2019年06月22日

2019.6.21 市民大学ふじみ野 大人の社会見学 大井浄水場

今月初めから市民大学の講座を受けています。今日は大井浄水場の見学です。
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ふじみ野市は平成17年に上福岡市と大井町が合併して誕生しています。現在、市民が約11万人、世帯数は約5万戸、そのうち2戸が井戸水の生活をされていると伺いびっくり。
まずは水道事業の説明を上下水道課の方々より伺いました。
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ふじみ野市の水道水は荒川取水口から供給されている埼玉県営水道(略して県水)が2/3と市内の5カ所の井戸から取った地下水1/3をブレンドした水が一般家庭に届いているとのことでした。その工程の中に色々な消毒が行われ水質検査項目としては51項目もあり、とても驚きました。残留塩素値としては基準では0.1以上と決まりがあるとのことですが市の水道水は0.3〜0.4だそうです。また市内水道料金は一般用としては1㎥あたり72円ということでした。

下水道については市内に高低差があることもあり、また下水道が自然に流れるように下水管が埋没されていることや下水排除方式は汚水と雨水を別々の下水道管に流す分流式とのことでした。ふじみ野市の公共下水道の汚水処理は他の近辺の市と同様に荒川右岸流域下水道に接続し、最終的には新河岸川水循環センターで汚水処理をしているとのことでした。

近年ハード対策として集中豪雨などに備え、雨水幹線の整備や調整池の整備が急がれているとのことでした。

ふじみ野市は上福岡浄水場と大井浄水場がありますが、講義の後、大井浄水場の設備を以下の順で見学しました
第2配水池⇒第1配水池⇒1号・2号配水塔⇒井戸⇒給水車⇒発電機室⇒浄水場監視室
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本日は今まで知らなかった市内の上下水に関して教えていただき有意義でした。地震に備えた考え方や対応も十分そうでとても安心しました。
posted by yunofumi at 21:55| ドタバタ日記

2019.6.19  2巡目第3回 東京の新発見旅「板橋区」

今朝の天気予報はやはり梅雨!とのこと。しかし思いがけず日射しのある中、ウォーキング開始。講師牧先生、TD金子さん、参加者は15名。

都営三田線高島平駅東口⇒高島平団地⇒熱帯環境植物館⇒板橋区こども動物園高島平文園⇒徳丸が原⇒高島平健康福祉センター⇒高島平図書館⇒高島平第七小学校(廃校)⇒赤塚公団前信号⇒赤塚諏訪神社⇒竹の子公園⇒赤塚城址⇒板橋区立郷土資料館⇒板橋区立美術館⇒赤塚不動の滝⇒大仏そば萬吉禎⇒乗蓮寺・東京大仏⇒赤塚植物園⇒麺工場幸住⇒松月院⇒東武東上線下赤塚駅

都営三田線高島平駅は1968年開業、元は志村駅、1969年に現在の駅名に変更。現在1日3万人以上が利用。
この辺りは元々徳丸ヶ原といわれたところ。 1841年(天保12年)砲術家高島秋帆が当地域にて、日本で初めてとなる洋式砲術と洋式銃陣の公開演習を行ったとのこと。
高島平団地は1972年(昭和47年)から始まり総戸数は10,170戸と日本最大の団地が出来上がったようです。
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板橋区は、区制施行70周年を記念して、平成15年2月、板橋ならではの自然景観、都市景観、名所・旧跡、イベントを「板橋十景」として選定したとのことです。@赤塚溜池公園周辺、A板橋(旧中山道の仲宿付近の石神井川にかかる橋)、Bいたばし花火大会、C志村一里塚、D石神井川の桜並木、E松月院、F田遊び(徳丸・赤塚)、G高島平団地とけやき並木、H東京大仏(乗蓮寺)、⓾南蔵院のしだれ桜
今日はこのうちいくつかを見ることが出来そうです。

板橋区立熱帯環境植物館。
熱帯環境植物館(グリーンドームねったいかん)は、東南アジアの熱帯雨林を立体的に再現していました。館内は潮間帯植生、熱帯低地林、集落景観の3つの植生ゾーンに分かれ、温室を中心に、熱帯の高山帯の雲霧林を再現した冷室、さらに地階にはミニ水族館を設け、海から山へと続く、一連の熱帯環境を楽しみながら学べる博物館型植物館。施設全体で約3000m2、そのうち植栽面積は1000m2で、地下1階から地上2階までは吹き抜け。隣接している高島平温水プールや高島平ふれあい館とともに、板橋清掃工場の余熱を利用した省エネルギー型の施設で平成6年に誕生したとのことでした。
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カラーズエリ―フィッシュ
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メダカ展
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メキシコサラマンダー
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板橋区こども動物園高島平分園は高島平駅そばの小さな動物園。主な飼育動物はヤギ・ヒツジ・モルモット・ウサギ・シマリス、キボウシインコ等の鳥などもいて気軽に多くの子供たちが来ていました。
こども動物園高島平分園に隣接で徳丸ケ原(とくまるがはら)の石碑がありました。
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徳丸ヶ原は、現在の高島平及び三園、新河岸の大半の地域に相当する江戸幕府の天領、及び地域の総称で、東西1.4km、南北0.88km。地名としては、西台、徳丸本、徳丸脇、四ツ葉、下赤塚、上赤塚、成増などがあったとのことです。 徳丸ヶ原全域は赤塚城のふもとにあったのです。後ほど赤塚城址に行きます。

赤塚諏訪神社の創建年代は不詳。昔、赤塚領主であった千葉介自胤が、長禄年間(1457〜1461年)に信濃国・諏訪大社よりその御分霊を勧請し、武運長久を祈願したとのことです。新編武蔵風土記稿によれば下赤塚村の鎮守であったとのことです。江戸末期の1866(慶応2)年、社殿廃頽のため本殿が再興され、明治初頭の神仏分離令により、旧別当・真言宗常福寺の支配を離れるとともに十羅刹女の奉斎を廃し、1874(明治7)年4月3日村社に定められたのです。この神社に伝わる特殊神事「田遊び」は、1976(昭和51)年徳丸北野神社とともに国の重要無形民俗文化財に指定されたとのことです。
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ここは板橋区じゃないじゃないかと思うくらいの立派な竹林は「竹の子公園」でした。
鳳凰竹、金明竹など約13種類の竹があり傍には「竹のお話・竹のオモチャ」の解説板がありました。
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赤塚城址。
現在、遺構はなく東京都立赤塚公園の一部で広場、梅林、桜並木などがありました。
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1456年(康正2年)に市川城から移った千葉自胤によって築城されたとのことです。 赤塚城は、真北にある荒川の早瀬の渡し場を一望し、また武蔵北部から武蔵南部の下赤塚、江古田に至る鎌倉道(埼玉道)を押さえる、陸運、水運を掌握する要衝であったのです。赤塚千葉氏は後北条氏の有力な家臣として活躍し、1590年(天正18年)に豊臣秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅亡すると、千葉氏も所領を没収され、赤塚城は廃城になったのです。

板橋区立郷土資料館は赤塚城址及び赤塚溜池公園に隣接しており、板橋区の歴史や文化・自然に関するさまざまな資料、情報の展示がありました。
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新藤楼門
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古民家
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庚申塔
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赤塚不動の滝は山岳信仰が盛んとなった江戸時代の中ごろより、富士山・大山(神奈川県相模原)などの霊山に発拝する際、出発に先だち地元の人たちがここで身を清める“みそぎ”場として使われていた場所。崖上にはこの滝の守護神ともいえる不動尊石像が祀られているようです。昔は滝つぼの前に垢離(こり)堂が設けられていたようですが、昭和八年滝つぼが整理される前には、現在より水量も多く水の落ち口も広かったようです。この滝水はいかなる時でも涸れることがないようです。
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大仏そば萬吉禎で昼食にかき揚げ丼とお蕎麦をいただきました。
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乗蓮寺(じょうれんじ)は応永年間(1394年 – 1427年)に了賢無的が山中村(現在の板橋区仲町)にて人々に教えを伝えるために創建されたようです。その後、板橋区仲宿に移転。天正19年(1591年)に徳川家康から十石の朱印地が寄進され、その後も歴代の将軍から朱印地が与えられ格式ある寺院となりまた八代将軍・徳川吉宗の鷹狩の際の休憩所・お膳所としても使われたようです。その後昭和48年(1973年)に現在の赤塚の地(赤塚城二の丸跡)に移転。山号は赤塚山となったのです。そして1977年(昭和52年)、かつて東京を襲った関東大震災や東京大空襲など、悲惨な震災や戦災が再び起きないよう願いを込め東京大仏が建立されたのです。
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東京大仏。
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松月院は、房総に勢力を持っていた武将・千葉自胤が康正2年(1456年)に現:千葉県の市川から赤塚城に移り、その後1492年に当地にあった古寺・宝持寺を自身の菩提寺として定め、土地を寄進し、松月院と名を改めさせたのが始まりとのことです。 江戸時代には、徳川家康に認められ、40石の朱印地が与えられた。他歴代の将軍からも保護を受け発展したのです。幕末には、砲術家として名高い高島秋帆が1841年に近隣の徳丸ケ原(現在の高島平付近。高島平の名は高島秋帆にちなんでいる)で西洋式の砲術訓練を行った際に本陣がこの松月院に置かれ、この訓練は当時の大名などを驚かせ、高島秋帆に大きな名声を与えたようです。
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本日はお陰様で天気も持ちこたえ、大助かりでした。歩程約11km、14000歩で非常に順調でした。今回も麺工場幸住でクロレラ入りの中華麺をお土産で購入。帰宅後悠々で夕食作りをし、家族で美味しく冷やし中華をいただきました。
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本日の2巡目はほぼ前回と同じでしたがそれなりに説明の理解が深まりとても有意義でした。この調子でまたがんばります。
posted by yunofumi at 17:58| あちこちウォーク