2018年11月29日

2018.11.25〜「国宝・松江城とゑびすだいこく両参りの旅へ」1日目

気持ちの良い秋晴れのなか、初めて山陰への旅に出発。
ツーリズムの一人参加限定の旅ですが11:40に集合してみると参加者4名でびっくり。
女性3名は私が一番年下、皆同年代」。男性1名は60歳代中程、ということで和気あいあいの旅になりそう!!
羽田空港で時間があったので物産展でちゃっかりおやつをゲットして飛行機の搭乗。
DSCN1281no2.JPG

1日目(11/25)
羽田空港ANA12:30〜米子鬼太郎空港13:55⇒熊野大社⇒八重垣神社⇒由志園・夕食⇒ホテル一畑(いちはた)

素晴らしい青空の元、ゆったり。オット!約20分で富士山!素晴らしい!
DSCN1305no2.JPG
機内のTVで「ライスジュレ」と「べジシート」を知りました。帰宅したら探してみようと思いました。

最初の立ち寄りは熊野大社。
空港からバスはかなり走り、静かな山間にありました。
ここは、出雲大社と共に出雲国一宮として古くから信仰を集めている神社とのこと。神社前を穏やかに流れる意宇川には山の緑に映える朱色の八雲橋が架かっており、あふれる自然に包まれた境内は厳かな雰囲気を醸し出しています。
DSCN1373no2.JPG

DSCN1391no2.JPG
こちらの祭神は「伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなご)」、「加夫呂伎熊野大神(くまののおおかみ)」、「櫛御気野命(くしみけぬのみこと)」、すべて素盞鳴尊(すさのおのみこと)の別名で実際にはおひとりの神様とのことでした。

八重垣神社は縁結びの神様。
「八岐大蛇(やまたのおろち)」のお話。
高天原から出雲国の肥の川(斐伊川)の上流に降り立った素盞鳴尊が、嘆き悲しんでいる老夫婦(実は脚摩乳(あしなづち)と手摩乳(てなづち)という神様)に出会いました。今まで8人の娘すでに毎年やって来る大蛇に娘を次々に食べられ、今年はついに末娘、稲田姫命(いなたひめのみこと)の番にだと聞き素盞鳴尊は、稲田姫命をもらい受けることを条件に大蛇退治を退治したのです。
その後、稲田姫命の両親に承諾を得て結ばれた二人は、正式結婚をした初めての大神とされ、縁結び、夫婦和合、授児安産に御利益がある神社として多くの人がお参りにやってくるようになったのです。
DSCN1412no2.JPG
この神社には3本の夫婦椿があり、鳥居の向かい側にある夫婦椿が一番大きく立派な枝振りでした。
DSCN1411no2.JPG
根元は2本、地上で幹が1本にくっついているという、なんとも仲むつまじい椿なのです。
また拝殿の左にある門をくぐって奥に進むと、高い木々に囲まれ、木の根が網の目のように地面をはう「佐久佐女の森」がありそこに「鏡の池」がありました。
コチラでは、占い用和紙に硬貨を載せて池に浮かべる良縁占いができるとのことで私もやってみました。和紙に字が浮かぶ暇もなく、百円玉と共にさっと沈みました。日々幸せなことを確認しました。

由志園は出雲の風景を偲ばせる池泉回遊式庭園のある所で牡丹と温州人参楽しめるところでした。紅葉も食事も素晴らしかったです。
DSCN1510no2.JPG

DSCN1497no2.JPG

DSCN1532no2.JPG

ホテル一畑(いちはた)は宍道湖が目の前のホテル。地下1250mから湧き出ている温泉はあったかく安眠しました。
今日は素晴らしい青空の元、松江の気温は13℃と過ごしやすく、ゆったりのんびりと1日を過ごしました。
posted by yunofumi at 22:40| ドタバタ日記

2018年11月18日

2018.11.17 横浜散策 第14回金沢区

京浜急行金沢文庫駅⇒金沢文庫駅前交差点⇒称名寺・北条実朝廟⇒中世の隧道⇒金沢文庫⇒KABA’S KICHEN1050⇒金龍寺⇒平潟プロムナード⇒夕照橋・侍従川⇒野島公園・野島の庵体塚・展望台⇒旧伊藤博文邸⇒野島運河の野島橋⇒野島公園駅⇒明治憲法起草の碑⇒洲崎町交差点⇒明治憲法起草の地碑⇒瀬戸橋⇒千代家跡⇒琵琶島神社・福石⇒瀬戸神社⇒・蛇混柏⇒京浜急行金沢八景駅

素晴らしい晴天のもと9:30スタート。
本日の金沢区は横浜市の最南端にあり、歴史的にも古いものが多くあるようです。横浜市では唯一の自然海岸の野島海岸をたっぷり楽しめるとのことなので期待しての出発です。

称名寺(しょうみょうじ)。金沢北条氏一門の菩提寺。鎌倉幕府の要人北条実時が六浦金沢の屋敷内に建てた持仏堂が起源。阿字ヶ池、を中心にした中之島・反橋・平橋がある浄土庭園は秋の風情が素晴らしく大いに楽しめました。
DSCN0986no2.JPG
称名寺を含め市民の森となっていました。ずっと奥に上って進むと北条実朝廟がありました。
DSCN1002no2.JPG

金沢の四石のふたつ「美女石・姥石」がこの阿字ヶ池にあったとのことです。
もともと阿字ヶ池が作られた時ふたつあった石が見当たらず、今は一つだけ見られるようです。残っているこの石が「美女石・姥石」かは、はっきりしないようです。
DSCN0991no2.JPG
また称名寺には金沢八名木のひとつ「青葉楓」がありました。 
昔から紅葉しない楓だったようです。現在にはその後植樹されたもの。
DSCN0993no2.JPG
称名寺とひとつ山を挟んで金沢文庫があり、最初は手彫りの「中世の隧道」を通ったようです。
今は立派なトンネルがあり、陶板でしょうか、金沢八景が飾られていました。

神奈川県立金沢文庫はもともと北条実時が創設した蔵書を核としたいわば図書館だったようです。5回ほど火事などに会いこの近隣で場所を移し、称名寺とは山を挟んだ現在の場所になったようです。図書類は現在県立図書館に移されており、現在、金沢文庫では鎌倉時代の武家文化の文化財が中心にありました。ちょうど昨日から「顕われた神々〜中世の霊場と唱導〜」が開催中でいきなり入口にあったレプリカでしょうが「弥勒菩薩立像」やその周りに彩色を復元した曼荼羅と元のくすんだ曼荼羅は神々しかったです。
DSCN1037no2.JPG

昼食後電車で金沢八景駅に移動し大きな石柱で曲がると金龍寺でした。
DSCN1063no2.JPG
ここは金沢四石のひとつ飛石がありました。
三島明神が伊豆三島からこの石の上に飛び移りそれが瀬戸神社の起源ともいわれているようです。
DSCN1077no2.JPG

金沢八景は江戸時代に僧心禅史が能見堂からみた金沢の美しい景観を故郷の中国を思い八編の漢詩に読んだことが始まり。これに因み広重らが描いた絵が有名になったとのこと。
海岸線に出て平潟プロムナードを進みながら昔の広重などが描いた金沢八景の写真と解説を見せていただきながら金沢八景の今昔をうかがいました。ここでは金沢文庫で購入した絵葉書をお示しします。向かって上の行左から@AB中段左からCDE下段左からFGそして最後の一枚は昔の見晴らし台として知られた能美堂からの八景を見ている図です。
DSCN1266no2.JPG
@洲崎晴嵐(すざきせいらん)は塩田を背景に柳や竹が風に揺れて音をたてている様子。
このアングルは現在の琵琶島を望む様子です。
DSCN1091no2.JPG
A瀬戸秋月(せとのしゅうげつ)は満月に照らされた野島と料亭や瀬戸橋が見える様子。
同じアングルで、本日最後辺りに見た琵琶島から見た夕映えの風景。
DSCN1244no2.JPG
B小泉夜雨(こずみのやう)は手子神社付近から夜の雨の一本道を見た様子。
C乙艫帰帆(おつとものきはん)は小柴の岬から乙艫海岸に向かって帆を揚げて船が帰ってくる様子。
D称名晩鐘(しょうみょうばんしょう)は夕暮れの称名寺から聞こえる鐘の音と漁船の上で夕べの祈りをする様子。
これは称名寺の梵鐘。
DSCN0995no2.JPG
E平潟落雁(ひらかたのらくがん)は野島を背景に潮干狩りをする人たちと列になって飛び立った雁の群れ。
F野島夕照(のじまのせきしょう)は野島の漁師村に夕焼けが映えている様子。
平潟橋から見た野島山と夕照橋。
DSCN1102no2.JPG
G内川暮雪(うちかわのぼせつ)は雪の降る切通を過ぎ、内川が六浦の海に流れ込むところまでたどり着いた様子。

野島はほぼ全体が公園になっている感じでした。すぐに「野島の庵体塚(えんたいこう)」が目につきました。
「野島掩体壕」は国内に現存する掩体壕の中では最大規模のもので「太平洋戦争」の終戦直前、1945(昭和20)年の3月から6月にかけて海軍により建設されたとのこと。戦闘機を空襲から守るための防空壕(格納庫)で、他の掩体壕と合わせて小型機100機を格納するため「野島山」の東西を約260mにわたり掘り進められたとのことでした。現在は封鎖されていました。

野島の展望台からは八景島が良く見えました。
DSCN1139no2.JPG

旧伊藤博文金沢別邸。
DSCN1160no2.JPG
初代総理大臣伊藤博文の別邸。1898年(明治31年)建設、茅葺寄棟屋根の田舎風海浜別荘建築。明治初期は金沢の辺りは海浜別荘地として注目されたとのこと。2009年(平成21年)家屋内と庭園も含め現在の形に復元されたとのこと。庭園は牡丹が有名。また庭園からは広々した東京湾が広がっていました。

明治憲法起草の碑。
DSCN1198no2.JPG
1887年(明治20年)伊藤博文、井上毅、伊東巳代治、金子堅太郎らがこの辺りにあった料亭{東屋}で草案作りをしたのがこの辺り。その後盗難事故があり最後は伊藤博文別邸でこの作業は行われたようです。

琵琶島神社。
1180年(治承4年)源頼朝が瀬戸神社を創建した時、夫人の北条政子が日頃信仰する竹生島弁財天を勧請したのが始まり。島全体が琵琶の形をしているようです。
ここは金沢四石のひとつ福石がありました。
DSCN1231no2.JPG
この石の前で物を拾うと福を授かるとの伝えがあるようです。

瀬戸神社。
約800年前の鎌倉時代、源頼朝が伊豆三島明神を勧請したのが始まり。
源実朝が使用し、母北条政子が奉納したといわれる「舞楽面二面」がある。
DSCN1250no2.JPG
境内には蛇混柏(じゃびゃくしん、柏槙)が横たわっていました。これは1680年(延宝8年)大風で立枯れた幹をそのまま置いてあるとのことでした。
DSCN1255no2.JPG

この散策は全18回のシリーズです。実は2017年4月に始まり今日が最終回。現在参加希望が多く最大25名で月5回の実施で行われています。本日は24名参加でしたが最初から皆勤の方がいなくて完歩達成者はいなかったです。私も御多分に漏れずあと4回分が残っていますので地道にチャンスがあれば参加して完歩を目指します。
ということで浅井先生、TD吉田さん、来月からの2巡目もよろしくお願いします。
本日のまとめとしてはAm9:30〜PM4:30までに歩程約10km、約2万歩を完歩。元気で終了することができて何よりでした。また頑張ります。
posted by yunofumi at 21:38| あちこちウォーク

2018年11月06日

2018.11.2〜4  第41回スリーデーマーチ

今年もこの一大イベントがはじまりました。
私は7年目の参加です。

1日目(11/2金)和紙の里・武蔵嵐山コース。晴天、日中は20℃、でも陽射しの下を歩きすっかり汗ばみました。
今年は8月から3カ月長距離ウォーキングは控えていたので今日は試運転で5km13000歩を完歩。
こんなに小さな子たちも参加です。
DSCN0773no2.JPG773
ゴールの記念写真を初日にとってしまいました。
DSCN0801no2.JPG

2日目(11/3土祝)吉見百穴・森林公園コース。晴、この日も20℃、乾燥しており気持ちよく歩けました。
本日の5kmは実質6kmとのことで今日もこのコースを24000で完歩。
途中でウエディングパレスでのご接待がありました。
DSCN0830no2.JPG
吉見百穴は都会人には珍しかったようです。
DSCN0853no2.JPG

3日目(11/4日)都幾川・千年谷公園コース。曇、時々陽射しあり、今にも泣きだしそうな空模様にもなりましたがどうやら大丈夫でした。
最終日なので仕上げにと思い、10kmコースに挑戦。歩程12km超だったそうで、27000歩を完歩。
松山高校の応援団が応援してくださいました。
DSCN0928no2.JPG
今日は特に参加者が多かったです。
DSCN0944no2.JPG
ゴール後、自分にご褒美で、「富久屋花ス五六(ふくやはなすごろく)」で豆くず餅と珈琲をいただきました。
DSCN0950o2.JPG
参加者は3日間で延8万人越え。印象としては小さな保育園児と高齢者の元気が目立ちました。今年はいつもに比べ外人さんが少なかった印象でした。私も外国の方とは一度もお話しできなかったので残念でした。
まずは今年も元気に参加できたことに感謝!やはり何事にも健康が一番です。
今後も、明るく、楽しく、元気に!!がんばりまーす。
posted by yunofumi at 18:11| あちこちウォーク