2019年09月29日

2019.9.28 2巡目第6回東京の新発見旅「千代田区」

今朝はスタート地点の東京駅丸の内北口に到着し秋晴れの空を眺め、久しぶりの東京駅舎を振り返っているとお巡りさんや黒服がやたらに多いことに気づきました。「オヤッもしかして!」と思い、近くの女性SPさんにお声をかけた所、「天皇陛下が茨城・ひたちなか市である国体の総合開会式に出席のためもうすぐこちらに到着です」と教えてくださいました。エッ!あと30分ほどで到着!私の参加するウォーキングツアーは改札に10:00.集合。それならと添乗員さんに一言かけた後、「めったにない素晴らしい!」と多くの人々同様にロープ前で待ち構えました。約10分後、パトカー先導で黒塗りの車列が来ました。チャンスとばかりにデジカメのシャッターをパチパチ!お陰様で雅子さまのお手ふりをしっかり拝見できました。
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こうして本日のウォーキングスタートです。

JR東京駅丸の内北口改札⇒行幸通り⇒和田倉門前信号⇒パレスホテル東京⇒大手門⇒三の丸尚蔵館⇒二の丸庭園⇒二の丸池⇒北桔橋門⇒乾門⇒首都高代官町出入口⇒旧近衛師団司令部庁舎⇒国立公文書館⇒東京国立近代美術館⇒学士会館(昼食)・東京大学発祥の地・日本野球発祥の地⇒神田古本屋街・すずらん通り・小学館ギャラリー⇒太田姫神社⇒明治大学博物館・阿久悠記念館⇒杏雲堂病院⇒日本大学歯学部病院⇒ニコライ堂⇒井上眼科病院⇒太田姫神社ご神木⇒JR御茶ノ水駅

今朝は天皇・皇后の車列を見た後の行幸通りはなんとなく一味違ってウォーキング。
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和田倉門前信号を過ぎていよいよ大手門から皇居に入りました。
大手門は1606年(慶長11年)に江戸城の縄張りがはじまり、翌年完成した江戸城の玄関。1620年(元和6年)の江戸城修復に際し、伊達正宗(だてまさむね)らの力により現在のような桝形形式の城門となった江戸城の正門。その警備は鉄砲30丁、弓10、長柄20という厳重なものだったとのことです。
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三の丸尚蔵館は昭和天皇の死後の1989年(平成元年)に昭和天皇の遺族から寄贈され国庫に帰属した美術品を保存、研究、公開するための施設として、1992年(平成4年)に皇居東御苑内に建設され、1993年(平成5年)に開館されました。様々な素晴らしい絵画もありました。入館料が無料でかなり込み合っていました。

二の丸庭園は宮内庁管轄の約6万坪の庭園。皇居は、かつて徳川幕府の江戸城で、明治元年に皇居となった場所です。江戸城の頃は、徳川家の茶道指南役だった小堀遠州による庭園だったようですが江戸末期に一旦消失。昭和43年(1968)に皇居東御苑の整備ともに庭園として改められたとのことです。
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アサザが咲いていました。
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二の丸池
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お城といえば石垣です。梅林坂の石垣は目地が揃っていないため<乱積み>と呼ばれる積み方とのことでした。
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皇位継承の重要儀式としてこの10、11月に「即位の礼」と「大嘗祭(だいじょうさい)」があるとのことです。本日皇居内をウォーキングしてもあちらこちらと通行止めがありました。天守の傍では大きな建物を建築中でした。
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首都高代官町出入口は1964年にできたそうですがよく見たら北の丸公園の一部で皇居乾門の傍で改めて驚きました。

東京国立近代美術館工芸館の建物は旧近衛師団司令部庁舎だった所。
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工芸館の建物は、旧近衛師団司令部庁舎を保存活用したもの。この建物は、1910年(明治43年)、陸軍技師田村鎮(やすし)の設計で、近衛師団司令部庁舎として建築。2階建煉瓦造で、正面中央の玄関部に小さな八角形の塔屋があり、両翼部に張り出しがある簡素なゴシック様式の建物。今では日本人技術者が設計した現存する数少ない遺構として重要な文化財となっているようです。

国立公文書館は政府の付属機関等から移管された歴史資料など重要公文書を一般公開している所。所蔵資料は明治時代以来の公文書が約60万冊(2006年3月現在)・旧内閣文庫約53万冊。公文書を閲覧できるように閲覧室があるとのことです。本日は常設展を見ました。
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東京国立近代美術館。
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明治時代後半から現代までの近現代美術作品(絵画・彫刻・水彩画・素描・版画・写真など)を随時コレクションし、常時展示した初めての美術館。以前は企画展等で「借り物」の展示を中心に行われていた日本の美術館運営に初めて「美術館による美術品収集」をもたらしたところです。収蔵品は2016年(平成28年)度時点で、日本画839点、油彩画1,254点、版画3,051点、水彩・素描4089点、彫刻(立体造形)458点、映像56点、書21点、写真2,720点、美術資料666点、合計13,154点におよぶとのことです。
本日は常設展を見ましたが特別展として「竹工芸名品展」と「高畑勲展」を開催中で大いににぎわっていました。

学士会館は1886年(明治19年)に設立。現在は一般社団法人組織となっており、旧帝国大学系大学の出身者等を主な会員としており、大学の枠を超えた一種の同窓会組織の要です。
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中にはホテルやレストランがあります。千代田区ウォーキングではどうやらこちらのハンバーグでの昼食が定番のようです。
敷地に「東京大学発祥の地」の碑があります。
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もう一方の角には「日本野球発祥の地」の碑があります。
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神田古本屋街通りを色々巡り、すずらん通りも行きました。
神保町すずらん通りには「小学館ギャラリーBH神保町」があり、さながら神保町古本街のインフォメーションセンターの様相でした。案内所にはパソコンが設置してあり本屋はもちろん、アート、グルメなど検索できるほか、街歩きのためのオリジナルマップを作ることができるようです。

太田姫神社は社伝によると、室町時代中期に太田道灌の娘が天然痘(疱瘡)に罹って生死の境をさまよい、京都の一口稲荷神社(いもあらいいなり)が小野篁にまつわる縁起により天然痘に霊験があると聞いた道灌が一口稲荷神社に娘の回復を祈願したところ、天然痘が治癒したということで道灌はこのことに感謝し、1457年(長禄元年)に一口稲荷神社を勧請して旧江戸城内に稲荷神社を築いたのです。後には城内鬼門に祀られたとのこと。
徳川家康の江戸入府後、1606年(慶長11年)に江戸城の改築により、城外鬼門にあたる神田川のほとりの聖橋南詰に遷座した。 これが今のご神木がある所。この椋の木には元宮を示す木札と神札が貼られています。
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その後の1872年(明治5年)、村社に定められ、名も太田姫稲荷神社と改め、大正12年(1923年)の関東大震災で社殿が焼失し一時湯島天神に避難。その後の1928年(昭和3年)に再建され、1931年(昭和6年)に、御茶ノ水駅の総武線拡張により、現在地に遷座しのです。淡路坂上の旧社所在地で御茶ノ水駅臨時改札口脇に残されたのです。
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明治大学博物館は、駿河台の明治大学駿河台キャンパス内にある博物館で、刑事部門・商品部門・考古学部門および大学史展示室があります。
またこの大学の卒業生である阿久悠さんの記念館がありました。1911年オープンとのこと。多数の歌謡曲の作詞を手がけ、その数は5,000曲。著作では直木賞候補となった『瀬戸内少年野球団』など、多くの業績を見たり感じたりできました。
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ニコライ堂は日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭(のち大主教)聖ニコライにちなみ通称としてよく使われています。 正式名称は「東京復活大聖堂」で、イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)の復活を記憶する大聖堂。 建築面積は約800u、緑青を纏った高さ35mのドーム屋根が特徴で日本では初めてにして最大級の本格的なビザンティン様式の教会建築といわれています。1891年に竣工し、駿河台の高台に位置したため御茶ノ水界隈の景観に重要な位置を占めたのです。関東大震災で大きな被害を受けた後、一部構成の変更と修復を経て現在に至っているのです。上から見ると十字の形をしているそうです。
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本日は晴天の下、午前・午後それぞれ2時間の予定の歩程約11kmでしたが珍しく少し早めに終了。約16000歩はちょうどよかった感じ。雨にも会わずそよ風の中、なかな気分の良いウォーキングでした。皆様またお会いしましょう。
posted by yunofumi at 04:23| あちこちウォーク

2019年09月27日

2019.9.22さいたま彩発見ぶらり街あるき第4回西区

JR宮原駅⇒日進町3丁目⇒聖学院⇒戸崎の浅間塚⇒花の丘通り⇒大宮花の丘農林公苑⇒西新井⇒請河寺⇒法光寺⇒秋葉三尺坊⇒永昌寺⇒秋葉の森総合公園⇒秋葉通り⇒秋葉神社⇒⇒佐藤農園⇒高木地区⇒指扇公民館⇒西大宮バイパス⇒妙玖寺⇒埼玉栄高校⇒JR西大宮駅

さいたま市10区を巡るウォーキングの今日は4回目。
JR宮原駅は高崎線の駅で北区にあります。今日は西区のウォーキングなのでこれより約2km歩いて西区に入りました。
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聖学院(せいがくいん)の大学は1988年に創立。アメリカのプロテスタントキリスト教ディサイプルス派の流れをくむミッションスクールでキャンパスはとても立派でした。
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戸崎の浅間塚(とつかのせんげんづか)は「浅間様」といわれる富士塚で高さ約4.8m、直径約25mの円形の塚。市内でも最大級の富士塚とのことです。築造年代は不明で、19世紀前半と考えられます。この塚と塚上にある浅間神社は、戸崎村の創始伝承の中で開発領主とされる長沢家が所有し、塚で行われる行事を祭主としてつかさどっているとのことです。現在は、塚上だけに社殿があり、以前は塚下にもあったとのこと。塚上を高浅間、塚下を下浅間といい当時は、高浅間を男が、下浅間は女が参拝するものだといったそうです。
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大宮花の丘農林公苑は10.9haという広大な敷地の3.3haが花畑となっており、四季折々の花々が咲き乱れるようです。 中でも春は一面にチューリップがまるで赤や黄色の絨毯のようということです。今日は真っ赤なサルビアと「ブルーサルビア」がみごとでした。
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大龍山清河寺は、地名の由来となった臨済宗円覚寺派の名刹。延文5年(1360)、初代鎌倉公方足利基氏が、兄竹若の菩提を弔うため、鎌倉円覚寺より仏慧禅師を開山に招いて創建したと伝えられています。
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大ケヤキは、清河寺境内から南東に150mほど離れた地にありました。 傍らに小さな祠があり、案内板には「神明社の御神木」とある。樹高28m、目通り幹囲8.5m、
推定樹齢 650年ということでした。
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法光寺(ほうこうじ)は、日蓮宗の寺院で山号は照賑山。旧本山は身延山久遠寺、潮師法縁。
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法光寺本堂の左前方、鐘楼の北側に、照葉樹に特徴的なドーム上の樹形を保ったシイノキの樹幹は何本かが寄り合ったようなうねりがあり、発達した地上根など、堂々とした風格が漂います。樹勢も良好で、均整の取れた古木です。このシイノキは高さ15m、幹回り4.53m、根回り7.4mとのことです。
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ご住職から講和もうかがいとても幸せな気分になりました。またお伺いしたいものです。
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秋葉三尺坊は秋葉神社から1kmちょっと離れた場所にある曹洞宗寺院。
秋葉三尺坊は、秋葉社内にあったものの、明治初年の神仏分離令により、秋葉社の別当をつとめていた永昌寺に移されたそうです。永昌寺の本殿とは独立して鳥居の先に秋葉権現三尺坊殿があります。
秋葉権現は神仏習合体ですが、鳥居があるということは、秋葉神社から移されてきたこともあり、神道という形でここではお祭りしているのでしょうか。
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永昌寺の山号は亀足山。永昌寺は、戸田周防守(法名高徳院貴山榮留居士、文亀2年1502寂)が開基となり創建、月膽義泉(慶長11年1606年寂)が開山したといわれています。
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秋葉の森総合公園は、西区中釘にある総合公園。20haが都市計画決定しているが、現在はそのうちの7.5haが開業しているようです。サッカー専用スタジアムとして秋葉の森総合公園サッカー場が敷地内にあり今日は管理棟で休憩しました。
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秋葉神社は火災・盗難防護、家内安全などの御利益があるといわれています。7月にはささら獅子舞があるそうです。
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ここで西区を代表して「喜多山製菓の彩の国ふくふくせんべい」をいただきました。喜多見先生の御接待でした。

佐藤栄学園は、創始者佐藤栄太郎前理事長が定めた建学の精神「人間是宝」を掲げ、昭和46年1月、埼玉県から認可を受けた学園です。これは、佐藤由江初代校長が昭和34年に開校した埼玉自動車整備技術学校(現専門学校埼玉自動車大学校)を母体とし今では埼玉栄高等学校、埼玉栄東高等学校(現栄東高等学校)、花咲徳栄高等学校、栄北高等学校、栄東中学校、埼玉栄中学校、さとえ学園小学校、埼玉短期大学(後に廃止)、平成国際大学、大宮法科大学院大学(後に閉学)、専門学校埼玉自動車大学校などの学校があります。今は様々な分野で活躍している卒業生が多いようです。
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本日の終点のJR西大宮駅は2009年に開業。埼玉栄学園や西区役所、西消防署もあり近年は利用者が増加しているようです。
今日は参加者23名、天候は思ったより晴天で28℃とやや暑くなりました。西区は公園や雑木林などもあり、約2万歩は少し応えました。でも喜多見先生、TD小松さんの誘導宜しく和気あいあいと元気に終了しました。さいたま市内ウォークは年内いっぱい続きますので今後も頑張ります。
posted by yunofumi at 03:04| あちこちウォーク

2019年09月25日

2019.9.21. 2巡目第6回東京の新発見旅「墨田区」

東向島駅⇒向島労働基準監督書⇒向島中学校⇒向島百花園⇒白髭神社⇒吉備示屋⇒鳩の街通り⇒榎本武揚旧居宅跡⇒隅田公園少年野球場⇒言問団子⇒長命寺桜餅⇒長命寺⇒見番通り⇒弘福禅寺⇒三囲神社⇒佐多稲子旧居跡⇒隅田公園⇒牛嶋神社⇒小梅牛島通り・東京スカイツリー⇒小梅児童公園⇒北十間川・おしなり橋⇒日本料理なりひら(昼食)⇒大横川親水公園⇒たばこと塩の博物館⇒スミダパークギャラリササヤ⇒能勢妙見堂⇒野見宿禰神社⇒すみだ北斎美術館⇒横網町公園・復興記念館・慰霊堂⇒両国国技館⇒JR両国駅

東向島駅は東武鉄道伊勢崎線、現在は東武スカイツリーラインの駅。自宅からは池袋・日暮里・北千住経由でほぼ1時間30分を要しました。集合が10:00、おまけに天候は晴れ、気温低めで大助かりでした。

向島百花園。
文化元年(1804)、佐原鞠きく(骨董商の北野屋平兵衛)によって開かれた梅園で開園当初は、大田南畝(幕臣、戯作者1749 - 1823)や加藤千蔭(国学者1735 - 1808)などの文人墨客が集うサロンでもあったとのことです。園内には秋の七草などの詩歌にゆかりの深い草木類や歌碑が多くありました。
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萩のトンネル
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秋の七草・かんぴょう・かぼちゃ等の実りも展示していました。
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珍しかったのは「へびうり」の実り。
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白髭神社は創建は951年で隅田川七福神の寿老神(寿老人)として有名。旧寺島村の鎮守様で向島白鬚(むこうじましらひげ)神社とも呼ばれているとのことです。
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吉備子屋は日本でも唯一のキビ団子のお店だそうです。きびだんごの主成分「きび」は、穀物の中で一番栄養価が高く、心臓を強化し小腸の動きを促し、 高タンパク源、低カロリーのきな粉で食するとおいしいようです。今日は素通り!また買い求めに来たいものです
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榎本武揚旧居宅跡。
榎本武揚の父は将軍側近で天文方として伊能忠敬にも師事した知識人。武揚も幼い頃から学才に長け、昌平黌で儒学を、江川太郎左衛門から蘭語、中濱萬次郎から英語をそれぞれ学び、恵まれた環境で洋学の素養を身につけ、19歳で箱館奉行の従者として蝦夷地に赴き、樺太探検に参加しました。安政 3年 ( 1856 ) には長崎海軍伝習所に学び、蘭学や造船学、航海術などを身につけ、文久 3年 ( 1867 )、幕府が発注した軍艦「開陽」に乗船して帰国、翌 4年に海軍副総裁に任ぜられています。戊辰戦争では徹底抗戦を唱えましたが、五稜郭で降伏、3年間投獄されていました。しかしこの箱館戦争で敵将ながらその非凡の才に感服した黒田清隆の庇護を受け、北海道開拓使に出仕。明治 7年 ( 1874 ) に駐露特命全権公使となり、樺太・千島交換条約を締結。海軍卿、駐清公使を経て文部大臣、外務大臣などを歴任した人物です。明治 38年 ( 1905 ) から、73歳で没する同 41年までこの地で暮らし、墨堤を馬で毎日散歩する姿が見られたということです。今ここはマンションになっていました。
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隅田公園少年野球場は昔、王貞治さんも通っていた野球場とのことです。
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長命寺桜餅は、創業者山本新六が1717年(享保2年)に土手の桜の葉を樽の中に塩漬けにして試みに桜もちというものを考案し、向島の名跡・長命寺の門前にて売り始めたのが始まり。 当時から桜の名所だった隅田堤(墨堤通り)は花見時には多くの人々が集い、桜餅が大いに喜ばれたということです。
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三囲神社は倉稲魂命(宇迦之御魂神)を祀りもとの旧村社は田中稲荷と称したとのこと。創立年代は不詳。伝では、近江国三井寺の僧源慶が当地に遍歴して来た時、小さな祠のいわれを聞き、社壇の改築をしようと掘ったところ、壺が出土しその中に、右手に宝珠を、左手にイネを持ち、白狐に跨った老爺の神像があったのです。このとき、白狐がどこからともなく現れ、その神像の回りを3回回って死んだことから三囲の名称となったようです。 元禄6年(1693年)、旱魃の時、俳人其角が偶然、当地に来て、地元の者の哀願によって、この神に雨乞いする者に代わって、「遊(ゆ)ふた地や田を見めくりの神ならは」と一句を神前に奉ったところ、翌日、降雨を見た。このことからこの神社の名は広まり、松阪の豪商・三井氏が江戸に進出すると、その守護神として崇め、越後屋の本支店に分霊を奉祀したのです。
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牛嶋神社は隅田川の東岸、もと水戸徳川邸跡の、隅田公園に隣接してあります。古くは向島須崎町にありましたが、関東大震災後、昭和のはじめ現在地に再建されたとのことです。 明治維新前は、本所表町の牛宝山明王院最勝寺が、別当として管理していましたが、明治初年の神仏分離後「牛の御前」の社名を牛嶋神社と改めたのです。もともとは隅田川に沿う旧本所一帯の土地を昔「牛嶋」と呼び、その鎮守として牛嶋神社と称したようです。
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小梅牛島通りから見る東京スカイツリーは格別です。
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日本料理「なりひら」は東京スカイツリーのお膝元。金目鯛の煮つけが素晴らしく美味しかったです。
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たばこと塩の博物館はもともと1978年(昭和53年)に渋谷の公園通りで開催。その後、開館35周年を経て2015年(平成27年)にここでリニューアルオープンされたのです。
江戸時代のこともわかり、なかなか面白かったです。
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能勢妙見堂。
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すみだ北斎美術館。
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浮世絵師の葛飾北斎(1760年から1849年まで)のおよそ70年にもわたって描き続けられた多彩な作品は、没後約160年経た今日、ますます高い評価を得て、世界の偉大な芸術家として今も広く注目されています。
この北斎は墨田区に生まれ、その90年にも及ぶ長い生涯のうち、90回以上も引越しをしたといわれていますが、そのほとんどを「すみだ」で過ごしながら、多くの名作を残しました。作品の中には、両国橋や三囲神社、牛嶋神社など、当時の「すみだ」の景色を描いたものが数多くあります。
私はこのウォーキングの予定があったので先日長野県の小布施にいって北斎を見てきましたのでなお一層感銘を受けました。いつ見ても面白いし、楽しくなります。

横網町公園(よこあみちょうこうえん)には東京都復興記念館があります。ここでは関東大震災や東京空襲の資料を見ることができます。
また傍には慰霊堂もあります。
両国国技館は1984年(昭和59年)に総費用150億円で竣工されています。本日はたまたま9月場所の千秋楽の全日だったからでしょうか、人がいっぱいで大変混雑していました。

今日は数日前まで雨降りの天気予報でしたがすっかり晴れ上がりウォーキングには暑いくらいでした。最後まで雨にも会わずお陰様で十分楽しんだ歩程約11km、約2万歩を堪能しました。
お土産は大部分をたばこと塩の博物館で求め有意義な1日を過ごせました。感謝!
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posted by yunofumi at 13:22| あちこちウォーク

2019年09月24日

2019.9.17〜18長野へのドライブ(2日目)

今朝は生憎[古城荘]がからの山並みの景色はガスのため見えず。残念!
北信五岳は戸隠山1904m、飯綱山1917m、黒姫山2053m、妙高山2454m、斑尾山1382mとのこと。
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宿を8:30出発⇒姨捨SA
姨捨SAから千曲川が流れる善光寺平と北信五岳の風景を楽しみました。
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ここには一茶・宗祇法師・芭蕉・一翁・白雄の句碑がありました。
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また秋も近づいているのでミヤギノハギが咲きていました。
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小一時間で松本城到着。
松本市観光情報センターでお城などの情報を仕入れました。
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松本城は別名深志城、築城は1593年(文禄2年)、天守と乾小天守の石垣造りからなる城郭に築城したのは石川数正と康長の父子。日本100名城のひとつ。黒漆塗りの下見板張の天守がいくつもありとても綺麗。
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松本城保存功労者の碑
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松本市立博物館
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その後諏訪湖SAで休憩。
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談合坂SAあたりから小一時間雨に会いましたがほぼほぼ曇り空の中でのドライブを無事に終了。
須坂〜松本〜三芳まで本日は315km、高速料金7460円
帰りは大事を取り少し大きめのSAで休みながらで無事に自宅到着。お陰様で気持ちよく2日間を過ごしました。お土産はそれなりでした。
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posted by yunofumi at 07:47| あちこちウォーク

2019年09月23日

2019.9.17〜18長野へのドライブ(1日目)

ようやく涼しくなったので長野へドライブに行きました。
1日目 自宅⇒三芳IC⇒上里SA⇒佐久平SA⇒信州長野SA⇒小布施IC⇒小布施
上里SAにはカブトムシカンが傍にあるようでした。
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佐久平SAでは山々が迫っておりました。

朝は7:00自宅スタート。すぐ関越自動車道に乗り、あとは定期的にSAで休憩しながら一路目的の小布施にある北斎館へまっしぐら。
往路は230km、高速料金5130円。雨にも降られず、スムーズでした。
北斎館は1911年(昭和51年)開館。二基の祭屋台に描かれている北斎の瀧図などが有名なのです長い間一度は見てみたいと思っていたのです。
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葛飾北斎は当初は浮世絵に始まり人生後期になり画狂人と称するあたりから肉筆画を多く描いています。何れも大作です。小布施には80歳ころに数年逗留し様々な作品を残しています。まあこの年頃で江戸から8日間で歩いてきたとかいろいろなことも知りました。
じっくりのんびり北斎館で過ごした後は小布施を味わいたくてひたすらウォーキング。
本日のもうひとつのお目当て岩松院に到着。
山門
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本堂
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この本堂の大間天井絵「八方睨み鳳凰図」が見たかったのです。下は絵葉書の画像です。
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色鮮やかなこと、大きなことに圧倒されました。
岩松院は1472年(文明4年)雁田城主荻野備後守常倫公が開祖。
岩松院では一茶と蛙合戦の池が有名。
ここで読まれた俳句「やせ蛙まけるな一茶これにあり」
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蛙は時期でないとお目にかかれないようで置物がありました。
表には小布施観音がありました。
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本堂裏の墓地には関ヶ原の戦いで有名な福島正則公の霊廟がありました。
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浄光院薬師堂
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薬師豆富とうふ料理まめ家
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ここは大豆丸ごと豆富のこだわり手作り料理でとても美味しかったです。
と、ここまで小布施をじっくり歩き回り約1万歩となりましたので後はシャトルバスおぶせロマン号で北斎館に戻り、今夜の宿「古城荘」に向かい一日目を無事終了しました。
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posted by yunofumi at 12:35| あちこちウォーク

2019年09月01日

2019.9.1 久しぶりのドライブへ

酷暑が続いた8月が終わり今日からはもう9月。
8月はそう、あまりに暑くてお出かけより仕事とジム通いと映画三昧でやり過ごしました。
仕事は平日ももちろん、週末と休日も出勤。たまたま山のように貯っていた仕事をバッサ、バッサと処理。ジム通いは涼しい中で汗をかくのも気持ちよく、結構励みました。映画は「アルキメデスの大戦」と「ロケットマン」を含め、ちょいと軽めも鑑賞しました。
そして今日は雨が降りそうになかったので寄居までドライブ。片道約50km、朝早く出たのが正解で快適なドライブとなりました。

鉢形城は日本百名城の一つ。以前ガイドツアーをお願いして鉢形城公園をみて回っています。今日は再度、鉢形城歴史館の展示を見直しました。
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夏休み最後の日でしたからまあまあの人が入っていました。

その後、埼玉県立「川の博物館」へ。ここには少し前にTVで紹介されていた大水車があるのです。
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この大水車は直径24.2m、日本一だそうです。
すぐそばに荒川も流れており様々な展示がありました。
秩父郡皆野町から移転復元したコンニャク水車。
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秩父郡東秩父村から移転復元した精米水車
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また館内は特別展で鼠を中心にした展示があり、野ネズミの天敵や世界の鼠の仲間の剥製などが珍しかったです。
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もちろん館内外には荒川を理解できるようにさまざまの工夫があり面白かったです。
そして外に出た時、建物の壁面にある川合玉堂「行く春」(紙本彩色六曲一屏風-本画部分各183p×39p)(東京国立近代美術館蔵)の大陶板をしみじみ鑑賞。私的にはこれを見たことで大満足。
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原画を見に行こうと思いました。
こうして軽く一日遊び歩き、久しぶりに優雅な一日を過ごしました。これからまた9月をそして秋を堪能したいものです。
posted by yunofumi at 23:07| ドタバタ日記