人間関係を通して、冤罪によって投獄された有能な銀行員が、腐敗した刑務所の中でも希望を捨てず生き抜いていくヒューマン・ドラマ。 とても心打たれる映画できた。

本日は草加駅に10時集合で友人のMさんと草加宿七福人めぐりをしました。

草加駅・おせんさん像⇒高砂1丁目⇒回向院⇒三峰神社⇒八幡神社⇒藤城家⇒草加住吉郵便局⇒大川本陣跡⇒清水本陣跡⇒氷川神社⇒元祖源兵衛せんべい⇒東福寺⇒草加八潮消防局⇒谷古宇稲荷神社⇒神明宮⇒おせん公園・河合曽良像⇒草加宿芭蕉庵・松尾芭蕉像⇒谷古宇橋⇒出世弁財天⇒矢立橋⇒草加松原⇒ハープ橋・浦寺橋⇒草加駅

草加宿は江戸時代に栄えた宿場。松尾芭蕉などが日光街道を歩んだ所。草加の七福神めぐりは平成13年にスタートし七福神と宝船を加えた8か所を巡った後、草加松原のある矢立橋と札場河岸公園でゴールのように作られており歩程としては約4.1kmとのことでした。

@回向院(布袋尊)
DSCN1540no2.JPG
ここは1653年(承応2年)に開創。本堂に阿弥陀三尊が鎮座。外陣に呑龍上人像があったので足や頭をなでてきました。お正月の時期だけということで布袋尊を拝めました。
DSCN1541no2.JPG

A三峰神社(寿老人)
DSCN1560no2.JPG
この小さな神社は秩父の三峯神社神社を本社としておりお犬様といわれるオオカミがまつられていました。お正月ということで社殿横に南極星の化身といわれる寿老人の木像が見られました。
DSCN1562no2.JPG

B八幡神社(恵比寿)
DSCN1571no2.JPG
この神社は1700年前半(亨保年間)に創建とのこと。社殿内には野口金蔵の天井絵、大きな雌雄一対の獅子頭、恵比寿神像がありました。
DSCN1574no2.JPG

すぐそばに藤城家がありました。この家は街道に面して建つっていました。木造二階建、切妻造桟瓦葺で、正面に下屋を設けています。正面構えは、一階はガラス戸を、二階は格子をたて、軒は太い腕木で桁を持出し、出桁造りです。建ちが高く風格ある趣を持つ昭和初期の商家で、宿場の面影を十分に伝えていました。
DSCN1576no2.JPG
そばには古い道案内の石柱も凛とそびえていました。
DSCN1581no2.JPG
近くには大川本陣跡と清水本陣跡の石碑がありました。
DSCN1586no2.JPG

C氷川神社(大黒天)は草加宿の開祖大川図書の没後、地域の氏神様として親しまれているとのこと。社殿横の小さなお社に大黒天が鎮座されていました。
DSCN1589no2.JPG

東福寺手前に元祖源兵衛せんべいを発見。
DSCN1597no2.JPG
焼きたてをいただいて小休憩しました。
DSCN1602no2.JPG

D東福寺(毘沙門天)
江戸時代に草加宿の開祖大川図書創建。本堂は地域最大で立派。
DSCN1607no2.JPG
お正月の時期だけのようですが毘沙門天が御開帳されていました。
DSCN1611no2.JPG
山門の彫り物が素晴らしかったです。
DSCN1610no2.JPG

E谷古宇稲荷神社(福禄寿)
DSCN1620no2.JPG
草加消防署わきからくねくねと進むとあった神社です。ここは旧谷古宇村の鎮守社とのこと。在の方が詰めておられ境内もとても清らかでした。母子狐と雄狐が社殿を守っておりました。七福神もよく見えました。
DSCN1622no2.JPG
通りに出ると芭蕉さんとともに旅した河合曽良さんの像がありました。
DSCN1627no2.JPG

F神明宮(しんめいぐう)(七福神宝船)
DSCN1629no2.JPG
1615年(元和元年)建立。約100年後にこの地に移転して草加宿の総鎮守となったようです。
そこにこの七福神宝船があったのです。
DSCN1631no2.JPG
そばのおせん茶屋公園には「草加せんべい発祥の地碑」もありました。
DSCN1635no2.JPG

G出世弁財天(弁財天)
札場河岸公園の綾瀬川を挟んでお向かいにありました。
朱色のミニ階段と鳥居が目印でした。弁財天様は出世の願いを聞いてくださるとのことでした。

その後芭蕉庵や芭蕉像を見て矢立橋、草加松原、ハープ橋、浦寺橋も見た後草加駅に戻りました。
DSCN1644no2.JPG

DSCN1671no2.JPG
本日は気温10℃晴天でほとんど風もなく、のんびりした草加七福神めぐりでしたので約3時間と予定の倍の時間を費やしました。街中には市が作成した案内板もあり、どうにか終了できました。歩程約2万歩は久しぶりでしたが、完歩できて大満足。これでまた今年もウォーキングに精出すことができそうです。草加観光協会のスタンプラリーもきちんと作成できて大満足でした。
posted by yunofumi at 22:43| あちこちウォーク