小学校3年生から夕食の支度をしていた私です。子供ですから、おかず類はマーケットに行き、馴染みのお店で目につくものを買い、お店のおばさんが「これもいいよ!」と勧められると鵜のみでした。そしてご飯は竈(かまど)で炊いていました。それからまもなく、確か1955年東芝の自動式電気釜を母が買ってきたのです。新しもの好きの母でしたからその後は洗濯機、テレビ、家電など、かなりご近所より早く買っていました。まあそれだけ子供に負担をかけていた自覚があったということでしょうか。
電気釜が我が家に来た時一番喜んだのは私です。何しろ大食いの兄がいました。当時母は午後7時ころの帰宅でしたから子供の私たちは先に夕飯をいただいていました。ですからご飯はたちまち兄が大部分食べてしまうのです。高校生の頃の兄はボート部でしたから丼3杯は食していたのでした。いやはや私の分はなくなっていたことも多かったということです。高校生時代は給食ではなく、売店での購買がありパンを食べていましたので夕食時の頃は腹ペコだったという時代です。まあ兄も同様だったかもしれませんが私にすればずっと兄の面倒を見てきたという気持ちが強く印象に残っています。このように兄の食欲に悩まされた生活は兄が高校を卒業して東京に旅立つまで続いたのでした。
2026年01月06日
2026.1.6 昔語りの4 兄の食欲
posted by yunofumi at 14:43| ドタバタ日記
2026年01月02日
2026.1.2 新年おめでとう
明けましておめでとうございます。埼玉はお蔭様で穏やかな年明けです。
お正月はいつもの通り!
娘のお手製のおせちをいただいた後、地元の八雲神社に初詣をして後はのんびりしています。


そこで早速2025年の振り返りです。昨年は仕事を辞めて自宅暮らしが本格的になりましたのでよく言えば“のんびり”、悪く言えば“ダラダラ”の日々でした。それでも1年間の動きを振り返ってみます。
スポーツジム(ビークイック)は10月迄ほぼ毎週、散歩を兼ねてのウォーキング、映画鑑賞、コンサート等などに行っておりました。
ところが4月末に知り合いから介護予防センターの利用を勧められました。ここは市民が65歳以上で登録さえすれば各種講座や機能訓練室の利用が可能でした。
正直、50年近くふじみ野市(旧上福岡市)の住人でしたが勤め人をしていた私は地元を何も知らなかったのです。市報もきちんと読んでいませんでした。
ということでいまさらのように市民意識をもって各種活動に目覚めた1年でした。
図書館2か所の利用、ステラウエストなどの施設、介護予防センターや大井福祉センターの各種講座の利用等など。
そして改めて気付いたのは、幸せなことに一歩も外に出ない日は月に数日!つまり相変わらずの動き回りようを維持していたのです。ですから万歩計も活躍中でほとんど日々8000歩を刻んでくれています。まあ、内科・歯科・眼科には定期的な受診を欠かさず、健康維持もまずまず。
このような調子ですからこの一年!、年金生活にドップリとも言えますが、まずは元気に過ごせたのです。
ということで暮れにお正月用の御せち料理造りをしている時に娘からはいよいよ“終活を本気でするように”との命が出ました。成る程と思い、今年は断捨離に本格的に取り組もうと思っています。・・・・さてどこまでできるでしょうか???
お正月はいつもの通り!
娘のお手製のおせちをいただいた後、地元の八雲神社に初詣をして後はのんびりしています。
そこで早速2025年の振り返りです。昨年は仕事を辞めて自宅暮らしが本格的になりましたのでよく言えば“のんびり”、悪く言えば“ダラダラ”の日々でした。それでも1年間の動きを振り返ってみます。
スポーツジム(ビークイック)は10月迄ほぼ毎週、散歩を兼ねてのウォーキング、映画鑑賞、コンサート等などに行っておりました。
ところが4月末に知り合いから介護予防センターの利用を勧められました。ここは市民が65歳以上で登録さえすれば各種講座や機能訓練室の利用が可能でした。
正直、50年近くふじみ野市(旧上福岡市)の住人でしたが勤め人をしていた私は地元を何も知らなかったのです。市報もきちんと読んでいませんでした。
ということでいまさらのように市民意識をもって各種活動に目覚めた1年でした。
図書館2か所の利用、ステラウエストなどの施設、介護予防センターや大井福祉センターの各種講座の利用等など。
そして改めて気付いたのは、幸せなことに一歩も外に出ない日は月に数日!つまり相変わらずの動き回りようを維持していたのです。ですから万歩計も活躍中でほとんど日々8000歩を刻んでくれています。まあ、内科・歯科・眼科には定期的な受診を欠かさず、健康維持もまずまず。
このような調子ですからこの一年!、年金生活にドップリとも言えますが、まずは元気に過ごせたのです。
ということで暮れにお正月用の御せち料理造りをしている時に娘からはいよいよ“終活を本気でするように”との命が出ました。成る程と思い、今年は断捨離に本格的に取り組もうと思っています。・・・・さてどこまでできるでしょうか???
posted by yunofumi at 15:48| ドタバタ日記
2025年12月06日
2025.12.6 昔語りの3 音楽への夢破れて
小学校6年生も終わり近づいたある日、“次は中学生だなあ”と思いつつ、机の中を整理していました。そこで小学1年生からの通知表を見つけ、何気なく見返し始めました。小3の2学期までは湯野小学校だったので格別に懐かしく見返したのです。そして1年の通知表を見て初めて気づきました。「美声ではないが正確に歌う」。この記入は何だろう!とよくよく見ると音楽の評点の横に追記があったのです。「美声ではないが正確に歌う」。これってどういうことかなあ!と。当時は音楽好きでいつもどこでも歌を歌いながら行動していた私でした。音楽の先生にあこがれていた時期でもあったのでびっくり!一日中ついていたラジオからは楽しい音楽、綺麗な歌声が流れていました。私の解釈の結論は『美声ではないとは人に聞かせる声ではないということなのね』と胸にこたえました。そしてそれからは一人では決して歌を歌うことをしなくなりました。でも歌を歌うことは好きだったので“合唱なら”ということでその後は合唱への参加に限っていました。合唱での参加は高校が終わるまで続きましたが絶対に一人で歌うことをせず、とうとう音楽教師にはなるまいと決心して教育学部や音楽大学は眼中になくなった私でした。この衝撃は薬学部に進学した後も後遺症が続き、大学時代は歌を歌うことやラジオを聴くこともせず、音のない世界にこもりっきりの時を過ごしていました。
その後社会に出てみるとカラオケがブームとなっていました。それでもあまり歌は歌いませんでした。ところがたまたま2022年、ふじみ野市の市民講座「健康発声」を見つけました。講師の相原先生はオペラにも出られる声楽の専門家でした。発声の工夫や重要性を説明され、終局的には健康のためにも声を出すことが大切とのことでした。この講座は月3回あり、発声の仕方などのお話しの後、唱歌などをその季節の時好に合わせてご紹介いただき、皆で歌います。おかげで今はこの講座がきっかけでYou Tubeで色々な歌を聴き、楽しめるようになってきました。また来月はカラオケのお誘いも受けました。それに参加しようかと80歳すぎてようやく呪縛から放たれ気分です。
その後社会に出てみるとカラオケがブームとなっていました。それでもあまり歌は歌いませんでした。ところがたまたま2022年、ふじみ野市の市民講座「健康発声」を見つけました。講師の相原先生はオペラにも出られる声楽の専門家でした。発声の工夫や重要性を説明され、終局的には健康のためにも声を出すことが大切とのことでした。この講座は月3回あり、発声の仕方などのお話しの後、唱歌などをその季節の時好に合わせてご紹介いただき、皆で歌います。おかげで今はこの講座がきっかけでYou Tubeで色々な歌を聴き、楽しめるようになってきました。また来月はカラオケのお誘いも受けました。それに参加しようかと80歳すぎてようやく呪縛から放たれ気分です。
posted by yunofumi at 09:15| ドタバタ日記
2025年12月05日
2025.12.5 失敗に学ぶ力を忘れずに
長年のお勤めに出る生活を止めて早や3か月たったころには大学卒業以来よくぞ飽きもせず50ウン年、日々仕事に出かける生活を続けていたかと自分でビックリしていました。
その間には2人の子育てもありました。
また勤務先の変更でお出かけ先があちらこちらにと変更もしました。大学卒業してすぐは職員寮でしたからバス通勤、次はアパート住まいになり電車通勤、その後は母と同居でこれは電車とバス通勤、その後は子供の送迎で車を持ち、車での通勤。
60歳での大変革は北海道の病院勤務になり、この5年間は病院敷地内の職員寮でししたから通勤はなかったのですがここでの部長業はいうなれば24時間勤務。今では考えられないこき使われ方だったとも言えますが、本人は面白くて、面白くて、日々むやみに只々働いていたのです。いうなればこの5年間はこれまでの人生で一番面白かったのです。そして65歳で埼玉に戻り、勤務の行先は浦和となりました。もちろん車通勤でしたからこの時代が一番自由を満喫していました。思いつくところにスッと行先変更し、これまた自由に遊びまわった感じです。何しろ子供は独り立ち、夫は退職して自由人。ということで帰宅時間や家の都合など一切気にせず遊びまわった印象です。ちょうどウォーキングも開始したころでしたからツアー参加もしょっちゅうでした。その頃、東海道五十三次ツアーに参加して3年かけての完歩は思い出深いです。ウォーキングは今現在の日々のウォーキングにつながっていますが、さすがにツアー参加は現在ほぼ終了しています。
さて2025年のはじまりの年明けから日々自宅暮らしになり、まずは3か月ダラダラしているか!と目的なしで過ごし、それでも基本は日々予定を入れてとにかく元気に動き回ろうとしていました。ところがこのころの3か月で大きな失敗を3回しました。
@ 講座の参加時間の勘違い
A 電車の乗り間違い
B 診察予約を忘れてすっぽかし
これらには自分でもびっくり、大きな衝撃の出来事でした。ということで生活改善を考えました。
まず@予定を記入するスケジュールを記入する小型のスケジュール帳を持つ。もうひとつ、A日々の生活の活動結果を記入する備忘録を持つ。
私は本来何事も記録するのが好きですからこの2冊の記録帳は現在大成功になっています。@予定帳はうんと小さく、そして軽いのでお出かけにはいつも携帯しています。
またAは従来から使っている高橋手帳と同型ですから書きやすいのです。
ということで4月からは順調な日々です。ヤレヤレ!!
また生活で役に立つことを思いついたら即実行で過ごしました。
これ以後現在でも日々変わらずの目標は1日1回外に出ること、1日5000歩以上歩くこと、歌を歌う、知り合いに会ったら声出しで挨拶すること、寝る前に簡単な体操をすること等など。
今後改善を思いついたらまた実行していくことにします。
ということで2025年も12月になりました。色々実行してきた1年間でしたがまずまず無事に終了しそうです。
その間には2人の子育てもありました。
また勤務先の変更でお出かけ先があちらこちらにと変更もしました。大学卒業してすぐは職員寮でしたからバス通勤、次はアパート住まいになり電車通勤、その後は母と同居でこれは電車とバス通勤、その後は子供の送迎で車を持ち、車での通勤。
60歳での大変革は北海道の病院勤務になり、この5年間は病院敷地内の職員寮でししたから通勤はなかったのですがここでの部長業はいうなれば24時間勤務。今では考えられないこき使われ方だったとも言えますが、本人は面白くて、面白くて、日々むやみに只々働いていたのです。いうなればこの5年間はこれまでの人生で一番面白かったのです。そして65歳で埼玉に戻り、勤務の行先は浦和となりました。もちろん車通勤でしたからこの時代が一番自由を満喫していました。思いつくところにスッと行先変更し、これまた自由に遊びまわった感じです。何しろ子供は独り立ち、夫は退職して自由人。ということで帰宅時間や家の都合など一切気にせず遊びまわった印象です。ちょうどウォーキングも開始したころでしたからツアー参加もしょっちゅうでした。その頃、東海道五十三次ツアーに参加して3年かけての完歩は思い出深いです。ウォーキングは今現在の日々のウォーキングにつながっていますが、さすがにツアー参加は現在ほぼ終了しています。
さて2025年のはじまりの年明けから日々自宅暮らしになり、まずは3か月ダラダラしているか!と目的なしで過ごし、それでも基本は日々予定を入れてとにかく元気に動き回ろうとしていました。ところがこのころの3か月で大きな失敗を3回しました。
@ 講座の参加時間の勘違い
A 電車の乗り間違い
B 診察予約を忘れてすっぽかし
これらには自分でもびっくり、大きな衝撃の出来事でした。ということで生活改善を考えました。
まず@予定を記入するスケジュールを記入する小型のスケジュール帳を持つ。もうひとつ、A日々の生活の活動結果を記入する備忘録を持つ。
私は本来何事も記録するのが好きですからこの2冊の記録帳は現在大成功になっています。@予定帳はうんと小さく、そして軽いのでお出かけにはいつも携帯しています。
またAは従来から使っている高橋手帳と同型ですから書きやすいのです。
ということで4月からは順調な日々です。ヤレヤレ!!
また生活で役に立つことを思いついたら即実行で過ごしました。
これ以後現在でも日々変わらずの目標は1日1回外に出ること、1日5000歩以上歩くこと、歌を歌う、知り合いに会ったら声出しで挨拶すること、寝る前に簡単な体操をすること等など。
今後改善を思いついたらまた実行していくことにします。
ということで2025年も12月になりました。色々実行してきた1年間でしたがまずまず無事に終了しそうです。
posted by yunofumi at 10:56| ドタバタ日記
2025年11月29日
2025.11.29 身体の機能を保ちたいという願望
もう長年スポーツジムに通い細々と体力保持を心がけている私です。しかしながら昨年末の退職で電車通勤がなくなったことでどうやら1日5000〜8000歩が維持出来ないかもということで本格的に身体の機能を保つことを考えないといけないと決心。そこでたまたま今まで通っていたジムのことを振り返りました。
ジムは年々値上がりする!一回伺うと約1時間半はかかる!精々週一回しか通っていない!など今までのことを反省。そして退職後利用しているふじみ野市立の体育館や介護予防センターの機能など見直しました。
体育館の隣にいろいろ機材のあるジムもありました。でも順次皆で使い合うのにはちょっと競争率も高く、何かと気を使いました。そこで次は介護予防センターです。まずぴんしゃん体操に参加し、日々自宅でもやってみました。でもちょっと物足りない!ということで今度はこのセンター内の機能訓練室に目をつけました。
こちらには「アブドミナル・ローワパック、ショルダープレス・ラットプル、レッグエクステンション・カール、チェストプレス、アブダクション・平行棒・IBRA」があります。いずれも使用時間や回数制限があるとはいえこの施設利用者が65歳以上ですから十分なようです。

まず初回講習会で各機材の使い方の説明を受講。説明役の作業療法士はとても丁寧でわかりやすく、これなら出来そう!と一安心。このような調子で日々過ごしておりましたら早くも九月も終了。そして十月、11月と日々は過ぎ、11月は週3回このお部屋での訓練が軌道に乗ってきて、大成功!多分当分続けます。こうして数日で早やくも12月。月初めの1日にはいつものごとく保健センターのタニタの活動量計でのBody Composition Analyzerでチエックをしてきます。いつものごとく筋肉量やBMIが保持されていればこの調子でよいということで一件落着になるはずです。
ハイ、ということで楽しみです。
ジムは年々値上がりする!一回伺うと約1時間半はかかる!精々週一回しか通っていない!など今までのことを反省。そして退職後利用しているふじみ野市立の体育館や介護予防センターの機能など見直しました。
体育館の隣にいろいろ機材のあるジムもありました。でも順次皆で使い合うのにはちょっと競争率も高く、何かと気を使いました。そこで次は介護予防センターです。まずぴんしゃん体操に参加し、日々自宅でもやってみました。でもちょっと物足りない!ということで今度はこのセンター内の機能訓練室に目をつけました。
こちらには「アブドミナル・ローワパック、ショルダープレス・ラットプル、レッグエクステンション・カール、チェストプレス、アブダクション・平行棒・IBRA」があります。いずれも使用時間や回数制限があるとはいえこの施設利用者が65歳以上ですから十分なようです。
まず初回講習会で各機材の使い方の説明を受講。説明役の作業療法士はとても丁寧でわかりやすく、これなら出来そう!と一安心。このような調子で日々過ごしておりましたら早くも九月も終了。そして十月、11月と日々は過ぎ、11月は週3回このお部屋での訓練が軌道に乗ってきて、大成功!多分当分続けます。こうして数日で早やくも12月。月初めの1日にはいつものごとく保健センターのタニタの活動量計でのBody Composition Analyzerでチエックをしてきます。いつものごとく筋肉量やBMIが保持されていればこの調子でよいということで一件落着になるはずです。
ハイ、ということで楽しみです。
posted by yunofumi at 21:11| ドタバタ日記
2025年11月23日
2025.11.23 昔語りの2 三八豪雪
今年の冬2025年2月はあちらこちらで大雪でした。北陸は元より、北海道・東北・島根などビックリするくらいの積雪となりました。何しろ6時間で30pは大雪なのをよく知る私はびっくりなのです。そして大雪が降るといつも“三八豪雪”を思い出します。
三八豪雪とは1962年12月から1963年(昭和38年)2月にかけて北陸を中心に東北地方から九州にかけての広範囲の地域に起こった雪害です。私が住んでいた寺井では朝起きると一階の窓の上まで雪が積もっており、2m以上になっていたと思います。玄関のドアも開かず少しずつ除雪し、そして雪を振り固め、その上を歩くという状態で家並みの屋根と同じ高さの雪道を進み、ようやく自衛隊が一晩中除雪していた国道八号線までたどり着きほっとしたものです。
その時、とにかく小中高と無遅刻無欠席の私でしたから早く登校せねばと4km超の道をしゃにむに徒歩で進み小松高校に到着。ほっとしていると“本日は休校!”。びっくりでした。今と違い当時はラジオでの情報くらいでしたし、ウエザーニュースも耳にしていなかった時代のできごとでした。
日々の生活面の状況は全く覚えていないのですがこの高校までの雪道を歩いた経験はとても貴重で何事があってもとにかく状況把握をするという教訓が身に染みており、その後の人生ではどうにか何事にも乗り越えられていると実感しております。
三八豪雪とは1962年12月から1963年(昭和38年)2月にかけて北陸を中心に東北地方から九州にかけての広範囲の地域に起こった雪害です。私が住んでいた寺井では朝起きると一階の窓の上まで雪が積もっており、2m以上になっていたと思います。玄関のドアも開かず少しずつ除雪し、そして雪を振り固め、その上を歩くという状態で家並みの屋根と同じ高さの雪道を進み、ようやく自衛隊が一晩中除雪していた国道八号線までたどり着きほっとしたものです。
その時、とにかく小中高と無遅刻無欠席の私でしたから早く登校せねばと4km超の道をしゃにむに徒歩で進み小松高校に到着。ほっとしていると“本日は休校!”。びっくりでした。今と違い当時はラジオでの情報くらいでしたし、ウエザーニュースも耳にしていなかった時代のできごとでした。
日々の生活面の状況は全く覚えていないのですがこの高校までの雪道を歩いた経験はとても貴重で何事があってもとにかく状況把握をするという教訓が身に染みており、その後の人生ではどうにか何事にも乗り越えられていると実感しております。
posted by yunofumi at 20:25| ドタバタ日記
2025.11.23 昔語りの1 三歩下がって
昭和19年6月、終戦前生まれの私は誕生の年に両親の故郷、今の石川県能美市に移り住みました。母の実家は九谷焼の工場をやっていましたので住まいや工場が敷地内にあり広大な敷地でのびのびしており、子供の私は戦争などを全く感じない状況でした。私たち家族は出征中の父はもちろん留守、母と兄と私は母の実家の離れに住まいしていました。母はもともとこの家の跡取り娘だったのでしたがその権利を親戚の方に譲り、外様の家族状態ということで離れを住まいに当てがわれたのです。そこは九谷焼製造工場に続く日本庭園を前にした“離れ”で今思えば枯山水の素敵なお庭でした。終戦前には父はすでに戦死していました。そこでこの地で小学校3年生まで過ごした後、寺井町にできた町営住宅に転居し、家族3人だけの生活が始まりました。もちろん小学校は湯野小学校から寺井小学校に転校し、生活は大いに変わりました。第一は明治45年生まれの母が薬剤師資格を持っていたことから金沢の病院に勤務しはじめたのです。そうしたことから日中は兄と私の二人だけの生活です。学校から帰ると私はそばのマーケットまで買い出しです。母が事前に頼んでいた八百屋さん、魚屋さんなどで“つけ”で気ままに買物をし、家に帰って竈でご飯を炊き、夕食をすませました。その後は銭湯にでかけるのです。宵闇が迫る時間ですからちょっと怖がりの私は兄の後ろについて必死に遅れないように歩くのです。そして少しでも兄に近づくと「三歩下がってついてこい!」と厳しく言われました。この言葉は現在の私に今も生き続けており、兄への畏敬の念、というよりは兄妹の親密さを妨げ続けている思いが残っています。ということで現在は年老いた兄を見るにつけそれでも一体感のある兄妹になり切れない思いを引きずっている私なのです。
posted by yunofumi at 11:02| ドタバタ日記
2025年11月21日
2025.11.21 世田谷文学館へお出かけ
一昨日ふと目にした情報でドナルドキーン展ー世田谷文学館にてーを見過ごすことができず、早速お出かけしました。
上福岡駅から芦花公園駅までは、東上線、JR、京王線と乗り換えが多く、おまけに新宿駅が工事で迷路のようになっており、約1時間半かかりました。
受付に伺うと高齢者は無料ということでこれには大いに助かりました。


ドナルド・キーン展は彼の生育歴をはじめ学歴、職歴などなど、とても詳しく示されており、改めて彼の人となりが再認識できました。また交友関係も広いことなども言わずもがなで再認識できました。
川端康成や三島由紀夫などなど文筆家、学者、作家、、、。
それにしても日本語でもお手紙の文字や文章が素晴らしくて驚きました。
そういえば何年か前、北陸路のドライブのひとり旅で柏崎のドナルド・キーン文学館に伺ったことを思い出しました。
あの時は彼の書斎を再現してあるのがとても印象に残っています。
そんなこんなですっかりじっくり鑑賞しましたのでお昼も過ぎておりカフェで一休み!

その後こちらの文学館の30周年コレクションを見て退散しました。
秋の日差しがいっぱいの一日、今日も充実した時間が持てて大満足でした。
やはり身体と心が自由に動き回れることがとても幸せなことだと再認識した次第です。
上福岡駅から芦花公園駅までは、東上線、JR、京王線と乗り換えが多く、おまけに新宿駅が工事で迷路のようになっており、約1時間半かかりました。
受付に伺うと高齢者は無料ということでこれには大いに助かりました。
ドナルド・キーン展は彼の生育歴をはじめ学歴、職歴などなど、とても詳しく示されており、改めて彼の人となりが再認識できました。また交友関係も広いことなども言わずもがなで再認識できました。
川端康成や三島由紀夫などなど文筆家、学者、作家、、、。
それにしても日本語でもお手紙の文字や文章が素晴らしくて驚きました。
そういえば何年か前、北陸路のドライブのひとり旅で柏崎のドナルド・キーン文学館に伺ったことを思い出しました。
あの時は彼の書斎を再現してあるのがとても印象に残っています。
そんなこんなですっかりじっくり鑑賞しましたのでお昼も過ぎておりカフェで一休み!
その後こちらの文学館の30周年コレクションを見て退散しました。
秋の日差しがいっぱいの一日、今日も充実した時間が持てて大満足でした。
やはり身体と心が自由に動き回れることがとても幸せなことだと再認識した次第です。
posted by yunofumi at 20:09| ドタバタ日記
2025年11月15日
2025.11.15 ファミリー狂言会に参加しました。
本日はふじみ野ステラ・イーストホール棟開館記念事業の一環である「萬狂言ファミリー狂言会」に行ってきました。

狂言といえば野村先生の一族が活躍する一派です。
演目は狂言「仏師」と「梟(ふくろう)山伏」でした。
まず最初に狂言のお話として野村万之丞さんが説明をしてくださいました。言葉使いや登場人物など丁寧なお話でした。
その後まず最初に「仏師」。田舎者の男が京都で仏師を探してまんまと詐欺師に引っ掛かるお話。ちょっとしたコメディタッチで観客からはクスクス笑いが漏れました。
休憩の合間には狂言の仕草などを体験するコーナーもありました。
そして「梟山伏」は兄弟が登場して弟が山から帰ってから様子がおかしいので山伏に祈祷や治療をお願いしたけど結局は山伏も含めて3人とも奇妙な仕草をするようになり大いに笑い転げた次第なのです。
最後には狂言体操と称して色々な仕草を見せていただきそれを真似して体操もどきでした。

まあ、結局、堅苦しくなくあっという間の2時間で楽しかったです。
ホールも使いやすかったようで、今後もこのような催しが多く開催されることを期待して帰路につきました。
狂言といえば野村先生の一族が活躍する一派です。
演目は狂言「仏師」と「梟(ふくろう)山伏」でした。
まず最初に狂言のお話として野村万之丞さんが説明をしてくださいました。言葉使いや登場人物など丁寧なお話でした。
その後まず最初に「仏師」。田舎者の男が京都で仏師を探してまんまと詐欺師に引っ掛かるお話。ちょっとしたコメディタッチで観客からはクスクス笑いが漏れました。
休憩の合間には狂言の仕草などを体験するコーナーもありました。
そして「梟山伏」は兄弟が登場して弟が山から帰ってから様子がおかしいので山伏に祈祷や治療をお願いしたけど結局は山伏も含めて3人とも奇妙な仕草をするようになり大いに笑い転げた次第なのです。
最後には狂言体操と称して色々な仕草を見せていただきそれを真似して体操もどきでした。
まあ、結局、堅苦しくなくあっという間の2時間で楽しかったです。
ホールも使いやすかったようで、今後もこのような催しが多く開催されることを期待して帰路につきました。
posted by yunofumi at 21:39| ドタバタ日記
2025年11月03日
2025.11.3 文化の日は楽しみました
昨夜の天気予報で今日の晴天が予測できていたのでまずは南古谷のユナイテッドシネマへお出かけし「てっぺんの向こうにあなたがいる」の鑑賞。
この映画は川越在住だった女性登山家田部井さんの伝記が元とのでしたから。
1975年の女性だけのエベレストの登頂はそれは大変だったようです。その様子も少しわかりましたが、資金集めよりやはり人間関係がたいへんだったこと、家族間の調整など、とっても身につまされました。またその後がんの告知を受けての過ごし方も壮絶でした。人の生き様をずいぶん考えさせられました。
午後地元に帰り、中央公園の「第17回ふじみ野市産業まつり」に間に合ったのでちょっと立ち寄りました。
すでに市内にはお知らせが配布されていましたので、楽しみにしていた方も多かったようでかなりの人出でした。

広い公園にはテントが立ち並び様々な出店がありました。私個人としては今流行りのお米券やふじみんのお人形が目につきましたが、やはり花より団子、つきたてのお餅とお団子をゲット!
盆栽屋てつさんの豆盆栽が欲しかったですが以前枯らしたことがあるので我慢。
ということで本日も一日楽しく過ごしました。
そして、また明日からの秋を楽しみます。
この映画は川越在住だった女性登山家田部井さんの伝記が元とのでしたから。
1975年の女性だけのエベレストの登頂はそれは大変だったようです。その様子も少しわかりましたが、資金集めよりやはり人間関係がたいへんだったこと、家族間の調整など、とっても身につまされました。またその後がんの告知を受けての過ごし方も壮絶でした。人の生き様をずいぶん考えさせられました。
午後地元に帰り、中央公園の「第17回ふじみ野市産業まつり」に間に合ったのでちょっと立ち寄りました。
すでに市内にはお知らせが配布されていましたので、楽しみにしていた方も多かったようでかなりの人出でした。
広い公園にはテントが立ち並び様々な出店がありました。私個人としては今流行りのお米券やふじみんのお人形が目につきましたが、やはり花より団子、つきたてのお餅とお団子をゲット!
盆栽屋てつさんの豆盆栽が欲しかったですが以前枯らしたことがあるので我慢。
ということで本日も一日楽しく過ごしました。
そして、また明日からの秋を楽しみます。
posted by yunofumi at 14:29| ドタバタ日記