2018年12月25日

2018.12.24 芦ノ湖へのバスツアー

上野⇒新宿⇒ザ・プリンス箱根芦ノ湖/なだ万(昼食)⇒箱根ガラスの森美術館⇒大涌谷⇒芦ノ湖⇒新宿

今日は女性ひとり旅ツアーに参加。久しぶりのクラブツーリズム号(さくら観光バス)での出発。
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上野駅公園口駐車場9:00出発、10:00少し前に新宿都庁バスターミナルで全員集合となり、TD牛坂さん、ドライバー原島さんと共に参加者40名がご挨拶。晴天の元、今朝はやや寒かったですが元気に出発。

芦ノ湖は箱根火山のカルデラの中にある「カルデラ湖」で現在の姿は約3100年前に誕生したとのこと。神山中腹にある大涌谷から仙石原や芦ノ湖にかけて扇形をしたスロープになっており、これは約3100年前の神山の水蒸気爆発で神山の北西部が崩れて土砂が仙石原方向に流れ下った跡とのことで、仙石原にあった川はせき止められ上流の水が溜まって湖になったのが芦ノ湖だとのことでした。
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丁度12:00にはザ・プリンス箱根芦ノ湖に到着。芦ノ湖湖畔のこのホテルの地下2階とはいえほとんど湖面の高さのレストラン「なだ万」で昼食。貸し切り状態で女性ばかりですから華やかでにぎやかなこと、この上なし。
和食フルコースの献立。一番は西京漬けの魚の焼き物、デザートの焼きリンゴのカスタードプリンでした。
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箱根ガラスの森美術館は本日クラブツーリズム貸し切りとのこと。次々にバスが到着し、駐車場も館内も満杯。
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寒く、雨もしとしと降り、ヴェニス・セレナーデ・デュオコンサートとしてクリスマスミニコンサートは館内での開催。ヴァイオリンはマッシモ・トゥリーニ氏、アコーディオンはロベルト・サルヴァライオ氏と素敵な演奏でしたが何しろ大勢でごった返しており、音楽を楽しむどころではなく早々に退散。
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展示のモザイクグラスランプはとても綺麗。
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特別展の香水瓶展示も楽しみました。これは1760年代の香水瓶
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18世紀のガラス絵。
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庭園はこの調子でしたから散策もままならず、ちょっと残念。

バスで20分移動し大涌谷に到着。この頃には雪が降りだし気温1℃。
大涌谷はモウモウとしたガスと雲でほとんど見えず。
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外の景色はあまり楽しめず「くろたまご館」に駆け込み、温かな黒卵をゲットし、ほくほくしたのをひとついただき、残りはお土産に。
この黒卵は約80℃の温泉池で60分茹で、卵の表面が硫化鉄でまっ黒になった後、約100℃の蒸気で15分蒸し上げたとのこと。

芦ノ湖に移動し、芦ノ湖遊覧船乗り場でクルーズ船「芦ノ湖丸」(定員700名)に乗船。
今日は特別に「冬の湖上に映えるクリスマス花火」がテーマで7号玉という約240mのサイズも打ちあがったようです。
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乗船時間は約1時間超。デッキに出ると寒さを強く感じましたが、短時間とはいえ珍しい冬の花火を楽しみました。

その後2時間のバス移動で予定通り20:00に新宿到着。こちらに帰れば一日中晴天だったことがわかりました。まあ、箱根辺りは山々の間ですから天候はこの時期定まらず、TDさんは解説に苦慮されておりました。
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それでも無事に帰宅しましたから感謝、感謝。連年とはちょっと変わったクリスマスイヴを楽しみました。
posted by yunofumi at 17:41| ドタバタ日記

2018年12月02日

2018.11.25〜「国宝・松江城とゑびすだいこく両参りの旅へ」の3日目

3日目(11/27):ホテル一畑(いちはた)⇒旧大社駅⇒出雲大社⇒看雲楼(かんうんろう)・昼食⇒出雲縁むすび空港JAL16:20〜羽田空港17:40

宍道湖の朝日を見ながら朝食。
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宍道湖のシジミは昨日頂いたので今日はおうどんとのどぐろ干物が美味しかった。
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朝9:30ホテルを出発前にまずは宍道湖畔を散歩。
朝早くからシジミ取りの漁師さんがあちこちに見えました。水に直接入ってまたは船からと様々なやり方のようでした。
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宍道湖大橋からの湖面は広々、穏やかでした。
その後出雲大社を目指しホテルを出発。宍道湖に沿って進み白鳥の姿も見られました。

ますは旧大社駅舎を見ました。
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ホームや駅舎の中はとっても懐かしかったです。

いよいよ出雲大社到着。
出雲大社は古代より杵築大社(きずきたいしゃ、きずきのおおやしろ)と呼ばれていたのが、1871年(明治4年)に出雲大社と改称したとのことです。正式名称は「いづもおおやしろ」私たちは「いづもたいしゃ」とお呼びしています。
拝礼は二拝四拍手一拝の作法。明治維新に伴う近代社格制度下において唯一「大社」を名乗る神社とのことです。創建以来、天照大神の子の天穂日命を祖とする出雲国造家が祭祀を担っており、現在の宮司は84代国造千家尊祐で、國學院大學を卒業後に太宰府天満宮を経て出雲大社禰宜→権宮司と昇格すると、2002年(平成14年)宮司に就任。翌年、神社本庁より神職身分特級を拝受しています。また、宮司の正服の紋様は黒綾にご神紋である二重亀甲剣花角の文様を練り込んだもの。現在も、皇室の方も本殿内までは入れないしきたりがあるとのことです。本殿の建て替えは約60年に一度。
鳥居は4つ、石・木・鉄・銅とのこと。
石(コンクリート)の鳥居はバスに乗ったまま通過。
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銅の鳥居をくぐり本殿へ。
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まずは「さざれ石」を見た後、神楽殿へ。
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本殿を横から見た所。
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ふつうの参拝はこの八足門まで。今日は八足門左の木戸が開き特別参拝。お祓いも神々しい感じでした。
ここから奥は撮影禁止。
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境内を散策すると幸魂像がありました。
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この「ムスビの御神像」は、1986年(昭和61年)に寄進された像で「大国主神」の前に、「幸魂(さきみたま)」・「奇魂(くしみたま)」といった「魂」が現れて、その「魂」を頂く時の場面を表現しているそうです。
また境内には「一月一日歌碑」がありました。
私など子供の頃は元旦に投稿して「年の初めのためしとて」で始まる歌を歌ったものです。正式には「一月一日(いちげついちじつ)」だそうです。この歌は第八十代出雲国造、出雲大社大宮司の千家尊福公の作詞と知りました。

神楽殿の前には大きな国旗掲揚塔(高さ47m)がありました。これは出雲大社の古代の本殿の高さが16丈(約48m)と言われるのと同じ高さに合わせてあるとのこと。国旗の広さは畳75枚分、重さは49kg。今日は程よい風があり、そよそよとなびいていました。
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その後、看雲楼で昼食として「縁結び膳」をいただきました。
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お昼過ぎの頃には気温も19℃とポカポカ陽気でした。その後は出雲縁結び空港からひとっつ飛びで羽田空港へ。
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こうして無事に3日間を終了。ともに行動していただいた添乗員塩浦さん、東出雲観光バスドライバー森田さん、ガイド福島さんにはお世話になりました。
宍道湖の向こうには大山はじめ中国山脈が見えたはずですが大山だけは残念ながらぼんやり。小人数の旅行はとても楽しくリラックスした旅行でした。鳥取、島根がまだまだ見る所が色々あるとわかりましたのでまた改めて訪れてみたいと思いました。皆様、またお会いしましょう。

帰宅後の追加情報:出雲では11月は「神在月」。出雲大社では今年は11/17夕刻〜11/24夕刻まで神々の集い、「人々をしあわせの御縁を結ぶ会議「神議(かみはかり)がなされたとのこと。初日は「神迎祭(かみむかえさい)」を稲仁の浜で行い、そのまま移動して神楽殿で神迎神事を行い、日程途中では神在祭をそして最終日の午後4時「神等去出祭(かみさでさい)」が東西の十九社におられた神々が拝殿に集まりその後「お立ち!」の声で出発されるとのこと。なんとも神々しいお話ではありませんか。地元の方をはじめ大勢の方々が参集してこれらの行事を目の前で見て感動するようです。
また出雲大社と同様に旧暦での神在祭が行われるのは出雲市では朝日神社・御崎神社・万九千神社(まんくせんじんじゃ)、八雲町では熊野大社だそうです。
これらの情報をざっと見ただけでもまた訪れたいと思いました。
posted by yunofumi at 19:34| ドタバタ日記

2018年12月01日

2018.11.25〜国宝・松江城とゑびすだいこく両参りの旅へ」2日目

2日目(11/26)
ホテル一畑(いちはた)⇒美保神社⇒境水道大橋(さかいすいどうおおはし)⇒寿城⇒倉吉町屋清水庵(くらよしまちやせいすいあん)・昼食⇒赤猪岩神社(あかいいわじんじゃ)⇒松江城⇒松江神社⇒ホテル一畑(いちはた)

今朝は9℃とちょっと涼しい。日中は薄曇りながら16℃とポカポカして行動しやすかったです。
ホテル出発は8:45。今日はひたすら右に左にとバスで移動して観光見物です。

美保神社。
こちらはゑびす様の総本宮とのこと。
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御祭神は三穂津姫命(みほつひめのみこと)と事代主神(ことしろぬしのかみ・ゑびす様)。
三穂津姫命は五穀豊穣・夫婦和合・安産・子孫繁栄・歌舞音曲(音楽)高天原の高皇産霊命の神様で大国主神の御后神。事代主神は海上安全・大漁満足・商売繁盛・学業・歌舞音曲(音楽)大国主神の第一の御子神。
前にあるのが拝殿。昭和3年造営で船庫を模した造りで壁がなく梁がむき出しで天井もないことから音響効果は素晴らしいとのことです。こちらの神様が鳴物がお好みなので音楽の奉納が多いそうです。
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後ろに屋根がくっきり見えるのが本殿。向かって右が三穂津姫命、左に事代主神が祀られているとのこと。この二つの間を装束の間でつないでいる造りは比翼大社造というようです。
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御菓子の寿城。
米子東IC傍にありました。寿製菓はお菓子のオリジナルブランド。寿城は米子城をモデルにしたお城。石垣の一部は米子城からの移築。「福うさぎ」や栃の実を使った「とち餅」が有名のようでした。
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倉吉町屋清水庵(くらよしまちやせいすいあん)。
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倉吉市にある町屋清水庵は、明治時代に建てられたすこぶる古風な町屋の建物。古き良きものを大切に思う倉吉の素朴でやさしい景色の中で創業から百余年、餅一途に商ってきた真面目な気質で作るお料理は、親しみのある味でした。こちらでは名物「餅しゃぶ膳」をいただきました。
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赤猪岩神社(あかいいわじんじゃ)。
鳥取県南部町にあり平成24年度に町全体が「生物多様性保全上重要な里地里山」と選定された所です。
古事記にある手間(てま)という地名は今も使われており、ここはオオナムが蘇り後にオオクニヌシとなった聖地として、再生・蘇生の地として敬われているようです。したがって病気・怪我の回復、事業の再建・受験生の再挑戦などの願いを胸に秘めて多くの方々がお詣りなさるようです。
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これは封印されている赤猪岩で神社の裏手にあり、大国主命が抱いて落命したと伝わっています。
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松江城は松江市街北西部、市役所の傍にありました。亀田山を最高点とする平山城(国指定史跡)で千鳥城ともいわれます。松江藩の居城で堀尾吉晴が1607年に築城し、天守は1611年完成したようです。こじんまりですが姿は美しく、入口に櫓(やぐら)をつけただけの単純な構成で実戦本位の独立天守。2重の櫓を二つ重ねた上に望楼をのせた古式の構造で5層、地下1階があり見かけと違い6階建て。天守までの階段は傾斜が急とはいえまずまずの登り安さで息切れせずに行けました。
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松江城正面。
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天守からの眺め。
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松江神社は松江城の前にありました。松江神社は、1877年(明治10年)に、旧松江藩の有志により、西川津村(現松江市西川津町)楽山に松平直政を御祭神とする楽山神社として創建されたとのことです。1628年(寛永5年)、堀尾忠晴が朝酌村(現・松江市西尾町)に創建した東照宮の御神霊を1898年(明治31年)、合祀し、翌年の1899年(明治32年)に、現在地の松江城山二之丸に遷座して、神社を松江神社と改めたのです。1931年(昭和6年)に、松江藩中興の明主として仰がれた七代藩主松平治郷と、松江開府の祖堀尾吉晴の遺徳を称えて御神霊を配祀し、今日に至っているとのことでした。
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松江神社の隣に興雲閣(こううんかく)がありました。
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こちらはもともと松江城内に1903年(明治36年)、明治天皇行幸時の御宿所として建設された擬洋風建築の迎賓館。擬洋風建築最後の例とされる壮麗な館の建設費用は、当時の金額で1万3489円。 ところが日露戦争勃発となり明治天皇の行幸は実現しなかったとのこと。でも1907年(明治40年)に当時の皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)が行啓し、こちらを宿泊施設として使用したとのことでした。

本日はあちこちと優雅に見物三昧。丁度よい天候で元気に1日歩き回り夕食はホテル一畑で優雅にフルコースをいただきました。和気あいあい、皆さんアルコールも美味しかったようですが私にとってはこのステーキ!ボリユームたっぷり!ごちそうさまでした。
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こうして本日は観光三昧!お蔭で元気に歩き回りました。
posted by yunofumi at 09:18| ドタバタ日記