2019年02月27日

2019.2.26 さんさん会ウォーク 総持寺から・・・

本日は旧東海道五十三次有志の集まり「さんさん会」からのお誘いでウォーキングに参加。
幹事千代田さん、講師の浅井先生含め19名が参加。
私は2013年(平成25年)10月の32期での完歩でしたがこの集まりは33期の集り。私はこの2つのグループの行程で都合の良い時に参加していたのでどちらの方々とも仲良しになったのです。

JR京浜東北線鶴見駅⇒鶴見西口歩道橋⇒鶴見大学歯学部附属病院⇒総持寺⇒京急鶴見駅−京急電車−生麦駅⇒キリンビール横浜工場⇒生麦事件碑⇒明神前信号⇒生麦事件参考館⇒京急生麦駅⇒京急横浜駅

総持寺は曹洞宗の大本山。曹洞宗は中国より坐禅を中心とする仏法を日本にもたらした道元禅師と、その教えを全国に広めた四代目榮山禅師を両祖とし、それぞれが開いた永平寺と総持寺の二つを大本山としています。もともと石川県輪島市門前町にあった総持寺ですが1898年(明治31年)の大火災で多くの伽藍が焼失しこれをきっかけに横浜の現在地に移転してきたのです。
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総持寺の三門(さんもん)は 1969年(昭和44年)落成。鉄筋コンクリート造りでは日本一の大きさとのこと。三門の左右には金剛力士(仁王)像が置かれ、元横綱・北の湖の15歳の姿をモデルにしたと伝えられる。三門楼上には、瑩山が能登に開山するにあたり三門楼上に僧形の観世音菩薩像、地蔵菩薩像を安置したことにちなみ、観音・地藏の放光菩薩像と十六羅漢像および四天王像が祀られているとのことです。三門正面の扁額には總持寺の山号「諸嶽山(しょがくさん)」と書かれていました。
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香積台(こうしゃくだい)は 総受付で拝観・墓地・法要・参拝等の受付を行っている所。売店や休憩所もありご朱印もこちらでいただきました。玄関には日本最大といわれる木彫の大黒尊天が祀られていました。
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香積台から入り迷路のように案内されて食事場所に伺いました。途中の案内でホテルのように宿泊施設もあることがわかりました
食事は精進料理膳で味付けは薄くとても美味しかったです。
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百間廊下は長さ164m。東西の殿堂群をつなぎ合わせて、外苑と内苑とを分ける廊下のこと。廊下の途中には朝をあらわす「金鶏門」(東)、昼をあらわす「中雀門」(中央)、夜をあらわす「玉兔門」(西)という脇門(通用門)がありました。1日2回雑巾がけをしているとのことでツルツル、ピカピカでした。
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大僧堂は、雲水僧が集まり来るということから「雲堂」、また仏祖を選出する道場の意から「選佛場」と書かれた額がありました。私たちは中を見ることはできません。
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仏殿は 1915年(大正4年)に竣工され本尊釈迦如来像が安置されているとのことです。
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方光堂(ほうこうどう)は1911年(明治44年)に総持寺が能登から移転されて、最初に法要が厳修された記念すべき建物とのことです。もともとこのお堂は安政年間に山形・鶴岡の総穏寺本堂として建立され、その後、総持寺移転に際して特別に献納された由緒があり、当時は、大祖堂として中心的な役割を果たしていたとのことです。現在は全国檀信徒の永代供養のご位牌を祀り、日夜回向しているようで、中には沢山のお位牌が見られました。
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墓所に入ると日比野雷風のお墓がそびえたっていました。
日比野雷風とは、幕末の剣術家で神刀流道場を開いたようです。ここは剣術以外に槍術や柔術等も指導する総合武術道場のようだったと伺いました。
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石原裕次郎さんのお墓はいつきてもお花が絶えないようです。
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キリンビール横浜工場は以前にも伺いました。
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工場見学が参加者にわかりやすくさらにパワーアップしていました。映像の見せ方や機械など行程のなどかなり新しいヴァージョンでした。何よりも工場長が女性で驚きました。この方はビール製造大手、キリンビールで初めての女性工場長となった方だそうです。彼女自身はキリンビールに入社後、品質保証や醸造担当、醸造部長などを経て、神戸工場長に就任、そして現在に至るとのことです。きっとものすごい頑張り屋さんだと思います。
また見学コース途中にビールづくり体験教室のお部屋とパンフを見ました。できれば体験したいところですがすごい人気だそうです。
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試飲コーナーでは出来立ての一番搾りを含め3種類のビールとソフトドリンクの試飲ができました。お酒をいただかない私はノンアルコールビールや珈琲、紅茶などいただきましたが見事に美味しかったです。
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生麦事件碑は案内板も新しくなりわかりやすくなっていました。
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生麦事件参考館は浅海武夫さんが開設されている史料館です。今回初めて見せていただきました。
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中には貴重な資料がいっぱいあり驚きました。約1時間浅海武夫さんの講演をビデオで見せていただき事件の真相をとても詳しく理解しました。まるで大河ドラマにでもなりそうな筋書きでとても驚きました。また事件の解決というか結末が日本的で、昔も今も日本人って変わってない!とも思いました。「ドキュメント生麦事件」という冊子にサインをしていただきまた皆で記念撮影もしました。本当に貴重なひと時でした。
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朝9:30スタートですべての予定を16:45に終了。その後は有志で旧交を温めました。
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横浜駅西口エキニア横浜2階「北海道」はとても美味しく堪能しました。
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お土産はキリンビール工場限定の一番搾りビールゼリーチョコレートと浅海武夫さんのサイン入り冊子「ドキュメント生麦事件」です。
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今日は曇りながら約12℃。少し寒さが厳しいかと思いましたがまずまずのコンディション。
心配した雨にもほとんど会わずに済みました。懐かしい面々とご一緒に浅井先生の先導で1日楽しくウォーキングでした。途中、電車移動もありましたが帰宅してみると歩数は約20000歩。元気に皆さんとお会いできたことに感謝!そしてまたご一緒しましょうと約束しました。感謝!!
posted by yunofumi at 23:42| あちこちウォーク

2019年02月25日

2019.2.23 横浜散策 第15回神奈川区

JR東神奈川駅⇒京急仲木戸駅⇒東神奈川駅前郵便局⇒金蔵院⇒熊野神社⇒松並木・御殿町公園・高札場⇒神奈川地区センター⇒成佛寺⇒慶運寺⇒浄瀧寺⇒神奈川の大井戸・宗興寺⇒滝の橋⇒理容滝の橋・神奈川町本陣跡⇒横浜福音教会⇒笠間稲荷大明神⇒神奈川台場跡⇒青木町本陣跡⇒幸ヶ谷小学校⇒宮前商店街⇒洲ア大神⇒神奈川宮前郵便局⇒普門寺⇒甚行寺⇒萬新菜館(昼食)⇒京急神奈川駅⇒青木橋⇒本覚寺⇒三宝寺⇒高島山公園⇒東横フラワー緑道⇒大綱金毘羅神社⇒料亭田中屋⇒神奈川台関門跡・袖ヶ浦見晴所⇒上台橋⇒鶴屋町歩道橋・鶴屋町クレインズ歩道橋⇒JR横浜駅

神奈川区では「かながわ歴史亀さんぽ」というパンフレットが横浜市歴史博物館の協力で作られており本日はこれを見ながらウォーキングです。片面が地図になっており旧東海道と神奈川宿歴史の道が色付けでわかるようになっていました。
とても良い工夫の一つ目の発見は車道と歩道境目の車止めは亀のモチーフがずらり。
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二つ目の発見は街路灯のてっぺんに亀のモチーフが街灯大きさにより2種類。
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三通目に発見は観光史跡や名所の入口には青紋が扇形でありました。
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JR東神奈川駅自由通路東口通路には歌川広重の東海道五十三次の「神奈川台の景」があり茶屋立ち並ぶ風景と湊の様子がわかるとのことでした。惜しいことに本日の集合待ち合わせが西口デッキあたりだったので見損ないました。

金蔵院は京都醍醐寺三宝院の開祖勝覚僧正により平安末期に創られた古刹とのこと。その後、徳川家康から十石の朱印地を許されています。その昔の参道は街道まで伸び、金蔵院と今はお隣の熊野神社が境内に並び立っていたとのことです。本堂前には徳川家康の「御手折梅」といわれる梅があり当時は毎年一月にご住職が、この梅の一枝をたずさえて登城するのがならわしだったとのことです。本日は閉門しており熊野神社の方から垣間見ました。
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熊野神社の創建は1087年(寛治元年)、醍醐三宝院勝覚僧正68代が紀伊国牟婁郡熊野坐神社を分祀、神奈川権現山に勧請、熊野三社大権現としたとのことです。1582年(天正10年徳川家康公武州小机領神奈川郷の内御朱印高10石を賜ったのです。
拝殿は銅板葺入母屋造。扁額には「熊野大神」と記されており拝殿背後の本殿は、美しい流造です。現在の社殿は戦後に再建されたものとのことでした。
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境内入口は南東向いており、石の大鳥居の左右におおきな立派な狛犬がありました。
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本殿右手後方には樹齢四百年の公孫樹の木がありました。
木の中央部に洞があり、少し焦げたあとのようでした。
この公孫樹は1868年(慶応4年)の神奈川大火や1945年(昭和20年)の戦災で焼失したのにその後、再生したため「火伏のイチョウ」と呼ばれているとのことでした。
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御殿町公園から神奈川地区センターの先まで神奈川宿を偲ぶことができる松並木になっていました。松並木は夏は木陰を作り福や吹き付ける風や雪から旅人を守ったといわれています。この風景は町おこしで新たに松が育ちつつあるようです。
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傍には昔のお知らせを掲げた高札場がありました。
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そうそう、神奈川地区センターには広重の東海道五十三次八十二万歩の旅のジオラマがありました。

成佛寺(じょうぶつじ)(外国宣教師宿舎跡)。
成佛寺は、鎌倉時代の創建と伝えられる浄土宗の寺院。徳川三代将軍家光の上洛に際し、宿泊所の神奈川御殿造営のため寺地が現在地に移されたとのことです。1859年(安政6年)の横浜開港当初はアメリカ人宣教師の宿舎に使われ、ジェームス・カーティス・ヘボン博士は本堂に、宣教師のブラウンは庫裡に住んだということを伺いました。ヘボンはヘボン式ローマ字で知られおり日本最初の和英辞典を完成ました。また、ブラウンは聖書や賛美歌の邦訳に尽力、ここでは通訳として活躍したアーネスト・サトウも学んだようです。
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写真中央の石の模様が浪のようなのが「浪石」。言い伝えでは満ち始めると湿気を持ち、満潮になると夜露がしたたるようになりまた、引き潮になるとぬぐったように乾くので潮の時刻がわかるということでした。浦島太郎が竜宮から帰ってきて両親の墓に参り、呆然とたたずんだあと再び竜宮へ行こうとしたが、それは出来なくて、この石に腰を下ろして過ぎし日を偲んで思わず大きな涙をこの石にはらはらと落としたことから「浦島太郎の涙石」「泣き石」とも言われているようです。

慶運寺(けいうんじ)(フランス領事館跡)
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横浜・神奈川区に江戸末期明治時代に観福寿寺という寺院に浦島太郎が竜宮より持ち帰った観音像を本尊としていたため「浦島寺」と呼ばれていたということです。ただ明治初年に浦島寺が焼失して以降、観音像と浦島大明神像・亀化龍女神像(乙姫像)は慶運寺に移されて祀られたのです。東京芝・増上寺元禄8年の記録に「浦島太郎所持之観音像」と記されているそうで、浦島寺の観音像は、江戸時代のはじめから浦島太郎ゆかりの観音さまとされていたのです。
浦島観音の扁額があるお堂内には観音様がはっきり見えました。
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浦島太郎の山車は浦島町浜公園で年数回展示されるとのことでした。
また浦島太郎の絵本ができており浦島太郎伝説を子供たちに伝える努力がされているとのことでした。

滝の川を挟んで浄瀧寺(じょうりゅうじ)(イギリス領事館跡)がありました。
日蓮宗に寺院、1260年(文応元年)妙湖尼が日蓮に出会い法華経の道場とした寺院だとのこと。
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「神奈川の大井戸」は徳川将軍や明治天皇が来れた時にも使われた井戸だそうです。井戸の水量が増えると次の日にはお天気といわれ「お天気井戸」とも呼ばれていたとのことでした。
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宗興寺(そうこうじ)は曹洞宗のお寺で正式には開塔山日輪院宗興寺。創建年代は不詳とのことですが、伊豆海島風土記によると永享12年(1440年)に開塔山宗興寺から住職を請うて八丈島宗福寺を創建したとのこと。臨済宗さらに曹洞宗寺院となったようです。
幕末になると横浜が開港され、ヘボン式ローマ字の宣教医ヘボン博士がこの宗興寺に施療所を開設したのです。
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境内には「ヘボン博士施療所」碑がありました。
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神奈川宿の本陣は今は閉店したらしい理容滝の橋の所に神奈川町本陣跡と青木町本陣跡の2カ所に説明板がありました。

横浜開港当時、港の警備のために権現山の土を使ってできたのが神奈川台場。これは勝海舟が設計した8000坪の台場だったようです。今は埋め立てられ石垣のみが一部残っていました。
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洲ア大神(すざきおおかみ)は源頼朝が作った神社とのこと。この神社にご神木のアハキがあったことからこの辺りは青木町となったようです。
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甚行寺(じんぎょうじ)(フランス公使館跡)
横浜開港当時ここの本堂は土蔵作りだったのを改築して公使館として使われたようです。

青木橋から本覚寺と権現山を見ると東海道本線の辺りがぐっとへこんでいます。しかしこの権現山(現在の幸ヶ谷公園)と本覚寺の辺りはもともと尾根続きだったそうで、戦国時代にはそれぞれ隣接して権現山城と高島台には青木城があったのです。この両者の間を削りこの土を色々なところの埋め立てに使ったようです。右手に見える権現山は見事にてっぺんが削られています。
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また鉄道を通したことから青木橋の下は谷積みよう壁という頑丈な壁になっているのです。

本覚寺(ほんがくじ)(アメリカ領事館跡)
もと臨済宗で、1226年に宗祖栄西により創建されたと伝わっています。
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横浜開港時アメリカ領事ドーアが庭木を切り払い4星条旗を掲げ寺の正門には白いペンキを塗ったとのことです。その後このペンキを剥がすことが大変だったようでまだ山門の一部が白くなったままでした。文化の違いは恐ろしいですね。
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この石碑は、幕末に横浜の開港を首唱した岩瀬肥後守忠震(いわせひごのかみただなり)の顕彰碑。横浜開港の恩人への感謝として有志により昭和57年に建立されたとのことです。 岩瀬忠震は、幕末に海防掛目付に任ぜられた後、外国奉行にまで出世し、開国論の中心的存在として活躍をした人物。日米修好通商条約においてはアメリカ総領事ハリスに対し、下田奉行井上清直と共に交渉にあたり、ハリスの要求した江戸・品川・大坂などの開港希望地をしりぞけ、幕府百年の計のためにと横浜の開港を首唱したのが岩瀬忠震なのでした。その結果、1859年に横浜が開港し、発展めざましい今日の基を開くことになったのです。しかし、開港の前年に岩瀬忠震は左遷され、更には安政の大獄により永蟄居を命ぜられ、その後、1861年、44歳で死去したとのことです。
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このペンキ剥がしが縁なのでしょうか。全国塗装業者の慰霊碑がありました。
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高島山公園には「望欣台の碑」と「弁玉の歌碑」がありました。
高島山は高島嘉右衛門の屋敷があった所。この方は明治初期に鉄道を通すために尽力した方。埋め立ては野毛浦石崎から神奈川停車場までの1.5km、幅76mの海面を埋め立てたのです。この時使われた土が権現山と本覚寺手前の所、ということで今は東海道線がとっているのです。
「望欣台の碑」は横浜の都市形成期の恩人高島嘉右衛門の顕彰碑。
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「弁玉(べんぎょく)の歌碑」にある弁玉は幕末の僧侶・歌人。浅草の生まれ、晩年はこの公園そばの三宝寺の住職でもあったとのことです。
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東横フラワー緑道は、東急東横線の地下化により生じた東白楽駅 - 横浜駅間の線路跡に横浜市によって整備された延長約1.4kmの緑道(公園)です。AM6:00〜PM9:00までの通行可能なのが面白いと思いました。
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広重の「東海道五十三次」の神奈川・台之景に描かれており、坂の上から三軒目に「さくらや」とあるのが、現在の田中家。幕末の頃、1863年(文久3年)に、田中家の初代がそのさくらやを買い取り、「田中家」がスタートしたとのことです。
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幕末の偉人、坂本龍馬の妻おりょうが夫亡き後に仲居として働いており、明治時代には、幕末の偉人達や要人、各国の大使、文化人などが利用したようです。
ちなみに坂本龍馬の妻・おりょうは、寺田屋騒動の折、龍馬の危機を救った女性として広く知られています。龍子は横須賀で再婚し、西村ツルの名で最初は大津、次に米が浜に住んでいました。人生の後半生33年間を横須賀で過ごしたおりょうのお墓は、現在、大津の信楽寺(しんぎょうじ)にあり、毎年秋に龍子を偲んで墓前祭など、「おりょうさんまつり」が催されているとのことでした。

神奈川台関門跡。
横浜開港後色々事件が起こったため関門や番所を作り外人さんの行動範囲に制限を架けたようです。関門か神奈川宿には東西にあったようです。
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袖ヶ浦見晴所。
昔はこの石碑があるお向かい、田中屋の後ろはもう海でしたからきっとこの辺りの台地からは見晴らしがよいということで見晴らし所があったことでしょう。

現在の横浜駅は三代目の駅舎。初代は桜木町駅に改称されています、二代目の「横浜駅」は現在の横浜市営地下鉄高島町駅付近にありました。現在は国道1号「高島町交差点」脇に駅舎基礎部分の遺構が残っており、横浜市認定歴史的建造物となっています。

本日はスタート10:00、ゴール15:50。からりとした青空で気温13℃はちょうどよかったのですがかなりの強風でちょっと大変でした。でも浅井先生TD金子さんの支えがあって参加者17名は無事に約15000歩、11kmを完歩。
横浜駅前で解散時お土産は高島屋でいかが!とお声掛けをいただきました。
早速7階の横浜001コーナーで勝海舟が設計した台場をイメージした「勝サブレ」と名物「横浜崎陽軒のシュウマイ」をゲットしました。
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居合わせた店員さんから「勝サブレ」をどうして求めたかの質問をいただき、事情を話したところとても喜んでいただきました。
さてさてこれで横浜散策はあと3区となりました。
またスケジュールを見ながら18区完歩を目指します。
posted by yunofumi at 21:39| あちこちウォーク

2019年02月21日

2019.2.20 大多摩ハム工場見学ウォーク

JR青梅線拝島駅⇒熊川⇒ファミリーマート拝島駅北店⇒玉川上水沿い日光橋⇒玉川上水沿いどんぐり橋⇒玉川上水沿い日光橋公園⇒玉川上水沿いみずくらいどん公園⇒玉川上水沿い五丁橋⇒熊川2号水源⇒福生消防署熊川出張所⇒五丁橋通り入口⇒横田基地第5ゲート⇒わらつけ街道⇒原ヶ谷戸東公園⇒福生街道踏切⇒氷・山上商店⇒大浦歯科医院⇒大多摩ハム⇒JR青梅線福生駅

本日はMBT自由が丘店のイベントで大多摩ハム工場見学ウォークでした。
ずっと昔、大学卒業早々はすぐ傍の羽村町に住み、青梅市立総合病院に勤務していましたので懐かしくて参加しました。
JR青梅線拝島駅には8:45集合。駅が綺麗になっていてびっくり。
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今日はまたしても晴天、朝出がけAM7:00は5℃くらい、でも日中はほぼ無風で陽射しが強く19℃はあった感じ。ウォーキング中はやや汗ばみました。
さて参加者14名は拝島駅から9:00出発。すぐ玉川上水沿いにウォーキング。途中のどんぐり橋で記念撮影。
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全員が4MBTシューズですがほとんど同じ靴の方がいないのがオモシロイ!
日光橋公園では雑木林の中を散策。
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五丁橋あたりも玉川上水の水はとても綺麗。
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ほどなく横田基地第5ゲートに到着。
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この辺りの地元車は八王子ナンバー。そういえばそうか?と長年忘れていた記憶をまさぐっていました。
大多摩ハム、シュトゥーベン・オータマは1921年小林榮次が創業。この方はドイツ人技師アーグスト・ローマイヤに師事してドイツハムの技術を取得したようです。もともと都内にあった工場はこの福生には終戦後の1947年この地の水がご縁で工場を構えたようです。現在は3代目社長が相変わらず国産肉にこだわり手造り低添加ドイツ式を貫いているとのことでした。
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まずはお互いに自己紹介。
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和んだところでの工場見学は手作業でのカット作業を見せていただきました。
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その後レストランでドイツ風の昼食。皆さんはビールをいただき大いに盛り上がっていました。アルコールをいただかない私はハムステーキランチを食しました。
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その後は直売店でお土産を物色。
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すっかりお腹も身満たされましたのでこちらで各々が解散。
私たちはJR青梅線福生駅に出て立川〜西国分寺から武蔵野線で帰路につきました。本日は約10000歩の歩程でしたから十分余裕が残っていたので地元で夕食の買い物をして帰宅しました。皆様、またお会いしましょう。
posted by yunofumi at 22:21| あちこちウォーク

2019年02月17日

2019.2.16 東京まちさんぽ

メトロ護国寺⇒護国寺⇒大塚三丁目信号⇒大黒湯⇒お茶の水女子大学⇒跡見学園⇒メトロ茗荷谷駅⇒茗台中学校⇒春日2丁目⇒傳通院⇒淑徳学園⇒善光寺のムクノキ⇒慈眼院沢蔵司稲荷⇒えんま通り商店街⇒大亜堂書店⇒こんにゃくえんま⇒善雄寺⇒富坂下信号⇒メトロ後楽園駅⇒小石川後楽園⇒日中友好会館⇒飯田橋職安前信号⇒お茶の水石碑⇒湯島聖堂⇒外神田2丁目信号⇒昌平橋信号⇒三組坂下信号⇒メトロ湯島駅⇒湯島中坂下信号⇒白梅商店会⇒天神下信号⇒旧岩崎邸庭園⇒不忍池西信号⇒横山大観旧宅・庭園⇒池之端1丁目信号⇒上野動物園池之端門⇒忍岡小学校⇒きもの多古や⇒根津神社⇒根津神社裏門坂⇒日本医科大学病院⇒向ヶ丘1丁目信号⇒浄心寺⇒都立向ヶ丘高等学校⇒向ヶ丘2丁目バス停⇒メトロ本駒込駅

護国寺。
メトロ護国寺駅傍、大塚五丁目の真言宗のお寺さん。1681年(天和元年)に徳川綱吉の母である桂昌院が開祖。確か大隈重信さんやジョサイア・コンドルさんのお墓があると以前伺ったことがありました。
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境内はとても綺麗で日本水仙が咲き誇っていました。
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大黒湯。
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とても古そうな銭湯で今も営業している様子でした。屋根には八角形の湯気抜き見えました。

傳通院(でんつういん)
山門がとても立派。
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山門を通ると高くなった位置に本堂がありました。「如是我聞」の石碑横の紅梅が見事でした。
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善光寺のムクノキと説明板があり、痛々しい姿ながら大切にされている樹木のようです。
この場所は現在「善光寺坂」といわれる区道817号とその横の歩道との間に設けられたポケットパーク内とされていました。ここは江戸時代の頃は伝通院境内であったようです。廓山(かくざん)上人(伝通院中興第一世、寛永2年〔1625〕没)によって植栽されたものと伝わっておりまたその後、伝通院の鎮守であった澤蔵司稲荷の神木として現在に至っているとのことでした
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えんま通り商店街は江戸時代より源覚寺(こんにゃくえんま)の門前町として栄えた商店街のようです。今年から始まった大河ドラマ「いだてん」の主人公金栗四三が走っていた街と旗が掲げられていました。
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こんにゃくえんまの石柱を曲がると源覚寺(げんかくじ)でした。こちらは浄土宗の寺院。お堂の中には像高100.4cmの木造の閻魔王坐像があり、右側の眼が黄色く濁っているのが特徴とのことでしたがちょっとわかりませんでした。お供え物はすべて蒟蒻でした。
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小石川後楽園は、今から約400年前、江戸時代初期の1629年に水戸藩の初代藩主・徳川頼房によって江戸の中屋敷の庭として造られ、二代藩主の光圀の代に完成した所。お庭、特に池の配置などが素晴らしいとわかっているので本格的な春や紅葉の秋にまた伺います。
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コースを外れてお茶の水の湧水と石碑を見に立ち寄りました。
江戸時代、今のJR御茶ノ水駅周辺一体にあった「高林寺」の境内の一角より湧き水が出ていた所。三代将軍家光が鷹狩りで寺へ立ち寄った際にその水でお茶を立てたところ、大変美味しいためお気に入りになりその湧き水を「御茶ノ水」と名づけ将軍専用のお水とされたのです。この話を語り継ぐ史跡として御茶ノ水橋の交番横にありますが実はこの涌き水は現在は水道水とのことです。
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湯島聖堂は江戸湯島(東京都文京区)にあった孔子廟(こうしびょう)大成殿の別称です。1690年(元禄3)上野の忍ヶ岡(しのぶがおか)より移したもの。ここの敷地内に幕府の学問所昌平黌(しょうへいこう)がありました。これらは関東大震災でほぼ全焼し、その後再建された建築物をまとめて湯島聖堂といっているようです。
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メトロ湯島駅の隣にこれはまた年代ものの建物を見つけたので記念に撮影しました。このような発見も面白いのです。
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旧岩崎邸庭園は三菱財閥岩崎家の茅町本邸だった建物とその庭園を今は都立公園として整備したもの。今まで数回訪れているので花の少ないこの時期なので中に入らず通過しました。

横山大観旧宅・庭園は、近代日本画の巨匠として有名な横山大観を記念して、1976年(昭和51年)に開設された記念館。この地に大観は、1909年から1958年に亡くなるまでほとんど居住て作品を制作していたようです。記念館には大観を始め、春草、芋銭、観山などの作品や大観の愛用した美術品が展示されているとのことでした。雰囲気は何か厳粛でちょっと入りずらかったので表の説明をじっくり読み、後日見学に来ようと思いました。
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池之端一丁目信号を過ぎると上野動物園池之端門が見えました。この入り口は初めて知りました。いつも混雑の上野動物園です。一度こちらから入ってみたいと思いました。きっと穴場ですね。
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根津神社はもとは根津権現,須賀社といわれていたようです。日本武尊が1900年近く前に創祀したと伝える古社で、東京十社の一社です。境内はツツジの名所で私も何度か見に来ています。また森鴎外や夏目漱石などの文豪が近辺に住んでいたこともあり、これらの文豪に因んだ旧跡も残されています。
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メトロ本駒込駅はメトロ南北線の東大前の隣の駅。普段そんなに乗降客は多くないと思いますが今日はイベントのゴールだったので改札前のコンコースは大にぎわいでした。おかげで私も無事にゴール出来て大満足でした。
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今日の東京メトロのイベント、AM9:00出発、メトロ護国寺駅〜メトロ本駒込駅の歩程約11kmに参加しゴールメトロ本駒込駅14:00でした。本日は素晴らしい晴天で朝はかなり寒かったですが日中ウォーキングしている時には14℃はあった感じでした。おかげで終わってみれば約24000歩とかなりの歩行で目安の歩行時間は約3時間25分となっていましたが食事やお茶、それにウインドウショッピングも楽しんだので充実したウォーキングでした。
ゴール後南北線本駒込駅からJR駒込駅に移動。駒込駅に来るとすぐ傍のお茶をする洋菓子「アルプス」で休憩。いつもと雰囲気が違うのでふと見ると3月いっぱいで閉店の張り紙が見えました。このお店は本格的な洋菓子と珈琲がとても美味しいお店なのでとても残念に思いました。でも偶然でしたが長年の感謝の気持ちを込めてのお茶タイムはそれなりに過ごせました。
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本日は5000人参加の大イベントでしたが私は抽選に当たり参加できました。今までは手作業での参加やゴールの確認でしたが本日は送られてきたQRコードをかざすだけで何事も進歩が見られてちょっと感心しました。
スタート時にはドリンクのヘルシア、ゴール時には参加証でタオルと缶バッヂ。お土産に買った「きもの多古や」のハンカチ共々記念になります。
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このメトロイベントはほぼ毎月あるようです。自分の都合を踏まえて申し込みをしても当選はなかなかで今回が2回目。ぜひまた参加しようと思っています。
posted by yunofumi at 23:23| あちこちウォーク