2016年12月17日

2016.12.15 第10回東京の新発見旅「渋谷区」

〜信濃町〜明治神宮〜代々木八幡神社〜代官山〜

JR信濃町駅⇒明治神宮外苑・聖徳記念絵画館・なんじゃもんじゃ・お鷹の松⇒国立競技場工事中⇒法雲山仙壽院・お萬の方墓⇒瑞圓寺・庚申塔⇒観音坂⇒将棋会館⇒鳩の森八幡宮・千駄ヶ谷富士塚・将棋堂⇒千駄ヶ谷4丁目児童遊園地⇒国立能楽堂⇒千駄ヶ谷4丁目交差点⇒北参道交差点⇒山手線(18)裏参道ガード⇒明治神宮⇒東京乗馬倶楽部⇒参宮橋⇒代々木倶楽部⇒国立オリンピック記念青少年総合センター⇒代々木公園参宮橋門⇒春の小川歌碑・代々木5丁目⇒代々木八幡宮・石器時代住居⇒代々木八幡駅入り口⇒井上病院⇒山手通り・神山町⇒モンゴル国大使館・松濤1丁目⇒鍋島松濤公園⇒松濤美術館⇒デンソー渋谷ビル⇒松濤2丁目交差点⇒西郷山公園⇒西郷橋⇒都立第一商高交差点⇒エジプト大使館⇒代官山交番⇒旧朝倉家住宅⇒猿楽町歩道橋⇒東急東横線代官山駅

今朝は4℃くらいか、かなり冷え込みました。いよいよ冬が到来です。
天候晴れ、風がほとんどなくウォーキング日和。
信野講師、赤川CDの付き添いで12名が10:00に信濃町駅を出発

聖徳記念絵画館は、明治天皇・昭憲皇太后の出来事などを後世に伝えるために造営されたた所。
館内には、大壁画(縦3m横2.5〜2.7m)が、明治天皇のご生誕から崩御までの出来事を、「画題」の年代順に前半を日本画40枚、後半を洋画40枚で展示。
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新国立競技場は、国立霞ヶ丘陸上競技場の全面建替工事によって建設される予定の競技場。工事中の所を垣間見ました。
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法雲山仙壽院・お萬の方墓
仙寿院(せんじゅいん)は、日蓮宗の寺院。仙寿院は徳川家康の側室、養珠院(お萬の方)の墓がありました。
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瑞圓寺・庚申塔
瑞円寺はそばにある鳩森八幡神社の別当寺だったとのこと。よく整備された境内は広く、梅林があるほか[1]、ツバキ、ツツジ、ハギなども植えられているとのことでした。墓地のそばには庚申塔がありました。
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将棋会館は1976年に建設。棋士および女流棋士の公式戦などのタイトル戦や奨励会の対局、棋士のための「宿泊室」、「研修室」、一般の人が参加できる将棋道場など将棋教室などあるとのことでした。初めて中に入りましたが売店にも珍しい品がズラリとありました。

鳩の森八幡神社の御祭神は応神天皇・神功皇后。弘化2年(1845)に上棟した欅造りの社殿で昭和20年の戦災で消失したが、昭和56年末に完成した社殿とのこと。
境内には富士塚と将棋堂がありました。
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国立能楽堂は、能楽の保存と普及を図るのを目的で1983年9月に開場。日本の伝統芸能の一つである能楽を公演している。自主公演として「定例公演」、「普及公演」、「狂言の会」や「能楽鑑賞教室」、能楽の後継者養成として、ワキ方、囃子方(笛・小鼓・大鼓・太鼓)、狂言方の新人養成研修をなどを行っているとのこと。一度は公演を見に来るようです。
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明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする神社。初詣では例年日本一の参拝者数を誇っています。
内苑と外苑があり、内苑には日本各地や朝鮮半島・台湾からの献木365種約12万本が計画的に植えられたとのこと。1970年(昭和45年)の調査時には247種17万本となっており、都心部の貴重な緑地として親しまれているだけでなく、人工林が意図的に自然林化されたものとしても注目されている。この中には通常都心では見られないような生物が生息し続けており、動物学・昆虫学的にも非常に貴重な例となっているのです。
広大な境内なので東西南北どの門からも出入り出来、本日は北参道を経て北門から入りました。
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新日鉄代々木倶楽部は新日鉄のの人材育成センターとのことです。会社関係の会議などが主なのでしょうが1階のレストランは普通に利用できるようです。
本日の昼食は上品なランチをいただきました。
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国立オリンピック記念青少年総合センターは普段は「立オリンピックセンター」と呼ばれています。1964年東京オリンピックの代々木選手村の集合住宅を改修して、オリンピック翌年の1965年(昭和40年)に開業したのです。

春の小川歌碑・代々木5丁目
「春の小川」は、1912年に発表された文部省唱歌。高野辰之が作詞、岡野貞一が作曲。現代まで100年以上にわたって教えられ続けている偉大な唱歌です。
高野辰之が作詞当時、現在の代々木3丁目に居を構えていたのです。当時この一帯は一面の田園地帯で、宇田川の支流のひとつである河骨川(こうほねがわ)と呼ばれる小川[3]が田を潤していたのです。河骨川は1964年(昭和39年)に暗渠化されたのです。この歌碑は現在川の岸辺あたりには小田急線の代々木八幡駅にほど近い線路沿い(代々木5丁目65番地)にあります。
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代々木八幡宮・石器時代住居
鎌倉時代、二代将軍・源頼家の側近だった近藤三郎是茂(これもち)の家来の荒井外記(げき)智明(ともあきら)が頼家公暗殺の後、この代々木野に隠遁し、主君の菩提を弔って暮らしていたが、1212年(建暦2年)にお告げがあり元八幡の地に小さな祠を建て、鶴岡八幡宮を勧請したのが創始とのこと。代々木八幡宮がお祀りしている神さまは応神(おうじん)天皇。 国家鎮護、破邪顕正、厄除開運の神様。
境内には石器時代の住居が作られ子供たちの学習に役立っているようです。
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元々、江戸時代には紀州徳川家の下屋敷があったところで、1876年(明治9年)に佐賀の鍋島家に払い下げられたのです。鍋島家は当地に茶園を開いて「松濤園」と名付け、「松濤」という名でお茶の販売も行ったようです。茶園は1932年(昭和7年)に廃止。湧水池のある一角が児童遊園として整備され、1932年(昭和7年)に東京市に寄贈された後、1950年(昭和25年)からは渋谷区に管轄が移り鍋島松濤公園となったのです。
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松濤美術館は松濤二丁目にある渋谷区立の美術館で渋谷区に関連する公募展、絵画展のほか、音楽会や美術教室などが行われているとのこと。建物の設計は白井晟一研究所、施行は竹中工務店。紅味を帯びた韓国産の花崗岩(紅雲石)の外壁にブロンズ製のグリルと化粧垂木、銅板葺きの屋根からなり、建物中央に噴水のある外部吹抜を展示室が円形に囲むとのこと。本日は中に入れませんでしたが、一度は見に来たいところです。
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西郷山公園は11月の目黒区ウォーキングでも訪れた所。
冬の富士山が見える所なので本日も立ち寄りましたが、午後のこの時間では見えませんでした。

旧朝倉家住宅は、東京府議会議長や渋谷区議会議長を歴任した朝倉虎治郎氏により 大正8年に建てられました建物。大正ロマンの趣のある2階建ての建物内と回遊式庭園がとてもよかったです。
虎治郎は1871(明治4)、愛知県碧南の富商杉浦太一の次男として生まれ、小学校を終える間もなく上京。深川の木場の材木店で働いていました。そのころ朝倉家では、2人の息子を疫病で亡くし当主徳次郎さんは跡取り問題に悩み、次女タキの婿として虎治郎を迎えたのです。朝倉家の養子となった虎治郎さんは、家業の精米業を、木場の問屋筋に注文を取るなど顧客を広げ、数年を得ずに、個人営業の白米商としては東京随一の米屋にした方です。
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渋谷区といえば渋谷駅周辺を思い浮かべますがまったく違う方向からのウォーキング開始で意外性があり、面白いウォーキングでした。
高級住宅地の松濤あたりは普段訪れることもないので物珍しく、同じ東京でもいろいろあることを実感できました。皆様、お疲れさまでした。
posted by yunofumi at 15:59| あちこちウォーク

2016年12月14日

2016.12.7 第9回東京の新発見旅「江東区」

〜深川新明宮〜清澄庭園〜富岡八幡宮〜

都営地下鉄大江戸線森下駅清澄通り改札⇒清澄通り・森下駅前交差点⇒馬豚鍋みの家⇒カトレア元祖カレーパン⇒大衆酒場魚三・森下1丁目5⇒伊東深水誕生の地⇒深川神明宮⇒深川めし本家割烹みやこ⇒江東区芭蕉記念館⇒芭蕉庵史跡庭園・正木稲荷神社・芭蕉稲荷神社⇒川船番所跡⇒深川萬年橋⇒深川萬年橋南交差点⇒潟nーモニースクエア⇒山響部屋⇒大嶽部屋⇒三野村梶E清澄2丁目⇒中村学園⇒清澄庭園⇒村田春海墓⇒江戸みやげ屋たかはし⇒深川釜匠⇒深川江戸資料館⇒霊厳寺・銅造地蔵菩薩坐像・松平定信墓・勢至丸さま⇒出世不動尊⇒本立院・間宮林蔵碑・歯神様⇒深川ふれあいセンター・滝沢馬琴誕生の地⇒海辺橋⇒採茶庵⇒小津安二郎誕生の地・深川1-8⇒心行寺⇒法乗院えんま堂⇒深川1丁目交差点⇒旧富岡橋親柱⇒門前仲町1丁目会館⇒深川モダン館通り⇒旧東京市深川食堂・深川東京モダン館⇒門前仲町交差点⇒成田山東京別院深川不動堂⇒深川不動堂前交差点⇒亀戸大根まんじゅう⇒富岡八幡宮・伊能忠敬像・大関力士像・横綱力士像・花本社⇒深川公園⇒深川不動⇒永代寺⇒都営地下鉄門前仲町駅

本日はツーリズムによる江東区のウォーキング。
同じようなコースを11/12に見て回ったばかりですが、また別の訪れもあるだろうと参加した次第。ということで以前に伺わなかったところを中心に書きます。
森下駅そばの「馬豚鍋みの家」、「カトレア元祖カレーパン」、「大衆酒場魚三」の紹介がいきなりでした。
いずれも人気のお店。今回のウォーキングとは別に一度お客で行くのがよろしいようです。

深川神明宮。
徳川家康公がまだ名もないこの地を訪れた際、深川八郎右衛門の姓をとって「深川」とするよう命じたことがこの地名のはじまり。その後、深川の開拓を進めた八郎右衛門が小さな祠に伊勢神宮の大神の分霊を祀り、信仰したのがこの深川神明宮。今では深川総鎮守神明宮いわれているのです。
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江東区芭蕉記念館
芭蕉は1680年(延宝8年)に江戸日本橋からこの深川の草庵に移り住み、この庵を拠点に新しい俳諧活動を展開したとのことです。多くの名句や『おくのほそ道』などの紀行文が残ったようです。この草庵は、芭蕉の株が生い茂っていたので「芭蕉庵」と呼ばれたとのことでした。
江東区は1981年(昭和56年)に芭蕉記念館を、平成7年(1995)4月6日に隅田川と小名木川に隣接する地に芭蕉記念館分館を開館したのです。
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隅田川と小名木川の別れ目の少し高くなった所に芭蕉庵史跡庭園があり芭蕉の像がありました。
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日本橋から移り住んだ庵の跡には芭蕉稲荷神社がありました。
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川船番所(かわふねばんしょ)は幕府により設けられた番所で、深川萬年橋の北岸に置かれ、川船を利用して小名木川を通る人と荷物を検査しました。
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山響部屋はもともと北の湖部屋だったのが親方がなくなったので後を山響親方が継いだことで現在に至っています。現在、所属力士16人・行司2人・呼出3人・床山1人とのこと。またすぐ傍には大嶽部屋がありました。引退後の大鵬さんが独立して作った部屋で当初は大鵬部屋、今は大嶽部屋で看板が二つ掲げられていました。
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清澄庭園は11/12にウォーキング記事をアップしてありますのでここでは省略。
深川釜匠で昼食は深川めしが大丼であり、その他のおかずもあったのでとても食べきれず、サランラップで大きなおにぎりを作り持ち帰りました。
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深川江戸資料館は相変わらず面白かったです。お相撲の大鵬さんの資料を本日もじっくり見ました。

出世不動尊(長専院)は、コ川四天王の一人榊原忠次(寛文五年没1665)が開基、命誉圓壽が開祖となり霊巌島に創建。万治元年(1658)に霊巌寺とともにこちらに移転、その後1928年(昭和3年)に不動寺を合併したということでした。
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妙栄山本立院は、本立院日覚上人が開山となって貞享四年(1687)に創建。清水半身衛顕恒氏が宝永年間(1704-1711)に開基となったとのことです。正面本堂脇に間宮林蔵の石碑がありました。お墓は裏手の墓地にあるようです。
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圓隆院の本堂脇に古くから伝わるという“歯神さま”がありました。歯ブラシがおいてありお地蔵様の歯を磨いてお詣りしました。年老いた我々には歯が大切です。
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深川ふれあいセンターの建物の表には「滝沢馬琴誕生の地」の案内板がありました。滝沢馬琴の代表作は『椿説弓張月』『南総里見八犬伝』。ほとんど原稿料のみで生計を営むことのできた日本で最初の著述家だそうです。
深川1-8には「小津安二郎誕生の地」の案内板。
小津安二郎といえば原節子主演の映画「東京物語」。記念館は別荘だった無芸壮が長野県の茅野に、またお墓は北鎌倉の円覚寺だそうです。
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旧東京市深川食堂・深川東京モダン館
深川東京モダン館は、2009年(平成21年)に開館。江東区は、本日も見て歩いたのは一部ですが、富岡八幡宮・深川不動尊のある門前仲町、深川江戸資料館や東京都現代美術館などがある清澄白河、亀戸天神・香取神社などの神社仏閣が集まる亀戸、それから豊洲などがあるのです。ということでここはさながら観光と文化の紹介の場所。
そういえばここはもともと1932年(昭和7年)に東京市営の食堂として建築され、平成20年に国登録有形文化財として指定されたとのことです。この足りの街歩きには大いに活用したい施設です。美味しい珈琲が100円で飲めました。

富岡八幡宮で伊能忠敬像、大関力士像、横綱力士像、花本社を見た後、成田山東京別院深川不動堂に伺いました。お正月の準備が始まっており、少しあわただしい感じでした。
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今日は旧本堂の後ろにある内仏殿の1階、2階と様々な仏様を拝見、4階では日本最大級の天井画「大日如来蓮池図」と大日如来を拝むことができました。

永代寺は1624年(寛永元年)、長盛の開山により永代島に創建。江戸時代には富岡八幡宮の別当寺として栄えたようですが明治初年の神仏分離により廃寺となったのです。広大な跡地は現在の深川公園や深川不動堂などになり、深川一帯でも指折りの寺院だったとのこと。その後、1896年(明治29年)に旧永代寺の塔頭の吉祥院が名称を引き継ぎ、再興されたのが現在の永代寺なのです。
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このあたりの地名である門前仲町はこの旧永代寺の門前という事で名付けられたとのことです。

本日の参加者は17名。信野講師と吉瀬CDが付き添い約15000歩をウォーキング。
天候は曇りで11℃くらいでしたからやや肌寒く感じました。しかし清澄庭園辺りでは青空も見え、とても良い風景を見られました。それにしても改めてウォーキングツアーは企画する会社により色々あるのでこのことも面白かったです。
posted by yunofumi at 22:13| あちこちウォーク

2016年12月08日

2016.12.4 高尾山4回目

京王線高尾山口駅⇒清滝駅⇒稲荷山コース⇒旭稲荷⇒道しるべ0.6km⇒道しるべ1.2km⇒稲荷山⇒道しるべ1.6km⇒道しるべ2.0km⇒道しるべ2.8km⇒道しるべ3.18km⇒山頂⇒
⇒十一丁目茶屋⇒高尾自然動植物園⇒たこ杉⇒浄心門⇒神変堂⇒北原白秋歌碑⇒もみじや⇒山門(四天王門)⇒北島三郎歌碑⇒仁王門⇒大法堂⇒薬王院⇒飯縄権現堂⇒奥の院不動堂⇒冨士浅間社⇒エコーリフト→清滝駅→京王線高尾山口駅→高尾駅

ここ数日朝は10℃以下になっています。それでも雨に心配がないのは幸い。
MBTの山歩きの特異な仲間にお願いし、本日の山歩きとなりました。
本日の気温朝は7℃、登山途中は13℃くらい。しかし晴天なのでとても心地よかったです。
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仲間は6人、私を引率のチームは3人で前後を守ってくださいました。
本日は稲荷山コース3.1km。道幅は広く、6号路に比べ取り組みやすそう。
道しるべがあり、エッまだこんなくらいとびっくり。そして登山者が多いからでしょうか。
木の根っこがむき出しの路もありました。
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紅葉は終わりかけていましたがまだまだ綺麗。
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八王子の市街地もややかすんではいますが眺めはまずまず。
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このコースは距離を示す道しるべのほかに桜、蛇などの説明もありました。

結局3.1kmを2.5時間で上り、大いに感謝。しかし最後の階段がきつかった!!
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それでも富士山が見えて元気回復、頂上で記念撮影。
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下山を始めてすぐに江川スギ展示林がありました。
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そして紅葉を存分に楽しむためにエコーリフト乗り場へ。すごい混雑!!
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本日はどこもかしこも大混雑でした。

リフトからの眺めはサイコー!!気持ちよかった!!
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そして下界の高尾山駅前「たまの里」で再び全員集合で乾杯!
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そうそう本日で高尾山健康登山の証のスタンプは4個目。ちょっと嬉しい。
下りは楽をしたので本日は約15000歩。紅葉を堪能でき大満足。
また私の歩みを見守ってくださった男性お二人に感謝、感謝!!
後日談としてはこれより2日間はかなりの筋肉痛!久しぶり!でも元気です。
posted by yunofumi at 23:11| あちこちウォーク