2019年06月13日

2019.6.9さいたま彩発見ぶらり街あるき

第2回大宮区

JRさいたま新都心駅⇒けやき広場⇒さいたまスーパーアリーナ⇒コクーンシティ・コクーンホール⇒かのうや⇒氷川神社参道・一の鳥居⇒塩地蔵⇒白井助七の碑・山丸公園⇒大宮区役所⇒麗愛幼稚園⇒浅間神社⇒庚申塔神社⇒まこと釜めしとんかつ⇒スタアレコード⇒参道交番⇒神家食堂⇒氷川神社参道・平成広場⇒大宮アルディージャクラブショップ⇒氷川神社・二の鳥居⇒手焼岩せんべい⇒さいたま市立博物館⇒氷川だんご⇒氷川神社・三の鳥居⇒氷川神社楼門・拝殿⇒埼玉県神社庁・・蛇の池⇒大宮公園・小動物園・遊園地⇒埼玉県立歴史と民族の博物館⇒東光寺⇒JR大宮駅

数日前に梅雨入りの宣言もありましたが曇り時々雨という本日の気象予報にもめげずウォーキング開始。参加者17名。案内の講師喜多見先生、TDは小松さん。

JRさいたま新都心駅。
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駅舎は大宮区吉敷町四丁目にあり、JR東日本の東北本線の駅。2000年5月のさいたま新都心の街開きに先立ってこの年の4月に開業。業務地区としてのさいたま新都心は中央区と大宮区にまたがって整備されており、町名としての新都心は地区内の西側・中央区に位置しているので駅舎は東側の大宮区に所在しているとのこと。
1日約5万人が乗車。橋上の駅舎は1階がホーム、2階がコンコースと自由通路で建物の設計は、埼玉県狭山市出身の建築家鈴木エドワード。改札は1カ所で東口は商業施設のコクーンシティが中心。西口はホテルも含めJR関係、さいたまスーパーアリーナや合同庁舎、赤十字病院、県立小児医療センターなどがあります。

けやき広場。
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さいたま新都心駅改札を出てコンコースの自由通路突き当りにあり、ふれあい空間としてつくられたようです。人工地盤上に埼玉県の木「けやき」が立ち並び、クリスマスなども含め、色々なイベントが行われます。

さいたまスーパーアリーナは2000年5月にオープン。施設は埼玉県が所有。スポーツイベント・コンサート・テレビ番組の収録・講演会・株主総会・見本市会場など、さまざまな用途に対応し、最大37,000席の多目的アリーナ。イベントにより色々なタイプに変容できるとのことです。
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コクーンシティはJRさいたま新都心駅の東口に広がるショッピングモールでコクーン1、コクーン2、コクーン3とパークサイドビルの4棟でできており、もともとは片倉工業大宮製作所跡地における再開発計画が2001年より始まったようで、今も同社が施設の管理等を行っているとのことでした。コクーン (COCOON) の名称は英語で「繭(まゆ)」を意味し、片倉工業が製糸業として創業したことに由来すると初めて伺いました。
そしてコクーン2にはコクーンホールがあり、「大宮鳥瞰図」(1934年吉田初三郎画」もありました。
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片倉工業は明治期から大正期にかけての日本の主力輸出品であった絹糸の製造を行っていた片倉財閥を構築した老舗企業。かつての富岡工場(富岡製糸場)は日本の工業近代化の貴重な遺産としてUNESCOの世界文化遺産(富岡製糸場と絹産業遺産群)として知られています。2005年には富岡工場の建物等を地元の富岡市に寄贈しています。 1994年に伝統事業である蚕糸事業から撤退し、その後、不動産資産を活かしたショッピングセンター運営・不動産賃貸事業・小売事業の他、第二次世界大戦後に進出した自動車用部品製造、繊維製品の販売などを行っている会社だとのことです。

氷川神社参道はJRさいたま新都心駅近くの旧中山道から武蔵一宮氷川神社までまっすぐ伸びる18丁(約2km)のケヤキを中心とした並木道。ケヤキ、シイ、エノキ、スギなど20余種の樹木が600本以上植えられています。
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この「一の鳥居」が参道の始まり。鳥居の傍にある標石は氷川神社の中で最も古い石碑で表面には「武蔵国一宮 氷川大明神」とありました。
またこれより丁石が一丁(109m)ごとに見られました。
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氷川参道には、三本の大鳥居があり、神社に遠い順に「一の鳥居」、「二の・・」、「三の・・」と呼ばれています。「二の鳥居」は明治神宮より寄贈移築されたもので、現存する木造の鳥居では関東で一番大きいと言われています。

塩地蔵尊。
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江戸時代に旅の途中で病に倒れた父親の病気の平癒を二人の娘が塩絶ちをして地蔵尊に祈ったところ病が全快したのでお礼に塩を奉納したのが始まりとのことです。今でも地元で大事にされている様子でした。

山丸公園は山丸製糸工場跡地とのこと。白井助七は近代大宮の父といわれている方で大宮駅の開業に尽力し「鉄道の街」としての大宮を築いた方で記念碑ができているのです。石碑傍には蒸気機関車「C1229」が展示されていました。
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またすぐ傍には浅間神社がありました。
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大宮区役所は先月の5月7日に完成オープンしたばかり。当日は大変大にぎわいのお祭りイベントが行われたようです。入口そばで休憩をさせていただきました。

神家食堂(かみやしょくどう)は氷川神社の参道沿いにあるにあるイタリアンのお店。現在の名物は「大宮ナポリタン」や、「自家製手捏ねハンバーグ」とのこと。
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かつて、「鉄道のまち大宮」として栄え、その周辺で働いていた鉄道員や工場マンがよく食べていたといわれるナポリタン。そんなナポリタンを、ご当地グルメとして復活させたのが「大宮ナポリタン」。「大宮ナポリタン」の条件は、旧大宮市内に店舗があり、具材に埼玉県産野菜を1種類以上使うこと。氷川神社の鳥居の朱色、大宮アルディージャのオレンジにもちなんだ新名物を目指しているとのことです。大宮駅周辺の飲食店約50店が各店それぞれの個性あふれるオリジナルのナポリタンを提供しているのです。こちらのはもちもちで昔懐かしい味でした。
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平成ひろばは、氷川参道の一部を整備した公園で、通りの両側にケヤキやサクラ等が植えられ、その木々の間を散策できるようになっています。ちなみに桜は4月が見ごろです。
歩道は石畳で整備され、岩を組み合わせて作ったせせらぎもあり、市民の憩いの場として親しまれています。
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大宮アルディージャクラブショップはこのサッカーチームのショップでチームカラーのオレンジを生かし色々なグッズの販売もあるようです。
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氷川神社・二の鳥居。
一の鳥居を抜け、参道を進むと二の鳥居があります。大宮氷川神社の二の鳥居は、もともとは明治神宮の鳥居だったもの。それを昭和51年(1976年)に明治神宮から寄贈されて、武蔵一宮氷川神社に移築されたのです。
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さいたま市立博物館にはさいたま市に関する歴史・考古・民族などの資料の収集と展示がありました。建物が大きくてびっくりでした。本日は特別展示の「和同開珎」2枚を見に立ち寄りました。これはさいたま市中央区の与野西遺跡で3月から5月に実施した発掘調査で、奈良時代〜平安時代初期の住居跡から出土したとのことです。市内で初めての出土で、埼玉県内でもこれまでに8枚しか見つかっていないとのことでした。1か所から2枚見つかったのは県内では初めてで、さいたま市の古代史に新たな1ページとなる発見ということで特別公開をしていたのです。
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氷川だんご屋は参道脇でもう40年以上営業しているお店。
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無添加、焼きたてのだんごが美味しくてこちらに来るといつも買っています。今日は団体での移動なので残念に思いながら通過したところ何と、ツアーTDの小松さんと喜多見講師の配慮で「揚げまんじゅう」をこの後休憩した時にいただきました。揚げたてで、カリッと香ばしく、まぶした砂糖と、サクサクッと軽い皮の絶妙な食感、そして、ふんわりと柔らかな生地に包まれた、しっとりとしたこしあんの上品な甘みが、しみじみとやさしく口のなかに広がりとても美味しかったです。
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氷川神社・三の鳥居。
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二の鳥居を抜け、およそ2キロの参道を歩き、境内にたどりつき、三の鳥居を抜けてすぐ左側のところに「戦艦武蔵の碑」(せんかんむさしのひ)があります。戦艦大和と並び日本海軍が誇る戦艦武蔵の名は、この武蔵一宮氷川神社からとったものだそうです。戦艦武蔵の艦内神社は「氷川神社」でした。
現在の氷川神社三の鳥居は平成18年に建て替えられたもとのことで南を向いて鳥居の右柱を見ると文字を刻んだプレートが埋め込まれていました。
「奉獻 片倉製絲紡績株式會社取締役社長片倉同族會代表今井五介 昭和九年十月」
現在の三の鳥居に埋め込まれたプレートは、昭和9年の鳥居にあったものを、平成18年建て替え時に付け替えられたものと思われます。この「今井五介」さんは大正9年10月15日、副社長として皇后陛下に拝謁し、工場巡覧の案内役を務めたとのこと。また初代大宮市長でさいたま市名誉市民の14番目だそうです。
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これは明治天皇がお詣りで来られた時の図です。

氷川神社は武蔵野国一の宮といわれており孝昭天皇3年4月の創建とのこと。「国造本紀」によると、初代无邪志国造の兄多毛比命は成務天皇(第13代天皇)の時代に出雲族をひきつれてこの地に移住し、祖神を祀って氏神として、当社を奉崇したということです。この一帯は出雲族が開拓した地であり、武蔵国造(无邪志国造)は出雲国造と同族とされ、社名の「氷川」も出雲の簸川(ひかわ)に由来するという説もあるようです。また平安時代後期、武蔵国の高位の神社とされ、国司からも崇敬を受け、平貞盛が平将門の乱において当社で戦勝を祈願し乱を平定したことから、関東地方の武士に幅広く信仰され、荒川流域に数多くの分社が建てられ、武蔵国中に広がったのです。治承4年(1180年)には源頼朝が土肥実平に命じ社殿を再建して社領3000貫を寄進、建久8年(1197年)には神馬神剣を奉納したようです。

楼門はとても立派でした。
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拝殿にお参りしましたが本殿は全く見えませんでした。
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蛇の池。
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古来、蛇は水神の化身とされ、祭神の須佐之男命はその大蛇を退治した伝承により、水を治めた神とされており、氷川神社ではご祭神の神威神徳からこの池の名がついているようです。
蛇の池は境内の神池や見沼たんぼのなどの水源のひとつで今も地中深く水が湧いているのです。この神秘的な湧水があったことからこの地に氷川神社が鎮座し、また氷川神社の発祥地ともいわれているようです。
蛇の池手前には近年、蛍を復活したいと「氷川ほたるの杜」の活動が始まっているとのことでした。

神社庁は全国8万社の神社を包括している組織で神社本庁は明治神宮の傍にあるようで昭和21年に設立。
埼玉にある埼玉県神社庁は氷川神社のすぐ隣にあり、埼玉県内2000社を包括しているとのことです。
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今日は中に入り祭壇や伊勢神宮の式年遷宮でいただいた神宝といわれるもののうち御櫛や櫛箱を見せていただきました。
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大宮公園・小動物園・遊園地
氷川神社と隣接している「大宮公園」は大宮駅の東北、約1.5kmにあります。もともとは明治6年の太政官布達を受け、明治18年に氷川公園の名前だったようです。現在ある県営公園の中では最も長い歴史を持つ公園で、日本の公園の父といわれる林学博士本多静六が立案した「氷川公園改良計画」に沿って、公園の整備が進められたとのことです。今では日本さくら名所100選や日本の都市公園100選になっており、埼玉県で一番利用者の多い県営公園だそうです。 まずは日本庭園、そして小動物園や遊園地も見ました。
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ブチハイエナです。

埼玉県立歴史と民族の博物館はとても大きく、中の展示室は歴史・美術・民俗・特別・季節にそれぞれ分かれており、ざっとボランティアさんに説明を伺いました。
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第6室の3m以上もあるという板碑と、とっても小さな板碑が興味深かったです。埼玉県内では約27000基の板碑が確認されているとのことでした。こちらはまたじっくり伺いたいと思いました。

大宮山東光寺は大治3年(1128)頃、紀伊国(現和歌山県)熊野那智山の天台宗の寺院・青岸渡寺光明坊の僧侶が関東へ下った際、足立原に宿泊し、大宮黒塚(氷川神社の東側、現・産業道路脇)において旅人の肉を食う悪鬼が住んでいることを聞き、法力によってその悪鬼を退治し、その側に坊舎(庵)を建立し、東光坊と号して庶民救済のために開いたのがはじまり。ということで草創当時は天台宗で、「熊野の光明が東国に輝いた」ということから東光防の名がついたとのことです。その後、永享年間(1429〜1440)に梁室元棟和尚が曹洞宗に改宗して開山となったのでした。
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今、東光寺は草創以来880余年の歴史を刻んでいるとのことで現在地でのことは『新編武蔵風土記稿』巻153にもとりあげられていて、中仙道を行き来する文人墨客が足を留めた所でもあるようです。
現在、上山寿山、近代漫画の祖といわれる北沢楽天、大宮市発展の礎を築き大宮駅の誘致をした白井助七などのお墓があるようです。
今日は私たちのグループに現住職松本誠諦さんがおたまじゃくしと蛙のお話をしてくださいました。また以前伺った時は工事中だった山門ですが今日は観音様、地蔵様、菩提達磨大和尚像、お釈迦様がとっても神々しく見受けられました。
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本日の最後はお馴染みのJR大宮駅でした。JRの様々な路線をはじめ新幹線も2系統、千葉県柏までの東武アーバンパークライン、埼玉新都市交通(ニューシャトル)もあり、どうやら東京駅の次くらいの乗り入れ路線数だそうです。ということで駅の通路は年中ひどく混雑しています。

今日は20℃というウォーキングにはベストのお天気でした。結局、東光寺出発までは空模様は持ちこたえ、大いに感謝。もっとも大宮駅から川越線・東武東上線で上福岡着の時にはザァーザァー降りでしたがこれは一向にお構いなしの心境でした。
このようなウォーキングツアーは説明を伺いながらですから見慣れている風景でも「目からウロコ」ということもしばしばあります。今日もこのようなことでしたからまた見直しのためにも再訪が肝心かもしれません。
そして後日には今日いけなかった「鉄道博物館、さいたま新都心合同庁舎・ビューテラス」にもぜひ行って見たいと考えています。
posted by yunofumi at 23:58| あちこちウォーク