2022年11月11日

2022.11.6. 第45回スリーデーマーチ3日目【五領沼・湧水ルート】

朝から快晴!絶好のウォーキング日和の中を出発。今日もゆるキャラがお見送りです。
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スタート(東松山市役所広場)⇒松山幼稚園⇒八幡神社⇒箭弓稲荷神社⇒東松山箭弓郵便局⇒幸町⇒桜山歩道橋⇒ビバモール⇒五領沼公園⇒五領湧水⇒新明小学校⇒松本町1丁目緑地⇒東松山市立図書館⇒下沼公園⇒市役所⇒ゴール
19℃晴天。実質6.3km、スタート10:30、ゴール12:50。

五領沼公園はとてもきれいで思わず休憩して風景をたのしみました。
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五領湧水は本当に澄み切った水で、鯉たちが悠然と泳いでいました。
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途中、カリンでしょうか。見事な実りでした。
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いよいよゴール近くではパレードに出会いました。
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パレードのしんがりに第一生命グループ、武蔵野銀行、埼玉りそな銀行など、各々200名ほど参加でした。
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もちらんお囃子も賑やかに参加していました。
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駅前に戻るとウォーキングの街らしく「楽しみながら歩けば 風の色が見えてくる」の像に出会いました。IMG_7036no2.JPG

こうして3日間を楽しく過ごせて大満足!しかしこのコロナ禍での鍛錬が足りなかったことも実感。また明日からウォーキングに精出すことにいたします。お土産と記念品はありがたくいただきました。
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これにてようやく連続8年間参加が達成できました。
posted by yunofumi at 10:49| あちこちウォーク

2022年11月10日

2022.11.5 第45回スリーデーマーチ2日目【百穴ルート】

今朝は薄曇りながら午後には晴れるとのことで気分よくスタートしました。

スタート(東松山市役所広場)⇒松山幼稚園⇒八幡神社⇒家具インテリア岡本⇒嶋屋造り酒屋⇒上沼公園⇒西友⇒砂田第1公園⇒砂田第2公園⇒カフェレストランプランタン⇒市の川橋⇒岩室観音⇒吉見百穴⇒滑川・吉見百穴桜堤・東松山ペットメモリアルパーク⇒シャロム病院⇒不動橋⇒菅原神社⇒小松原公園⇒石井ペインクリニック⇒松山神社・大鳥神社・浅間神社⇒レンガの小道⇒市役所⇒ゴール
気温17℃、薄曇〜晴で実質6.9km、スタート10:30、ゴール13:10

今朝も早くから皆さんが元気!
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街中のマンホールがカラフルでした。
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東松山はボタン園が有名なのです。

こちたら有名な鏡山のお店。
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上沼公園は一面紅葉できれいでした。
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季節の花が優しく咲いていました。
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松山城址は岩室観音の奥なので行きませんでした。
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吉見百穴には219個の穴があるのです。
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途中、セブンイレブンで青空を見上げて休憩しました。
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レンガの小道はちょっとした路地で風情がありました。
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市役所に近づくにつれ、もうお祭り騒ぎでよさこいおどりや太鼓の演奏がありました。
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地元の上福岡では中央公園の紅葉や花々がきれいでした。
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本日は実質6.9km。でもことのほか疲れました。まずは鍛錬が不足だったようです。懲りずに明日も頑張ります。

2日目参加者:5km(1326名)、10km(10751名)、20km(3480名)、30km(1035名)、40km(123名)、50km(356名)、合計17071名と翌日に発表されていました。
posted by yunofumi at 17:38| あちこちウォーク

2022年11月09日

2022.11.4. 第45回スリーデーマーチ1日目【箭弓稲荷神社ルート】

去年までの2年間コロナ禍で中止になっていた3日間のウォーキング大会です。今年は事前予約のみという形で制限された大会でしたが、まずはお天気に恵まれて気持ち良く参加いたしました。
コロナ禍でウォーキングが不足がちでしたので、今年は体調のことも考え初日は箭弓稲荷神社ルートに参加しました。

スタート(東松山市役所広場)⇒第一小学校⇒県立松山高等学校⇒椿地蔵⇒第2なかよし保育園⇒東松山市民体育館⇒BOSCH駐車場⇒BOSCH工場⇒箭弓稲荷神社⇒文化通り歩道橋⇒東松山市役所⇒ゴール

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5kmコースは「まつやまさんぽ」と称し、どなたでも参加しやすいように作られていました。本日のウォーキングの実際の距離は5.4km。私のスタート10:30、ゆったりウォーキングでゴール12:00。途中、花々や紅葉を楽しみ余裕でした。
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BOSCHの傍では子供さんの絵画が張り出されており、楽しく見ました。
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ゴールに近づくにつれすべてのコースの方々が来ますので一大混雑!
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本日、気温は2℃、薄曇り、ウォーキングにはちょうど良かった。また明日もがんばります。

今日の参加者、5km(403名)、10km(12557名)、20km(1506名)、30km(622名)、
40km(109名)、50km(329名)合計15526名と翌日に発表されていました。
posted by yunofumi at 19:28| あちこちウォーク

2022年10月26日

2022.10.24 秋の越後上州のバス旅

ウエスタ川越7:00集合でバス旅に知人と参加。この度はステップトラベル主催のほぼお買い物ツアーなのです。少し小雨でしたがそれにもめげず参加です。
平日なので順調に「あかぼり小菊の里」に到着しましたが、ほとんど菊は咲いておらず残念。
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コキアが咲いていました。
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小菊はこの通り.
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次は群馬まいたけセンターです。
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次は上州物産館。
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そして生ゆば処町田屋。こちらは湯葉を掬い取ってすぐ食べるなどの体験。
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ちょっと面白かったです。
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原田農園。
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こちらはリンゴ狩りもできますし、様々な加工品、リンゴパイやバウムクーヘンなどが特に美味しそうでした。
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最後にさらに新潟まで足を延ばし、湯沢高原に到着。
温泉に入る方、街歩きの方等いろいろ。私たちは雲が切れてきたのでロープウェイで高原へ上りました。
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少し寒かったですが紅葉も見られ、まずまずの景色でした。
そしてゆったり、まったりでしたので「THE SPOT」で本日初めておいしくカフェラテとシフォンケーキをいただき、大満足。
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ということで18:40には自宅に帰りつきました。お土産は娘の希望で味噌とりんご。
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所要時間約12時間、9000歩、ほぼ曇り空の中でしたがまずまずの小旅行でした。
posted by yunofumi at 16:06| ドタバタ日記

2022年10月23日

2022.10.21 再び本庄市へ

5日前に本庄市の街歩き終え帰宅後、本庄市の成り立ちをきちんと見たところ、台地にある本庄市内とちがい、以前児玉郡だった所に多く古墳があることも知りました。また児玉地域はかの有名な国学者塙保己一さんの出身地ともわかり、児玉地区を中心に再度の本庄市訪問をすることにしました。

自宅⇒三芳PA〜関越自動車道〜本庄・児玉SA〜本庄市児玉総合支所・塙保己一記念館⇒雉岡城跡⇒競進社模範蚕室⇒菓子司・梅月堂⇒實相寺⇒本庄市児玉総合支所〜塙保己一旧宅〜本庄市観光農業センター・成身院百体観音堂〜そばうどんまつだ〜早稲田の杜ミュージアム〜本庄児玉PA〜自宅

まず自宅から三芳PAで関越自動車道に乗り本庄・児玉SAで下に降り、本庄市児玉総合支所までナビで62km、約1時間と出ましたので、それなりに心の準備をして愛車でスタート。何の問題もなく無事到着。前日に本庄市児玉総合支所に予約を入れていたので可愛い職員さんが私の立てたプランを点検してくださり、大助かり。
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本庄市児玉総合支所の隣に塙保己一記念館がありました。
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東京渋谷辺りのウォーキングですでに塙保己一先生の温故学会のことを知っていたので、記念館では最終的に生い立ちも含め知識の確認ができました。
塙保己一は江戸時代の延享(えんきょう)3年(1746年)から文政(ぶんせい)4年(1821年)まで生きた方。盲目なのに大文献集「群書類従(ぐんしょるいじゅう)」666冊の集積、国学の研究の場として現在の大学ともいえる「和学講談所(わがくこうだんしょ)」を創設、生涯、自分と同じように障害のある人たちの社会的地位向上のために全力を注いだのです。
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ヘレン・ケラーが1937年(昭和12年)に来日し、「群書類従」の版木や塙保己一の小さなブロンズ像に触れた話は有名です。

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雉岡城(きじがおかじょう)、別名八幡山城(はちまんやまじょう)
山内上杉家によって児玉郡八幡山の独立丘陵に築かれた城ではあるが、鎌倉時代には武士が居住していたと考えられており、城としての形態に整備されたのが室町時代末期(戦国時代初期)とされる15世紀後半に築かれたと言う事になるのです。
150年近い歴史をもち、最終的には松平家1万石の城となり、八幡山藩が立藩するものの、江戸時代をむかえる前に廃城となった。
今、雉岡城跡(城山公園)には300本のソメイヨシノが植えられており桜の名所として知られているようです。

競進社模範蚕室
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元々、木村久蔵が設立した養蚕を目的とした競進社を、より大規模にするためにできたのが競進社模範蚕室。1884年(明治7年)には養蚕の改良と伝習の為に組織化を進め、競進社となって養蚕の指導、指導者の育成活躍したのです。建物などは当時としてはとても立派でした。
蚕棚
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養蚕道具
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菓子司・梅月堂
目まで楽しませてくれる斬新な創作菓子でも知られる明治30年創業の老舗菓子店。 昔からの最中や饅頭のほか、洋生菓子のコーナーもあり創作菓子もあるようでした。

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實相寺(じっそうじ)は児玉三十三霊場五番札所。総検校塙保己一先生菩提寺。為大願成就。御両親の追善供養ローソク立て現存。県指定文化財、鎌倉中期の阿弥陀三尊像。庭に樹齢100年のしだれ桜があるので春は見事とのことです。

塙保己一旧宅
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盲目の国学者、塙保己一は1746年5月5日、児玉郡保木野村(現本庄市児玉町保木野)に生まれました。7歳で失明し、15歳で江戸に出て修行を積み総検校という最高位に登りつめました。この児玉町保木野にある保己一の生まれた入母屋造りの茅葺き二階建ての生家は、国の史跡になっているようです。
記念館に保己一のお宅の家系図がありましたがまだ子孫がはっきりして、そしてそのお宅にそのまま住んでおられるなんて、びっくりですね。

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本庄市観光農業センターは児玉町小平にある観光施設。春には桜や山ツツジ、夏には紫陽花(あじさい)、秋は紅葉、冬にはロウバイが咲き、自然を感じながら、里山の豊かさを楽しめるようです。ここで日本三大さざえ堂のひとつ『成身院百体観音堂』の拝観受付を行っていました。私も見せていただきました。

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成身院百体観音堂は会津若松の旧正宗寺三匝堂、群馬県太田市の曹源寺とならび、日本三大さざえ堂として知られています。
天明3年(1783)におきた信州浅間山の大噴火の犠牲者を弔うために建立されました。外観2層、内部3層で回廊式になっている珍しい建築様式です。1層は秩父三十四観音、2層は坂東三十三観音、3層は西国三十三観音が安置されています。市の指定文化財になっています。
観音堂の正面には、同じく市指定文化財となっている大鰐口があります。直径180p、厚さ60p、重さ750sもの大きさです。桜の時期がおすすめです。お堂の周囲を桜が囲み、美しい光景です。

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昼食は通りすがりで「そばうどんまつだ」でいただきました。
これがなかなか美味しかったのですが、びっくりするほど大盛り。そういえば先日にファームキッチンもえらく大盛りでした。ひょうっとすると本庄は大盛の街かも、、、。

早稲田の杜ミュージアム。
先日は1階の展示室のみ見学でした。こちらの埴輪の世界は実に面白かったので再度、じっくり見た後、2階の特別展「久下東・久下前遺跡展」、その後早稲田大学展示室もじっくり見られました。本来“昔”に興味がない私ですが今回はさすがに少々感嘆しました。
はにぽんの元になった埴輪
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大きな炮烙(ほうらく)
中ほどに文字が見えました
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お土産に梅月堂のお菓子と本庄早稲田の杜ミュージアムで記念の「はにぽん」をゲット。
ちょっとした遊び心でした。そして本日は晴天、気温22℃、ドライブは160km、ウォーキングは1万歩でしたからまずまずの1日となりました。ということで本庄市はこれで卒業といたします。
posted by yunofumi at 17:50| あちこちウォーク

2022年10月22日

2022.10.16さいたま新発見 ぶらり街あるき 本庄市

2022.10.16さいたま新発見 ぶらり街あるき 本庄市
本日は「雨はなし」との予報で意気揚々と自宅を出発。しかし上福岡〜川越が東武東上線、川越〜大宮がJR川越線。大宮〜本庄が高崎線、ということでほぼ2時間を要しました。そしてようやく22名で10:00本庄駅をスタートしました。

JR本庄駅⇒本庄駅北口信号⇒本町三交商店街⇒城立寺⇒バレガルニエ⇒旧本庄仲町郵便局跡⇒仲町愛宕神社⇒仲町会館・あたご山小公園⇒開善寺通り⇒開善寺⇒うなぎ藤井⇒寺坂橋⇒賀美橋⇒若泉第一公園⇒阿夫利天神社⇒普寛霊場⇒安養院⇒御菓子司せきね⇒田村本陣の門⇒旧本庄警察署⇒旧本庄商業銀行煉瓦倉庫⇒はにぽんプラザ⇒本庄のチンチン電車⇒ハナファームキッチン(昼食)⇒本庄早稲田ミュージアム⇒マリーゴールドの丘公園⇒本庄早稲田駅

JR本庄駅は1883年開業。駅に着くとアナウンスが「ほんじょう」と一本調子。実はこれって「根性」と発音するイントネーションではなく「温情」のイントネーションが正しいとのこと。地元愛にびっくりでした。
本庄は江戸から数えて10番目の「本庄宿」、中山道では最大の宿場だったそうで、皇女和宮が降嫁の際に田村本陣に宿泊されたとのことです。
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改札前には本庄市を盛り上げた有名人をはじめ色々な花々や名所が描かれた額がありました。人としては普寛上人、塙保己一、木村九蔵などが見られました。

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城立寺(じょうりゅうじ)は日蓮宗系の寺院。正式には鉢形山浄眼院。普寛霊場とともに武州本庄七福神めぐりの大黒尊天が祀られているとのことでした。

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黒木メイサさん主演の「昴−スバル」という映画で使われたのがこのバレガルニエ。
宮本すばる(黒木メイサ)がバレエと出会い のめり込んでゆく場末の小劇場「パレ・ガルニエ」が正にここ「寿ホール」だそうです。

旧本庄仲町郵便局は昭和9年に建築されたアールデコ調の装飾がされていた局舎で今は国登録有形文化財に登録されているとのことでした。ちょっとほったらかしという感じで、もう少し何とかしてもらいたい!せめて「旧本庄仲町郵便局」の案内板が欲しい!

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仲町愛宕神社。
古墳を利用して建立された愛宕神社の小さな社殿の石段脇にはご神木のケヤキの大木がありました。南北の二本立ちとなっており、いずれも目通りは4mを超え、根回りも迫力があるようです。神社の御神木となっている他、本庄市の天然記念物に指定されているとのことです。

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開善寺(かいぜんじ)は、臨済宗妙心寺派の寺院。武州本庄七福神めぐりの布袋尊が祀られているとのこと。1591年(天正19年)、小笠原信嶺が開基。信嶺は前年に主君の徳川家康より本庄領1万石を封ぜられ、信嶺自身の菩提寺として創建したのがこちらとのこと。寺号の「開善寺」は、父の信貴が再興した開善寺(長野県飯田市)に由来するようです。小笠原氏はその後も転封を繰り返し、最終的に越前国勝山藩に落ち着き、勝山にも開善寺を創建しているとのことでした。
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小笠原掃部太夫信嶺公夫妻墓は古墳の上に築かれているようです。小笠原信嶺は旧武田氏配下の徳川氏の家臣で、天正18年豊臣氏の関東攻めにより本庄氏滅亡後本庄城を賜り、本庄領1万石を領しました。天正19年に開基となって開善寺を建立したのです。

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本庄かるたは市制30年を記念して1984年にできたようで92枚はあるようです。今日は訪れた寺院でよく石碑になっているのを見かけました。

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寺坂橋は伊勢崎と本庄を結ぶ旧伊勢崎道に建設され、元小山川に架かっている橋。橋長7.6m、幅員3.3mで、ライズ比約1/5の扁平なアーチからなる石造単アーチ橋。現在使われている石造アーチ橋としては埼玉の橋で 最古の橋だそうです。

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賀美橋は伊勢崎と本庄を結ぶ伊勢崎振動に建設され、元小山川に架る、橋長6.3m、幅院9.0mの鉄筋コンクリート造単桁橋。高欄に白タイル貼の連続アーチをあしらい、親柱の各面に三角ペディメントを表すなど、装飾的に凝ったつくりとなっているのです。

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若泉第一公園は桜の名所で市民の憩いの公園。約100本の桜がありそうです。

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阿夫利天神社(あふりてんじんじゃ)は山の神、雨乞いの神、天神社は火雷天神の神で、合社したので阿夫利天神社といわれています。また、9月には水を恵む神様に御神酒をあげ感謝する「御神酒あげ神事」が行なわれるということです。

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普寛霊場には木曽御嶽山開闢祖・普寛上人の墓があります。普寛上人は、木曽御嶽表山道王滝口開山の密教行者で数々の奇跡に恵まれた人物です。武州本庄七福神めぐりの一つで大黒尊天が祭られています。

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安養院山門は江戸中期の1702年建立。本庄市指定有形文化財です。屋根のてっぺんの鬼瓦がすごい迫力でした。
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安養院(あんよういん)は、曹洞宗の寺院。山号は若泉山。寺号は無量寺。本尊は阿弥陀如来。武州本庄七福神めぐりの毘沙門天が祀られています。この寺は、室町時代中期の1475年(文明7年)本庄信明の開基により兄行重(入道して伊安)が結んだ庵を上州沼田から招いた玉岑慶珠が開山となって寺としたのに始まるということです。戦国時代には本庄氏の衰退とともにこの寺も荒廃し、その後、泰山が入寺して中興されたようです。本堂は江戸後期の1790年建立とのことでした。

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御菓子司せきね。
大正5年創業以来地元に因んだ菓子づくりに専念。看板商品の武州栗羊羹は上皇后両陛下に召し上がって頂き、全国菓子博に於いて内閣総理大臣賞を受賞。他に普寛最中、ほんじょうそだち、はにぽんわっふる(3種類)等も販売しているようです。

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田村本陣は本庄宿の北本陣と呼ばれていたとのこと。1642年(寛永19年)より記録が残されており、同家の古さが偲ばれます。市の文化財に指定されており、現在、門が旧本庄警察署の前に移築されていました。

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旧本庄警察署は、1883年(明治16年)に建築されたコリント式西洋建築。2階のベランダにはアカンサスの葉を彫刻した柱が並び、半円窓や天井の灯火掛けのレリーフなど、随所に明治期の洋風建築の特徴が見られました。
警察署が移転した後は、本庄消防団本部、簡易警察署、区検察庁、本庄公民館、図書館として様々に利用された後の1972年(昭和47年)に県指定有形文化財に指定。昭和54年から翌年にかけて解体・復元修理。現在は県指定有形文化財の旧本庄警察署として、大切に保存されています。

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旧本庄商業銀行煉瓦倉庫(本庄レンガ倉庫)。
120年以上前に建てられ、かつて本庄の絹産業と経済を支えた旧本庄商業銀行煉瓦倉庫が、約2年間の耐震補強工事を終え、平成29年4月1日から交流施設として新たに生まれ変わったのです。 1階が交流・展示スペース、2階が多目的ホールになり、赤煉瓦の壁や木組み(キングポストトラス)の美しさ、その歩んできた歴史を感じながら、人と人、人と歴史が触れ合う施設となっています。

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はにぽんプラザ、正式には本庄市市民活動交流センター。様々な市民活動に使われているようです。
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お祭りの山車の展示があるので見に来ました。ゆるキャラ「はにぽん」もいました。

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本庄のチンチン電車の案内板には大正4年から昭和5年まで本庄・児玉間7.1km走っていた路面電車のこと。この場所は正式には本庄電気軌道線七軒町停車場の跡地。電車の速度は時速22kほどで自転車並みだったようで、片道25分かかったようです。

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ハナファームキッチンではサスティナブルをテーマに、今よりもっと豊かで楽しい食生活をご提案しているとのこと。野菜を最も美味しく食べる方法は、新鮮で美味しい野菜を仕入れる事、その素材が持つ力を知る事、そして、その素材が活きるシンプルな方法で料理する事。農業と真剣に向き合い、最も良い方法を考え続けており、多く人々に喜んでもらえるワクワクするレストランを作りたいとのことでした。
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山盛り野菜の美味しいこと!!堪能しました。

塙保己一像「旅立ちの朝」が本庄早稲田駅前にありました。
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塙保己一は江戸時代後期に活躍した全盲の方で、7歳の時、病気で失明。15歳で江戸に出て、学問の道に進んだ国学者。多くの困難の中、大文献集「群書類従(ぐんしょるいじゅう)」666冊をはじめ、散逸する恐れのある貴重な文献を校正し、次々と出版。48歳で、「和学講談所(わがくこうだんしょ)」を創設し、多くの弟子を育てました。生涯、自分と同じように障害のある人たちの社会的地位向上のために全力を注いだのです。そして、文政4年(1821年)2月、盲人社会の最高位である総検校につき、同年9月に天命を全うしたのです。本庄市内に記念館、東京渋谷に温故学会があり膨大なすべての資料があったと思います。

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本庄早稲田の杜ミュージアムは本庄市と早稲田大学が共同で開設しているミュージアム。本庄早稲田駅ができる頃に様々な歴史的な考古学の資料が発掘され2020年にオープンし、ここで展示なども行われているのです。「盾持ち人物埴輪」などびっくりするくらいの発掘品の数々でした。
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マリーゴールドの丘公園には11000株のマリーゴールドが咲き誇っていました。この小高い丘からは晴れていれば男体山や浅間山などが見えるとのことでした。

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本庄早稲田駅があるのは、新幹線で言えば熊谷駅と高崎駅のちょうど中間くらい。駅名に本庄と付くからには、埼玉県本庄市の駅であることはわかりますが、早稲田とは?駅のある住所も本庄市早稲田の杜だということでした。 本庄早稲田駅は新幹線しか通っていないため、新幹線「あさま」や「たにがわ」に乗って目指すことになります。停車する列車の数が少なく本庄早稲田駅に停車する新幹線は日中おおよそ毎時1本。「あさま」は東京駅から約45分で本庄早稲田駅に到着です。南口には早稲田リサーチパークがあるとのこと。また 1日乗降客は約2200人。本庄早稲田駅の開業は2004年3月13日。地元本庄市と早稲田大学が建設費などのコストを負担したようです。駅の周りには早稲田大学のほか、北口は、広々としたロータリーの先にベイシアゲート本庄早稲田、蔦屋書店やホームセンターのカインズもありました。そうそうカインズの本社が本庄早稲田の駅前にありました。本庄駅まで2kmをつなぐのは「はにぽんバス」というシャトルバスが走っていました。

本日は曇り空ながらウォーキングには楽な日和でした。本庄市の街並みはのんびりした感じで歩きやすかったです。喜多見先生、TD巣田さんと共に22名は完歩。私は帰宅して約2万歩は上出来でした。
本庄市街中のマンホールは2つ目に付きました。
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そして途中で11月2〜3日の本庄まつりの準備をされている山車に出会い、ちょっと得した気分でお話も伺いました。
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本日の埼玉の逸品は「はにわ煎餅」。お土産がこれだけではさみしいので本庄駅で追加としてせきねさんのお菓子も購入。ということで本日はこれにて終了!
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そして帰宅途中で塙保己一さんの旧宅などがある児玉地区は全く見てないなあ、と気づいたのでまた伺うことにしたいと思いました。
ではまた皆様、次回も元気でお会いしましょう。
posted by yunofumi at 21:58| あちこちウォーク

2022年09月28日

2022.9.27 三度目の日高市へ

今朝から晴天、そこで三度目の日高市を訪問。前回までの不足分を補うため車でお出かけです。
自宅⇒聖天院⇒あぐれっしゅ日高中央⇒栗こま娘本舗亀屋⇒自宅

帰ってみれば片道25kmは巾着田あたりで少し渋滞でしたが、まずまずの行程で進みました。

聖天院の雷門と将軍標の位置がはっきりわかりました。
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馬頭観音は雷門そばにありました。
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中門では拝観料をおさめ、御朱印をいただきました。
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庭園は池と庫裏を一緒に眺めるとなかなか風情がありました。
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白い曼殊沙華を見つけました。どうやら普通の赤い曼殊沙華と黄色の曼殊沙華の掛け合わせで白いのができるそうです。
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ネットで曼殊沙華の色で検索してみると実に様々な色がありとても驚きました。

書院を見るためにぐるりとまわると雪山(石灰岩)がありました。
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阿弥陀堂では扉も開いており阿弥陀様を見ることが出来ました。
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101段の石段をのぼると仁王尊の全身が見られました。
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本堂は仏像も多く、中もきらびやかでした。
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鐘堂は新しくなったようです。
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鐘堂のそばに高麗王若光像がありました。
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こうして聖天院はほぼ納得できたので、下山しました。

あぐれっしゅ日高中央。
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こちらは地元JAの農産物直売場。地元の特産品が所狭しと並んでいました。ちなみに大粒の日高マロン、新高梨、里芋、ぶどうをゲット!大満足!!
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JAのお隣には豆腐厨房があり、ざる蕎麦と豆腐セットをいただきました。
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栗こま娘本舗亀屋は日高市市役所そばにありました。かなり大きなお店でどれも大粒栗が入っていそうな和菓子が多く、気分良く買い込みました。
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元来、私は執着心がない性格と自分では思っていたのですが、ここのところの日高市訪問に限って考えると、納得できるまで執着するみたい!気づきました!まあ年を重ねてこうなったかも!と、、、。。ということで日高市訪問は納得!また明日から日々楽しく過ごします。
posted by yunofumi at 14:18| あちこちウォーク

2022年09月25日

2022.9.22 さいたま新発見 ぶらり街あるき 日高市

この日高市ウォーキングの参加は実は2回目。1回目は4日前でした。
1回目の日、何しろ台風の影響で大雨。久しぶりのウォーキングでしたがちょっと天候の予測を見誤り装備が不足。おかげで食事処に着いた時には“ずぶぬれ”でこのままでは風邪をひくと思いました。コロナ禍で風邪をひいたり、発熱はマズイ!ということで食後、皆さんと別れて帰路についた次第です。
そして本日の空模様は曇り!雨は避けられそう!実は高麗氏の歴史などを見分したかったので再度の申込での参加でした。

本日10:00集合の西武池袋線高麗駅⇒高麗村石器時代住居跡⇒高札場跡⇒水天の碑⇒巾着田曼殊沙華公園⇒あいあい橋⇒鹿台橋⇒ドレミファ橋⇒中島照光先生顕彰碑⇒高麗郷民族資料館⇒高麗川遊歩道⇒和食処芳月⇒聖天院・高麗王廟⇒高麗神社・高麗家住宅⇒JR八高線高麗川駅

西武池袋線高麗駅(こまえき)は1929年(昭和4年)に開業したようです。普段は約2000人の利用客のようですがこの時期、曼殊沙華が咲くので近くの巾着田曼殊沙華公園への見物でとても賑わうようです。本日駅前広場には、高麗神社にちなみ、「天下大将軍」「地下女将軍」と表記された、朝鮮半島の道祖神「将軍標」が建てられていました。これは「チャンスン(将軍標)といわれ韓国では村の入り口や道端に魔除けや道しるべとして置かれているとのことです。
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駅前広場にはまた「渡来人の里高麗」の説明案内板がありました。
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案内板によるとこの辺りは668年に高句麗から来た多くの人々がいて、716年に設置されたのが武蔵国高麗郡高麗郷の地。当時の高麗郡大領に任命された、朝鮮半島の高句麗の王族「高麗王若光」や多くの高句麗人が渡来してきたとのこと。この方々の子孫などがこの地に現在まで住み、その足跡が聖天院や高麗神社としてこの地に根付いているようです。

高麗村石器時代住居跡(こまむらせっきじだいじゅうきょあと)
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1929年(昭和4年)に埼玉県内で初めて縄文時代の竪穴式住居跡を発掘調査した遺跡です。

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水天の碑は、旱魃(かんばつ)の被害を受けやすかった台村の地で、天明の飢饉(1781-1789・浅間山の噴火)に続いて天保の飢饉(1830-1844)に見舞われ、台村の人々が天災や水難事故を鎮めるために建立したとのことです。

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巾着田の殊沙華を見る手前にある高麗本郷付近を流れる高麗川にかかる鹿台橋(ろくだいばし)は、県道15号川越日高線が通っていました。

巾着田曼殊沙華公園(きんちゃくだまんじゅしゃげこうえん)。
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高麗川が蛇行(だこう)した形が「巾着(きんちゃく)」の形に似ているところから「巾着田(きんちゃくだ)」なのです。昭和40年代にこの地の用地を日高町が買取り、藪や竹林、葦(あし)におおわれていた地を整備したところ9月頃には一斉に曼殊沙華が咲き始めたようです。どうやら高麗川の増水などで漂着した球根などが根付き、今では500万本が赤い絨毯を敷き詰めたように咲き誇るのです。本日はほぼ満開で見事な風景が広がっていました。
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これはドレミファ橋。平成22年設置の木橋。巾着田から高麗丘陵ハイキングコースに向かう橋で桁がかかっておらず、橋脚をぴょんぴょんと飛び越えて渡っていたことから「ドレミファ」と歌いながら渡ったということで「ドレミファ橋」となったようです。本日は通行禁止でした。

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曼殊沙華の咲き誇る有料地域を出るとすぐのあいあい橋は平成8年に設置された木製トラス橋。橋長は91.20mで日本最長級の木製トラス橋で、周辺の緑と調和した巾着田の観光シンボルとなっているようです。

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あいあい橋のすぐそば、高麗川の川岸そばに中島照光先生顕彰碑がありました。この先生は高麗川の流れを利用して地元の子供たちに「水泳を教育として」教えた方だそうです。

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高麗郷民族資料館は旧石器時代からこの地に住み始めた先人の農業、漁業、林業などの用具なども展示していました。特に養蚕、お茶、稲作、畑作などが盛んだったようです。特に製茶機の研究を重ねた高林謙三の紹介や大きな花火筒が目を引きました。

埼玉県では、平成24年度から、市町村のまちづくりと一体となり、一つの川の上流から下流までをまるごと再生する「川のまるごと再生プロジェクト」を推進しているとのことです。そこで日高市が誇る清流、高麗川の河川沿いの葦や竹をきれいにし、水辺に近づける遊歩道を整備し、高麗川とふれあいながら、日頃のお散歩や健康づくりに利用できる高麗川遊歩道がのどかに続いていました。

隠家のような和食処芳月でミニ会石ランチの昼食でした。特に鯛の蒸し焼きは初めてでとても美味しかったです。
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ご夫婦で切り盛りされているとのことでしたが、きめ細かく手が込んでおりとても美味しかったです。

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聖天院(しょうでんいん)。
創建751年、高麗王若光の子、聖雲(しょううん)と孫、弘仁(こうにん)が、王の侍念僧であった勝楽の冥福を祈り建立したとのこと。勝楽はもともと若光の冥福を祈り、菩薩を弔うためにこの寺の草創を思い立ちました。しかし志なかばで没したため、聖雲と弘仁がこの意思を引き継いだといわれています。いわば若光の菩提寺といえます。

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これは高麗王廟。5個の砂岩を重ねた多重塔で下部に四仏が刻まれていたとのことですが今はわからないとのこと。鎌倉期以前の建立でしたが境内が後方に移動したので山門右手になったようです。昭和46年に周囲を修復し現在の様子になったとのことでした。

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これは雷門(風神雷神門)。瓦葺総欅木造二層楼閣、大きさ建築様式共に近郷稀にみる優美さと重厚さを備えた建造物。天保初年~3年に完成、棟梁は北足立郡立村立川氏と小瀬戸安藤直蔵氏とのこと。楼閣二階の山号額は江戸の住人中村入道景蓮の書。天上画は龍、鳳凰共に江戸の画師南沢。門左右に風神、雷神を祀り、階上に大日如来、七観音、十六羅漢が配祀されているとのことでした。

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山水を取り入れ山の傾斜を利用した庭園。本来東側にある書院・茶室より望むように設計されたようです。改修で池と庭を広げ植栽と庭石の配置を工夫して、中門をくぐった南側正面からと、本堂前舞台より見下ろす北側の三方より楽しむことができるようになっているとのことでした。

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阿弥陀堂は足利時代の国宝的建築と稲村担元氏によって証明されている当山最古の木造建築。寺記に「宝永年間高岡村金子六左衛門為父母菩提再建之」とあるとのこと。本尊は阿弥陀如来三尊(行基作)、左手に武蔵野観音霊場本尊聖観音、他に十王尊を祀っているとのことです。

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阿弥陀堂横から101段上がると仁王様がお出迎えです。

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本堂は平成12年、京都神護寺をモデルにしており、平茂寺立川流宮大工九代目石川吉登渾身の作、総欅造り・三手先出組とし軒先の出二軒半・内陣には最大直径2尺3寸の大柱を用い、古式に則り造営された百余坪の重厚な伽藍。本尊に不動明王を祀り大日如来、釈迦如来、地蔵菩薩、愛染明王、観音・勢至菩薩を配祀、堂内左手に若光守護仏聖天尊が祀られているとのこと。本堂前からの眺望はすばらしく、高麗郷を一望、遠く東方には埼玉新都心のビル群、南西方に丹沢・奥多摩の山並み富士山も見える眺めのようでした。

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鐘楼は完成したばかりのようでした。希望すれば鐘もつけるようでした。

雪山(石灰岩)は本堂造成時に出現した石灰岩の大塊。釈尊の前世譚「雪山童子」にちなみ名付く。7月には岩肌をはうノウゼンカズラの花が美しいとのことでした。

在日韓民族慰霊塔は終戦前36年間に亡くなった在日韓民族無縁仏の慰霊・供養を願い、尹炳道氏が私財を投じ造成建立。基壇を合わせ高さ16mの石塔は日本最大級、下部に納骨室を備えているようです。塔の周りには朝鮮様式の八角亭、檀君、広開土大王、王仁博士など韓民族の偉人の石像が並び、異国情緒豊かな霊域となっているとのことでした。

聖天院のお宝は鐘楼や不動明王座像等たくさんあるようですが普段は見られないようです。また本堂横の雪山(石灰岩)在日韓民族慰霊碑などもあるとのことでしたがこの二つは見損ないました。境内は自然豊かで春の桜に始まり、つつじ、そして秋の紅葉は見ごたえがありそうです。ということからまた後日機会があれば伺いたいものです。

次は高麗神社(こまじんじゃ)。716年(霊亀2年)武蔵国に1799人の高麗人が入植して未開の原野を開墾。大和朝廷はこの戸を「高麗郡」と名付け高麗王若光(こまのこしきじゃっこう)を首長としたのです。高麗とはかって朝鮮半島から中国大陸にかけ領有した大陸「高句麗」のことでした。668年に滅びた高句麗からは多くの人々が日本に渡り土着したということからなのです。若光没後、群民はその徳を偲び、御霊を高麗神社として祀ったのです。逆境に立ち向かって道を切り開いた精神を慕って多くの人がこの地を訪れるのです。参拝した6人の政治家が総理大臣に就任したことから出世海運、事業繁栄の神として崇拝されているのです。また御祭神若光の末裔が現在も宮司を務め、60代も続いていることから子孫繁栄のご利益もあるということです。2016年(平成28年)に高麗郡建郡1300年を迎えたということでした。

一ノ鳥居に掛けられている扁額は、熊谷宿の野口雪江筆によるもので、「大宮大明神」と書かれているとのこと。 大宮とは地域の重要な神社に許された称号。 高麗神社は江戸時代まで、高麗郡の大宮として「高麗大宮大明神」・「大宮社」などと称されていたようです。本日は参道の途中から入ったようで見損ないました。

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芳名板には、明治18年以降に参拝された著名な方のお名前がありました。 古くは政治家、文豪などの参拝が多く、近年では俳優、タレントなども多いとのことでした。上の方から太宰治、坂口安吾、上原正吉、モト冬樹などなど有名人のお名前がズラリでした。

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二ノ鳥居に掛けられている扁額「高麗神社」は、第59代高麗家当主・宮司の高麗澄雄筆によるもの。

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御神門の中央に掛けられている扁額には「高句麗神社」とありました。明治33年にここを参拝した朝鮮王朝の貴族 趙重応の筆によるものとのこと。 御祭神の故国 高句麗と後に興った高麗を区別するため、そのまま額にしてあるとのことでした。

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本殿の建立は、3つの時代に分けられます。正面手前の外拝殿は、平成27年の増改築により建てられたとのこと。本殿は、一間社流れ造りで中世、安土・桃山時代の建立と伝えられています。

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高麗家住宅(こまけじゅうたく)は慶長年間(1596〜1614年)頃の建築と伝えられ、御祭神の末裔である高麗氏の旧住居。 茅葺きの入母屋造りで東日本に残る民家の中では古い形を遺しているとのこと。住宅脇には樹齢400年のシダレザクラがあり、例年3月下旬頃に開花し、住宅と桜の風情は素晴らしいとのことでした。

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神楽殿では、年間に様々に行われる祭事や催しなどで、舞や楽器演奏、芸能などが奉納されます。今日は高麗の民族衣装が飾られていました。

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車おはらい処の隣に将軍標(しょうぐんひょう)(チャンスン)がありました。
高麗神社の御祭神 高麗王若光の母国 高句麗が存在した朝鮮半島には、「チャンスン・長丞」と言われる標柱を立てる風習があるようです。 将軍標(しょうぐんひょう)と呼び、日本の道祖神にも似た習俗のようです。朝鮮半島では村や寺院の入口に立ち、魔除けや道標の役割を荷なっているのです。 大きな花崗岩の将軍標がご参拝の皆様をお迎えするかのように立てられていました。

自販機にあった「くりっかー・くりっぴー」は日高市マスコットキャラクター。
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本日の日高市内ウォーキングで見つけたマンホールのデザインです。
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これは巾着田。そのほかにカワセミのマンホールも見ました。
路面のタイルには日高市の鳥、日高市の花ハギもありました。
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こちらはカワセミ。
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そして本日の埼玉の逸品は栗こま娘本舗亀屋の「栗こま娘」。
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そのほかのお菓子は皆、栗が入っていました。日高市は県内随一の栗の産地であり、「高麗川マロン」、「日高ぽロン」といったブランド栗も有名とのことです。また、加工品も充実しており、栗こま娘本舗亀屋の「栗こま娘」は大粒の「栗」が入って入りおり、ほくほくとしてとてもおいしかったです。
日高市の特産は栗のほかにはお茶も有名なようでそういえば民俗資料館前でお茶のお接待がありました。。

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JR八高線高麗川駅を通る八高線は八王子〜高崎の路線。
高麗川駅前ロータリーには「日韓交流の塔」がありました。
本日は朝から曇り、午後には思いがけず日差しもあり、24℃で絶好のウォーキング日和でした。喜多見先生、小松TDと参加者9人は和やかに一日を過ごせました。私は4日前のリベンジで再度の参加でしたが大成功でニコニコしながら無事終了。そして久しぶりの2万歩超はほぼ限界でしたが皆さんに付かず離れずのウォーキングができました。感謝!!来月は本庄市のウォーキングを予定していますので日々、怠けないで精進しておきます。では皆様!また来月!
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2022年07月20日

2022.7.13 福井県への3日間の旅 B東尋坊〜一乗谷朝倉氏遺跡

今日は旅行最終日。ここ2日間は食事量が多めだったので今朝のバイキングは抑え目にしました。
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ホテル前に成田山福井別院があったのでお参りしました。
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そばにあったみくに龍翔館は長期休館中とのこと。姿かたちも良いのでまた見学が再開したら伺いたいと思いました。
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三国は九頭竜川の河口にあって日本海に面することから、古代から越前国の玄関口としての役割を担い、物資が集散し人々が往来する港町として大いに栄えました。 その地理的条件や歴史的な背景の中で育まれた三国ならではの独特な文化を紹介し、学術的な研究によって位置づけ、文化遺産を一堂に集めた博物館として建設されたのが、「みくに龍翔館」。 その外観は、白亜の洋館のようで、三国の代表的な建物とのことでした。
三国湊が最も栄えた1879年(明治12年)オランダ人エッセルによってデザインされた木造五階建八角形というユニークな形状の小学校「龍翔小学校」の外観を模して復元し、三国全体を見渡せ白山を遠望し坂井平野を眼下に見下ろす緑ヶ丘の高台に鉄骨鉄筋コンクリート造で完成、1981年(昭和56年)に開館したとのことでした。
三国ホテルを10:00出発、これより東尋坊までかなりの雨降り。ところが東尋坊到着あたりから雨が上がり順調!!

東尋坊は、今から約1,200〜 1,300万年前の新生代第三紀中新世に起こった火山活動で、マグマが堆積岩層中に貫入して冷え固まってできた火山岩が、日本海の波による侵食を受け地上に現れたものとされているとのことでした。ですから東尋坊は日本海に面した海食崖で、険しい岩壁が続き、最も高い場所で約25mの垂直の崖があるのです。東尋坊を構成する岩は、輝石安山岩の柱状節理で、これほどの規模を持つものは世界に3ヶ所だけということで、地質上極めて貴重とされ、国の天然記念物および名勝になっているのです。昔と違い観光地として、遊歩道や遊覧船、展望用のタワーや商店街などもありました。地名の由来は、乱暴あるいは恋愛関係で恨みを買って此処から突き落とされた平泉寺(勝山市)の僧の名前によるとのことでした。
東尋坊は子供のころ遠足できた時とはすごく変わっていました。
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お土産東尋坊横丁もとても賑やかでした。
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その後一乗谷へ出発。お昼は一乗谷レストランでこれまた美味しいランチでした。
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こちらは朝倉氏一乗谷朝倉遺跡。四角い囲いは井戸の跡です。
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一乗谷朝倉氏遺跡(いちじょうだに あさくらし いせき)は、福井県福井市城戸ノ内町にある戦国時代の遺跡(日本の城)。すなわち戦国時代に一乗谷城を中心に越前国を支配した戦国大名朝倉氏の遺跡。一乗谷城(山城)と山麓の城下町(朝倉氏および家臣の居館)からなっていました。遺跡全体(面積278ヘクタール)が国の特別史跡で、そのうち4つの日本庭園は一乗谷朝倉氏庭園の名称で国の特別名勝の指定を受けているようです。一乗谷は東、西、南を山に囲まれ、北には足羽川が流れる天然の要害で、南北に城戸を設け、その間の長さ約1.7kmの「城戸ノ内」に、朝倉館(武家屋敷)をはじめ、侍屋敷、寺院、職人や商人の町屋が計画的に整備され、道路の両面に立ち並び、日本有数の城下町の主要部を形成していたようです。周辺の山峰には城砦や見張台が築かれ、地域全体が広大な要塞群であったようです。
復原町並は約200mに整然と並ぶ街並みで発掘調査で見つかった塀の石垣や建物礎石を忠実に再現をしているようでした。また暮らしぶりもわかるように人形も使っていました。
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一乗谷川の「おやかたばし」を渡ると朝倉館の入り口の唐門でした。
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朝倉義景氏の墓所がありましたのでお詣り。
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そして一段落で休憩所あさくらギャラリーの展示室で昔の街並みなどを見ました。
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そうそう、一乗谷城の御城印もゲットしてこちらの見学は終了しいよいよ帰路です。
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米原手前ではいったん「賤ケ岳SA」で休憩。東京到着が遅いので夕食用のお弁当をゲット。
米原17:33発に乗車。ところが岐阜羽島手前で列車がストップ。大雨の影響で約1時間ストップ。お陰で到着は東京20:48の約1時間遅れで到着。ということで自宅到着は23:30。まずまず無事に帰宅できて感謝!本日も10000歩。帰宅してみれば大雨にも合わなかったこと、食事もおいしくゆったり一人旅が出来たこと、お土産も買って楽しんだことに感謝。
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道中コロナ対策も皆さんが徹底してくださり、無事に皆さんも元気で終了出来たことが一番でした。
また皆様お会いしましょう。お元気で!
posted by yunofumi at 22:04| あちこちウォーク

2022年07月19日

2022.7.13 福井県への3日間の旅 A永平寺〜白山平泉寺

温泉ホテル水月花の朝食では福井名産「厚揚げ焼き」もいただき、曇り空の下でしたが元気に9:30バスで出発。
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永平寺門前の商店街は昔に比べ賑やかでビックリ!
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いよいよ永平寺に到着。
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永平寺(えいへいじ)は、曹洞宗の仏教寺院。神奈川にある總持寺と並ぶ日本の曹洞宗の大本山。山号は吉祥山と称し、開山は道元、本尊は釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来の三世仏。寺紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)。座禅修行などをする多くの修行僧がおられる寺院。修行僧は座禅をはじめ、朝のお勤め(朝課)、食事(行鉢)、掃除などの作務と毎日とても忙しいとのことでした。境内は何処もかしこもこの時期、苔がきれいでした。建物手前には観音様が神々しかったです。
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僧侶の方から見学の概略説明を受けた後まず吉祥閣へ。こちらは天井絵がすばらしいかったです。
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僧堂は修行の根本である伽藍で座禅、食事、就寝する所とのことです。
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承陽殿は道元禅師を奉祀する御真廟がある所。
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瑞雲閣。
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全国からのお位牌が安置されている大祝詞堂殿。
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永平寺の見学を終えた後は料理茶屋「寿楽山」で昼食。
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山の幸と海の幸、それと焼いた鮎がのったご飯。珍しかったでので美味しくいただきました。

バスで走っている途中、天空の城、大野城が見えましたが車窓からは残念ながら見るだけ。写真は撮れませんでした。
その後、白山神社平泉寺に到着。小雨の中散策へ。まずは歴史探遊館「まほろば」で事前にビデオで知識を吸収。
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参道の階段は小幅な石段でまずは70段。次に幅広の石段が約70段。雨でぬれており、ちょっと大変。
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本社・拝殿に到着。
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大楠公墓塔と三之宮のそばまで行きました。
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ということで雨の中の散策は道も石も濡れており一段と気を付けながらの歩行となりかなり大変でした。

こうして16:30すぎに三国ホテル到着。
この日の夕食もたっぷり。特にアワビの踊り食いには、、、、。ビックリ!
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食事後は温泉を楽しみバタン!キュー!本日の10000歩は疲れが残りそうな予感がしました。
posted by yunofumi at 21:07| あちこちウォーク