2025年02月07日

2025.2.7 有吉佐和子の三作品のこと

昨年暮れ近く、NHKテレビの「100分で名著」を見ていた時、有吉作品を複数回取り上げていました。私自身は若い頃、比較的読んでいた作家さんなのでここで取り上げた作品について改めて読み直しなどをいたしました。以下は読後の感想等です。

まず有吉佐和子さんについて改めて履歴などを見るとこの方は1931年生まれで和歌山出身とのことですが親の関係で小学校時代はインドなどで過ごし、その後東京ですからお嬢さん育ちながら学校には休みがちで読書などで過ごした才女だったようです。
代表作は「紀の川」でこれはもろに和歌山の激動の日本の近代の旧家のお話。私はこれが有吉作品の最初に読んだもので今回も読みました。
さてここでNHKで取り上げられた三作品を改めてみてみましょう。

@「華岡青洲の妻」は世界ではじめて全身麻酔で乳がんの手術をした医師の華岡青洲をめぐる妻と姑の戦いのような話で佐和子35歳、1956年(昭和41年)の作品。あらすじは史実に必ずしも沿っていないようですが、女の心理描写がすさまじく、とても読みごたえがありました。
A「恍惚の人」は佐和子42歳、1972年(昭和47年)の作品。これは改めて読み直してびっくりすることが一番多かった作品です。2024年には100歳以上が9.5万人でしたが1963年には全国で153人、1981年には1000人という統計があります。ということはこの作品が書かれた頃はまだ高齢者の、特に後期高齢者の実態はあまりよく知られていなかったと思われます。
始まりは姑が突然亡くなり、舅と一緒に暮らすようになった主人公昭子を中心としてその家族の日々が描かれています。舅の認知症の進行していく変化の描かれ方が当時にしてはすさまじいです。よくこんな知識があって書けたものだと改めて痛感しました。特に「恍惚」という表現はまったく脱帽ですね。認知症の進行過程は今では一般にもかなり知られておりますがこの頃は何も知らされていなかったはずなので事前の取材など凄いことだったと思われました。調べてみると1973年映画になっているようですからまた図書館で探して改めて鑑賞してみたいと思いました。
B「青い壺」は実は今書店でとても売れています。また図書館では20人待ちなのです。
ということで今回、この作品はまだ読んでいません。

さらに小説「紀ノ川」についての読後感想です。
この小説は1959年に出版されていますのでかなり古い作品ですが私としては名作と思っています。和歌山を舞台に、素封家の女性3代、明治生まれの花、娘の文緒、孫で戦後世代の華子まで、明治・大正・昭和を生きていく様子を描いており途中には実際の紀ノ川の様子や屋敷内に生き続けていた白蛇、当時の調度品や風習などが登場し、人物像と共にすぐれた作品と思っています。
ということで「青い壺」はもう少しで読めると思い、楽しみなのです。
posted by yunofumi at 23:07| ドタバタ日記

2025年02月01日

2025.2.1 新年1月の振り返り

昨年12月に仕事を退職。それまでには考えがまとまらず今後、何をしたいかがはっきりしないままに新年になりました。そこでお正月も終わり“さてさて”となり、まずは手近なところからの振り返り。ということで日々何事も記入していたウン十年分の備忘録の中身を見直し、記録を残す部分を抽出。この作業中に気付いた!これって終活かも!そして何と忙しく仕事をしながらも遊び歩いていたかを再確認。これではやっぱり“日々楽しかった”が垣間見られ、そのうえで、このような作業はそれなりに“人生のまとめ”かもと、、、ね。
といいつつもこの1か月の記録を見ると、ウォーキングとスポーツジムに9回、コンサートや落語、映画などの鑑賞と買い物は5回、健康講座などは5回、歯科など健康維持の診察は5回、そしてボケ防止にオンライン研修会聴講は1回、読書は図書館利用で4冊読破、それと長年、料理は棚上げ状態でしたが今はほぼ毎日、特に夕食は手作り、ということで頑張っています。料理は1か月内にはメインディッシュは2度つくらないことが目標。このような状態ですからほぼ出歩くことも多く、通勤がなくなったのに日々の歩数は8000歩をほぼ堅持。それとストレスがない状態のようで精神的にはとても楽チン!。ということで毎日ぐっすり熟睡です。
さて本日から2月。また楽しく過ごすことにいたします。
posted by yunofumi at 09:24| ドタバタ日記

2025年01月24日

2025.1.23 体力測定と新年会

先月から参加しているふじみ野市保健センターの健康講座「悠遊クラブ」で本日、体力測定がありました。保健センターのスタッフがルールなどを事細かに説明。私たち参加者はあちこちの指定されたポイントに集合しながら指示に従っての測定でした。

●体力測定の目的
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●開眼片足立ち⇒バランス力
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●椅子からの立ち上がりテスト⇒足の筋力
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●握力⇒全身の筋力の指標
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●5m歩行⇒歩行能力
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●タイムド・アップ・アンド・ゴースト(TUG)⇒総合的な移動能力テスト
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各回数やタイムなど計った後、年齢に応じた評価判定を見ました。
私の場合、評価は5段階で80歳としてはどの程度かと少し心配していましたが以下の通りでした。
1―開眼片足立ち⇒バランス力A
2―椅子からの立ち上がりテスト⇒足の筋力D
3―握力⇒全身の筋力の指標C
4―5m歩行⇒歩行能力D
5―タイムド・アップ・アンド・ゴースト(TUG)⇒総合的な移動能力テストC
この結果を見るとやはり日頃からウォーキングなどでは安定感がないのを感じていた通りでした。後はまあまあですからまた来年も計っていただけるように体力維持に努めたいものです。

その後は和風レストラン「木曽路」に移動して新年会でした。
この会は現在30名弱が登録しているようです。体育指導員の方、この会の会長と後お一人が男性でその他は女性陣。私よりも高齢の方もちらほらおられ、皆さんお元気です。この会はもう10年以上継続しているようです。毎回、上半身・下半身を伸ばしたりなどの運動を休憩しながら90分を過ごします。これを月2回ですから元気なはずです。
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新年会は2時間ほどでしたが御馳走が山盛りで次々と提供され満足、満足。
御馳走は天婦羅も含め、次から次でとても写真撮りは追いつきませんでした。
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合間には会長さんの手品もあり、大いに楽しんだ後、帰宅しました。
途中では桜の花もお花屋さんの店頭で見られ、春はもうすぐのようです。
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ふじみ野市は高齢者の多い街です。市民が自由に参加できる講座や講演会、コンサート等も多く、体育館、ステライースト、ステラウエスト、産業文化センター、各公民館などと会場も色々あるのです。ほとんどの講座は1回500円〜1000円になっています。私は地元民歴は長期なのですがまったく各種活動に参加していなかったのです。今後はボチボチ様子を見ながら各講座に参加していこうと思っています。
posted by yunofumi at 12:37| ドタバタ日記

2025年01月14日

2025.1.13 武州与野七福神めぐり

今日はさいたま市観光ボランティア浦和ガイド会主催のウォーキングに参加。本日は40名超の参加者のため4班に分かれてのグループ行動となりました。私は与野ということで地元が不案内のため、友人のMさんをお誘いしての参加でした。
さいたま新都心駅に集合し9時半スタート。
与野は本町通りを中心として鎌倉街道に面し市場が開設され、江戸時代には浦和と川越を結ぶ市場町だったようです。七福神めぐりは昭和59年よりはじまり今は、七福神仮装行列なども行われているようです。ということでガイドさんのご案内で順次一回りということなのです。
まずはスタート地点のさいたま新都心駅について。
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この駅は2000年(平成12年)5月5日のさいたま新都心街びらきに先立って開業したようです。業務地区としてのさいたま新都心は中央区と大宮区にまたがって整備されており、駅施設も両区(中央区大字上落合と大宮区吉敷町)にまたがっているのですが、駅の所在としては、東側の大宮区側の名称を用いているようです。なお、町名としての新都心は地区内の西側(中央区)に位置しているようです。けやき広場の隅の方に記念レリーフがありました。
昔はこの駅前本通りには八幡様があったようでバス停が「八幡通り」となっていました。
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八幡橋の下を流れている鴻沼川(こうぬまがわ)は、埼玉県さいたま市を流れる一級河川で荒川水系鴨川の支流とのことで、上流では霧敷川(きりしきがわ)、下流では鴻沼川、また鴻沼排水路(こうぬまはいすいろ)とも呼ばれているようです。近くのバス停に「与野霧敷川」とありました。

出世稲荷神社。
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この神社は北与野の氷川神社のすぐそばにありました。お正月なのでボチボチお詣りの方がいるようでした。

@氷川神社(ひかわじんじゃ)。
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昔から与野の氏神様で扇の宮と呼ばれていた様です。本殿は1708年(宝永5年)に再建され二間社流造銅板葺建築という珍しい社殿。拝殿の中身は市内最古の御神輿が見えました。ご利益は幸福(福)と高給(禄)と長寿(寿)の神ということでした。ということでこちらの神様は「福禄寿」。南極星の化身で南極老人ともいわれているそうです。

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浄土宗寺院の長伝寺は、正式には貞樹山観智院。長伝寺の創建年代は不詳ながら、古くよりこの地に真言宗寺院として長伝寺があったことがはじまりとのことです。後に芝増上寺12世となる観智国師が当寺を浄土宗に改めて開山し、江戸期には幕府より寺領寄進の御朱印状を拝領していたとのことです。故に正面山門には徳川家の紋がありました。

A一山神社(いっさん神社)。
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木曽御嶽山講四大講祖の一人である一山行者ゆかりの神社とのこと。毎年冬至には無病息災、家内安全を祈る火渡り行事が行われ、参加者は一山と書かれた柚子がいただけるとのことで柚子祭ともいわれているようです。ご利益は商売繁盛の福の神で「恵比寿神」様がおられます。

B天祖神社(てんそじんじゃ)。
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江戸中期の与野街並み絵図に神明山として描かれている神社。明治10年に与野公園が県下3番目の公園に指定されこの時、現在の天祖神社と改名されたようです。
与野公園には2100株以上のバラがあり花の時期はとても綺麗です。
ご利益は老師の化身で1500歳の超長寿を全うしたといわれる長寿の神様「寿老神」。

C御嶽社(みたけしゃ)。
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江戸の後期、木曽御嶽山講祖一山行者が開山し御嶽信仰に努めたとのこと。そのひとつがこちらで平成25年には弁財天を合祀奉安したようです。ご利益は唯一の女神「弁財天」は学問・芸術・財運の神様とのことでした。

D円乗院(えんじょういん)。
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正式には真言宗智山派安養山西念寺圓乗院。鎌倉時代の畠山重忠により創建。慶長年間に賢明上人が移建したといわれます。高くそびえる多宝塔には仏舎利が奉安されているとのこと。本殿前には千代桜(シダレサクラ)があり春が楽しみです。ご利益は右手に小づち、左肩に袋を下げた畜財の神「大黒天」が鎮座しておられました。

E円福寺(えんぷくじ)。
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正式には真言宗智山派北明山龍光院円福寺。室町時代に円海上人が開祖。釈迦堂には釈迦如来坐像が安置されているとのことでした。ご利益は未来予知ができる福徳の神、「布袋尊(ほていそん)」が鎮座とのことでした。

さいたま芸術劇場。
昭和50年代末に埼玉県で建設が計画された複合文化施設で、平成のはじめに具体化し、1994年(平成6年)10月に「彩の国さいたま芸術劇場」として開館したようです。指定管理者は埼玉県芸術文化振興財団で当初は埼玉県出身の芸術監督である故蜷川幸雄さんが手がける演劇公演を数多く上演したのです。建築は香山壽夫さん(香山アトリエ + 環境造形研究所)が設計。2024年にはリニューアルし、さらに多くの公演が予定されているようです。劇場の隣の与野西中学校の塀に沿って多くの演劇人の手形がオブジェで並んでいました
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F鈴谷大堂(すずやだいどう)。
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入口の階段上には六地蔵が鎮座。こちらは江戸時代中期には存在したようです。仏堂には阿弥陀如来像や聖観音座像も安置されているとのことです。
ご利益は知恵と勇気の守り神である「毘沙門天」が鎮座しているようです。

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本日は気温12℃、晴天、強風にもあわずウォーキング日和でした。朝から帰宅まで歩程は久しぶりに19000歩。久しぶりの長距離でしたがどうにか無事に終了し大満足。開運祈願の七福神の御朱印もいただき達成感はばっちりでした。やはりウォーキングは精神衛生上とても良いことを再確認できました。ということで今年もあちこちウォーキングを心がけたいと思います。
posted by yunofumi at 16:45| あちこちウォーク

2025年01月06日

2025.1.6 只今「8018」です


新年になり、世間はいつもの通り動き始めました。
しかし私は昨年末までの平日出勤がなくなり、ちょっと考えると暇なはずですが、実は今までの資料や様々な物品の整理を始めており、てんやわんやの新年あけです。
ということで本日は歯科に関する話をしましょう。

世間的によく言われている「8020運動」。これは日本歯科医師会が啓発している「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という運動です。
実は歯は20本以上あれば、食生活にほぼ満足することができると言われています。そのため、「生涯、自分の歯で食べる楽しみを味わえるように」との願いを込めてこの運動が始まったのです。楽しく充実した食生活を送り続けるためには、妊産婦を含めて生まれてから亡くなるまでの全てのライフステージで健康な歯を保つことが大切なのでぜひ「8020」を目指しましょうということなのです。

そして今日はかかりつけの歯科クリニックでのメンテナンスの日でした。
何しろ昨年6月の誕生日までは「8020」は達成できていたのですがその後の半年間で2本抜歯し、今日現在「8018」となっているのです。まあ昨年1年間は歯科受診がひっきりなしで、振り返るとメンテナンスも含め32回も受診していたのです。これは全く異常で今までになかったことなのです。
そして本日のメンテナンス後、歯科医師・歯科衛生士の先生方に伺ったところ私の歯はまずまずの状態とのお言葉をいただきました。どうやらギリギリで合格ラインということのようです。
まあこれからも健康維持にはいつもいっている運動・食事・睡眠は元より、歯も健康維持に加えていこうと改めて考えた一日でした。
posted by yunofumi at 17:08| ドタバタ日記

2025年01月01日

2025.1.1 お正月です

新年あけましておめでとう御座います。皆様 いかがお過ごしでしょうか。
関東地方は晴天、気温11℃、ほぼ無風でそれは、それは暖かな日和の一日でした。

昨日は大掃除の仕上げとお節料理の準備などでかなり忙しかったです。またこの暮れで埼玉県病院薬剤師会を退職しましたので色々整理整頓に追われました。
玄関先には次女が作ったお飾りを掲げこれはこれでささやかですが良いことと思いました。
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いつも大晦日の恒例だった紅白歌合戦は初めてパスしました。どうみても楽しめそうになかったですから。ということで元旦はまずまずのお目覚め!
本日の元旦は次女が作ってくれました恒例のお節でお祝いし、どうにか今年も始まりました。
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日中はテレビでニューイヤー駅伝を楽しみました。オヤッと思ったのは埼玉医科大学チームが参加していたことです。私自身は駅伝を見るのがかなり好きなので明日、明後日の東京箱根間往復大学駅伝競走はとっても楽しみです。
その後地元の八雲神社に初詣をしました。
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小さな神社ですが年々きれいに飾り付けがなされ、気持ちよい場所になりつつあります。
ということで元旦は終了。

今年も沢山の年賀状をいただき、旧知の友の便りあり嬉しく過ごしました。
明日からはまた日常で楽しく元気に過ごしたいと思います。
老化対策は食事・運動・睡眠が基本と伺いました。
皆様もご同様にお元気でお過ごしください。
posted by yunofumi at 20:40| ドタバタ日記

2024年12月28日

2024.12.28 今年の振り返り

この冬の暖かさに感謝しつつ本日よりボチボチ大掃除を始めております。
と言いますのも長年のサラリーウーマン生活を昨日で終了しました。実に23歳の大学卒業以来ずっと走り続けてこの80.5歳までの勤め人生活は長過ぎたとも言えますが本人は好きで続けていたことなので感想としては「あー、面白かった!」。
そして今年も高齢者特定健診を受診し、身長155.5cm、体重55.7kgは相変わらず、愛用の活動量計でのボディチエックでのBMIや基礎代謝量もまずまずなので結果的には元気に過ごせたということです。
日々の振り返りで見てみるとウォーキングツアー参加10回、劇場での映画鑑賞15回、図書館詣での読書14冊。
ウォーキングでは長年の悲願になっていた横浜18区散策ぶらり浜あるきが6年半で終了したのは一区切りでよかったです。あとはさいたま再発見の40市巡りですが現在最後の富士見市ウォークの催行待です。
映画鑑賞では「ゼロからの風」と「ドクターx劇場版」がよかったです。
読書したのでは藤沢周平「橋物語」、久坂部羊「老父よ帰れ」が印象に残りました。

さて今後は日々自由ですので今の所としては、食事、運動、睡眠が大切そうなので気をつけて呑気に過ごそうと思います。またあちらこちらにお出かけしながら世間の情報も取り入れてまいりたいです。お知り合いの皆様、今後もご一緒に遊びましょうね。
posted by yunofumi at 16:18| ドタバタ日記

2024年12月18日

2024.12.17 埼玉県病院薬剤師会 歓送迎会色々

埼玉県病院薬剤師会では今年日本病院薬剤師会関東ブロック学術大会の担当県であったこと、5月総会で監事や理事の選挙による交代があったこと、またこの年末には事務局員の入れ替えがあったことなどを含めこの歓送迎会の開催となりました。
私自身のことですとこの12月末で事務局を退職いたしますのでこの会での送られる人に入りました。
思えば来年2025年は昭和100年だそうです。昭和19年生まれとしてはちょっと感慨深い年です。お陰様で当年80歳と半年の私です。幼少期口癖だった“なんか面白いことがないかなあ”は今にして思えばずっと面白い日々で、とうとうここまで来た気がします。昭和43年近畿大学薬学部を卒業以来50年以上ずっと薬剤師人生を続けておりましたので、正直、“そりゃあ面白かったはず”と自画自賛中。現在は長女薬剤師、次女写真家と独り立ちし、夫は私以上に元気に日々を送っています。まあ限りある人生とは言え、今の所は大成功といえるかもしれません。感謝!感謝です。
本日の歓送迎会は大宮駅ルミネの中にある「ラ・ヴォーリアマッタ・ルミネ大宮」で50名もの方がお集りでした。お酒も色々、パスタ・ピザなどなど、最後はアイスクリームのデザートもあり、私などは満腹!満腹!多くの方と語り合ったことで心も満腹!ということで私からも一言ご挨拶しました。
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賑やかな宴もお陰様で楽しく終了。皆様と共に記念撮影をしました。
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そして会が終了後、帰宅のために乗ったJR川越線で東上線が動いてないよ!のアナウンスはアレレッでしたが川越の一つ手前の南古谷で下車後、自宅にTEL。うまい具合に次女が在宅で南古谷駅に迎えに来てくれましたので本日はめでたく外出の行程を22時に無事終了。
皆さま、長い間本当にお世話になりました。何しろこの性格ですから常に話は率直で進めていましたのでびっくりした方も多かったみたいです。しかし私としては“日々楽しく”そして“昨日より今日と明日が楽しみ”なのです。今後もまたお目にかかることもあると思います。また仲良くお付き合いください。そしてこれまでは有難うございました。
posted by yunofumi at 12:33| ドタバタ日記

2024年12月08日

2024.12.7 cotocoto 講座 世界遺産の闘牛文化残るうるま市

本講座はイオンタウンふじみ野のまちのコミュニケーションスペースcotocotoで行われている講座のひとつ。こちらのスペースはクラブツーリズムが運営しているようです。
本日は各地とZOOMで繋がってのイベント!まあ、旅行に行く前の下見的に知識を入れるには良い講座なのです。
さて“沖縄のうるま市!”って全く知りませんでしたが闘牛とフルーツの街ということの様でした。ZOOMで見せていただいた景色はさすが南国!明るくてキレイ!海がキラキラしていました。島につながる橋というより道路が美しく、ドライブはきっと素晴らしい気分になりそうでした。そして産直のフルーツや野菜、はたまたお肉が豊富!こちらの試食ではアップルバナナ、サンフルーツにのせたドラゴンフルーツジャム、スムージィ、小麦珈琲、いずれもおいしかったです。またうるまマルシェの中では豊富な果物、お肉、お魚、そして近頃特産で作っているという小麦などいずれも大きいこと、そして安価なことでビックリ!でした。
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さて一夜明けて本日は丸広百貨店川越店にお出かけしました。そう“うるまマルシェ”が今こちらのデパートに常設中とのことなのです。ということで早速お買い物をしました。
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龍下のアンダカシー、ドラゴンフルーツジャム、さんぴん茶、黄金芋っち、もずくスープなど。
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似たようなものはこちらでもありそうでしたがまずは地元産を味わうことが大切と買い求めた次第です。
ということで今晩から早速食します。楽しみでーす。
posted by yunofumi at 21:21| ドタバタ日記

2024年11月19日

2024.11.14 さいたま彩発見ぶらり街歩き〜飯能市

本日はこの彩発見シリーズ最後から二つ目のウォーキングです。
東武東上線上福岡駅〜川越市〜西武新宿線本川越〜所沢〜西武池袋線飯能駅まで約1時間超ですからちょっと目まぐるしいルートで乗り換えて到着でした。本日はどうやらお天気が持ちこたえるとの予報を伺いご機嫌で出発です。

飯能駅⇒銀座通り⇒店蔵絹甚⇒観音寺⇒清河園蜻蛉亭⇒飯能駅

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飯能駅に着くと駅全体がいやに真新しく明るいのです。ふと見ると傍に『ムーミンバレーパーク』の看板がありました。
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そうだった!2019年3月にリニューアルオープンしたことを思い出しました。北欧のライフスタイルを体験できるテーマパーク『metsä(メッツァ)』の『ムーミンバレーパーク』オープン。確かコンセプトはフィンランド語の『Sykli(サイクル)』。四季を意識したホームや目的の場所へ誘導を促すカモメをモチーフにした鳥など、自然環境のサイクルと人間の動きを対比させたデザインを取り入れたと以前耳にしていたがまだ訪れていなかったことを思い出しました。そして喜多見先生からまずは飯能市の概略の説明がありました。
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現在の飯能市は人口約8万人の市ですが山々が近くにあるので面積自体は埼玉県72市町村では3番目に広いとのことでした。市花はつつじ、市木は杉、市鳥はうぐいす、そして市のイメージキャラクターは西川材で作られた木馬の妖精「夢馬(ムーマ)」三歳の男の子で背中には木の羽があるようです。
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駅前からすぐに飯能銀座商店街がありました。
昔は飯能縄市(はんのうなわいち)といって江戸時代にはもう開かれていたといわれる六斎市だったようです。現在の大通りの仲町を中心ににぎわっていたようです。昔の住宅が立ち並んでおりついついキョロキョロしながら色々見られました。

川越屋(呉服屋)。
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龍長(鮮魚店)。
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亀屋(御茶煎餅)。
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麻喜。
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菊屋(陶器)。
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またこの辺りまでくるといずれの店先にも「薪」が積みあがっていたことが目につきました。きっと土地柄材木や薪の販売を多くしているのでしょう。そしてこの辺りでは前がコンクリート、後は木造の店舗がいくつか見られました。

和洋菓子店 夢彩菓すずき。
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こちらの店先には「げどう(外道)」がいました。これは「飯能まつり」の時、山車に乗って踊っているお面をかぶった人のことで、ユーモラスな姿と踊りで親しまれているとのことです。さらに外道は改心して神になったといわれているようでこのお店では門番、はたまた店番ということでしょうか。菓子の「げどう」はパイ生地で作られたシューの中に、柔らかい甘さのうっすら紫がかったつぶあんが入っていていました。ということで本日の埼玉の逸品としてお土産にいただきました。
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そしてお隣には「ヤマノススメ」も鎮座。
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これは飯能市を舞台にした 高校生の女の子たちがハイキングや登山に臨む物語。この少女たちが登山を通じて友情を深め、互いに成長していく姿を描いたアニメーションで飯能市は聖地だそうです。

新井家住宅(米穀商)中清米店。
江戸中期以来米穀商を営んできた新井家は、飯能を代表する大店。こちらは、穀物、桑、糸繭を商い、金高は町で最も多かったようです。

飯能の双木利一先生は、現飯能市の生まれで、小学校長、銀行支店長、消防連合会長、飯能町長、県会議員など多方面で活躍。公職中には飲料水の乏しい飯能地域に上水道建設を考え推進するなど市の発展に多大な貢献をされましたことで銅像がありました。

大野家住宅(絹の買継問屋)銀座堂 喫茶店。
大野佐十郎商店は昭和4年には生絹、銘仙、村山大島を扱っており、昭和12年には「生絹専門」(『飯能絹織物』)となったようです。

店蔵絹甚(絹商品)飯能市指定文化財。
この店蔵は明治37(1905)年に篠原甚蔵・長三父子によって建てられたものとのこと。絹甚は、明治10年代から呉服・太物小売、その後、糸繭仲買も始め経営を多角化していった様子がうかがえました。店の間口はさして広くなく奥へ奥へと入り、昔の建物の中を見せていただきました。

次は畑屋(横川家)。
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こちらは明治33年頃には既に大通りで料理屋として営業していたようです。
大通りからみて裏手にある木造3階建ての建物は大正期の建造といわれ、座敷では地場産業であった絹織物や材木商の旦那衆が商談や接待に利用し、近くには置屋もあって、飯能の町が最も賑やかだった頃の象徴ということができます。

般若山 長寿院 観音寺(はんにゃさん ちょうじゅいん かんのんじ)は真言宗智山派の寺院。 本尊は如意輪観世音菩薩・不動明王ほか。武蔵野七福神の1寺であり、不動堂に寿老人が安置されているとのことです。
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鐘撞き堂には第二次世界戦争中、鐘が供出されてしまったため堂のみが残されていたが、昭和40年頃に飯能銀座のせんべい店「亀屋」の店主が張り子の象を制作し、のちに観音寺の堂に収められて現在に至っている。なお飯能周辺にはかつてアケボノゾウが生息していて、入間市と飯能市境の入間川沿いでは化石も産出されているとのこと。

飯能河原はとても景色の良い所。ここは慶應2年に起きた武州世直し一揆で上名栗村から出た一揆勢500〜600もの人たちが集結した場所とのこと。
飯能戦争は戊辰戦争の一つとのことです。渋沢成一郎や尾高高惇忠、渋沢平九郎といった渋沢栄一の縁者が中心となって結成した振武軍が新政府軍と戦ったのです。従って埼玉ではこの地が唯一の戊辰戦争の戦場となのです。

昼食は清河園蜻蛉亭(せいかえんとんぼてい)の「おしゃべり弁当」でした。
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食後パンフをいただきちょっと見たらこのメニューはランチタイムのみ3080円とあり参加者一同で大いに驚き、道理で満腹になったことに納得でした。こちらのお店は法事やお祝いで使うお店の様で私などは普段伺うランクのお店ではないようでした。
余談ですがこのお店では蜻蛉=とんぼ=と読ませていましたが、PCで調べると蜻蛉=かげろう=だそうです。どちらにしても素人目には「とんぼ」も「かげろう」も区別がつきません。それに今時、「蜻蛉」の漢字を使っているのが貴重と思えました。
こちらの裏には名栗川と割石橋が見えました。

午後の部は割岩橋=飯能河原=飯能市立博物館=能仁寺=廣渡寺=飯能織物協同組合=飯能駅と予定されていました。しかし本日は自分が風気味でもありましたので午前の部で退散しました。ちょっと残念!

今日は天候に恵まれウォーキング日和でした。いつもの喜多見先生と共にTD小松さん、参加者29名の中には顔なじみも多く、気温18℃、風もなく和やかなウォーキングでした。そして私自身のこのツアーの記録帳を見れば、初回は2019年5月浦和区でしたが何とあと一つ「富士見市」で完歩です。しかし、6年目に入っていることを考えるとこれはまた手ごわい!。富士見市催行はいつになることやら???。トホホ・・・という感じです。でもまあ、懲りずに頑張ります。
posted by yunofumi at 14:04| あちこちウォーク