2017年04月30日

2017.4.30 高尾山8回目

京王線高尾山口駅⇒清滝駅〜ケーブルカー〜高尾山駅⇒1号路⇒薬王院⇒富士道(裏道)⇒3号路分岐⇒4差路(6号路ほか分岐)⇒5号路⇒高尾山山頂⇒東京都高尾ビジターセンター⇒もみじ台細田屋⇒分岐⇒もみじ台南巻き道⇒5号路⇒稲荷山コース分岐⇒5号路⇒1号路⇒薬王院⇒山上駅〜エコーリフト〜山麓駅⇒高尾599ミュージアム⇒京王線高尾山口駅

朝8:00京王線高尾山口駅Sさんと待ち合わせ。晴天、緑を見ながらケーブルカーで上に上がりウォーキング開始。
富士山もばっちり見え、嬉しい!!
DSCF1203no2.JPG

緑も濃くなり、花が多く咲き、とてもゆったりしたひとときを過ごしました。
DSCF1244no2.JPG
↑花筏 ↓桜
DSCF1230no2.JPG

DSCF1276no2.JPG
↑シュンラン ↓ムラサキケマン
DSCF1153no2.JPG

DSCF1161.JPG
↑キイチゴ ↓ジュウニヒトエ
DSCF1166no2.JPG

もうひとつは細田屋の傍から見えた富士山がこれまた素晴らしかった。
DSCF1228no2.JPG

今日は山頂の周辺のコースをつまみ食いのように行きつ、戻りつ。天候晴、24℃、1万歩超えで高尾山の色々を実感した8回目登山でした。
という次第でお土産を持って帰宅。
DSCF1294no2.JPG
はじめての高尾山登山開始時は年内10回なんて“夢”でしたが、どうやら実現するかも、、、。楽しみです。
posted by yunofumi at 22:15| あちこちウォーク

2017年04月29日

2017.4.28 第8回世界盆栽大会inさいたま

「第8回世界盆栽大会inさいたま」が28年ぶりに日本で4月27日〜4月30日に開催とのこと。
メイン会場は「さいたまスーパーアリーナ、大宮ソニックシティ、パレスホテル大宮」、サブ会場は「武蔵一宮氷川神社、さいたま市大宮盆栽美術館、大宮盆栽村」。
DSCF1123no2.JPG

メディアにこのニュースが流れたので、「大宮盆栽村」は仕事場のすぐ近くということでお昼休みに見物に出かけました。最寄りの宇都宮線のJR土呂駅から徒歩約10分なのでちょうどよい食後のお散歩となりました。
土呂駅からいつになく人通りが多く、大宮盆栽美術館に着くと日本人の中高年者と外国人でごった返していました。
土呂駅改札前には鋼の廃材で作ったスクラップ盆栽がありました。
DSCF1126no2.JPG

また土呂駅東口には盆栽をアピールして大きなモニュメントができていました。
DSCF1124no2.JPG

盆栽美術館内はほとんど撮影禁止でしたが目玉の「日暮」の写真がお出迎え。
DSCF1106no2.JPG

「日暮」は解説では大小ふたつの幹の間に抱え込まれるようにある空間が魅力だとか。この盆栽は五葉松で幅が107pだそうですから大きかったです。
「日暮」を含め盆栽の実物をじっくり館内と庭園で見ました。
DSCF1110no2.JPG
また館内2階には市内の小学生が丹精して育てている盆栽が沢山あり、これも楽しく拝見しました。
私は以前にこの大宮盆栽美術館や安行の植木屋さんの庭園などウォーキングで伺ったことがありますが、このような世界大会があるのには驚きました。世界に日本の盆栽が紹介されるのには何か誇らしい気がしました。
posted by yunofumi at 18:21| ドタバタ日記

2017年04月23日

2017.4.22 横浜散策第1回 西区

本日より横浜散策開始!

JR横浜駅西口天理ビル⇒横浜道起点⇒浅間町1丁目・新田間川(あらたまかわ)緑地⇒新田間川・新田間橋⇒南幸2丁目⇒岡野交差点・千代田栗最中本舗⇒元平沼橋・横浜道⇒平沼1丁目⇒平沼商店街・角平⇒水天宮平沼神社⇒八洲学園大学⇒高島町交差点⇒二代目横浜駅遺構⇒相模物産横浜ビル⇒亀田病院⇒岩亀本店(昼食)⇒岩亀稲荷⇒掃部山公園・井伊直弼銅像⇒紅葉ヶ丘公園・紅葉坂・神奈川奉行所跡⇒横浜市教育会館⇒戸部町1丁目⇒宮崎町⇒横浜市民ギャラリー⇒伊勢山皇大神宮⇒野毛町4丁目⇒野毛坂交差点⇒老松町・野毛山公園・ラジオ塔・佐久間象山顕彰碑・横浜水道事業記念碑・野毛山公園展望台・野毛山配水池⇒横浜市野毛山壮⇒野毛坂交差点⇒水道管展示⇒都橋交差点⇒吉田町⇒吉田橋交番⇒吉田橋⇒JR関内駅

横浜市は、神奈川県の県庁所在地で政令指定都市。18区に分かれており東京23区についで大きい。昔は武蔵国と相模国などといわれた所。ということで月1回、1区を巡り歩く散策なのです。

よこはま道。
1858年(安政5年)日米通商条約調印で開国した江戸幕府がこの横浜の地を開港したのです。そこで東海道筋芝生村(しぼうむら)・現在の浅間町〜関内(かんない)までの道が作られたのです。道幅3間弱(約6m弱)で途中には新田間(あらたま)・平沼・石崎の三橋を架け、戸部坂・野毛の切通をつくり、野毛橋(現在の都橋)・大田橋(現在の吉田橋)を架け関内まで通じたのです。当時は新開地横浜への主要道路として賑わったようです。この案内板の地図から横浜道・旧東海道・保土ヶ谷道が道筋を示しているのですが、少し「人」という漢字に似ていると思いました。
DSCF0610no2.JPG

そしてこの横浜道起点の路上にはタイルが埋め込まれていました。
案内図にあった色に合わせ、道筋は金色?で周りの背景部分が横浜道は青色・旧東海道は赤茶色・保土ヶ谷道は緑色で示されていました。
DSCF0619no2.JPG
本日はこの青いタイルの道しるべに沿ってウォーキングです。実際、西区内では足元にこのタイルがあちこちと埋め込まれており、道に迷わず最後まで歩けました。

浅間町1丁目・新田間川(あらたまかわ)緑地は昔の面影のある道でした。
DSCF0630no2.JPG

元平沼橋の横浜道にある案内板には昔の風景を示す解説があり、今は失われた風景が描かれていました。
DSCF0674no2.JPG

平沼商店街・つけ天の角平(かどへい)は戦前にはカツ屋だったのが1950年(昭和25年)より蕎麦屋『角平』として創業している様子。 【海老も蕎麦も活かす】 ということで、全国の天ざるや天せいろの祖となる【つけ天】を作り出したお店でいにしえの時代には大物政治家が訪れたようです。
DSCF0698no2.JPG

水天宮平沼神社は、高島町にあり、平沼町、西平沼町、緑町(現在は一部みなとみらい)の氏神様。天保10年、平沼新田を開拓された平沼九兵衛翁が新田の守護神としてお祀りして創建。
平沼新田は塩田だった所。塩田作業中の流れ着いた祠を九兵衛翁が守護神としたのがはじまり。祠の内には、九州久留米の水天宮様の御神札が祀られていたので、水天宮と称し、安産・水の神様として長く崇敬されているようです。
DSCF0689no2.JPG

二代目横浜駅遺構は東海道本線二代目横浜駅の遺構。
初代は1872年(明治5年)に開業した現在の桜木町駅。東海道本線の列車が行き止まりの初代横浜駅でスイッチバックせずに停車できるようにこの場所(高島町)に二代目横浜駅として移転したようです。東京駅のような煉瓦造りの堂々とした駅舎建築で、1915年(大正4年)に建設されたのですが1923年(大正12年)の関東大震災後の火災により壊されたのです。また、駅舎遺構の下層に1907年(明治40年)頃建設された「横浜共同電燈会社裏高島発電所」の遺構(取水口と導水管)も重なっているとのこと。国道1号高島町交差点脇に煉瓦造りの建物基礎遺構が発見され、駅跡に建設されたマンション(ロワール横濱レムナンツ)の敷地内に保存公開されていました。
DSCF0727no2.JPG

岩亀稲荷。
DSCF0759no2.JPG
幕末安政のころ、現在の中区横浜公園のあたりにあった「岩亀楼」という遊廓(ゆうかく)の遊女が、静養のため利用した寮がここにあり、岩亀横丁と呼ばれのです。この横丁のなかほどにあるこのお稲荷さんを静養に訪れた遊女がお参りしたとのこと。小さなお稲荷さんをご近所で今も大切に守っておられるようすでした。

掃部山公園(かもんやまこうえん)は横浜みなとみらい21を見下ろす高台にあり、園内には横浜開港に関わった井伊直弼の銅像が立っていました。
DSCF0807no2.JPG
この場所は1884年(明治17年)に旧彦根藩士が買い取って井伊家の所有となり、1909年(明治42年)、横浜開港50年記念に井伊直弼の銅像が、「正四位上左近衛権中将」の正装で建立されたのです。そして1914年(大正3年)、井伊家より横浜市へ寄付され、掃部山公園として整備されたようでした。井伊直弼銅像は第二次世界大戦中には政府の金属回収指示によって銅像は取り払われたのですが、1954年(昭和29年)開国100周年を記念して横浜市が再建したとのことです。像の高さは3m60cmで、「正四位上左近衛権中将」の正装。原型作者は工学士の藤田文蔵、鋳造者は岡崎雪聲[2]。台石は工学博士の妻木頼黄の設計で高さ6m60cm。また園内には約200本の桜が植えられ、1996年(平成8年)には公園の一角に横浜能楽堂が建設されたのです。また公園内には日本庭園 音楽堂もある様子でした。

急な坂は紅葉坂といい、これを上に行くと神奈川文化センターの前にかっての行政の中心地であった神奈川奉行所があったことを示す石碑がありました。入江をへだてて横浜村を見渡すことのできる丘の上に奉行所を設けたのは要塞に、とも考えたようです。
DSCF0840no2.JPG

神奈川奉行所跡の少し下ったところに『金星太陽面経過観測記念碑』がありました。大きな石碑で「明治7年(1874年)12月9日メキシコ観測隊(隊長フランシスコ ディアス コバルービアス)ならびに日本水路寮の海軍中尉吉田重親らは下記地点において金星の太陽面経過の観測に成功した。ここに100年の記念日を迎え、神奈川県及び横浜市の協力を得てこの碑を建て後世に伝える。第1観測地点(野毛山)東経139°37’48”北緯35°26’45”。第2観測地点(山手)東経139°39’02”北緯35°26’07”。昭和49年(1974年)12月9日 金星太陽面経過観測記念碑設立期成会」と刻まれているよとのことでした。
DSCF0828no2.JPG

伊勢山皇大神宮は 天照大御神を祭神とし、横浜の総鎮守で「関東のお伊勢さま」とよばれているようです。
1870年(明治3年)、一寒村であった横浜が開港場となり、貿易の街として急速に発展したのです。神奈川県はキリスト教を始めとする外来文化に接する横浜の精神的支柱とするために神社信仰の確立が必要と考え、 その為、元々戸部村海岸伊勢の森の山上にあった神明社をその年の4月に現在地の野毛山に遷座し、11月には当時の神奈川県知事井関盛艮が太政官と神祇官に建白書を提出したのです。 建白書は当社を伊勢神宮の遥拝所とし、神奈川県の宗社たる規模に整備することを願い出、許可されたのです。これにならいその後、開港場である長崎・神戸にも同様の神宮遥拝所が作られることとなったようです。
DSCF0877no2.JPG

老松町の野毛山公園は、面積は約9.1ha、敷地内には野毛山動物園があり、また約380本ある桜の名所としても有名とのことです。園内展望台からはみなとみらい地区が一望できました。
DSCF0946no2.JPG

1887年、ヘンリー・スペンサー・パーマーによって野毛山に横浜水道の配水池が設置され、日本初の近代水道が始まりました。これは横浜水道事業記念碑です。
DSCF0930no2.JPG

ラジオ塔はラジオの聴取契約者が100万人を越えた記念に、NHKが1932年(昭和7年)に全国の著名な公園や広場に建てる計画を進め、1932年(昭和7年)から1933年(昭和8年)までに41カ所が完成したうちのひとつです。
DSCF0907no2.JPG

佐久間象山顕彰碑がありました。佐久間象山(さくま しょうざん)は、江戸時代後期の松代藩士、兵学者・朱子学者・思想家。位階は贈正四位。象山神社の祭神。象山神社の隣が生家で、長野県の史跡に指定されているとのこと。佐久間象山の石碑などはふるさとの松代をはじめあちらこちらにあるようです。勝海舟の妹が妻とのことですから横浜の地でも多くの弟子がいたと思われます。

野毛山公園を降りて街中に出ると昔の水道管が展示してありました。
DSCF0964no2.JPG

吉田橋(よしだはし)は、馬車道と伊勢佐木町の間の首都高速道路の掘割に架かる道路橋。1869年に架けられた2代目の橋は、日本初の無橋脚鉄製トラス橋で、日本で2番目の鉄製の橋梁として知られています。現在の橋は1978年に完成した5代目ですが当時の姿をとどめたつくりです。
DSCF1009no2.JPG

JR関内駅のある関内(かんない)は、横浜港に近い海側の地域を示し、横浜市役所(横浜市庁舎)や、横浜市中区の区役所、野球の横浜スタジアムなどが位置する地域。また、馬車道商店街(馬車道を参照)や、神奈川県庁舎近くの日本大通などがあります。一方で、旧・横浜松坂屋があった伊勢佐木町側の地域を「関外」というといい、大通り公園は関外地区とのことでした。
「関内」という名称は、江戸時代末期から使われていたとのことで、幕末時代の開国・開港後には関所が設けられ、その関所の内と外という意味で、「関内」と「関外」と呼ばれたそうです。

本日は昼食時間を含め、10:00〜15:30のうち正味4.5時間を歩き回りました。22℃ 曇りで歩程約6km、17000歩はベストコンデションともいえました。講師は東海道でご一緒だった浅井先生とCDの関さん。久しぶりの再会でしたが21名の参加者共々、気持ちよく、愉快なウォーキングができました。感謝!
posted by yunofumi at 23:10| あちこちウォーク

2017年04月22日

2017.4.18 銀座線ウォーク第1回

渋谷駅〜赤坂見附駅

銀座線は浅草から渋谷まで19駅、15km、乗車時間は32分。
このシリーズではこのコースを4回として地上部分をウォーキングします。
ということで本日は駅としては渋谷・表参道・外苑前・青山1丁目・赤坂見附の辺りをウォーキングなのです。

JR渋谷駅⇒ヒカリエ⇒宮益坂⇒御嶽神社⇒こどもの城⇒国連大学⇒青山学院⇒高野長英隠棲地⇒AOYAMA RISE SQUARE⇒大松稲荷神社⇒PRADAビル⇒青南小学校・中村草田男句碑⇒微熱山丘Sunny Hills⇒AW kitchen 青山店⇒Blue Bottle⇒表参道駅⇒山陽堂書店⇒斎藤茂吉歌碑⇒善光寺⇒徳富蘆花旧宅⇒熊野神社⇒高徳寺⇒梅窓院・青山氏墓所⇒青山墓地・大久保利通墓・乃木大将墓所⇒外苑前・外苑入口⇒カナダ大使館⇒高橋是清翁記念公園・高橋是清邸跡⇒薬研坂⇒豊川稲荷・大岡忠相墓所⇒山脇学園・武家屋敷門⇒丹後坂⇒赤坂不動⇒一ッ木通り⇒浄土寺・六地蔵⇒赤坂見附跡⇒赤坂見附駅

銀座線の車両は「オレンジ」(橙)、路線記号はG。1927年(昭和2年)に浅草 - 上野間で営業を開始した日本で最初の地下鉄とのこと。当時のポスターでは「東洋唯一の地下鉄道」という言葉が使われたそうで、アジア・オセアニア地域では初めての地下鉄路線とのことでした。また、一番に乗車したのは原鉄道模型博物館の館長、原信太郎だそうで、同館には当時の新聞記事等が展示されているようですから一度見に行くようです。
本日は朝日旅行の日帰りツアーで案内人は東京シティガイド。参加者30名超えのため約10名1グループになって出発。私がいたBグループ案内人は七尾さん。
まずはヒカリエ11階に上り東京メトロ銀座線駅のスタート地点を確認。
DSCF0207no2.JPG
まったく渋谷は工事で大騒ぎ真っ最中です。

宮益御嶽神社の狛犬は全国的にも大変珍しい日本狼石像でした。鎮座は不明といわれていますが、作成は江戸時代1673〜1681年(延宝年間だとのこと。社殿前の日本狼像狛犬は、ブロンズ製で、原形をモデルにして製作した多田端穂作でした。毎年11月には酉の市で賑わうようです。
DSCF0229no2.JPG

青山学院大学は渋谷4丁目に約12万uの敷地に今では幼稚園から大学院までそろっているとのこと。
最初は明治7年、メソジスト監督教会の宣教師によって創立された女子小学校だそうです。
アカデミックな雰囲気の中、先日亡くなられたペギー葉山さんの学生時代の歌碑がありました。
DSCF0257no2.JPG
第93回東京箱根間往復大学駅伝で往路・復路の総合優勝3連覇して大学の人気はうなぎのぼりのようです。

PRADAビル。
表参道やみゆき通りにはブランドショップが沢山あり、どれも著名建築家のセンスをふんだんに使った設計だそうです。このビルはデザインアーキテクトはヘルツォーク&ド・ムーロン。2003年に完成したようですがとても斬新でした。
DSCF0297no2.JPG

青南小学校にある中村草田男句碑
中村草田男(なかむらくさたお)(1901−1983)。俳人。外交官の父の赴任先の中国・福建省で生まれ、3歳のときに帰国し昭和4年(1929)高浜虚子の門弟となり句作に励み、同人誌『ホトトギス』に作品を発表しています。代表句「降る雪や明治は遠くなりにけり」は昭和6年(1931)大学生だった草田男が母校・青南小学校を訪問した際に詠んだものとのこと。昭和52年(1977)青南小創立70周年記念に、この句碑が正門内の校舎前庭に建立されたのです。
DSCF0305no2.JPG

微熱山丘Sunny Hills。
表参道駅から路地に入ったところにあるヒノキの角材で作られたお店。設計は隈研吾さん。
台湾の有名なパイナップルケーキが一番のスィーツ。好きな方は台湾の本店まで求めに行くそうです。
DSCF0323no2.JPG

AW kitchen 青山店。
契約農家直送の新鮮野菜などを使ったお料理を出すお店でした。旬の野菜がふんだんに使われたサラダやパスタがとても美味しかったです。
DSCF0347no2.JPG

山陽堂初代萬納孫次郎は、明治24年(1891年に書店を始め、昭和20年東京大空襲で焼け出されたが敷地に井戸があり多くの人々を助けたようです。
山陽堂書店の壁面には谷内六郎さんの壁画がありました。壁画は昔、新潮社社長が建築途中の山陽堂の前を通り通勤していた時、 週刊新潮表紙を飾っていた六郎氏の絵を壁画にと思いつき昭和38年(1963年)に完成した黄色い背景の赤い風船の絵が壁画第一号、昭和50年(1975年)に現在の「傘の穴は一番星」に変わったとのことです。
DSCF0375no2.JPG

神宮前の北青山熊野神社は神宮前・北青山の総鎮守だとのこと。
熊野神社は元々紀州徳川家・徳川頼宣の邸内(現在の赤坂御所の位置)にあったのを1644年(正保元年)に地元町民の請によって現在地に移遷されたことが始まりで、神社自体の創建は、徳川頼宣が自邸内に御宮を勧請した1619年(元和5年)に遡るとのことでした。
DSCF0431no2.JPG

豊川稲荷は元赤坂にあり、豊川稲荷 妙厳寺(愛知県豊川市)の、唯一の直轄別院(飛び地境内)だそうです。
元々は大岡越前守忠相が愛知の豊川稲荷から吒枳尼天(だきにてん)を勧請し、屋敷稲荷として自邸で祀ったのが最初のようです。
境内には大岡越前守忠相の墓所もありました。
DSCF0533no2.JPG

山脇学園の武家屋敷門。
山脇学園は1903年(明治36年)に山脇玄、山脇房子夫妻により牛込白銀町に女子實(じっ)脩(しゅう)学校として設立され、3年後には赤坂檜町に新校舎を建設し、移転とともに高等女子實脩学校となったのです。
武家屋敷門は千葉県九十九里町の山脇学園・松籟荘内にあった「重要文化財 武家屋敷門」を、本校舎建て替え工事にあわせて、赤坂の本校敷地内に移築したようです。 この武家屋敷門は、もと老中本多美濃守忠民(三河国岡崎藩五万石)の屋敷門で、1862年(文久2年)の大火で焼失したが、直ちに再建され、今日に至ったものだそうです。現在の千代田区丸の内・東京中央郵便局の位置にあった代々老中職の役屋敷の表門なのです。大名屋敷として我が国に現存しているのは、この門を含め僅か三門に過ぎないようで貴重な文化財だそうです。
DSCF0545no2.JPG

近頃、少しは都内散策に慣れてきたので見聞きしたことがある梅窓院などの記事は載せませんでした。
しかしコースの作り方や講師、旅行社の違いで目新しいことも多かったです。今日は春なのに27℃と暑さが厳しく、歩程約7km、約17000歩には満足。まずは晴天を喜びつつのウォーキングでした。
posted by yunofumi at 22:59| あちこちウォーク

2017年04月21日

2017.4.16 七沢森林公園でノルディックウォーキング

今朝は気温10℃以上と温かい中、目的の公園が遠いので車で向かいました。三芳PAより圏央道・東名・厚木小田原道路を乗り継ぎ西厚木まで休憩しながら90kmを走行。久しぶりの長距離ドライブで約2時間は気持ちよく爽快な気分。
参加者約30名、インストラクター6名でキャラバン主催のノルディックウォーキングスタートです。

神奈川県立七沢森林公園中央駐車場⇒七沢川⇒門口・七沢城址⇒七沢大橋⇒七沢自然「ふれあいセンター⇒鐘ヶ獄・七沢浅間神社⇒広沢寺⇒二橋⇒七沢温泉元湯玉川館→七沢森林公園中央駐車場

神奈川県立七沢森林公園は2007年森林セラピー基地に認定された厚木市・東丹沢七沢温泉郷にあります。丹沢大山国定公園の東山麗にあり、里山環境が素晴らしく広大で、入口の森のかけはしを含め眺めが素晴らしい。
DSCF0054no2.JPG

ノルディックウォーキング前には入念なストレッチです。山々を眺めながらは爽快!
DSCF0075no2.JPG

途中では桜をはじめ花々や緑を大いに楽しみました。
DSCF0158no2.JPG

DSCF0077no2.JPG

DSCF0140no2.JPG

DSCF0100no2.JPG

DSCF0122no2.JPG
日中は晴天、微風、27℃で林道を含め約7kmをノルディックウォーキングしました。自然の中の森林浴は素晴らしい気分になれました。
帰りは友人のUさんが同乗してくださったので川越の「いも膳」でプチ贅沢をして解散!
本日はお誘いを受けて少し遠出でしたが楽しいノルディックウォーキングができました。ノルディックウォーキング人口増加を実感した1日でした。
posted by yunofumi at 06:59| あちこちウォーク

2017年04月15日

2017.4.15 多摩森林科学園へ

JR高尾駅⇒敷島橋⇒甘里町交差点⇒多摩森林科学園⇒JR高尾駅

3月末に新聞で紹介されていた桜のスポット、八王子市にある多摩森林科学園を今日は訪れました。

高尾駅到着でまず高尾山の天狗伝説にちなんだ大きな天狗像が3・4番ホームの外れにあるとのことで見に行きました。
このホームにはまた、国産レールとしては最古と説明してあるレールがありました。
DSCF9844o2.JPG

森林総合研究所多摩森林科学園は今、公開されている15haの所に7400本の樹木が植えられているとのこと。森林の研究機関で桜の遺伝子、森の保護や管理、動物・昆虫の研究や観察会も行われているようです。
園内は既に花が終わった種類も多かったですがまだまだ多くの桜を楽しめました。
DSCF9878no2.JPG
↑「はるか」 ↓「安行の大提灯」
DSCF9912no2.JPG

DSCF9920no2.JPG
↑「白妙」 ↓「八重紅枝垂」
DSCF9929no2.JPG

DSCF9956no2.JPG
↑「御車返し」 ↓「川崎の旗桜」
DSCF0009no2.JPG

DSCF9886no2.JPG
↑「ヤマルリソウ」 ↓「レンギョウ」
DSCF9897no2.JPG
↓「タチツボスミレ」
DSCF9901no2.JPG

関山ベンチからの風景をはじめ、色とりどりの桜が咲く山々を見られてとても満足でした。
DSCF9973no2.JPG

DSCF9993no2.JPG

DSCF0028no2.JPG

本日はお天気に恵まれ23℃もあった感じ。ここは八王子の外れですから少しは桜も遅く咲いているかもしれませんが、本当に見事だったのです。
多摩森林科学園は広く、里山が連なっているようで整備されたコースが歩道としてありましたが、アップダウンはそれなりでした。やはり靴などはそれなりに考えないといけません。
いただいたパンフレットによると桜は2月から4月末まで順次咲くようです。また園内ガイドツアーや森林講座もあるとのことでした。今後は季節ごとに訪れるのも良いかもしれません。
私は本日、一言堂の高尾天狗パンが売れ切れで買えなかったこと、多摩御陵や都立陵南公園へ行けなかったのでまたの機会を作ります。そう、ちょっと心残りなのです。
posted by yunofumi at 21:15| あちこちウォーク

2017年04月08日

2017.4.8 目黒川の桜


JR大崎新東口⇒森永橋⇒小関橋⇒すずかけ歩道橋⇒山本橋⇒さくらテラス五反田⇒五反田ふれあい水辺広場⇒西五反田3丁目⇒亀甲橋⇒目黒新橋⇒太鼓橋⇒権之助坂⇒目黒FLAT⇒JR目黒駅

今日は小雨でしたが思いついて目黒川の桜見物にお出かけ。
大崎在住のSさんとご一緒に花見ウォークです。地元の方もびっくりされている程おおぜいのお花見客が出ていました。昨日だったかTVでの紹介も影響か、とひとしきり感心!
目黒川の桜並木は約4km。あいにくの小雨でしたが、それは見事に満開!!来てよかったです。川面の花筏もとても綺麗で、堪能しました。
DSCF9800no2.JPG

DSCF9804no2.JPG

DSCF9812no2.JPG

DSCF9815no2.JPG

この週末はあいにくのお天気が続きますがどちらを向いても桜が満開!
楽しい!桜のおかげでウキウキ気分です。感謝!
posted by yunofumi at 23:59| ドタバタ日記

2017年04月06日

2017.4.3 ふじみ野市内散歩

ふじみ野市はちょっと下町の雰囲気がある町。人口11万人、世帯数約5万世帯。池袋から30km弱の距離ですから、色々便利な街なのです。鉄道は東武東上線のふじみ野駅と上福岡駅があります。駅傍の我が家は市役所、郵便局、銀行、小中学校など、すべて徒歩で済ませられることが一番の利点です。
本日は月曜日なのに所用にかこつけて束の間の自主的な休日とし、約4時間、市内を歩き回り、花めぐりもしました。
福岡中央公園の桜は満開!子供たちも春休みなので大いに花見で賑わっていました。
DSCF9703no2.JPG

地蔵院の樹齢350年の枝垂れ桜は咲き切った所でしたがとても見事でした。
DSCF9687no2.JPG

全長3.6kmの江川緑道はとても良いお散歩コース。行き会う方々と声を交わしながら、あちらこちらで可愛いお花をたくさん見られてとても幸せでした。
DSCF9619no2.JPG

DSCF9652no2.JPG

DSCF9663no2.JPG

DSCF9696no2.JPG

DSCF9661no2.JPG

春は一年で一番元気の出る季節!今年もまた頑張ろうと改めて思いました。
posted by yunofumi at 00:41| ドタバタ日記

2017年04月05日

2017.4.2 OUT DOOR FITNESSノルディックウォーキング

亀戸中央公園⇒都立大島小松川公園

この公園は、東部7公園のひとつ。日立製作所の亀戸工場のあったところを整備し、昭和55年開園。A・B・Cの3地区に分かれているとのこと。とても広大でA地区は、中央広場に時計塔やアスレチック風の木製遊具が設置され、子供たちの遊び場。B地区は、人工池、流れがあり周囲は芝生の憩いの広場。C地区は、運動広場として整備され、多目的球技広場、テニスコートなどがあるようです。
園内の植物にはサザンカ、サトザクラ、ソメイヨシノ、アンズ、メタセコイアなどが見られますが特にここは「サザンカの名所」として親しまれているとのことでした。
本日はA地区の時計塔に10:00集合。桜がほぼ満開の樹木も多く、青空の元、10名の参加者は大島小松川公園までノルディックウォーキングを楽しみました。昨日とは大違いで気温14℃ポカポカ陽気、風ほとんどなく、約1万歩を完歩。
DSCF9590no2.JPG

DSCF9596no2.JPG

DSCF9601no1.JPG

DSCF9595no2.JPG
今日は東京の、それも大きな公園の桜を見ながらのお花見ウォーキングはとても印象的でした。感謝!!
posted by yunofumi at 23:50| あちこちウォーク

2017.4.1 第15回東京の新発見 「足立区」後半 

4/1昼食後の歩程
東京都中央卸売市場足立市場・海鮮食堂(昼食)⇒千住大橋駅⇒稲荷神社⇒八幡神社⇒千住神社⇒大黒湯⇒千住宿プチテラス高札場跡⇒横山家住宅・絵馬屋⇒名倉医院⇒足立区学びピア21⇒新千住大橋⇒梅田通り⇒足立梅田郵便局⇒梅田7丁目交番⇒梅島小学校⇒東武スカイツリーライン梅島駅⇒梅島天満宮⇒ベルモント公園⇒西新井駅前交番⇒グリーンロード⇒西新井税務署⇒西新井太師⇒西新井太師駅

千住神社は千住(千寿)に集落が形成され始めた926年(延長4年)、土地鎮護と五穀豊穣を祈り、伏見稲荷より分霊を勧請し千崎稲荷神社が創建されたそうです。1051年(永承6年)、源義家は奥州征伐の際、荒川(現千住大橋付近)を渡り、二ツ森(現 千住神社)に陣営し、戦勝祈願をしたと古記録にあるとのこと。1279年(弘安2年)、武蔵国一ノ宮氷川神社より分霊を勧請し氷川神社を創立。鎌倉時代より江戸時代にかけて、ここを二ツ森といい、旧考録には代々の将軍が二ツ森で鷹狩りを行ったとのこと。寛永年間には、千住が日光街道の第一宿となり、その西方にあるので西の森とも言われた所。明治の時代を経て1915年(大正4年)千住神社と改められたのですが1945年(昭和20年)の空襲で社殿が焼失したとのことですが、1958年(昭和33年)、社殿が再建され現在の姿のようです。
DSCF9459no2.JPG

大黒湯は千住寿町にあり、立派な建物から『ザ・キング・オブ銭湯』と呼ばれているとのことです。この建物は1929年(昭和4年)の建築。脱衣場の天井には、約百枚の日本画があり露天風呂もあるそうです。また大きな浴室には定番の富士山のぺンキ絵も見られるそうです。
関東で多く見られる宮型造り銭湯の様式は関東大震災後に多くつくられたそうです。
大黒湯の建物は三角形の千鳥破風とゆるくカーブした唐破風を重ねた正面の構えはとても立派でした。
DSCF9476no2.JPG

宿場通りを進むと商店のシャターには昔の風景を示す絵が描かれなかなか楽しい。
DSCF9493no2.JPG

横山家住宅は江戸時代後期の建物(昭和11年改修)で宿場町の名残をとどめる商家。敗退する彰義隊が柱に斬りつけた跡や、戦時中に焼夷弾に貫かれた屋根などが残っているそうです。
横山家のお向かいの絵馬屋は代々絵馬を作り続けている吉田屋。縁取りした経木に色とりどりの泥絵具で描く千住絵馬の伝統を守り続け、またその代表作を一括保存しているとのことです。
DSCF9498no2.JPG

名倉医院は1770年(明和7年年)業祖名倉直賢(1750〜1827)がこの地に、骨接ぎの医業を創めたのが最初。全国から患者が来たとのこと。その当時の建物が今も残っているようです。
その後、第5代名倉謙蔵(1866〜1939)が、東大医学部の前身東大の別科を卒業し医師の資格を取得し、昭和6年には神田駿河台に、西洋医学を中心とした整形外科専門病院を築いています。
DSCF9509no2.JPG

荒川の堤防に面して足立区生涯学習総合施設、学びピア21があります。
ここは忘れもしない日光街道歩きで強風と雨にあおられながら駆け込んで休憩した場所。中には足立区立中央図書館、荒川ビジターセンター、足立区生涯学習センター、放送大学東京足立学習センターがありあらゆる世代、あらゆるニーズに合った生涯学習が提供できる施設となっているのです。今日は東京スカイツリーが見えてまた良かったです。
DSCF9517no2.JPG

千住新橋は、足立区千住と同足立の間の荒川に架かる橋。荒川の河口から12.6 kmの地点にあり、右岸は足立区千住五丁目で左岸は足立区足立一丁目で 橋の全長は1981年(昭和56年)竣工の橋は橋長446m、幅員15.75m、最大支間長120mの鋼連続箱桁橋。河川区域外にある橋の前後の取付道路は高架橋で、右岸側は1981年(昭和56年)完工した千住新橋右岸取付高架橋といわれ橋長135m最大支間長45mの連続鋼鈑桁橋に接続しています。

ベルモント公園は足立区と西オーストラリア州ベルモント市との友好親善のシンボルとして作られた洋風の公園。多くの花壇、赤レンガの陳列館(オーストラリアの工芸品・日用品などを展示)、ヒツジのモニュメントやユーカリ・ブラシノキ・アカシアなどのオーストラリア原産の植物などが見られました。また、バラも多く花に季節はとても見事なようです。
DSCF9560no2.JPG

西新井大師は826年(天長3年)弘法大師「空海」が開創し正式名称は五智山遍照院總持寺といい古くから「関東の高野山」といわれています。境内は広く梅、桜、藤、芍薬、菖蒲、紫陽花があり年中花が見られるようです。その中でも一番は3000株以上もあるという牡丹は有名です。
本日は山門が保存修理中だったのでお詣り後は山門前の清水屋さんで草だんごをいただき帰路につきました。
DSCF9574no2.JPG

東武大師線は大師前駅〜西新井駅の一駅区間。元々は大正時代、東武伊勢崎線と東上線を結ぶ連絡線上の駅として開設。第二次世界大戦による東京への大空襲が激化したため営業は休止。戦後、大師様信仰が高まり再び営業を開始。改札はフリーパスで無料でした。西新井駅からは東武スカイツリー線を、北千住でJR常磐線に乗り換え、帰宅しました。
本日は時たまポツポツと小雨あり。気温約9℃でやや寒い感じでしたが12名参加。講師信野先生、CDは黄木さん。スタート10:00。ゴール16:00頃でしたがまずは無事に終了しました。この回は特に日光街道ウォークを思い出すことが多く、大勢でのウォーキングは正直、初めて見るところはイマイチ、ピンと来ていないことも多いのですが今日はおおかた納得でき、楽しめました。感謝。
posted by yunofumi at 19:43| あちこちウォーク

2017年04月03日

2017.4.1 第15回東京の新発見 「足立区」前半 

JR北千住駅⇒宿場町通り・千住本陣跡⇒千住街の駅⇒きたろーど71010⇒大橋眼科医院⇒千住ほんちょう商店街⇒勝専寺⇒だんごの美好⇒足立区薬剤師会⇒足立成和信用金庫⇒東京芸術センター・千住宿問屋場・貫目改所跡⇒千住高札場跡⇒あらい歯科医院⇒一里塚跡⇒千住庁舎⇒自然真営道発見の地⇒かもん宿商店街⇒足立区千住作業所はばたき⇒掃部宿憩いのプチテラス⇒源長寺⇒千住仲町交差点⇒中央卸売市場足立市場⇒千住歴史プチプラス⇒蒟蒻屋粉川吉活代目⇒千住宿奥の細道プチテラス⇒足立市場前交差点⇒櫻神社⇒石洞美術館⇒橋戸稲荷神社⇒大橋公園・奥の細道矢立初の地⇒東京都中央卸売市場足立市場・海鮮食堂(昼食)

宿場町通りを入った所に千住本陣の説明板がありました。
これが本日の最初の説明板でしたがこの足立区はその後一日中とても案内が丁寧な所でした。
DSCF9231no2.JPG

「千住街の駅」はお休み処で街歩きに役立つマップや足立区をちょっと知ることのできるパネル展示などがありました。やや手狭な感じもしましたがお店番がおられた方もとても気さくで良い雰囲気でした。
DSCF9235no2.JPG

大橋眼科医院の建物は元々、1917年(大正6年)に建てられたドイツの民家風の医院(初代院長:故・大橋重義氏)。老朽化により取り壊すことになったところ、惜しむ声が多く寄せられ、医院の経営者である鈴木英夫氏の意向で旧建物をイメージして1982年(昭和57年)に改築。前建物とかなり似せており、さらに都内の近代建築から部材を集めたそうで、数々の歴史を継承しているとのことです。
DSCF9240no2.JPG

勝専寺は「赤門寺」という通称で親しまれている浄土宗寺院で京都知恩院が本山とのこと。寺伝では文応元年(1260)勝専社専阿上人を開山、新井政勝を開基とし草創されたということです。
江戸時代には日光社参に際して将軍の御旅所になっていたとうかがいました。
DSCF9245no2.JPG
閻魔堂の中は暗かったですが閻魔様の姿が見えましたのでお詣りしました。

東京芸術センターは、公民のパートナーシップにより、『あだち産業芸術プラザ』として、「あだち産業センター」と一体的に整備された民間施設だそうです。足立区の新しい産業と芸術を創造する拠点ということでしょうか。ホール、会議室などがあり、区民優先での利用だそうです。

宿場にある3つの場所を説明します。
宿場の問屋場(といやば)とは当時の宿駅での公用交通のための伝馬・人足の継立てを差配する施設のこと。問屋場には問屋・年寄の宿役人や問屋が奉公人として雇った帳付(ちょうづけ)・馬指(うまさし)という下役も詰めていたようです。
貫目改所(かんめあらためところ)は江戸幕府が街道往来の荷物の重量を検査するために宿場の問屋場に設置した役所のようです。

高札場(こうさつば)とは、幕府や領主が決めた法度(はっと)や掟書(おきてがき)などを木の板札に書き、人目をひくように高く掲げておく場所のこと。

一里塚は江戸時代の主要街道の両側に,1里 (36町=約 4km) ごとに築かれた塚のことで,路程標の役割をしていました。起源は古代中国だそうですが、日本では戦国時代末期にはすでに存在していたようです。正式には1604年(慶長9 年)徳川家康が江戸日本橋を起点として,東海,東山,北陸の3街道に1里ごとに5間 (約 9m) 四方の塚を築かせ,塚の上にはえのきや松を植え旅行者に便宜を与えたのです。幕府はのち3街道以外にもこの制度を広めましたし、諸藩もこれにならって脇街道 に築いたようです。

ウォーキング途中で「自然真営道発見の地」の説明版を発見。
『自然真営道』は安藤昌益の稿本で江戸中期の常識的ではない社会思想や科学的自然観、生命尊重の医学書だそうです。
この稿本が発見された当時の持ち主は北千住の名士だった橋本律蔵(1824〜1882)という穀物問屋さんの主人。この方は中々の文化人で多くの蔵書があり、死後古書店に引き取られた中にこの本があったので世間もアッとびっくりだったそうです。

掃部宿(かもんじゅく)憩いのプチテラスはもと自転車屋さんだった跡地を防災も目的としてミニ公園としたとのことです。掃部宿(かもんしゅく)とは仲町、河原町、橋戸町一帯の呼び名で、千住宿の一部だったようです。掃部という名前は、江戸時代初期、千住大橋架橋や掃部堤(かもんつづみ)築堤等に尽力した「石出掃部亮吉胤(いしでかもんのすけよしたね)」から名付けられたのでした。プチテラスの中には、千住宿、掃部宿の歴史を説明した案内板がありました。
DSCF9292no2.JPG

源長寺は浄土宗の寺院で1610年(慶長15年)の創建。仲町を開発した石出掃部亮吉胤の草創で開基は伊奈備前守忠次。ご本尊は阿弥陀如来。
DSCF9294no2.JPG

千住歴史プチプラスの建物は元地漉紙問屋横山家の土蔵だったとのこと。土蔵は間口2間半、奥行き3間半の2階建てで庭を含め、歴史と潤いの街づくりをめざしているとのことでした。屋根の棟には棟札があり1830年の建築と示していました。ここの設置は足立区ですが運営管理はほぼボランテアが担っているようでした。
DSCF9330no2.JPG

蒟蒻屋粉川利二五代目の看板のあるお店の創業は明治6年、今年で127年間ずっとこんにゃくを作り続けて来たとのことです。現在のご主人である粉川利二さんは実は四代目とのことですが四代目は縁起が悪いとのことでそれで五代目にしたようです。のれんを受け継ぐのは大変ですね。感服でした。
DSCF9343no2.JPG

このお店のように千住宿の雰囲気が出るようにこの通りは昔の家業がわかるように大きな表札のような説明がありました。

千住宿奥の細道プチテラス。
足立区の歴史を今に伝える場所の一つ。京成本線「千住大橋」駅のそばにありました。テラス内には、奥州や北陸など「奥の細道」へここから旅立った「松尾芭蕉像」と、「日光道中 千住宿道標」、行灯をかたどった「日光街道 千住宿道標」、千住やっちゃばの小さなお宮にあった欅の木で作った「奥の細道入口、やっちゃ場看板」などがありました。
DSCF9349no2.JPG

石洞(せきどう)美術館は佐藤千壽の収集したコレクションが中心。佐藤千壽の雅号が石洞だったことからこの名前と7なっているようです。外観は銅板葺き三角屋根に煉瓦タイル貼、平面六角形のユニークな建物。館内は工藝品が見やすいように落ち着いたトーンで統一されており、世界各地の土器や陶磁器、茶の湯釜、ガンダーラの仏像、漆器、青銅器、玉器など多く見受けられました。
佐藤千壽(1918〜2008)は千住金属工業鰍フ社長や会長をされた実業家とのこと。このようなお金の使い方をされる方は立派ですね。
DSCF9369no2.JPG

橋戸稲荷神社は、千住橋戸町にある稲荷神社。創建は926年(延長4年)または1490年(延徳2年)と所説あるようです。奥にある本殿は、区内唯一の土蔵づくりで1594年(文禄3年)に千住大橋がかけられると、人馬の往来が数多くなり、宿場を通る人々や、河川の小揚組などの信仰を集めたようです。1863年(文久3年)拝殿の前扉に、当時鏝絵の名工として名高かった伊豆長八の創作で白狐が彫刻されたとのことです。拝殿扉脇にレプリカが見られました。
DSCF9386no2.JPG

大橋公園の入り口に「奥の細道矢立初の地」の石柱がありそこから荒川の川岸に降りるとかつて船着き場だった所に出ました。
芭蕉(ばしょう)は三重県伊賀(みえけんいが)市で生まれ、五・七・五の言葉(ことば)で俳句(はいく)を詠(よ)む俳諧師(はいかいし)となっています。46歳のとき、「奥の細道」の旅に出たのです。旧暦1689年(元禄2年)年3月27日早朝、深川を出発(しゅっぱつ)。この時、弟子の河合曽良(かわいそら)が同行したのです。
 二人は深川から舟に乗り、隅田川(すみだがわ)を上り、千住で舟を降り、日光街道を歩き始めたようです。現在は北岸から、または南千住に上がったということでこの説はまだどちらともかたまっていないようです。
DSCF9393no2.JPG

DSCF9410no2.JPG
以前、日光街道ウォークの時は此処が工事で立ち入れなかったのです。3度目の正直でやっと詳しくみられました。

東京都中央卸売市場足立市場・海鮮食堂
足立市場は都内で唯一の水産物専門の中央卸売市場。松尾芭蕉「奥の細道」の矢立初めで有名な千住大橋のすぐ近く、隅田川と国道4号線(日光街道)に面しており、交通アクセスの良い便利な場所にありました。その立地を生かし、城北地域の拠点市場として、都内城北地区や千葉北部、埼玉南部などへ水産物を供給しているとのことでした。
ちょっとした食堂が数件あり、私たちは「海鮮食堂」で昼食をとりました。さすがにおいしかったです。
DSCF9417no2.JPG

これにて午前の部は終了。気付けば歩数計はまだ1万歩未満。
何しろ立ち寄り場所が多かったのでかなり目まぐるしい半日でした。
posted by yunofumi at 23:46| あちこちウォーク

2017年04月02日

2017.3.25 OUT DOOR FITNESSノルディックウォーキング

猿江恩賜公園⇒龍眼寺⇒亀戸天満宮⇒猿江恩賜公園

都立猿江恩賜公園は、江東区猿江にあり、都営新宿線住吉駅からすぐでした。元々この地は、江戸時代から続く徳川幕府による貯木場であったとのことで1932年の開園だそうです。
とても広大な広さで野球場やテニスコートなど設備も完璧そうでした。
DSCF9180no2.JPG

今日は桜をはじめ色々な花が咲き始めており大いに楽しめました。
DSCF9215no2.JPG

ウォーキング開始後ほどなく龍眼寺に到着。
ここは亀戸3丁目、このお寺さんは境内が広く、すべての手入れが完璧そうでした。秋には萩が咲き誇ることから萩寺といわれているそうです。
亀戸七福神の布袋尊と地蔵尊、それに万治2年(1629)区内で発見されたという庚申塔も見られました。
DSCF9204no2.JPG

芭蕉句碑が建立されていました。
「濡れてゆく 人もおかしや 雨の萩」
DSCF9209no2.JPG

亀戸天満宮。
菅原道真が祭られており学問の神。普段は亀戸天神。
2月〜3月は梅まつり、4月下旬〜5月は江戸時代から有名な藤まつり、10月下旬〜11月下旬は菊まつりと季節ごとの花が見事なようです。
DSCF9213no2.JPG

今朝9:00に都立大島小松川公園を出発しストレッチやトレーニングした後、ウォーキング開始。途中の神社などで説明も伺い12:00頃東京スカイツリー7に到着。晴天で約13℃、ほぼ無風でよいコンディションのウォーキングイベントでした。何より参加者8名にインストラクター2名体制は大変ありがたかったです。
本日は桜がちらほら開花していました。また近日中にこの辺りに伺う予定です。
posted by yunofumi at 17:43| あちこちウォーク